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慶應薬学部卒の三越伊勢丹バイヤーでありアーティスト、「箸でつまんだお肉」を描く田辺美那子の生態

生肉の絵を描くアーティスト田辺美那子のアトリエと本人

Image by: FASHIONSNAP

生肉の絵を描くアーティスト田辺美那子のアトリエと本人

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慶應薬学部卒の三越伊勢丹バイヤーでありアーティスト、「箸でつまんだお肉」を描く田辺美那子の生態

生肉の絵を描くアーティスト田辺美那子のアトリエと本人

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 慶應義塾大学薬学部を卒業した銀座三越のアシスタントバイヤー、その傍で「箸でつまんだお肉」の絵を描いているアーティスト。この一文だけで、アーティスト 田辺美那子への興味は否が応でも高まる。箸でつまんだ肉たちは、関連性を感じる食卓やスーパーではなく、青空や森などの大自然を背景に背負っておりその異様さを際立たせている。一方で「コンセプトはない、なぜなら余白が好きだから」と田辺は話す。なぜ薬学からファッション、そしてアートの道に進むことになったのか。本人に話を聞いた。

田辺美那子
1994年、東京生まれ。慶應義塾大学薬学部卒業後、同大学院薬学研究科を修了。株式会社三越伊勢丹に入社し、銀座三越 第二営業部婦人服担当アシスタントバイヤーとして勤務する傍ら、アーティストとしても活動をする。2022年個展「食べる前に相手をよく見る」を開催。
公式インスタグラム

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田辺さんは、慶應義塾大学薬学部卒業後、同大学院薬学研究科修了されています。そもそもなぜ薬学を志したのでしょうか?

 きっかけは中学生の頃でしょうか。理系科目が好きで。高校生では科学の実験に没頭していたんですけど、どうせ実験をするなら誰かのためになることをしたいなと。

専攻は?

 新薬開発に関する研究をしていました。一般的なイメージとして、お医者さんというのは1対1で「この命を助ける」という感覚があると思うんですけど、薬は1個開発できたらそれだけで多くの人が助けられるかもと思ったんですよね。まあ結局、服飾の仕事に就くことになるのですが(笑)。

医学の道からなぜファッション業界の道が開けたのでしょうか?

 受験勉強ばかりをしていた環境から大学へ進学し、ある種「自己責任でなんでもできる、何をしてもいい」という解放感があって。典型的な大学デビューとでも言えばいいんでしょうか(笑)。「制服以外を着なければならない」という義務と「どうせなら好きなもの着たい」という欲求がファッションへの目覚めです。それで、どんどんデザイナーズブランドにのめり込んでいきました。テスト勉強や、研究が辛い時でも、好きな服を着て生活をすることで幾分か気持ちが晴れやかになることを知ったんですよね。「服というのは自分の生活を助けるきっかけになるのか!」と。

箸で持ち上げられた生肉を描くアーティスト田辺

現在は三越伊勢丹でアシスタントバイヤーとして勤務されています。具体的なお仕事内容は?

 銀座三越で、婦人服のアシスタントバイヤーをしています。

ー「服が好き」という動機で就職先を探す場合、デザイナーやパタンナー、PRなど様々な選択肢があると思います。なぜバイヤー職を選んだのでしょうか?

 もちろん「服を作ってみたいな」という気持ちもありました。ただそれよりも「もっとたくさんの人がファッションを楽しむようになったら、みんなの日々の気分はもっとアガるはずなのにな」という思いの方が強かった。それで、より多くの人に服を届ける仕事をしたいと考えるようになりました。ブランドPRの採用面接なども受けたんですが、1つのブランドのアイテムを広めていくよりは、百貨店のように様々なブランドの、色々のアイテムを通して「ファッションというのは楽しいんですよ」というのをたくさんの人に届けたかった。要は買い付けて流通させるという方が自分自身の目標に合っていたんですよね。

三越伊勢丹のアシスタントバイヤーとして勤務する傍らアーティストとしても活動されています。

 元々、高校生の時に美術部に所属していて。中高生の時には文化祭を通して作品発表をしていたんですが、大学院時代はまったく制作をしていませんでした。そんな時、就職先も決まってあとは卒業するだけというタイミングで、友人から「ギャラリーで企画展示をするから作品を発表してくれないか」と誘われて。今思えば、それがアーティストとして活動するきっかけになりました。おかしな話なんですが、それまでは漠然と「絵は描き続けるもんだろう、私は」とずっと思っていたんです。でも、はじめてギャラリーでしっかりと発表の場を設けていただいたことで「やっぱり絵を描くことは楽しい。描くだけではなくて発表もしていこう」と自覚したんですよね。

インスタグラムに投稿されていた「ファッションは薬です」という作品は、田辺さんが薬学を経た上で絵と服に辿り着いたからこそ生まれた言葉だなと感じました。

 ただ毎日なんでもない服を着て過ごすよりも、自分の好きな服を身につけている方が楽しいというか、気分が高揚すると思っていて。例えば、医薬品はマイナスの状態から0に持っていくことはできるけど、服は0の状態から更にプラスにすることができる。そういう意味で、生活の質やQOLを上げるものなのかな、と。

箸で持ち上げられた生肉を描くアーティスト田辺の作品

「ファッションは薬です」油彩、2020


「服を着るとQOLが上がる」とは具体的に?

 毎日ファッションを楽しむことを続けていくと、精神衛生がよくなって、ストレスが減る。大袈裟かもしれませんが、そもそも病気になりづらくなるんじゃないかとさえ思ってしまいます。

「様々なブランドの色々な服を広めることで、多くの人が助けられるかもしれない」という話は、薬学部を志望した時の動機と近いですね。

 そうですね。絵もファッションと同様に、0からプラスに転じさせるものだと思っています。例えば、描く側である私個人的な話で言えば、絵を描く時は無心に近く、色々なことを忘れられるメディテーションとして機能しているし、作品が評価されればやっぱり嬉しい。作品の鑑賞者も、好きな絵を毎日眺めていたら「頑張ろう」と思えたり、何かを考えるきっかけになったりするのではないでしょうか。それは「0からプラスに転じさせるもの」の特徴かなと思っています。

伊勢丹バイヤーでありアーティストでもある田辺の自宅

田辺のアトリエ

田辺さんの代表作といえば肉を描いた作品です。

 これは、コラージュ作品を作る過程で手に取ったチラシがきっかけで。どのスーパーも、お肉を紹介するページではお箸で肉をつまみ上げる写真を用いていたんですよね。「これを描いたら面白いんじゃないか」と。描きたいことやモノが毎回違うので、基本的にはコンセプトみたいなものはあまりなくて。意味などは後付けで、ヴィジュアル先行で描くことが多いです。

箸で持ち上げられた生肉を描くアーティスト田辺の作品

お肉の作品における、後からついてきたコンセプトはどのようなものでしたか?

 作品を通して表現したかったことは2つあって。一つは「箸でお肉をつまむ」という動作を切り取り、宣伝に用いるって、冷静に考えてみるとかなり滑稽だと思うんです。「世の中には、箸でつまんでいるお肉の様に、当たり前だと思っていても実はかなり滑稽な物事ってたくさんあるよね」というのが言いたかった。もう一つは「最近、価値観というものは変わってきているよね」ということ。例えば「箸でつまんだお肉」で連想されるのは、食卓を家族全員で囲っている幸せなイメージも思い浮かびますが、一方で「動物を殺して食べる」ということも時代を考えれば想像します。そういったことに代表されるように、箸でつまんだ肉というのは「価値観というもは変わる」ということの象徴のように感じたんですよね。

田辺さんの作品はその異様さから、読み手が拡大解釈できる「余白」があるなと感じます。

 お客さんが独自解釈してくれるのは嬉しいです。実際「私はざっくりこう考えています。ここまで考えたので、あとはどうぞ」という気持ちでいることが多くて。ギャラリーや関係者の方には、ちゃんとステートメントを出しなさいと言われるんですけどね(笑)。

なぜ、あえて解釈の余白を残すのでしょうか?

 曖昧さが性に合っているんだと思います。例えば、社会における「対取引先」「対上司」との関係では、最初に結論から述べて、余計なことを言わずに、端的に要件だけを済ませることの方が多いですよね。私自身がそういう割り切った関係性が苦手で。語弊があるかもしれませんが、どうとでも捉えることができる言葉の方が好きなんです。

 話は少し逸れるかもしれませんが、前回の個展名を「食べる前に相手をよく見る」というタイトルにしたんです。一応、英語表記タイトルもつけておこうかなと思って調べてみたんですが「相手」というニュアンスを正確に捉える英単語が無かった。Youだと人間を指している感じがするし、ThisやItだと物になる。「相手」というものがどういった物体なのかをきちんと特定しなければ英訳が作れないということに衝撃を受けました。日本語であれば、たとえそれが人間でも、物でも、動物でも「相手」と言える。すごい便利な言葉ですよね。そういう余白が私は好きで、その余剰が絵にも表れているのかもしれませんね。「余白が好きなので、世の中に強く伝えたいことがあるわけではなく、描きたいヴィジュアルから表現を始めています」と。

「しゃぶしゃぶ(わかってきました/わからなくなってきました)」という作品名も、ある意味で曖昧さを孕んだ言葉ですね。

 「わかってきました/わからなくなってきました」とだけ聞くと、何が?と思いますよね。でもそうやって混乱していただければ、と。

左「しゃぶしゃぶ(わかってきました/わからなくなってきました)」油彩、2022/右「しゃぶしゃぶ(空の肉)」油彩、2022/右「しゃぶしゃぶ(空の肉)」

肉のシリーズは、自身の代表作として制作を続けていく予定ですか?

 いいえ。個展をやるタイミングだったので「インパクトも必要だし、わかりやすいやつにしよう」と思って書き始めたのが肉のシリーズです。なので、これからも描きはしますが、これだけじゃないようにはしたいと思っています。

 最近だと、エアパッキンでマリリン・モンローの白いドレスを制作しました。

エアパッキンで作られたマリリンモンローの白いドレス

バイヤーとアーティスト、二足のわらじを履く田辺さんですが自身の肩書きはどのような名称になると思っていますか?

 最近は「会社員/アーティスト」と表記する様にしているんですけど、アーティストと名乗るほどそんなに制作に集中しているわけでも、発表をしているわけでもないので難しいなと思っています。でも、気持ちとしては絵を描く方が好きなんですよね。バイヤーとアーティストを横断するような言葉があるといいなーとぼんやり考えています(笑)。

服と薬学とアート。すべてを横断したかころわかる、類似点はあったりしますか?

 重複になりますが、スタートの違いはあれどいずれにせよ「何かをより良くしてくれるもの」ではあると思います。ただ、薬学は生活必需品というか、無いと困る物だと思うんですが、アートやファッションに関しては無くても生きてはいけますよね。でも個人的には「無くても生きていけるものに力を入れた方が、おそらく毎日は楽しくなるんじゃないかな?」と感じています。だからこそ、ファッションとアートの道を選んだ節もあります。言うなれば、無駄なものを無駄と思わずにやっていきたい。結論を言ってしまえば、共通点はあるようでないのかもしれません。

最後に、今後の展望を教えてください。

 直近では無く遠い未来、ギャラリー兼カフェのようなお店を営んでみたい。最近の思いとして、ファッションをもっと楽しんで欲しいという気持ちもあるんですけど、もっとアートを楽しむ人が増えてもいいのかなと。国内の一般的なイメージとして、絵は美術館に観にいくもので、買うものという認識がある人は少なく、一部裕福層の投資対象と思っている人が多いんじゃないでしょうか。もっと、好きなミュージシャンのCDを買う様な感覚で好きなアーティストの絵を買ってもいいし、ボーナスが入って10万円のドレスを買うか、10万円の絵を買うかで悩むという世の中になって欲しい。そのためには、私みたいなまだまだ駆け出しの若手アーティストがどんどん作品発表できる様な場を増やせたらいいな、と。そういう野望をもって、今はバイヤーもアーティストも頑張っていければと思っています。

箸で持ち上げられた生肉を描くアーティスト田辺

(聞き手:古堅明日香)

■田辺美那子 個展「詰め合わせ」
会期:2022年9月7日(水)〜2022年9月18日(日)
営業時間:12:00〜19:30(水曜日、木曜日、金曜日)12:00〜18:00(土曜日、日曜日)
会場:Gallery TK2
住所:東京都中央区日本橋久松町4-6 杉山ビル4F

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