左)メグミオギタギャラリーの代表 荻田徳稔、右)アオフ・スミス
IMAGE by: FASHIONSNAP
アジアのアートマーケットが高まりを見せてから数年が過ぎた。タイ生まれの現代美術家 アオフ・スミス(Aof Smith)の個展「HERITAGE」が、銀座・メグミオギタギャラリーで開催されており、展示作品全14点の内、10点が会期前にソールドアウトした。今回に限らず、作家によっては展覧会前から事前に問い合わせを受け、作品のほとんどが売却されることもあるという。業界内では、このようなアート全般の注目を「バブル」と捉え、日本でもようやくアートを購入する文化が根づいてきたと歓迎する声もあれば、一時的なトレンドになりかねないと警戒する動きもある。実際、アート業界に従事するギャラリーとアーティストは、現在のアートマーケットをどう見ているのか。メグミオギタギャラリーの代表 荻田徳稔と、アオフ・スミス本人に話を聞いた。
目次
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タイ出身のアオフ・スミスとは
現在のタイは、美術市場が盛り上がりを見せていると言う。若手作家の台頭、若者文化の輸出などで国際的に注目を集める国になっており、欧米の文化を吸収しながら、独自の進化を遂げてきたアジアの作家の筆頭として、アオフ・スミスの注目度は高まっていると荻田氏は話す。「当然、日本人が描く絵とも異なるし、だからと言ってアメリカナイズされているわけでも、アジアっぽいわけでもなく、独自性がある」とした上で「彼の父が美術教師だからか絵の具の扱い方も上手く、絵画のテクニックもある」と評価した。
アオフ・スミスが取り扱うテーマは「環境問題」。今回の個展では「人間が作ったものが将来、地球上にどのように残っていくか」ということを中核に置き、ここ数年一貫して描いているウサギと犬をミックスした独自のキャラクターと共に表現している。
元々は、数年前にメグミオギタギャラリーで個展を開催する予定だったが、コロナ禍で延期。その間に、アオフ氏はアメリカ・ロサンゼルスに位置するギャラリー「Thinkspace Projects」で、個展「Irrepressible Summer Melody」を開催し、評価を高めると同時に作品価格も高騰し始めた。事実、アオフ氏は現在、様々な地域のギャラリーから個展のオファーを受けており、次に日本国内で展覧会を開くとしても4年後になるそうだ。
また、荻田氏はアオフ氏が生まれ育ったタイ特有の個性にも触れ「タイ人のコレクターは面白い」と続ける。
「個人的な感覚ですが、一般的には『おもちゃみたいな見た目だけど、結構な値段がする』というような『こんなもの売れるの?』と思われそうな作品を、購入する傾向にあるのがタイ人コレクターだと感じています。他の人の評価や価格ではなく、独自の視点や審美眼が豊かで、自分が良いと思い、その値段に納得さえすれば購入する。アジアの中でもタイ人コレクターの感覚は、ギャラリストとしても興味深いものがあります」(荻田徳稔)。
国際的な注目を集めるタイのアート市場
アオフ氏やコレクターなど、「独自性」が注目されているタイのアートマーケットだが、実際にどのような盛り上がりを見せているのか。アオフ氏によると、その高まりはパンデミック以降顕著に感じているそうだ。
「教科書的な『アート』だけではなく、学生や若い人たちがアートに触れる機会が増えたように思います。アートというジャンルそのものへの興味が高まり、実際にアーティストを志す人も増えただけではなく、タイ国内でのオークションが始まったり、新たなギャラリーがオープンしたりしています」(アオフ・スミス)。
アオフ氏は続けて「タイのアート市場の高まりに注目した、海外の投資家からの出資も相まって盛り上がっている」と話し、「投資目的の若いコレクターもいる。10年前は、すでに有名なアーティストの作品を探している人が多かったが、今は『ネクストブレイク』を探す人が増えた」と説明した。
そもそもギャラリーの仕事とは?プライマリーとセカンダリーの違い
そもそも、アートマーケットは「プライマリー市場」と「セカンダリー市場」の2つの販売形式で成り立っている。プライマリー市場とは、アーティストから直接作品を入手したギャラリーが、適正価格をつけてコレクターに販売する形式であり、作品の価値を最初に定めるのがギャラリスト(ギャラリー)ということになる。この値付けは、ギャラリストの経験に委ねられており、今回のアオフ・スミスの作品で言うと「昨年、アメリカでの展覧会が大きな話題を集め、すでに実績があったこと」がプライマリー価格を定める上で基準となったそうだ。
「プライマリー市場ではいくらだったのか、と言うのはネットで調べたり、ギャラリーに問い合わせたら簡単に分かります。なので、例えば『アオフ・スミスはまだ国内で話題になっていないから』という理由で、日本のプライマリー市場でだけ価格を下げて販売するということはできません。プライマリー価格が、安くなったり高くなったりしてしまうと、ギャラリーの信頼も無くなってしまいますし、作家の評価も安定しません。言うなれば、ギャラリーとはアーティストにとっての事務所のような存在だ、と言い換えることもできます」(荻田徳稔)。
一方、セカンダリー市場とは、購入顧客の手元にあった作品をオークションなどで二次販売することを指す。大方、作品の高額落札で話題に上がるのはセカンダリーであり、ギャラリーやコレクターの中にはこの「セカンダリー」を見据えて作品を保持している人も少なくはない。特に、近年はSNSの発達によりギャラリーを通さず、アーティストとコレクターが直接連絡を取り合い、プライマリー価格を定める例も増えてきた。荻田氏は「それもやり方の一つ」と容認した上で「価格を釣り上げるための動きがあっていいとは思うが、作品価格や作家価値が崩壊してしまうようなやり方は危険。価格が高騰することで、話題になり、注目されれば人気が出る場合もあるが、刹那的なものだったら意味がない」と警鐘を鳴らす。
事実、オークションでも、その道のプロであるギャラリストですら「あまりよく知らないアーティスト」の価格が高騰している例を見かけることが増えてきたそうだ。
「少し前に有名だった作家の作品は想定内の値段に収まりますが、聞いたこともないようなアーティストであればあるほど、価格が高騰している印象があります」(荻田徳稔)。
無名のアーティストがなぜセカンダリーで価格が高騰するのか
無名アーティストの価格高騰には2つの理由が考えられるそうだ。一つは、純粋に支持者がいること。
「新鮮なものを見つけたい、という気持ちが強いコレクターの存在が理由の一つです。当然ですが、高い価格が付くということは、誰も知らないという訳では無く、一部の人たちに熱狂的な人気がある可能性があります」(荻田徳稔)。
もう一つは“仕組まれている”可能性だ。
「昔から『日本国内のアート市場は数億円あれば思うがままにできる』と言われています」(荻田徳稔)。
例えば、ある作家の作品を複数保有しているコレクターが数点をオークションに出し、それを自らの資金で高額落札すると、当然、高額落札された作品は注目の的になる。他にも同作家の作品を複数所持していれば、次回からのオークションでは異なるコレクターから高い価格で落札される可能性もあるだろう。荻田氏は「今のマーケットは、ある程度の資金がある人であればそういうことができてしまう状況にある」とし「作品の高騰が自然発生的なものなのか、人工的なものなのかは正直分かりづらいのが現状」と説明。作為的なセカンダリー市場の作品価格変動について「良い作家なので、注目さえされれば軌道に乗るはずだ、と話題作りで『価格を吊り上げる』という選択肢はあり得る」とした上で、「しかし、それが継続的な人気のためではないのであれば、非常に危うい状況だ」と危機感を示した。
セカンダリーでの価格高騰で一度弾けたアートバブル
荻田氏は続けて「セカンダリー市場で高騰した作品価格に合わせて、その作家の作品をプライマリー市場でも値上げするのは危険」だと話す。
「作家はその一瞬だけ作家なのではなく、ずっと作家であり続けることが大切です。セカンダリーの価格に合わせてしまうと一時的なブームになりかねません。何故なら、いつか『その値段で誰も買わなくなる』日がきてしまう可能性が極めて高くなるからです」(荻田徳稔)。
事実、2000年代初頭、韓国や台湾の富裕層を中心に、日本人アーティストの作品は人気を博し、コンテンポラリーアートのギャラリーは個展を開けば作品は即完売、セカンダリー市場でも価格が高騰した。当時、日本国内のコレクターは興味を示さず、多くの作品は日本を場外するアジア諸外国で取引をされた。しかし、2008年にリーマンショックが訪れると、それまで所謂“売れっ子”だった作家の作品たちはぴたりと売れなくなってしまったという。これが、2000年代初頭に起こったアートバブルの終焉だった。
「値が付くからどんどん価格が高くなっていき、その値段で売り続けたらバブルが弾けてしまった。当時の見方としては、国内ギャラリストが、コントロールできないところで作品価格がどんどん吊り上がってしまったことが原因とされています」(荻田徳稔)。
加えて、荻田氏は「アート作品に『流行り』はない」と断言する。
「『流行る』ではなく、『知られる』と言う言葉の方がしっくりきます。知られることで、末長く支持されるものになればそれが一番良い状態。逆に、みんなが殺到してしまうようなものは『流行り』であり、消費されかねません」(荻田徳稔)。
投資目的で作品を購入されることへの作家の本音
アオフ氏に「投資目的で作品を購入するコレクターがいることについてどう思うか」と尋ねたところ以下のような回答が返ってきた。
「もちろん自分の作品を、素直な気持ちで『好き』と言ってくれる人の方がありがたい。一方で、投資する人がこの業界の潤滑油であることもわかっています。自分が、アート業界でアーティストとしてやっていく上で不可避なことだし、自分にできることと言えば作品のクオリティをあげることだけですから、それに集中するしかありません」(アオフ・スミス)。
アオフ氏は、自分が予期せぬ影響を受けてしまわないよう、コレクターや顧客との会話を一切絶っているという。そのためにコレクターとアーティストの間に立つギャラリーという立場は重要だと話す。
「基本的にギャラリーが彼らとの関係を築いてくれれば、自分の作品がどのような層に購入されているのかを知らずに済むし、僕はそれを知る必要がありません。個人的には、ギャラリーとだけ関係を築いているのが一番ヘルシーに作家活動を続けることができるんです」(アオフ・スミス)。
荻田氏はアオフ氏のコメントを受けて「ギャラリーはアートという概念を守る場所」と続けた。
「今はマーケット主義で、人気があるから買う・人気があるものだけを追いかけていく、という傾向が強いと実感しています。もちろんそれも否定はしません。しかし、アートは本来『人気商品』ではないですし、消費されるようなものでも無いはずです。『持ち続けていることが幸せ』と言うと大袈裟かもしれませんが、そんな思いを抱くことができるのがアートであり、アートをアートらしく継続的に大事に扱っていく場所がギャラリーだと思っています」(荻田徳稔)。
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