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時間の経過の早さには驚かされる。享年41という、ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)のあまりに早すぎる死から約3年。歳月を経た今だからこそ、現代ストリートを牽引したデザイナーについて振り返り、彼のファッションデザインを紐解きたい。
2018年3月、ラグジュアリーブランドの最高峰「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」のメンズ・アーティスティック・ディレクターに就任し、アブローはファッション界の頂点に到達する。一握りのデザイナーしか務めることができないポジションを掴んだアブローだが、そこまでの道のりは、ファッション界のエリートデザイナーとはまったく異なるものだった。
1981年生まれ、アメリカのシカゴ出身であるアブローは、2002年にウィスコンシン大学マディソン校で土木工学の学位を取得後、イリノイ工科大学で建築学の修士号を取得する。友人であったYe(当時の名前はカニエ・ウエスト)のクリエティブ・ディレクターとして活躍するようになり、アブローは実力を磨いた。
この経歴が示すように、彼はファッションの専門教育を受けたことはなく、独自の道で経験を重ね、ファッションデザイナーへと至る。
2012年12月、動画プロジェクト「パイレックス ヴィジョン(Pyrex Vision)」をYouTubeに公開すると、2017年に閉店した、パリの伝説的セレクトショップ「コレット(Colette)」のクリエイティブ・ディレクターを務めていたサラ・アンデルマン(Sarah Andelman)から、「パイレックス ヴィジョン」の映像に映っている服は買えるのかという問い合わせが届く。
このコンタクトから、アブローの快進撃が始まった。その後、「パイレックス ヴィジョン」は「オフ-ホワイト c/o ヴァージル アブロー(OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH™/以下、オフ-ホワイト)」へと名前を変え、アブローの提唱するファッションは人々を熱狂させていく。(文:AFFECTUS)
アブローは自らのブランドだけでファンを魅了してきたわけではない。仲間を作り、その仲間が新たにストリートの熱を作りだす「伝道者」となっていたのだ。彼は、マシュー・ウィリアムズ(Matthew Williams)、ヘロン・プレストン(Heron Preston)とアート&DJ集団「ビーントリル(BEEN TRILL)」を結成したが、その後のウィリアムズとプレストンの活躍は周知の通りだ。
ウィリアムズは自身のブランド「1017 アリクス 9SM(1017 ALYX 9SM)」が人気ブランドになり、2020年から2023年まで「ジバンシィ(GIVENCHY)」のクリエイティブディレクターも務めた。
プレストンはTシャツを発表したところ評判を呼び、アブローのアドバイスで自身の名前を冠したブランドを設立する。その際、アブローは単なるアドバイスにとどまらず、「オフ-ホワイト」をバックアップしていたイタリアの「ニューガーズグループ(New Guards Group)」をプレストンに紹介。プレストンのブランドを生産・流通面から支える体制を整えた。ニューヨーク市清掃局や「カルバン・クライン(CALVIN KLEIN)」など、様々な団体、ブランドとのコラボレーションで話題をさらっていくこととなった。
正道を歩まずに新しい波を作るアブローの活動は、従来のファッションデザイナー像を超えるものだったと言えるだろう。しかし一方で、アブローが「パイレックス ヴィジョン」「オフ-ホワイト」で発表していたコレクションは、ファッションデザインの基本を実践したものだった。クリエイションからは、アブローの知性が滲み出ている。
マルタン・マルジェラの文脈を受け継ぎ、更新した「パイレックス・ヴィジョン」
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アブロー初の本格的ファッションプロジェクト「パイレックス ヴィジョン」は、既存の服にプリントを施すという非常にシンプルな手法で製作された。
「チャンピオン(Champion)」のフーディー、「ラルフ ローレン(Ralph Lauren)」のカジュアルライン「ラグビー(Rugby)」のチェックシャツなど、既存のアイテムにシルクスクリーンプリントを施したものが、「パイレックス ヴィジョン」の根幹になる。当時、「チャンピオン」のフーディーは約40ドルだったが、「パイレックス ヴィジョン」ではバロック期のイタリア人画家カラヴァッジオ(Caravaggio)の作品「キリストの埋葬」をプリントしたフーディーを、225ドルの価格で発売した。
既に市場に流通し、安価な価格で入手できるアイテムにプリントを施しただけで、元のアイテムの数倍の値をつけたことに対する批判はあったが、「パイレックス ヴィジョン」は瞬く間に完売した。
既存の服をベースにして新しい服を生み出す手法は、ファッションデザインでは決して珍しくない。この手法をモードの世界に浸透させたデザイナーといえば、マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)の名が挙げられる。マルジェラは古着を解体し、異なる要素を入れて再構築することで新しい服を作り上げた。
マルタンの黄金期とも言うべき1990年代は、彼の代表的デザインが確認できる。1990年秋冬コレクションでは、ヴィンテージのフェイクファーコートをストールに作り変え、1991年春夏コレクションでは1930〜40年代のポールガウンをグレーに染め直し、ロングベストに作り変えた。そして1991年秋冬コレクションでは、ミリタリーの靴下をつぎはぎしたハイネックニットを発表。マルタンは既存の服から新しい服を生み出す魔法をいくつも見せてくれた。
デザインの手法に着目すると、マルジェラと「パイレックス ヴィジョン」には共通点が見られる。ただし、両者のアプローチには明確な違いが存在する。マルジェラは古着を活用するにしても、一旦解体して再度組み立てる。服そのものに仕掛けを施すのだ。一方で「パイレックス ヴィジョン」は、市場に流通している服を入手して、服の構造には手を入れず、あるがまま活用する。
アートと服を融合させる手法も、ファッションデザインの歴史を振り返れば数多く見られる。代表的な例として、1965年にイヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)が発表したモンドリアンルックを挙げたい。サンローランは、モンドリアン絵画の特徴である鮮烈な原色を生地で再現し、その生地を端正なストレートシルエットのドレスに仕立て、世界中を驚かせた。
翻ってアブローは「チャンピオン」のフーディーに、カラヴァッジオの作品をプリントしただけだ。フーディーのボディはオリジナルで製作したものではないし、カラヴァッジオの絵画も編み地で再現するなどの手の込んだものではない。既存の服に手を加えず、シルクスクリーンプリントをしただけの手法は、サンローランと比較して、かなり簡易的であることがお分かりいただけるだろう。
このアブローの手法をどう感じるか。確かに、一見するとかなり安直なアプローチに思えるが、見方を変えれば「コンテクストにカウンターを打ち込む」という、ファッションデザインの基本を抑えた手法とも言える。
ファッションでは技術・時間・品質に価値が置かれる傾向がある。「完成までに要した製作時間は数十時間に及ぶ」、「100個のパターンで作られた1着のドレス」、「最高級の原料を使用したウールテキスタイル」といったように、技術・時間・品質の要素がハイレベルであればあるほど服の価値は上がり、高価格にも説得力が生まれる。
しかし、だ。高度な技術を駆使して、最高の素材を使用して数百時間をかけて作られた服だけが、ファッションの価値だろうか。驚くほど単純なアイデアを、安価な素材と1時間にも満たない製作時間で完成させ、「欲しい、着たい」と人々を熱狂させる服もあるのではないか。ファッションの新しい価値を実現したのがマルタン・マルジェラであり、マルタンよりもさらに簡略化したデザインで価値を作り出したのが、「パイレックス ヴィジョン」だった。
これまでのファッションに新しい流れを打ち込むカウンターは、服の形・色・スタイリングなど外観で表現されることが主だった。しかし、複雑さや時間をかけなくても、シンプルなアイデアとテクニックでファッションの価値は生み出せる。アブローは外観ではなく手法に焦点を当てて、ファッションデザインの文脈にカウンターを打ち込んだ。バスケスタイルとアートが一つになったストリートウェア、「パイレックス ヴィジョン」には味わい深さが潜んでいる。
無個性が魅力の時代に個性を表現、トレンドを読み込むコンテクストデザイン
去年は気に入って着ていたシャツが、今年はいまいち好きになれず、着たくない。そんな体験を、誰もが一度は経験したことがあるだろう。「ある服を着るか、着ないか」、それを決めるのは自分自身の意思。そう思われるかもしれない。しかし、知らず知らずのうちにトレンドが消費者の意思決定に大きな影響をもたらすのがファッションだ。
トレンドに抗うことはなかなかに難しい。たとえば、スリムシルエット全盛の時代に、1980年代的なビッグショルダーのジャケットを着ることには抵抗が伴うし、その逆もまた然り。ボリューミーな服が圧倒的人気の時代に、体に張り付くほど細いスキニーシルエットの服を着ることにはためらいが生じてしまう。
ファッションとはビジネスであり、現代人の購買意欲を刺激するかどうかは、トレンドの解釈にかかっている。アブローのデザインを見ていると、トレンドを読み解く知性が感じられてくるのだ。
「パイレックス ヴィジョン」は「オフ-ホワイト」に名前が変更され、2014年春夏コレクションから本格的にモードシーンへ躍り出たが、デビューコレクションを見ると「パイレックス ヴィジョン」との違いが明らかだった。
カラーパレットにはオフホワイトとホワイトが使用され、「パイレックス ヴィジョン」では弱かったクリーンなテイストが顔を覗かせる。グラフィック面でも変化が見られた。「パイレックス ヴィジョン」でインパクトを放ったのは、カラヴァッジオの絵画という具体性が強いグラフィックだったが、「オフ-ホワイト」の主役となったグラフィックは、斜めに走るストライプを用いた抽象性の高いもの。
デビューコレクションで使われた他のグラフィックも色はモノトーンで、カラヴァッジオの絵画よりも色彩が失われ、「パイレックス ヴィジョン」よりもグラフィックの存在感が希薄になっている。言い換えると、記号化しているような印象だ。
スタイルの抽象化にも注目したい。「パイレックス ヴィジョン」のスタイルはバスケットボールファッションが全面に押し出されていた。「オフ-ホワイト」にもスポーティなスタイルは見られるが、その一方で、デニムや迷彩を使ったトラッド要素が現れ、「パイレックス ヴィジョン」から引き続き登場するチェック柄がトラッド化を押し進める役割も果たす。この効果によって、バスケスタイルの濃度が薄くなっている。
OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH™ 2014年春夏コレクション
Image by: OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH™
OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH™ 2014年春夏コレクション
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スポーティなルックもバスケという単一の要素だけでなく、フットボール的にもアウトドア的にも感じられ、スポーツが多面的に感じられる印象だ。
OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH™ 2014年春夏コレクション
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また、ストラップを多用したバッグデザインもアウトドアテイストを強めていく。このアイテムでもカラーは無彩色がメインだ。
OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH™ 2014年春夏コレクション
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OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH™ 2014年春夏コレクション
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「オフ-ホワイト」のデビューコレクションは、素材・色使い・スタイルの面で「パイレックス ヴィジョン」の要素が引き継がれているが、グラフィックの簡素化、トラッドや他のスポーツが入り込むことで、バスケットボールという具体的で個性の強いスタイルから、スポーティなファッションというスタイルに抽象化されている。この抽象化が、「オフ-ホワイト」にクリーンさが生まれた理由だと考えられる。
ここで2014年周辺のファッショントレンドに触れたい。当時、最も注目されていたファッションが「ノームコア」だ。
ノームコアは、2014年2月、ファッションマガジン「The Cut」に掲載された記事がきっかけとなりファッション界に浸透したが、元々は服装を意味する言葉ではなかった。アメリカのトレンドリサーチグループ「K-HOLE」 が、現代の人々が示す姿勢の一つをノームコアとして発表したことが起点となっている。
人々の間でデザイン性の強い服よりも、シンプルでカジュアルな服が人気となり、その影響は個性が求められるモードにも及んだ。当時の時代背景を考えると、「オフ-ホワイト」のデビューコレクションはアブローが解釈したノームコアにも見えてくる。「パイレックス ヴィジョン」で披露したアブローのカルチャーは継続して表現しつつ、スタイルの抽象化を図りクリーンなスタイルに着地させる。無個性が魅力の時代に、個性を表現する術を提案する。それは、新しく生まれたファッションの文脈に、アブローが知性を使ってアンサーを返したようだった。
自身の世界を強く打ち出すというよりも、コンテクストを読み解くデザインに主眼を置く。そう感じさせるコレクションが、「オフ-ホワイト」では発表されていく。次は、アブローのコンテクストデザインの特徴を顕著に表した2つのコレクションを取り挙げたい。
ヴァージル・アブローの知性が発揮された二つのコレクション
一つ目にピックアップする「オフ-ホワイト」のコレクションは、2018年春夏コレクション。当時のトレンドは、デムナ(Demna)による「ヴェトモン(VETEMENTS)」が中心だった。デムナの提唱するストリートウェアは、ノームコアのカジュアルは引き継ぎながらも、超極大ビッグシルエットの個性的カジュアル。ノームコアの文脈は完璧に更新され、時代が大きく動き始めていた。
デムナの美意識はアーティスティック・ディレクターを務める「バレンシアガ(BALENCIAGA)」でも発揮され、2018年春夏メンズコレクションは「ダッド(お父さん)」と呼ばれた。「日曜日に着るお父さんの服装」と形容された究極の没個性メンズカジュアルは、逆にその無個性が個性的に映り、ダッドスタイルは瞬く間にトレンドを席巻した。
やることなすこと全てが成功を収めたデムナは、まさに現代の王様だった。それでは、デムナと同様にストリート旋風の一翼を担ったアブローは、どんなコレクションを発表したのだろうか。「オフ-ホワイト」はデムナとは逆の道を進んでいた。
パリで発表された「オフ-ホワイト」2018年春夏コレクションのテーマは「ダイアナ元妃」。シックな美しさを振りまくドレッシーなウィメンズウェアは、まさに「ヴェトモン」や「バレンシアガ」の逆をいくスタイルである。
OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH™ 2018年春夏コレクション
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OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH™ 2018年春夏コレクション
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カジュアルの王様 デニムを使用しても、シルエットは端正でスリム。時代を席巻していたビッグシルエットからは距離を置いた。
服にボリュームを出したとしても、オートクチュールドレスのように気品が漂う。ショートレングスのウェアは、クリストバル・バレンシアガ(Cristóbal Balenciaga)の仕立てたドレスを彷彿させ、構築的なカッティングが目を惹く。ボトムにはジーンズをスタイリングし、トレンドのカジュアルを拾うが、スリムなボトムシルエットの効果によって全身を覆うムードはエレガントそのものだ。
このように、アブローはダッドスタイルとは180度異なるファッションを提案し、当時のトレンドにカウンターを仕掛けた。その姿は、ストリートの中心人物だったアブローがストリートに反旗を翻すようでもあった。
「ヴェトモン」に目を向けると、その勢いはとどまるところを知らず、再び新たな価値観を作り出していた。柄・ロゴ・色が複雑かつ重層的にデザインされたファッションはアグリー(英語で「醜い」の意)と称され、装飾性高いデザインがトレンドを支配するようになる。「ヴェトモン」2018年秋冬コレクションは、まさにアグリーを代表するスタイルだった。
そしてアブローは、またもトレンドにカウンターを仕掛ける。「オフ-ホワイト」2019年春夏ウィメンズコレクションは、スポーツが全面に打ち出された。
ショー会場には白いラインが引かれ、陸上競技場のトラックを表現。コレクション前半は、ピュアなホワイトを主役に据えた。真っ白な服は、装飾濃度の高いアグリーとはまったく異なるファッションだ。スポーティなデザインだけでなく、ドレスのディテールをスポーツと組み合わせたルックも発表され、カジュアルでカオスなアグリーストリートとはどこまでも逆をいく。
OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH™ 2019年春夏コレクション
Image by: ©Launchmetrics Spotlight
OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH™ 2019年春夏コレクション
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ショーが中盤に差し掛かると蛍光イエローが登場し、ますますスポーツウェアの要素が強化される。トレーンを引くエレガントなルックも、ネオンカラーの力でスポーティな装いへ。
グラフィック面で言えば、このコレクションは決してミニマルというわけではなかった。爬虫類柄という通常のスポーツウェアではまずお目にかかれない、デコラティブなプリントが登場。しかし、アグリーの系譜に連なるこの爬虫類柄さえも蛍光イエローに染色され、トレンドを塗り替えるというアブローの意思が伝わってくるようだった。
以上が、アブローのコンテクストデザイン例として取り挙げた二つのコレクションだ。
ストリートという言葉には、常に反逆的なイメージがついてまわる。1990年代、ケイト・モス(Kate Moss)を起用した「カルバン・クライン(CALVIN KLEIN)」の広告に「シュプリーム(Supreme)」が自ブランドの象徴である赤いボックスロゴのステッカーを貼り付けた宣伝手法は、まさにストリートのイメージを表す代表的なものと言えるだろう。
動画プロジェクトとして始まった「パイレックス ヴィジョン」の成り立ちは、ファッション界の常識にとらわれないもので、反逆的なストリートの伝統が表現されていた。一方で、「パイレックス ヴィジョン」と「オフ-ホワイト」で発表されたコレクションは、ファッションデザインの基本からは外れないオーソドックスなものだった。
新しい流れを作る時も、ファッションの文脈に乗った上で仕掛ける。ブランドを広める手段は異端であっても、コレクション製作は王道に忠実。そんなデザインが、ヴァージル・アブローの本質だ。
ヴァージル・アブローが遺した「オリジナリティ」の見つけ方
知的なデザインを行うアブローだが、この手法に弱点がないわけではない。彼が手掛けていた当時の「オフ-ホワイト」は、自身のオリジナリティの表現に注力するよりも、ファッションデザインの文脈の読み解きを優先するように製作される。そのため、シーズンごとにデザインの振り幅が大きく、時にはブランドの醍醐味でもあるデザイナーの作家性が見えづらいことがあった。
ラフ・シモンズ(Raf Simons)はかつてインタビューで、アブローについて次のように述べていた。
"Not Off-White. He’s a sweet guy. I like him a lot actually. But I’m inspired by people who bring something that I think has not been seen, that is original."
「『オフ-ホワイト』ではない。彼は優しい男だし、実際に彼のことは大好きだ。けれど、私はこれまで見たことのない、オリジナルな何かをもたらす人々にインスパイアされる。」
しかし、アブローはオリジナリティの表現にも注力していた。NBAの伝説 マイケル・ジョーダン(Michael Jordan)や、現代アートを開拓したマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)からインスピレーションを受け、バスケットボールとアートを融合させた「パイレックス ヴィジョン」はアブローの根源が表現され、最もオリジナリティが発揮された代表作と言える。
「Boyhood(少年時代)」をテーマにした「ルイ・ヴィトン」2020年春夏メンズコレクションも、アブローのオリジナリティを実感するクリエイションの一つだ。このコレクションでは、アブローが少年時代の体験に思いを馳せ、その明るく楽しい時間を鮮やかな花々で表現したメンズウェアを提案した。園芸から着想を得たコレクションの色彩は、ファッションの華やかさを物語るがごとく美しい。
「LOUIS VUITTON」2020年春夏コレクション
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「LOUIS VUITTON」2020年春夏コレクション
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アブローは、オリジナリティの発見方法についても述べている。2017年7月にアブローがハーバード大学デザイン大学院で行った、特別講義の内容を収めた書籍『複雑なタイトルをここに』には、オリジナリティを見つけるためのヒントが記されている。
最後に彼の言葉を引用し、本稿の締めとしたい。コレクションの素晴らしさはもちろん、新しい才能を支援しながら自分の体験を次世代に余すことなく伝えたヴァージル・アブローはストリートだけに留まらない、全てのファッションの伝道者だった。
「自分の一番古い記憶を辿ってみてほしい。初めて自分のクローゼットを整頓したときのこととか、好きな色でもいい。勉強しすぎる前のこと、自分の根底のようなところまで戻ってみて。それが君のDNAだから」“複雑なタイトルをここに” より
2016年より新井茂晃が「ファッションを読む」をコンセプトにスタート。ウェブサイト「アフェクトゥス(AFFECTUS)」を中心に、モードファッションをテーマにした文章を発表する。複数のメディアでデザイナーへのインタビューや記事を執筆し、ファッションブランドのコンテンツ、カナダ・モントリオールのオンラインセレクトストア「エッセンス(SSENSE)」の日本語コンテンツなど、様々なコピーライティングも行う。“affectus”とはラテン語で「感情」を意味する。
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