FASHIONSNAPの新春恒例企画、経営展望を聞く「トップに聞く 2023」。本年は、アフターコロナにシフトする中で各企業に求められている「イノベーション」をテーマにお送りする。
第10回は、2023年1月1日に代表取締役会長CEOに就任した資生堂の魚谷雅彦氏。創業150周年の節目となった2022年は、ヘリテージを生かしたCMや各ブランドからの周年アイテムの発売など話題を集めた1年だった。また、コロナ禍でも未来を見据えて計約1450億円を投資した3つの国内新工場の稼働は、改めて業界内に存在感を示した。2014年から8年間社長を務めた魚谷氏は今年から会長として、新社長COOの藤原憲太郎氏と二人三脚で資生堂の成長未来を描く。「ピープルファースト」を経営理念に人財への投資もより一層強めていく魚谷氏に、2023年とそれからについて聞いた。
■魚谷雅彦(うおたに まさひこ):資生堂 代表取締役会長CEO
1954年6月2日生まれ。1977年同志社大学文学部英文学科卒業後、ライオン歯磨株式会社(現ライオン)に入社。1983年に米国コロンビア大学経営大学院卒業(MBA取得)。シティバンクN.A.マネジャーやクラフト・ジャパン(現モンデリーズ・ジャパン)代表取締役副社長を経て、1994年に日本コカ・コーラの取締役上級副社長・マーケティング本部長に就任。代表取締役社長を経て、2006年から2011年まで代表取締役会長を務めた。2013年にマーケティング統括顧問として資生堂に入社。2014年6月、代表取締役社長兼CEOに就任。2022年1月から代表取締役社長CEO、2023年1月から現職。
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約1450億円投資の新工場はアフターコロナで必要不可欠
ー2022年を一言で振り返るとどんな1年でしたか?
創業150周年という大きな節目で、本当はもっと大々的に祝いたかったのが正直なところですが、「我慢」の年でしたね。前年前半の中国や、最近のアメリカは市場が急速に回復していますし、それを見ながら日本は足踏みをしていた状況ですよね。またグローバルで見て、中国の断続的なロックダウンやウクライナ紛争の長期化、資源・エネルギー価格の高騰、ドル高の急激な進行など、引き続き不透明な状況が継続したと思います。
そんな中でわが社のことを少し話ますと、企業スポーツ・実業団の資生堂ランニングクラブがクイーンズ駅伝(第42回全日本実業団対抗女子駅伝競走大会)で優勝したのはとても嬉しかった出来事です。資生堂創業150周年という節目の年での優勝は、努力が実を結ぶ瞬間を見せてくれ、粛々と未来に向けて準備を進めれば成果が出る、と背中を押されたような気がします。
■資生堂によるウクライナ支援の一例
・100万ユーロ(約1億3000万円)を国連難民高等弁務官事務所に寄付
・ウクライナ避難民支援でチャリティーコンサート開催
・ICUとの共同でウクライナ避難学生を長期的支援
ー社会情勢が不安定な中でも、好調だったブランドは?
注力するスキンビューティーブランド「クレ・ド・ポー ボーテ(Clé de Peau Beauté)」や、米国でもシェアを拡大する主力メイクアップブランド「ナーズ(NARS)」が大きく伸長し、成長をけん引しました。そのほか、グローバルブランド「SHISEIDO」は回復基調にありますし、日本事業では9月にリニューアルした「エリクシール(ELIXIR)」も成長に転じています。
2022年12月期連結業績
売上高:1兆673億5500万円(前期比5.7%増※実質ベースで同0.9%増)
コア営業利益:513億4000万円(同20.6%増)
営業利益:465億7200万円(同53.7%減)
親会社株主に帰属する純利益:342億200万円(同27.1%減)
2023年12月期通期予想
売上高:1兆円(同6.3%減)
コア営業利益:600億円(同16.9%増)
親会社株主に帰属する純利益:280億円(同18.1%減)
ー2022年のイノベーションについてですが、コロナ禍で日本において3工場が稼働しました。
2019年に那須工場、2020年に大阪茨城工場に続き、2022年には福岡久留米工場が稼働しました。これにより国内全6工場となり、スキンビューティーカンパニーとして「メイド・バイ・ジャパン」の高品質な製品をグローバルに安定的に提供する体制が整いました。そのための必要不可欠な投資だと思っています。
ー3工場への合計投資額は約1450億円。大規模な投資です。
会社のリーダーたるものは、少なくとも3年、5年、できれば10年先を見据えておかなければいけないと考えています。過去3年にわたり、厳しい判断をするような構造改革をグローバルで進め、不採算事業の見直しやマーケティングなどの予算削減にも奔走してきましたが、この状態を続けると縮小均衡に陥るのではという危機感がありました。社員の士気にも関わることだと。その流れを止めて戦略的投資を拡大し、攻めの経営に転換する必要がありました。確かにコロナという未曾有の事態に直面しましたが、そういった混沌とした社会が以前の“日常”を取り戻し、前へ動き出した時にお客さまやお取引先とどう接するべきかを考えた結果、工場建設は止めるべきでは無いと決断しました。
ーコロナ後をどう見据えているのでしょうか?
コロナ前はインバウンド全盛期だったこともあり、化粧品業界全体が右肩上がり、当社も店頭にはお客さまであふれかえっている状態が続き、しかるべきお客さまに商品をお届けできない事態が起こってしまっていました。せっかく足を運んでくださったお客さまに「今在庫を切らしています」と言うのがどれほど心苦しかったか…。そういったこともありコロナ前から新工場の建設を進めていましたが、コロナに直面しインバウンド需要が減少したからといって、建設を止めなかったのはコロナの先を見据えたからです。新しい3工場の稼働で生産能力が高まり、福岡工場からはアジアへの出荷も容易になったので大変心強いです。
ーこれまで魚谷会長が多くの会見で「ピープル・ファースト」とおっしゃっていたのが印象的です。
人財が会社にとって大切な資産だからです。たとえばお伝えした3つの新工場でも最新のIoT技術を搭載して効率化し、働きやすい設備を設計しましたし、もちろん環境にも負荷がかからないように工夫しました。地元の方の採用を積極的に進め、また資生堂の工場があることを誇りに思っていただけるよう、地域の方々の交流の場にもなる施設を併設するなど、地域の活性化にも努めています。
ピープル・ファーストのための投資
ー資生堂にとってなぜピープル・ファーストが重要なのでしょうか。
化粧品を含め消費財の価値というのは人を喜ばせ、幸せにすることだと思っています。喜んでいただくためには、消費者が「これでなければ」と思える価値を作らなければなりません。AIやアルゴリズムの精度はどんどん上がっていきますが、人の心に訴えかけるものはやはり人から生まれます。
開発やマーケティング、ブランディングでは、数字をロジカルに分析する力と、数字の背景にあるものを感じ取る力のどちらも必要です。私はこれを「スキルとセンス」と捉えています。ドラッガー(経営学者 P・F・ドラッカー)の理論で「コップの水理論」というのがありますが、コップに“もう”半分も水が入っていると見るか、“まだ”半分しか入っていない(半分空きがある)と見るか。どう捉えるかは人が持つセンスに左右されるのではないでしょうか。
経営者やリーダーは自分が全てアイデアを出す必要はなく、社員たちがアイデアを出せる環境を作るべきだと思います。だから、本質的にはどんなイノベーションもまずは「人ありき」ではないかとすら思います。設備「投資」と呼ぶのに、人的「コスト」と呼ぶのはおかしいですよね。
ーでは、人財資本へも「投資」をしているのですか?
2022年下期は人財資本のための社員エンゲージメント向上を目的に50億円の追加投資をしました。今年9月には銀座の本社社屋「資生堂銀座ビル」を改装し、グローバル共通の人財開発センター「Shiseido Future University」を開設予定です。単なるビジネススクールのような研修だけではなく、アートやファッション、さらには資生堂のヘリテージや歴史などに触れて学ぶことを通して、世界中の資生堂で働く人財同士が交流し成長する機会を与えられるような場所にしていきます。
また過去数年でニューヨークやパリ、ロンドン、上海など海外拠点のオフィスも刷新しました。ちなみに来年を目処に全世界統一のシステムの導入が完了する予定です。人財への投資に直接結びつきませんが、こういったオフィス環境の充実や、システムを通じてのグローバルでのスムーズな連携は、働きやすい職場につながると考えます。また全世界統一のシステムは現地主導のビジネスがより活性化すると期待しています。
ーオフィスの刷新にはどんな狙いがあるのでしょうか。
人の美しさに寄り添う化粧品を手がけるグローバルビューティカンパニーとして、各国のどの地域にどういったオフィスを構えているか、さらにどういった人たちが働いているのか、というのは先ほどお伝えした、「スキルとセンス」の「センス」を磨く上でもとても重要です。フランスはパリ・フォーブル・サントノレ通りに、ニューヨークはマディソン・アベニューといった場所に、資生堂の礎を築くアート&サイエンスを体感しながら、自由なアイデアや発想を生み出せるよう、環境を整備しました。
ー一方で、パーソナルケア事業や「ベアミネラル(bareMinerals)」や「ローラ メルシエ(LAURA MERCIER)」などの売却といった痛みを伴う構造改革も進めています。
この選択に至るまでの大きな問いがありました。「資生堂の本当の強みは何か」ということです。2030年までに「世界No.1のスキンビューティーカンパニーになる」と掲げていますが、世界で存在感を示すためにはもっともっと洗練させていく必要があります。原点に立ち返って、われわれの“コア”は何か?と考えたときに、やはりアート&サイエンスを最も体現できるプレステージ領域だと確信しました。
以前からプレステージファースト戦略を推進していましたが、海外事業部の社員と話していても、資生堂の背景にある日本の文化や歴史、細部にこだわる価値観をとても大切にしてくれていて、改めてそれが自分たちの魅力なんだと気づかせてくれました。コロナに起因する社会情勢や市場の変化は最終的な決断の機会になりましたけども。
【備考】
2022年の資生堂の売却
・2021年に「ツバキ(TSUBAKI)」「ウーノ(uno)」など擁するパーソナルケア事業をCVC キャピタル・パートナーズに売却(詳細を読む、現在はファイントゥデイが運営する)後、2022年に同事業の製品を生産する久喜工場(埼玉県久喜市)とベトナム工場をCVC キャピタル・パートナーズに売却。
・「資生堂プロフェッショナル(SHISEIDO PROFESSIONAL)」などヘアサロン向け業務用商材を中心としたプロフェッショナル事業を、独・ヘンケル社に売却。(詳細を読む)
(参考)2021年の売却
・「ツバキ(TSUBAKI)」「ウーノ(uno)」など擁するパーソナルケア事業をCVC キャピタル・パートナーズに売却
・「ベアミネラル(bareMinerals)」「ローラ メルシエ(LAURA MERCIER)」「バクサム(BUXOM)」を、アメリカのプライベートエクイティファンドAdvent International Corporationに売却(詳細を読む)。現在、3ブランドは新会社オルヴェオンが運営。ローラ メルシエの販売は資生堂が継続。(詳細を読む)
サステナビリティ活動は長期的な目線で進める
ー化粧品各社でサステナビリティ推進の動きが加速していますが、業界でもサステナビリティ活動をリードする資生堂の取り組みを教えてください。
まずESG投資のE(Environment:環境)ですが、那須工場の電気はすべて栃木県内の水力発電でまかなっていますし、静岡県の掛川工場には大規模な太陽光パネルを取り付けています。大阪茨木工場、福岡久留米工場は建物の断熱性能を上げて省エネ化するなど、当然のように環境負荷を下げるための資材・運用方法を選択しています。
また製品ベースではパッケージの仕様変更や詰め替え対応の増加など細かくアップデートしています。エリクシールは2012年から化粧水と乳液の詰め替え用パッケージを開始。化粧水においては、本体ボトルと比較してプラスチック使用量を約85%削減できています。また、容器の根本的な開発として、アムコア(AMCOR)社さんの「リキフォーム(LiquiForm)」技術を吉野工業所さんと共同で化粧品容器に世界で初めて応用しました。リキフォームを活用した化粧品のつけかえ容器は、容器単体のプラスチック使用量を約70%削減可能にし、当社の標準的な従来のつけかえ容器に対して約70%のCO2を削減しました。この技術は3月に発売する「SHISEIDO オイデルミン エッセンスローション」に搭載します。
ーサステナビリティ活動ではどうしてもコストがかかりますが、ビジネスとの両立をどう捉えていますか?
そもそもイノベーションとはコストがかかるものですし、目先の利益よりも先を見据えて行うべきことです。数字的には確かにコスト高となりますが、根本的に地球が存続しなければ社会も、そして企業も成り立ちません。この取り組みが、将来的にどれだけの利益を生み出すかは容易に算出できるものではありませんが、考えとしては未来につながる投資である、という考えで確信を持って推進しています。そして資生堂はリーディングカンパニーとして、サステナビリティにおいても先導であるべきですし、義務があると思います。当社だけでは難しい側面もありますが、競合他社はもちろん、異業種まで浸透していけば、生産コストの圧縮につながると思います。
■2022年異業種とのサステナブルな取り組み(一例)
・積水化学、住友化学との協業でプラスチック化粧品容器回収から再生までの新たな仕組みを構築へ
・スパイバーと生分解性を有する化粧品原料を開発
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