ビームス 設楽洋社長
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ウィズコロナ時代の経営の展望を聞く連載「トップに聞く 2021」第10回は、ビームスの設楽洋社長。世界中で猛威を振るっている新型コロナウイルス感染の影響から、アパレル市場回復には時間がかかるという見方が強いが、設楽社長は明るく前向きな姿勢だ。ビームス創業45周年、そして自身も70歳を迎える大きな節目を目前に、いま思うこととは。
■設楽洋
1951年東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、1975年に電通に入社。翌1976年に「ビームス」の設立に参加し、原宿に1号店を出店。セレクトショップ、コラボレーションの先鞭をつけた。1983年に電通を退社。ビームスは現在、国内外に約170店舗を展開している。
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―2020年を振り返るとどんな一年でしたか?
創業以来、最も厳しい年だったと思う。特に昨春の緊急事態宣言では最長約1ヶ月半、実店舗が店舗休業を余儀なくされるエリアもあり、ダメージはかなり大きかった。
―その分、ECの売上は伸びたのではないでしょうか。
我々もこの期間はデジタルシフトを加速し、ライブコマースやスタッフ投稿など、リアルで培ってきた個人の発信をさらに強化した。「ジャパネットビームス」のようなイメージでね。これまでのEC比率は30%前後だったが、2020年上期は46%まで伸びたし、自社ECでスタッフ投稿から入ってきた売上比率は69%に成長した。商品の目的買いではなく、「人」から入ってきて売れた金額が7割近くあったということは、お客様は商品だけではなくて、スタッフとの繋がりであったり、ビームスのコミュニティに入りたがっているとも言えるだろう。
―首都圏と関西圏はいまも緊急事態宣言下にあります。足元の状況は?
ホームウェアといった類のアイテムは好調だが、飲み会やパーティー、結婚式といったいわゆるハレの舞台がない状況なので、お客様の消費意識の変化、そして来街者や駅の利用者、商業施設への来館者の減少といった物理的な変化がリアルのビジネスに相当影響している。
―海外の景況は?
台湾はコロナ感染拡大の封じ込めに成功しているので割と元気。ECも伸びてきているし、現地での認知度も上がっている。中国も海外渡航ができない影響で内需が拡大しているので、ポップアップも含めてリアルの店舗は調子が良い。逆に香港や卸販売をしているヨーロッパは落ち込んでしまっている。
―仕入れ削減などの対応は行いましたか?
2020年秋冬は前年に対して7割程度に引き下げ、あとはいわゆる短サイクルのもので足りない分は対応するように指示を出した。2021年春夏は出張ができなかったり海外現地の工場が機能しなかった背景があるので、2019年春夏と比較すると多少減っているが、計画通りに進行している。
―2020年、特に力を入れた施策は?
我々はモノだけではなくコトを売ることをやってきたが、コロナによってイベントができなくなってしまった。逆を言うとコトをどうやってデジタルで発信していくか。そこに注力した。
一番収穫があった取り組みは「バーチャルマーケット(※)」というVRマーケットへの出店。VRと通じて世界中のお客様とリアルタイムでつながることができ、手応えを感じた。昨年トライアル出店した時は100万人がイベントに来場したので、VRがもっと一般の層にも浸透すればすごいことになるだろう。リアルのファッションだけではなく、アバターファッションの販売の場としてもポテンシャルはかなり高いと感じている。
※バーチャルマーケット:VR空間上にある会場で、出展者と来場者がアバターなどのさまざまな3Dアイテムや、リアル商品を売り買いできる世界最大のバーチャルイベント。VR機器やPCから気軽に誰でも参加することができる。昨年12月開催の「バーチャルマーケット5」では過去最大の延べ約100万人を超える来場者数を記録した。
―アバターファッションの市場は今後広がりそうですか?
市場規模はまだまだ少ないが、リアルでは叶わない自分の姿をアバターで作ることができるという体験は新しいハッピーに繋がり、自分の中の新しい世界が見えてくる。それによってリアルのファッションも連鎖的に変化する時代になるんじゃないかと考えている。
―2020年2月期の売上高は854億円でした。今期の通期着地の見込みは?
おそらく前年比で8割強になるだろう。営業損益は創業以来初の赤字となってしまった。とはいえ、賞与は減額したがちゃんと出したし、ここまで一人もリストラすることもなく、新入社員も新たに迎え入れるし、元気に頑張っている。
―他社では大量閉店が相次いでいますが、その予定は?
全く無い。コロナ前から店舗効率化の計画は進めていて、それが少し早まっただけ。閉店する店舗は4〜5店舗程度の見込みだ。
―今後力を入れていく事業は?
BtoB、サステナビリティ、デジタル化の3つを今後の大きな要素としている。
―BtoBではどのようなプロジェクトに取り組んでいるのでしょうか?
企業や行政とのコラボがメイン。2019年にBtoBの部門を発足したが、立ち上げてからまだ正式に発表してない段階からものすごい量の依頼が届いた。昨年は半期で約150件ほどあったかな。(宇宙航空研究開発機構JAXAに所属する)野⼝聡⼀さんの国際宇宙ステーション⻑期滞在時の衣服を手掛けたことで、同じく野口さんの活動に協力する日清カップヌードルさんとの搭乗記念コラボが実現したのも大きかった。「単純な店持ち小売」から「オペレーション機能をもった企画集団」になると言い続けてきたが、この取り組みがコロナの苦しい時期に助けてくれたと感じている。
―BtoB部門がコロナの悪影響を受けていないのは少し意外でした。
おそらくクライアント側は予算を削ったとしても、広告宣伝費であったり開発費をどこにかけるかというところに、「面白いことやってくれるだろう」という期待を込めてビームスに依頼してくれているのでは。そしてトレンドに敏感なお客様を抱えていることも、「バズらせる」という点で大きなメリットと感じていただけているのではないかと思う。
―BtoB部門で目指すものは?
「明るくて楽しい社会現象を起こす」というのが我々の役目。あらゆる商品やサービスに関して、ビームスが関わっていくことで驚きと発見を与えるビジネスができる「集団」になりたい。セレクトショップを始めた頃は、オーナーが好きなものを仕入れて、「これが好きな人、この指止まれ」というモノを軸にしたやり方で大きくなってきた。そして今はスタッフ100人いれば、100通りのビームスがある。これからの時代は人を軸に、これまで我々のお客様だった方ともビジネスや社会現象を一緒に起こしていけるようなコミュニティの集団でありたいと思っている。
―セレクトショップを取り巻く環境は大きく変化しています。設楽社長はどのように見ていますか?
ブームは長く続いたが、"かつてのセレクトショップ"はもう難しくなるだろう。これだけモノと情報が溢れ、個人のインフルエンサーが自ら商品をセレクトして仕入れてモノを売ったりすることも増えた。当社でも競合はユナイテッドアローズさんやトゥモローランドさん、ベイクルーズさんだけではなくなってきていると伝えている。インフルエンサーといってもお小遣い稼ぎ程度でモノを売る人もいるが、これが今後は10万人、100万人と出てきた時は脅威。
―これからのセレクトショップのあるべき姿とは?
単純なセレクトショップではなく、人格を持つビジネスでなくてはいけないと思う。その点についてはビームスはできていると考えている。
―昔から言われている、上場には未だに興味はないですか?
僕が社長でいる間は一切興味はない。「上場しない」と言い切っている。上場することによってできなくなることがたくさんあるので。アートやカルチャーは正直赤字になりやすいコンテンツだから、もし上場したら「そんなもんやめちゃえ」と言われかねない。でもアートやカルチャーがあるからこそ、今のビームスがある。次の社長の世代がもし上場したいという意向があるのなら、その時は任せるが。
―設楽社長は今年70歳を迎えます。社長職は何歳まで続けたいですか?
いや、もう今すぐでもやめたい(笑)。今年の創業45周年で70歳。50周年だったら75歳。感覚としては50周年を迎える前に引き継ぎたいかな。
―では「社長」という肩書きにはこだわりはない?
全くないね。
―後継者選びはある程度目処はついているのでしょうか?
まだ目処はついてないが、新生ビームスをつくる社員はある程度は育ってきているなというのはすごく感じている。
―第一線から退いても心配はない?
ビームスにはしっかりしたスタッフがたくさんいる。以前、社内で若手も集めて中間報告をプレゼンしてもらった時に「これは大丈夫だな」と思えた。あとは、時代が変化する中で「新しい種」を育てていけるかというところに、どこまでシフトしていけるか。必要なのはその意識だけ。
―しかし設楽社長の退任は社員の皆さんもまだ望んでいないのでは?
そうかもしれない。でも遊びたい(笑)。僕はアイデアマンタイプで、マネジメント型の社長ではないから。いまはコロナでイベントはすべて自粛されているから気が狂いそうでね。コロナ前はずーっとアポが続いて、夜はレセプションやパーティー、会食が毎日のように入っていたけど、それが今は全部ナシ。対面で会う人は100分の1に減ったからね。僕は色々な異業種の人と話して情報を得たりすることで、新しいアイデアが浮かぶタイプ。人と会えない分は、YouTubeやNetflixで色々な勉強を一生懸命しているところ。
―最後に、アパレル業界の今後をどのように見据えていますか?
中・長期的、アフターコロナもアパレル業界は非常に厳しくなっていくと思う。コロナを除いても、中期的に見れば少子高齢化が続いて人口が減っていく。百貨店や商業施設は淘汰されるところも出てくると思う。それからデジタルの時代になることで、「ファッション以外の楽しいこと」がたくさんあるという状況は今後も続くだろう。
―どんな企業やブランドが生き残っていけると考えますか?
やはり強い基盤があること。実店舗もネットもすでにオーバーストア気味。「わざわざ行くに足る理由」が必要だ。
僕はブランディングにおいては「連想ゲーム」をいつも意識している。例えば「車」というお題があるとしたら、「ベンツ」や「トヨタ」の名前を挙げていくと思うが、1周目で名前が出てくるブランドでなくてはならない。ショッピングでも同じ。原宿や渋谷で「今日4、5軒見て回ろう」という時に、ここに入るかどうか。キャラクターがはっきりしているブランドは人を楽しませる要素があるから、強く残っていけるはず。ビームスも選ばれるブランドやショップであり続けないといけないと思うし、そういった取り組みを今後も進めていく。
―これからの時代のビームスの役割とは?
我々がセレクトショップをスタートした1976年は若者がモノと情報に飢えていた。ところが45年経った今はモノと情報が溢れすぎているが故に「正しい情報が何か」ということに逆に飢えてしまっていると思う。
これまでのセレクトショップは「見たことがないものを見せてあげる」ことが役目だったが、これからは「絞ってあげること」が役目になってくるだろう。そこにビームススタッフの「人格」や「ノウハウ」を生かすこと。それが次のビジネスになっていくだろう。
―2021年はビームスにとってどんな一年になりそうでしょうか?
2020年を「進化は危機からやってくる」とするなら、今年は「四つの良し」。
―その心は?
昔から「三方良し」という商売人の言葉があるが、「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の3つに、「未来に良し」を加えて「四つの良し」とした。「四方良し」だと東西南北みたいになっちゃうから(笑)。
―「未来に良し」にはどういった意味を込めていますか?
「未来の子どもたちにとって良し」。これはゴミを少なくしたりサステナビリティに協力していくことについて具体的に取り組んでいくということ。SDGsを推進し、業界内でのサステナビリティへの意識を高めていくことも我々の役目だと思っている。
―明るく前向きなスローガンですね。
元気が出るでしょう? その姿勢が今、大事なんだ。
取材日に着用したセットアップはピッティでイタリアに訪れた時に仕立ててもらったという「スティレ ラティーノ(Stile Latino)」のもの。
(聞き手:伊藤真帆)
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