FASHIONSNAPの新春恒例企画「トップに聞く 2024」。第16回は高島屋の村田善郎社長。都心部の百貨店はインバウンドの追い風もあり過去最高の売上を更新する一方で、地方百貨店は人口減で衰退し、疲弊している。コロナ禍で日本百貨店協会の会長を務めてきた同氏の目にはどう映っているのか。そして各社で戦略が分かれてきた百貨店業界で、高島屋が目指す先とは。
■村田善郎
1961年生まれ、東京都出身。1985年に慶應義塾大学法学部卒業、同年に高島屋に入社。高島屋柏店店長などを経て、2013年に執行役員に着任。2015年に常務に昇格した。2019年3月から現職。2020年5月からは日本百貨店協会の会長を務めている。62歳。
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インバウンド好調、コロナ前後の違い
―2023年はどんな1年になりましたか。
新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行してからは、出足も非常に増えていきました。それまでずっと止まっていた旅行関連商材や、コスメの中でもカラーメイク系が動き出したりと、外に向いたさまざまな商品が活発になってきたのは大きな転機でした。足元では会合や会食、お出かけといったオケージョン需要も増えています。
―円安を背景に、インバウンドも拡大し続けています。
我々の1日あたりのインバウンド売上は、2023年上期は1億〜2億円弱で推移していましたが、9月以降は2億円を超える日が増えていきました。1日あたりのインバウンド売上が1億円だと、1年間で考えたら365億円。1日2億円ですと、その倍で700数十億円規模になりますよね。このインパクトも大きな一つの傾向として挙げられるのではと思います。
そしてもう一つ、円安に伴い、海外旅行が減少していることにより、日本国内の富裕層の方々による消費が非常に活発になりました。売れ筋商品の内訳が高額品中心となり、1人あたりの単価も上がってきたこともあり、コロナ前の2018年度の売上を上回っています。
―アパレルも動き始めていますね。
コロナ収束以降、アパレルが大きく回復しています。秋口は気温が下がらず伸び悩みましたが、11月頃からは復調しました。我々の商売は気温が非常に影響するので、いわゆる上下はありつつも、衣料品が動き出したのはいい傾向ですね。
―コスメも好調のようにお見受けしています。
ただ、コロナ前の2018年度との比較で見ると、化粧品全般の伸びはまだまだ低いんですよ。2018年までは爆買いと呼ばれたように、中国人のいわゆる団体客の方々がコスメを買われていましたが、今はまだ団体客が回復しきっていないということもあり、売上の戻りが鈍化しています。それは中国国内のデフレ不況などが主な要因で、この影響を一番受けているのは中間層にあたる団体客です。日本国内でもホテルの人手不足で受け入れ態勢が不十分ということもあって宿泊費が上がり、結果的に富裕層にマーケットが寄ってしまっています。我々百貨店としては付加価値の高い商品を扱っているので、ある意味で追い風となっている状況ですが、やはりさまざまな客層の方に来ていただきたいという思いはありますね。
―中国以外の国からの来日が増えています。
我々に関して言えば、特にシンガポールやタイ、台湾の方が増えていて、そこが戻りきっていない中国の団体客の消費を補っているという構図ですね。これまでの年間の過去最高免税売上は547億円ですが、今年度(2024年2月期)は630億円をさらに上回る見込みです。そういった意味では中国の団体客の戻りが回復していなくても他国からの売上が大きく寄与していると言えます。
―高島屋では2024年中にコスメの専用ECを立ち上げる計画を進めるなど、ビューティを強化している印象があります。改めて、ビューティはどのような位置付けですか?
ビューティの中でのコロナ前後の大きな違いは、ジェンダーレスのアイテムの増加と、フレグランス系へのシフトですね。特にフレグランスの売上は大きな数字なんですよ。男性同士でプレゼントを贈り合うことも普通になりました。若い世代と、女性を中心で買われていたコスメの購買層が拡大していくのはとてもいいことだと思ってますし、裾野の広がりは突破口にもなりうる。そういった意味では我々も期待していますし、強化していきたいカテゴリーです。
―コスメのEC強化の狙いは?
コスメは現在、高島屋オンラインストアで取り扱っていますが、たとえるならば、口紅とたくあんは一緒に買わないですよね。ギフトと自家需要で異なりますし、サイトが同じなら便利かというと、決してそういうわけではないんです。専用サイトを立ち上げることで、ニーズに対応していきたいと考えています。
―化粧品ECは競争の激化があったり、実際にタッチアップができない点が課題だと思います。
たしかにそういった課題はありますが、これまで以上に、スムーズに購入できるメリットがあります。さらに、コスメのギフトについては、気軽に送りたいというお声がある中で、相手の住所がわからなくても送れるソーシャルギフトの仕組みを取り入れることで、より需要が広がっていくのではないかという期待感はあります。
「百貨店+専門店」のポテンシャルは高い
―アパレルの売り場で目立った傾向は?
セールではなくプロパーで買われるお客様が増えていますね。弊社ではコロナ禍からは取引先様と連携して“売り切る”ことに注力しています。コロナの間に生産者も在庫が余ってしまってすごく疲弊していたので、我々も一緒になってモノを作って「多少価格が高くても」買っていただけるような商品づくりや、「思わず足を運びたくなる」売場づくりに取り組んでいます。婦人服で13社、紳士服で32社、子ども服6社、計51社との連携を強化し、徐々に取り組みを拡大していますが、昨年ごろから売り切ることができるようになってきました。利幅も増えますし、我々だけではなく売り手にも環境にも“三方良し”ですから。
―物価高の影響でファッションの消費が落ちているという見方もあるのでは。
無駄な消費はしないという消費者層と、“いいもの”にはお金を出したいという消費者層でいわゆる二極化が進んでるのは事実で、コロナを経てその傾向がより強くなりました。影響がないというと嘘になりますけど、百貨店の場合は割と限定的かなと思っています。これはアパレルだけではなく食品も同様です。富裕層が中心であったラグジュアリーも若いお客様がかなり増えてきているんですよ。
―いわゆるZ世代の来店が増えているんですね。
そうですね。店舗によりますが、横浜店や新宿店では非常に増えています。Z世代は生まれた時からスマホ世代で、フェイクニュースや偽物に溢れているという中で「百貨店に行けば間違いない」という思いがあるようで、コスメなどが入り口となっているようです。商品に対する興味も深く、どんな職人がアイテムを作っているのかといったストーリーや背景まで知ろうとしています。
―率直に申し上げると、百貨店は顧客が高齢化しているイメージがありました。
逆にコロナを経て、百貨店の良さがクローズアップされているように感じていますね。店頭で店員と話をして、商品の背景にあるストーリーを聞いて納得してから買うという“リアルの温もり”が百貨店にはあります。
―村田社長が考える「百貨店ならではの強さ」とは?
日本の百貨店には「3つの良さ」があるとよく言っています。1つ目は「おもてなし」。2つ目は「ワンストップ」。そして3つ目は「アートや文化を消費の中で体験できる」というものです。これらは、実は昔からある要素なんですよ。ただ、昔とは違って、店頭で買えないものはネットで買えたり、百貨店でないものは専門店で買えるようになりました。また、DXの発展で文化の発信をデジタルでも行える。そういった中で、いかに百貨店の良さを高めていくかが我々のテーマです。
そこで、百貨店と専門店の両方の良さを出すために、弊社は百貨店と専門店が共存する業態を展開しています。玉川高島屋S・Cや日本橋高島屋 S.C.などがそれにあたります。ネクタイを買いたくなったら、百貨店のネクタイ売り場に行けば様々なメーカーやブランドの商品を一度で見ることができますし、流行りをいち早く入れたい時は、専門店ゾーンのショップを入れ替えることができます。そういった百貨店と専門店それぞれの良さをSC業態で突き詰めていくことが、我々の百貨店を核とする企業グループの“生き残り策”でもあります。
―“生き残り策”のお話しがありましたが、今、地方の百貨店閉店が相次ぐなど、百貨店業界全体では厳しい状況に立たされています。日本百貨店協会会長の視点で、 百貨店がこの先、生き残っていくために必要なことはなんでしょう。
そうですね、それぞれ模索していると思います。昔は百貨店というと一律の方向に向かっていましたが、コロナを経てそれぞれが少しずつ方向性を変えています。富裕層や専門店に特化したりと、三者三様ありますよね。
我々で言えば、グループのノウハウを結集してやっていくという「まちづくり」が大きな政策の一つになっていて、専門店との融合もその一環です。たとえば、昨年10月にオープンした京都高島屋S.C.は外国人観光客含め、様々な目的で来街する方が多い地域に店舗を構えていますから、アニメなどのサブカルやエンターテインメント、現代アートなどを積極的に融合して化学変化を起こすことで、より良い形で館の魅力を高めようとしています。それが我々の戦略ですね。
―地方の百貨店はどうなっていくのでしょうか。
人口減少で都心に集中していることもあり、たしかに楽観視できる状況ではありません。弊社も今年で岐阜店の営業を終了します。
ただ、“救い”としてはインバウンドの拡大があると思います。日本人も知らないところへ行って民泊したりしているし、そういう人たちの情報発信の拠点は今後地方になっていくのではないかと。結局、百貨店ってインフラなんですよね。共通するのは、防災やコミュニティの拠点など「地元における装置産業」としての役割を担っている。それをどううまく活用していくかですよね。あとは、地方店同士の商品交流も一部店舗では行っていますし、各店舗で工夫は必要だと思います。
―百貨店と専門店の融合は今後も推進していくのでしょうか。
大型店の専門店導入はほぼ完了しつつあるんですよ。海外でも、ベトナムのショッピングセンター「サイゴンセンター」の核テナントとしてホーチミン高島屋が入っていたりと展開を広げてきて、ある一定の目処はついたと思います。
―百貨店業態にはこだわらず、進化していく。
百貨店を諦めたわけではありません。立川高島屋S.C.のように完全に業態転換をした店舗もありますが、立川エリア全体を見たときに、地域の商業施設と共存していくという発想で、まちづくりにとって一番最適な選択を選んだということです。
―競合店と戦うのではなく、共存なのですね。
柏も西口に高島屋があり、東口には別の百貨店がありました。その百貨店は閉店しましたが、その売上がそのままプラスになるかというと、決してそんなことはない。むしろ街全体の集客力が落ちてしまうので、逆に厳しくなるんです。
―専門店との融合で、高島屋の屋号に格安スーパーの「オーケー」が出店したのも意外性がありましたが、ブランディングへの懸念は?
ほとんどないですね。百貨店のデパ地下とオーケーさんの品揃えは全然違いますから。オーケーさんは今、立川高島屋S.C.に入っていただいており、4月23日には柏ステーションモールにオープンします。出店前に地元でも調査を実施しまして、ウェルカムな声を非常に多くいただきました。営業時間も長いので、手軽に食材を買いたいお客様のニーズに応えられます。地域のお客様の声に応えながら魅力的な商業施設をつくりあげていくという点を重視しています。
―過去には、ユニクロを導入していますが、当初、社内から抵抗の声はなかったのでしょうか。
むしろ導入すべきという声のほうが多かったですね。実際にご出店いただいてすごく良かった。「ニトリ(NITORI)」さんも同様です。これらは商業開発を手掛けるグループ子会社 東神開発の誘致力と百貨店という核があって初めてご出店いただける。テナントさん側のモチベーションにもなっているんですよね。
一例として、千葉の流山おおたかの森S・Cの開発の際は、立地環境もあって有力テナントを誘致できるか懸念していたのですが、デパ地下を切り出して「タカシマヤフードメゾン」を出した結果、有力な食品スーパーや映画館にもご出店いただき、結果として魅力ある施設が出来上がりました。高島屋の屋号があって初めて専門店も生きてくる。それが我々の強みです。
“まちづくりの高島屋”が目指す先
―金融事業にも力を入れていますね。2022年には金融サービスアプリ「高島屋ネオバンク(※)」の提供を開始しました。進捗はいかがでしょうか。
若い世代の獲得を目指して「高島屋ネオバンク」に積み立てサービス「スゴ積み」を搭載しました。利用者の平均年齢は47歳とほぼ狙い通り。タカシマヤ友の会のカード会員の平均年齢は64歳なので、成果を感じています。継続率も計画通りです。タカシマヤ友の会の会員は“高島屋ファン”の方が多いですが、高島屋ネオバンクの方は時計などの高額品目的で積み立てている新規の方が多い印象です。株主優待と組み合わせて使うことで、よりお得にお買物が出来ますからね。このサービスを通じて高島屋に対するロイヤリティが高まっていろいろなお買い物を楽しんでいただけたら嬉しいです。
※高島屋ネオバンク:来店せずスマートフォンひとつで口座開設から取引まで完結できるネオバンクの基本機能に、高島屋での買い物時に使える積み立てサービス「スゴ積み」の機能を搭載。「スゴ積み」では毎月の積立額は5000〜10万円の5コースから選択可能で、満期積立額に1ヶ月分のボーナスを加算した総額を高島屋各店やオンラインストアで利用できる。
―金融事業での取り組みは、将来的にまちづくりにも発展させていくのでしょうか。
2020年からお客様の資産形成や資産承継などの相談を承ったり、金融商品の販売代理・仲介を行う「ファイナンシャルカウンター」をオープンしました。百貨店の品揃えのひとつとして金融を扱うことで、百貨店だけでなく、街全体の魅力向上にもつながっていくものと考えています。
―従来の百貨店の形から変革を遂げている高島屋ですが、働き方でも積極的に変化を起こしていますね。休業日を新たに設置したことも話題を集めました。
私が日本百貨店協会長になった2020年、ちょうどコロナの真っ最中にアパレルや食品の業界団体から、長時間労働などの業界特有の問題から人材が定着しないということもあり、百貨店として店休日を設けてほしい、あるいはシフト制を廃止してほしいと申し入れがあったんです。そこで日本百貨店協会として、できるだけ営業時間を短縮する、可能な限り店休日を設定するといった、働き方のガイドラインを作りました。
自分だけ休んでいてもお店が開いていると思うと、本当の意味での休息は取れない。店頭の8割が取引先の方々ですから、皆さん一緒に休めるというのはサービスレベルも上がりますし、一体感も生まれるので、とても大きな意味を持つことなんじゃないかと思います。
海外ブランドになると店舗ごとで営業時間が異なりますからね。一度、あるブランドさんのバックヤードを見せていただいたことがあるのですが、従業員への配慮がなされた素晴らしい休憩室でした。ワークライフバランスをきちんと実現できない会社の店舗には出店できない、なんていう判断につながってしまうケースもあります。我々も変革していかないと販売員も生き生きできないし、人材も集まらないですからね。そういう意味でも、店休日の設定はとても意義のある取り組みだと思います。
―「今取り組むべきこと」とは?
販売員の皆さんが働きやすくなるよう、バックヤードの業務改善は一昨年ごろから継続して取り組んでいます。商品やサービスを提供してくださるのは現場の皆さんですから、社員食堂で美味しいものを食べていただきたいし、円滑なコミュニケーションも取っていただきたい。そのために取引先から来ていただいてる方たちの満足度を定点観測するようにしていて、課題を一つずつ改善しながらより良い環境づくりを目指しています。これは引き続き注力していこうと考えています。
―2024年も好調な業績を維持するための鍵は?
この2〜3年で取り組んできた構造改革を継続させていくことは大前提ですね。経費を絞りながらトップラインを上げていく。インバウンドはおおむね順調に進んでいくであろうと見ている一方、国内の顧客様が例えばアウトバウンドで国外に出てしまうというリスクは考えられるので、そういった人たちをいかに個別に繋ぎ止めるかが課題です。外商はもちろん、若い世代の方々を中心とした新規のお客様を増やしていきたいですね。
―2031年には創業200周年を迎えます。「2031年の高島屋」はどんな姿になっていると思いますか?
昨年から「2031年の会社がどうあるべきか」についての議論を重ね、高島屋グループのめざす姿である「グランドデザイン」の作成に着手しています。お客様、株主、地域社会など、そういったステークホルダーが高島屋という1つのプラットホームの中でいろんなことが実現できるような存在を目指そうという話をしています。
(聞き手:伊藤真帆)
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