群馬県のアーツ前橋でデザイナー 山縣良和の個展「ここに いても いい 山縣良和と綴るファッション表現のかすかな糸口」が開幕した。同展は、同氏の2007年から現在までの17年間のクリエイションが一堂に会する初の機会。会場では、個々の作品へのキャプションが省かれており、様々な作品が一つの空間の中にコラージュされた展示室の中を、宝探しをするように鑑賞することができる。
本記事では、ファッション表現の可能性を追求し「今の社会における、ファッションとは何か」を問い続ける山縣のクリエイションの17年の軌跡を振り返る。
目次
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第0章:バックヤード
同展の会場になったアーツ前橋は、百貨店の跡地に建てられた名残を残しており、エレベーターがあった構造がそのまま取り入れられた、地上階と地下を繋ぐ吹き抜けが特徴。「バックヤード」と称された同展のイントロダクションでは、そうした百貨店を想起する空間に着想し、山縣や「リトゥンアフターワーズ(writtenafterwards)」の初期から現在までのアイデアソースやスケッチ、自著・掲載誌など“クリエイションのバックヤード”を展示している。なお、0章は無料で公開されており、先の章で登場する作品のリサーチやヴィジュアルも登場するため、展覧会鑑賞後に改めて訪れても新たな発見がありそうだ。
会場の入り口を飾るのは、リトゥンアフターワーズのファーストコレクションである2007年春夏シーズンに発表された、「これから家出すると決めた女の子が眺めるレースの地球儀と地図」を表現したインスタレーション「before running away from home」。2012年春夏の「秘密のファッションショー」に集まった観衆の写真を「行列」に模した「ドミノ倒し」という形式で展示した「ドミノ写真展」の作品や、2011年に東京オペラシティで発表したインスタレーション「第一章 new world order 動物たちの恩返し」、セントラル・セント・マーチンズ (Central Saint Martins)を卒業した山縣の卒業コレクションのキーヴィジュアルの原画といった貴重な初期作品も披露されている。
レースの世界地図
Image by: FASHIONSNAP
第1章:神々、魔女、物の怪
服の神
神話や歴史、物語からイメージを膨らませ、物語の「あとがき(=リトゥンアフターワーズ)」のようなクリエイションを生み出す山縣。回廊型の会場に展示された作品たちは、シーズンを横断し同氏の考え方やテーマをもとに章分けされている。
明るくひらけた0章の展示空間を出て、地下へ向かう階段から始まる第1章「神々、魔女、物の怪」でまず目に入るのは、2013年春夏コレクション「THE SEVEN GODS-clothes from chaos-」に登場する「熊手」をモチーフにした「七服神(しちふくじん)」だ。
2011年3月に発生した東日本大震災を受けて制作された同作は、「大震災をなんとか自身の表現領域である“ファッション”として表現しなくては」という焦燥感に駆り立てられていた山縣が、偶然通りかかった熊手の屋台を見て、その造形の意味や祈りの感覚を「瞬間的に理解した」という体験から誕生。縁起の良いものに節操なく願掛けを重ねる神頼みの精神が根付いた、古くから自然災害とともに生きてきた日本人の“共同体の記憶”と当時の山縣の焦燥感が共鳴したこの作品は、細部を観察すると、一般家庭にありそうなぬいぐるみやおもちゃのようなパーツを組み合わせただけと言える作りにも関わらず、見るものに瞬時に「装いの持つ力」や凄み、再生への祈りを感じさせ、圧倒する迫力がある。
それまでも、山縣の原点を意味する“0点”をテーマに掲げた、2009年秋冬コレクションでは、布や糸は一切使わず、美術系・服飾系専門学校から出た廃材やクズといった“ゴミ”を材料に創作を行うなど、斬新な作品を発表してきた同氏。挑戦的な題材や材料、アウトプットに対する評価は様々だったが、この時期から次第と、山縣の持つブリコラージュ的クリエイションの才能が広く認められ始める。同作は、きゃりーぱみゅぱみゅが着用しイギリスのファッション&カルチャー誌「DAZED & CONFUSED」の表紙を飾ったり、同作を纏った初音ミクのイラストが美術手帖の表紙に起用されたりと、山縣の名を様々な領域に広めた作品でもある。
神々の究極のファストファッション
階段を下りた先に待つのは、「神々のファッションショー」と題された2010年春夏コレクションの1体。「神々が動物たちの前で行なっていたファッションショー」をイメージし、“創造主=神、服作りの原点=布を巻くこと”と設定。日本各地に眠っていた様々な反物をその場でモデルに巻き付け、生地にハサミを入れたり縫製を加えることなく服に“仕立て”、反物の芯は折り曲げて杖にした。“神々の究極のファストファッション”という現代のファッション産業への示唆的なエッセンスも加えながら、同氏の考えるファッションとしての創造の原点を表現。2度と同じスタイリングの叶わない刹那的な“服”であるため、同展の設営では新たに山縣がスタイリングを行った。なお、2010年のショーのヘッドピースは故・加茂克也によるもの。今回はヘッドピースも含めて山縣の手によってリデザインされる形でスタイリングされた。
人間とは?
階段を下ると一転会場は暗がりとなり、2019年春夏コレクションの「魔女」が飛び、2016年秋冬コレクションの「物の怪」をテーマとしたルックが横たわる。ミイラや骸骨といった一見ダークな要素が見受けられるが、山縣が目指したのは神話的な存在の「人間味」を描くことだ。例えるならドラマ「奥さまは魔女」のサマンサのような茶目っ気のある存在。物の怪は、山縣氏と同じ鳥取県出身で2015年に亡くなった水木しげるにオマージュを捧げ、「ゲゲゲの鬼太郎」に登場する「明るく面白おかしい妖怪」として表現した。
この章では、「装い」の原点に立ち返り「神話の世界で神々はどういった装いをしていたのか」「現代に神がいたとしたら、どんな服装をしているのだろうか」といった想像から生まれた作品が集められているが、山縣は「彼らを崇高で神々しい存在にしたいわけじゃなくて、どこか人間臭くて、ツッコミどころのある身近な存在として表現したい」と話す。そういった人ならざるものに人間的なチャームポイントを見出そうとする姿勢は、身体に植物を巻き付けるところから始まった本能的で生々しい装いの本質を慈しみ、「ファッションとは何か」を考え続ける山縣のクリエイションそのものであり、服を纏う存在である「人間とは何か」という問いでもある。
ファッションとは何かを問いかける「戦争と人間」
そうした問いの先に現れるのは、まさしく「ファッション・装いとは何か」を問いかけたブランド設立10周年のショー「After Wars」の象徴的な作品「着物の山」。2017年春夏コレクションから、戦前や戦中、戦後の時代を生き抜いた女性にフォーカスし「Flowers」をテーマに制作してきた3部作の3作目となった2018年春夏コレクションでは、戦後の日本の風景をテーマに作品を発表した。「着物の山」はその名の通り空襲で焼け焦げた着物の残骸が積み上がった山でできた装いだ。
神や魔女といった神話的なモチーフと並んで、長崎出身の父を持ち、幼少から戦争の痕跡に触れてきた山縣のクリエイションには、戦争に関する表現も多く登場する。ショー会場となった東京都庭園美術館は、もともと皇族の邸宅でありながら、戦後はサンフランシスコ講和条約締結に関わる政治の舞台となり現在は美術館として文化を発信している地。ファッションに向き合うならば、服飾史だけでなく、社会や戦争の歴史にも向き合う必要があるという同氏の考え方が現れた選定だ。
関心は人間の集団がもたらす、ときに「暴力的」な熱量へ
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