Image by: FASHIONSNAP
今や銀座のシンボルとなった時計塔が和光であるのは有名な話だが、そもそも和光という企業についてどれだけ知っているだろうか。和光の前身とも言える服部時計店(現 セイコーグループ)は1881年に創業。同社の小売部門を引き継ぐ形で1947年に子会社として和光が設立され、その旗艦店であり時計塔を備えた和光本店(SEIKO HOUSE GINZA)は「銀座の顔」として街を長年見守ってきた。
そんな和光本店は、時計塔竣工から92年を迎えた今年7月に地階をリニューアル。未来に向けて新たなスタートを切ったが、フロアデザインやリニューアルに際し展開した別注アイテムには、随所に日本の伝統を取り入れる姿勢が見られる。こうした取り組みの先に和光が実現したいヴィジョンとは何か。また、伝統を守っていくために必要なこととは?和光・地階のMDを務める大久保拓真に話を訊いた。
表現したのは「日本的な美しさ」、和光本店地階を大幅リニューアル
⎯⎯リニューアル後の売り場のコンセプトは?
時代の一歩先をいくこと。これは服部時計店の創業者である服部金太郎の言葉です。実は建物の竣工当時のカタログには「地階には新商品売場を多く設け」と書かれており、蓄音機やレコード、ラジオなどその時代の最先端のものを取り扱ってきた歴史があります。今回のリニューアルでも、創業当時のコンセプトに則って、現代的にアップデートした売り場にしようと。とはいえ、我々は歴史ある日本の会社なので、日本的な美しさは大事にしつつ、“和光にしか生み出すことのできない新しい価値”を提供するフロアを目指しました。
⎯⎯リニューアルする上で最もこだわったポイントを教えてください。
1つは先ほど話した「日本的な美」を打ち出すこと。もう1つは、和光がもともと時計の会社ということもあり「時」というテーマを掲げることです。「時」には2種類あって、季節の移ろいや自然との付き合いから生まれる日本の美意識や習慣を意味する「時」と、何百年と継承されてきた伝統や技術、創作の追及に費やされてきた時間を意味する「時」。時間というのは目に見えないものですが、だからこそどうやって表現するのか。そこを意識しながら売り場を組み立てました。
⎯⎯前者の「時」はどういった部分に表れているのでしょうか?
例えば、時間の経過によって少し萎れている花でも美しいと捉える感受性を大切にし、そういった花を館内に展示することでその瞬間にしかない美しさを表現しています。また、アートやファッションを取り扱う売り場でもあるので、鮮度や季節感は特に大事にしている部分です。
⎯⎯リニューアルオープンから1ヶ月。顧客からの反応は?
和光本店(SEIKO HOUSE)はネオ・ルネッサンス様式の建物で、和を全面に打ち出した空間設計にするのは今回が初の試み。そのため、リニューアルオープン直後は驚かれるお客様もいらっしゃいましたが、売り場をご案内し、コンセプトや我々の想いをお話しすると本当に多くの方が共感してくださいました。「驚いたけれどまた来たい。素敵な売り場だった」といった嬉しいお声もいただくことができ、ひとまず安心しています。
1300年の歴史を持つ「泥染め」を採用、和光がT.Tとタッグを組んだワケ
⎯⎯リニューアルに際し、「シーエフシーエル(CFCL)」、「ティーティー(T.T)」、「セッチュウ(SETCHU)」「ジ エルダー ステイツマン(The Elder Statesman)」などへの別注アイテムも話題ですが、別注をかけるブランドはどのような軸で選定したのでしょうか。
特別なお取り組みをお願いしたクリエイターさんに共通しているのは、日本的な感受性を尊重しながら、時代を捉えたものへアップデートしてこれまでになかったモノづくりをしていることです。「時代の一歩先をいく」という創業者の言葉もあり、ここは外せないポイントだと考えました。
⎯⎯その中でも「T.T」との別注商品が個人的に気になりました。
別注の取り組みをさせていただくクリエイターさんを探している時に、お世話になっている方にご紹介いただいて「T.T」を知りました。ブランドのことを深掘りしていくと、そこまで大々的に展開しているわけではないですが、ラグジュアリーブランドに引けをとらないくらい自分たちのクリエイションに誇りを持ってモノ作りをしていることが分かって。ブランドを引き継いだチームの一人一人が、髙橋大雅さんが遺したフィロソフィーを深く理解して「大雅さんだったらどうするか」ということを真摯に考えながら、ブランドを大切に守っていることが伝わってきたので、シンプルに「リスペクトできるな」と感じたのが始まりでしたね。
⎯⎯「T.T」の別注アイテムでは、ブランドがインラインでも積極的に取り入れている「泥染め」と呼ばれる伝統技法を採用しています。
「泥染め」は鹿児島県 奄美大島で1300年以上続いている染色技法で、伝統工芸である「大島紬」は奄美大島の泥を使って染められます。「車輪梅(テ―チ木)」と呼ばれる植物からに出たタンニンと、泥の中の鉄分で赤褐色に染めてから泥に漬け込むことで、化学反応で色をつけているんです。
「泥染め」の様子
Image by: 和光
⎯⎯「泥染め」と呼ばれているので泥の色に染めているのだと思っていましたが、違うんですね。
化学反応で染色しているというのはあまり知られていない部分ですよね。泥に含まれる鉄分などのバランスが重要かつ、驚くほど多くの人の手が必要な手法であるため、本当の意味で「泥染め」ができるのは世界中でも奄美大島だけだと聞きました。
ただ時代が進み、段々と「泥染め」の需要がなくなっていくにつれ、技術の継承が困難になっているそうです。職人さんの高齢化も進んでおり、このままだと長い年月続いた伝統文化が途絶えてしまうかもしれない。デザイナーの髙橋さんが「この世界に誇る素晴らしい技術を未来に残していきたい。大量生産、大量消費のモノづくりが主流になっている現代だからこそ、手作業によって生まれる個性を持つ服が必要なのではないか」と考えたことが、「T.T」が「泥染め」にフォーカスするきっかけになったのだそうです。
⎯⎯別注アイテムでこだわった点は?
今回、泥染めのアイテムでポップアップを行うため、「T.T」さんからは別注で泥染めの5アイテムをご提供いただきました。先ほど紹介したシャツやセットアップなど、全て和光限定のアイテムです。あわせて泥染めのアーカイヴから7アイテム。計12点もの泥染めコレクションを揃えるのは、「T.T」さんでも初の試みだと聞いています。
和光は銀座の中心地にあるので、かっちりした服装のお客様も多いのですが、より客層にマッチしたアイテムを、ということで、今回は色々ご提案いただいた中からシャツを選ばせていただきました。シャツのボディには、オーガニックコットンを100%用いた「T.T」オリジナル生地を使用しています。
T.T Amami Oshima Mud Dye Collection exclusive for WAKO
会期:2024年10月3日(木)~30日(水)
会場:和光本店地階 アーツアンドカルチャー
※会期は予告なく変更する場合あり
Image by: FASHIONSNAP
⎯⎯無骨ながら品のあるボディの表情も相まって、深みのある風合いに仕上がっていますね。
奄美大島の「泥染め」だからこそ、この色味が出せるんですよね。実際に目の当たりにすると圧巻なんですが、口で言っても伝わりきらない部分もあると思うので、近いうちに和光の地階で「泥染め」にフォーカスしたインスタレーションを開催する予定です。どういった見せ方になるかは現在企画中ですが、「泥染め」によって製品が染まるプロセスを可視化して、この技術の素晴らしさを多くの人が実感できるようなイベントにするつもりです。ぜひ多くの方に足を運んでいただきたいですね。
日本の伝統を未来に繋いでいくために必要なこととは?
⎯⎯今回協業したのは全て日本の伝統や自然と繋がりがあるブランドです。和光がそれらのブランドとタッグを組む意義は?
歴史ある企業として、和光には日本の伝統技術・文化を後世に伝えていく役割があると考えています。そしてそのためには、伝統を受け継ぎながら、自由な発想でモノ作りをする次世代のクリエイターたちを世間に向けて発信していくことが重要です。クリエイターの方々のモノ作りにかける想いをヒアリングして特別なアイテムを作り、それまで接点のなかった層の方々に届けること、それがこの地階フロアの一つの使命だと信じて取り組みを続けています。これからも「日本らしさの探求」をテーマに、伝統と革新が共鳴する文化の発信地になるべく、成長を続けていきたいですね。
⎯⎯和光がこうした取り組みの先に実現したい未来について、ヴィジョンを聞かせてください。
外国人観光客が増えていますが、その多くが高い評価を得ている日本の“文化”を体験することを目的にしているそうです。こうした状況は和光の考える「本当の意味でのグローバル化」であり、非常に価値のあること。我々は日本の伝統文化を未来に伝えることを目的に様々な取り組みを続けていますが、伝統文化に興味を持ったもっともっと多くの人が、世界中から日本を訪れてくれるようになることを願っています。そして、和光が店を構える銀座が日本の文化の発信地になれるよう、今後も努力していくつもりです。
⎯⎯和光が考える“守っていくべき伝統”とは?
表現するのは難しいですが、あえて言語化するなら「古くから人と人との繋がりによって紡がれ、脈々と受け継がれてきた文化」と言えるかもしれません。これらには今まで銀座の地に息づいてきた「和光の魂」と共通する部分があると感じており、我々が未来に繋げていくべき財産だなと。「T.T」さんのブランドコンセプトに「Futures in the past」という言葉がありますが、過去から学べることって本当に多いと思うんです。
⎯⎯最後に、これからの日本において伝統を未来に繋いでいくためには、どんなことが必要になると思いますか?
古くからの伝統には、卓越した技術や他にない魅力を備えているものが多くありますが、そのままの形で永久的に続けていけるものはかなり少なくて、放置しておくと後継者不足などで消えていってしまう「泥染め」のような文化がたくさんあります。だからファッションなりインテリアなり、ニーズに合わせて「時代の一歩先をいくクリエイション」として世の中に届けていくことが大切になってくると考えています。和光としては、あまり知られていないストーリーをお客様に積極的に届けるなどの取り組みを通して、100年近く続いてきた「文化の発信地」として、日本の素晴らしい伝統を数多く後世に繋いでいきたいですね。
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