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オンライン展示会ツール「ターミナル(TERMINAL)」。ファッション業界に身を置いていればその存在を知らない人の方が少数派だろう。ターミナル社が運営しており、セレクトショップや小売店に卸売をするブランドは、受発注フローをデジタル化することでミスの削減や業務の効率化を図ることができる。そのほか、受注データを部門間の連携などに活用してビジネス面の強化が期待できることなどがメリットとして挙げられ、今年5月にサービス提供開始から10周年を迎えた。コロナ禍が追い風となり、現在では「ラコステ(LACOSTE)」「サロモン(SALOMON)」などの外資ブランドから「アンダーカバー(UNDERCOVER)」「シュタイン(ssstein)」などのドメスティックブランドまで、1000を超える事業がサービスを導入している。「華やかなイメージとは裏腹に、まだまだアナログの風潮も根強い」というファッション業界で、同サービスはどのようにしてシェアを拡大したのか。事業の拡大を続けるターミナルCEO 伊奈亮輔に、ファッション業界におけるDX化の現在地とあわせて訊いた。
「アナログなファッション業界を変えなくては」国内オンライン展示会ツールのパイオニア
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⎯⎯伊奈さんのこれまでのキャリアを教えてください。
大学は性に合わず3ヶ月で中退し、18歳の頃にセレクトショップの販売員としてキャリアをスタートしました。その後20代前半で上京して、展示会でバイヤーを相手に商談するセールスの仕事をやっていましたね。今思えば、キャリアのスタートから商品を仕入れる側と卸す側、両方に携われたのは、今の仕事をする上で有意義だったと思っています。
それからは別の会社でもう少し社会人としての経験を積んでから、27歳でサイバーエージェントの子会社であるシーエー・モバイル(現CAM)に入社。アーティストファンサービスの立ち上げや新規事業の拡大など、責任ある仕事を任せてもらい、2014年に設立メンバーとしてターミナルのCOOに就任しました。
⎯⎯元々ファッションに関わるDXビジネスに興味があったんですか?
最初は「ファッションが好きだからアパレル関係の仕事がしたい」というくらいのぼんやりとした想いからでした。あとシンプルにスーツを着た典型的なサラリーマンをやりたくない気持ちもありましたね。
実際社会に出て要領良く仕事を片付けようと思った時に、様々なツールやサービスを活用することで業務効率が急激に向上することが分かって、そこから色々と考えるようになりました。展示会の受発注プラットフォーム「ターミナル」の立ち上げの話が挙がった時は、同様のサービスが欧米で既に展開されていたことに加え、自分の今までのキャリアも活かせると思い入社を決めました。
⎯⎯欧米では既にターミナルのようなツールが普及していたんですね。
普及と言えるほど一般的だったかはともかく、当時から似たようなBtoBサービス自体はありました。ただ、日本は欧米と比べて新しいサービスの導入が遅く、国内ではまだ展示会ビジネスに特化したツールはなかった。何事もパイオニアになるのが一番得策なので、挑戦する価値はあるなと考えたんです。
⎯⎯当時は無名のサービスでした。不安もあったのでは?
不思議と不安はありませんでした。それよりも、自分のキャリアを活かして挑戦したいという気持ちの方が大きくて。そのほか、自分がアパレルブランドのセールスの仕事をしていた頃と展示会のやり方が全く変わっておらず、「なんで日本のファッション業界はいつまで経ってもアナログのままなんだろう。変えなくては」という思いもありました。
⎯⎯創業からサービスを拡大させていくなかで苦労したポイントは?
やはり、ターミナル自体が絶対に必要なサービスではないということですね。「あったら便利だな」というレベルなので、特にDX化が全くと言って良いほど進んでいなかった当時はどうしても導入の優先度が低くなっているように感じました。サービスとしてもまだまだ未熟だったこともあり、初期の頃は知り合いのブランドに無料でツールを使ってもらい、フィードバックをいただいてプロダクトやサービスの改善に役立てるということをひたすら繰り返しました。
⎯⎯サービスが良くても存在を認識してもらえなければユーザーは増えませんよね。そこからはどうやってシェアを広げたんでしょうか。
最初はまず知ってもらわないと話にならないので、とにかく営業をかけて地道にユーザーを増やしました。業界内である程度認知された頃から、こちらから営業をかけるスタイルはやめてサービスのブランド力を向上させる方向に舵を切りましたね。「最近ターミナルって名前をよく聞くな」「なんか面白いことやってるな」と感じてもらえるようにお客さん同士が交流できるようなパーティを主催したり、話題にしてもらえそうなノベルティを作って配ったり。システム会社というと堅苦しいイメージが先行しがちだと思うので、できるだけ顧客との距離感を近くして、ターミナルというチームの「仲間」を増やすことを意識しました。広告宣伝費はできるだけ使わず、サービスイメージの構築に注力したんです。
顧客から提供してもらった残布で製作したノベルティバッグ
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⎯⎯会社メンバーの構成割合は?
カスタマーサービスが5割、エンジニアが3割程度、あとは経営陣と営業が1人です。
⎯⎯営業は1人しかいないんですね。
現在はこちらから営業をかけることはほとんどしておらず、紹介や問い合わせからの新規契約が大半を占めているので、1人でもしっかり対応できています。創業してまもなくの時期はこちらから営業をかけないとどうしようもありませんでしたが、スタッフが心をすり減らして手当たり次第に営業をかけて、やっと1件契約を獲得するみたいなやり方はあまりに非効率だなと。自社サービスの魅力を高めて興味を持ってもらうというスタンスをこれからも継続していきます。
“コロナ特需”で導入ブランド3割増、SDGsや「2025年の崖」も追い風に
⎯⎯会社としてのビジネスにおけるターニングポイントは?
コロナ禍です。やはり対面での展示会ができなくなったことで問い合わせがものすごく増えて、導入ブランド数もコロナ禍以前と比べて約3割増えました。ターミナルにとっては追い風になりましたね。
⎯⎯コロナ禍が収束しても勢いは継続していますか?
“コロナ特需”で急増していた問い合わせの勢いは元に戻りました。これは投資の優先順位の話で、コロナが落ち着いてからは、実店舗の出店などに注力するブランドも増えたので仕方のないことだと思います。ただ、一度ツールを導入してくれたブランドが利用をやめるといったことはなかったので、サービス自体の満足度は維持できているのかなと。
ターニングポイントの話でいうと、ファッション業界におけるSDGs推進の流れもターミナルにとってはプラスに働いたと思います。
⎯⎯展示会で大量に用意していた紙の資料が不要になることで、ペーパーレスに繋がりますよね。
それも大きな要因の一つですね。最近、環境に配慮していることを理由に外資ブランドがターミナルを導入してくれるケースが増えてきたのは、本国から紙の資料を廃止するよう要請があったという事情もあるようです。
⎯⎯2018年には経済産業省が「DXレポート」と呼ばれる資料の中で、日本がDX化を推進しなかった場合、2025年から年間で最大約12兆円もの経済損失が発生することを「2025年の崖」と表現しました。
これもターミナルにとっては良い方向に作用しました。「2025年の崖」問題は今まさに多くの企業やブランドが直面している課題だと思いますが、ターミナルを利用する多くの企業からも社内システムの刷新に億単位の費用をかけて対応しているという話はよく聞きます。しかも、コロナ禍が例として挙げられるように、働き方が変わればそれに合わせて都度システムも変えていかなければいけない。その度に高い改修費用をかけるのって結構な負担ですよね。そんな中で、ターミナルは簡単に言えば「サブスク」みたいなビジネスモデルなので、月額利用料を支払えば自由にツールを使えて、時代や働き方の変化に応じた機能アップデートも全てターミナルに任せられます。国内でどこよりも長くオンライン展示会ツールを取り扱っている信頼もあり、導入ブランド増に繋がっているようです。
⎯⎯ターミナルでは、2023年に一部機能の無料開放をスタートしました。どんなサービスを無料で提供しているのでしょうか?
商品情報などを簡潔にまとめたラインシートとオーダーシートの作成、あとアポイント管理という大きく3機能ですね。従来通りのアナログな方法で展示会運営をしている企業やブランドでは、オーダーシートをエクセルで作っていたり、ラインシートをイラストレーターで作成していたりするところが多いんですが、それってすごく非効率だと思うので、「ターミナルを使えばもっと簡単にできますよ」というのを無料機能を通して体験してもらっています。最も安い月額2万円のプランで受注、集計機能も利用できるようになるのですが、無料機能を利用した顧客の多くが有料ユーザーになってくださるので、無料機能は新規クライアントのエントリーとして一定の手応えを感じています。
⎯⎯今後も無料機能の提供は続けていく?
続けていきますし、なんなら2024年中に無料機能範囲の拡大まで検討しています。具体的には納品書、請求書の作成までフリーでできるようにしようと。受注、集計を除いた展示会の全てのプロセスをフリープランでできるようにするだけでも十分に業務効率化は実現できますが、「折角なら有料プランを活用して全てターミナルに任せてみよう」と感じてくれる人が更に増えてくれたら嬉しいです。
ターミナルの強みはプロダクト自体もそうですが、契約後にカスタマーサービスチームがしっかりと運用をサポートできる点も挙げられると思うので、最終的には無料プランの中に期間限定のサポートまでつけて、サービスの利便性を更に多くの人に伝える体制を整えていきたいですね。
「体重計を買っただけでは体重は減らない」ファッション業界でDX化を進めるために必要なことは?
⎯⎯ターミナルは5月でサービス開始から10周年。これまでを振り返って、率直な心境を聞かせてください。
おかげさまで導入ブランドは1000を突破しましたが、このうち75%がターミナルからの働きかけではなく、ターミナルのサービスに興味を持ってお声がけくださったお客様なんです。特に既存の顧客からの紹介や口コミがきっかけとなっているケースが多く、ターミナルを愛してくださっている方々には感謝しかないですね。
⎯⎯ターミナルが顧客から愛されている理由は?
顧客と密なコミュニケーションを図っていることだと思います。10周年を迎えるにあたってステートメントを作成したんですが、そこで掲げたのが「Always your buddy」(僕たちはいつも仲間だよ)という言葉。サービス提供者と顧客という立場ではありますが、その垣根を越えて困ったことがあればなんでも相談に乗るし、楽しいこともたくさんするし、仲間のような存在でいたいという想いを込めています。このスタンスを創業時から継続して関係構築できているからこそ、自信を持ってターミナルをオススメしてくれているのかなと。
⎯⎯なんとなくですが、こういったIT系の企業はもっとドライでビジネスライクなイメージがありました。
ターミナルのような月額制のサービスでは利用継続率というのは重要な経営指標なので、そのあたりはここ10年でだいぶ変わってきているとは思います。サービスを利用する側が気を許せる会社と契約したいと思うのは当然だし、ターミナルとしても気持ちよくコミュニケーションをとりながら仕事できることが一番。やっぱり結局は人間同士の関係性なので、長くお付き合いできるような距離の取り方というのは会社として大事にしている部分ではありますね。
⎯⎯2021年に国内メディアが実施したファッション業界向けアンケートでは「WEB展示会システムとして最も利用されているサービス」にターミナルが選ばれました。
非常に有り難いです。他社ツールと比べ、実際に展示会でオーダーするバイヤーからの評判が良いというのはよく耳にしますね。ホーム画面に今オーダーできるブランドが一覧表示されるなど、利用者の動線に配慮したUI(ユーザーインターフェイス)が好評みたいです。
あとはターミナルが最も早くこういったサービスを始めていたことで、業界認知が進んで利用が拡大したという先行者メリットによるものかなと。
⎯⎯ターミナルの直近の課題を教えてください。
課題はファッション雑貨、スポーツなど専門店領域の強化です。最近、「ニューエラ(NEW ERA)」や「キーン(KEEN)」、「ポーター(PORTER)」などのブランドでも導入が始まりました。これらのブランドは大手小売企業や代理店との取引が多く、その分卸売における業務課題も多いです。複雑な商流やビジネスルールもあることから、これまであまり注力してきませんでしたが、プロダクトとサービスの進化により導入可能な企業も増えてきました。ただ、同じ定番品を分けて納品してほしいとか、商品によって掛け率を変えてほしいといった独自の要望も多いので、この辺りのシステム整備が急務だと考えています。
⎯⎯外資系ブランドのターミナル導入が増えているということでしたが、サービスの海外進出については?
英語への言語切り替えと外貨登録に対応しているので取引自体はしてもらえるんですが、本格的な海外進出は考えていません。そう考える一番の理由は、商習慣や言語まで対応する必要が出てくるから。そのほか、国内だけでもシェアを拡大できる余地がまだあるということも挙げられます。最近では韓国ブランドの日本進出も増えているので、まずはアジアから、といったエリアごとに考えるケースはあるかもしれません。
⎯⎯20周年に向けて、ターミナルはファッション業界でどんな存在でありたいと考えていますか?
世の中の半歩先を行くサービスであり続けたいですね。僕はずっと「新しすぎることはしない」と言い続けているんですが、それはターミナルが業務用サービスだから。業務用サービスというのは日々の業務を便利にするためにあるべきなので、今すぐ活用できる機能でないと意味がないと思うんです。例えば、最近では最先端のテクノロジーで生成AIも話題ですが、これについても現状は踏み込むつもりがありません。物流とか決済とか、インフラとしてもう少しAIが一般化してきたら「半歩先」のタイミングで導入しようかなと。そのために、我々は常に新しい情報を追い続けなければいけないと考えています。
⎯⎯ファッション業界DX化の現状について、伊奈さんの見解を教えてください。
ファッション業界って、中小大手に関係なく、「情報システム部」「IT部」といったデジタルチームのプレゼンスがまだまだすごく弱いですよね。それらの部署が適正に評価されて、優秀な人材が増えていかないと、本当の意味でのDX化は進んでいかないと思います。
⎯⎯「本当の意味でのDX化」というと?
私たちも事業提供者として日々の業務の中で強く意識していることですが、社内システムやツール活用を通じて部門間の連携を強化し、業務パフォーマンスを向上させる、ということですね。ファッション企業でDXを謳っているところって、実際にはEC部門の強化くらいまでしかできていなかったりするじゃないですか。まだまだ「デジタル化を通して本質的に何をやらなければいけないか」というところまで踏み込めている企業が少ないと思います。
⎯⎯DX化が進んでいない要因としては、企業の経営陣の考えがアップデートされておらず、新しい技術の導入に及び腰になっている、ということも挙げられそうですね。
それは確実にあるでしょうね。ターミナル導入の際にも、現場はやる気でも50〜60代の責任者が絶対に首を縦に振らないことって往々にしてあるんですよ。でも、これは仕方ないことかなと。その人からしたら、定年退職間際に得体の知れないサービスを自分の判断で導入して、失敗したらキャリアの最後に傷がつくわけですからね。ただこれについては、5〜10年もしたら自然と上層部が入れ替わるので、時間が解決してくれる部分があると思います。
⎯⎯ファッション業界で今後DX化を進めていくためにはどういったことが必要になってくると思いますか?
オンラインツールなどを導入して満足するだけでなく、それをどのように運用していくのかを真剣に考えなければいけないと思います。例えば、世界的にも有名な某大手クラウドサービスはセットアップや運用もかなり大変なんですよ。だから、世の企業の中にはそれを浸透させるためのチームがあったりするんです。ファッション業界でも、そういったDX化を進めるための努力を企業単位でしていく必要はあるでしょうね。体重計を買っただけでは、体重は減りませんから。
(聞き手:村田太一)
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