7月のメンズのパリ・デジタル・ファッションウィークでは、沈黙を貫いた「TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.(タカヒロミヤシタザソロイスト.)」。2021年春夏はスキップするのではという噂も流れたが、パリ・ウィメンズの期間中(オフスケジュール)に映像と画像でコレクションを発表した。衣装だけでなく、監督と脚本も宮下貴裕が手掛けた映像とコレクションを紐解いてみよう。(文:ファッションジャーナリスト 増田海治郎)
ガムテープで塞がれた布の扉をこじ開ける男。男はメッシュのマスクをしていて、ジージャンをモチーフにした白シャツを着て、華やかなビジューを首から下げている。こんなシーンからフィルムは幕を開ける。白い手袋をした人間は書物を捲り、気になった言葉をカッターで切り刻んだり、縫って修復したりする。その言葉は、服の上でコラージュされ、宮下のメッセージとして声高に主張することになる。
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画面はサスペンス的なシーンに切り替わる。21年春夏コレクションをまとった女性(モトーラ世理奈)は、何かに追われているように走りながら逃げ、頻繁に後ろを振り返る。振り返らないほうが早く逃げられそうな気もするが、恐怖からなのか幾度も幾度も振り返る。映像は幾重にも重なり合い、合間にフラッシュのように言葉が浮かび上がる。ラストは階段で、誰かに追われるシーン。より切羽詰まった様子で、不穏な空気が漂う。
服に目を向けてみよう。今シーズンを象徴するピースは、ガーメントケースを開いたような形状のワンピース。レザーやキルティングで作られたそれは、女性モデルの上半身を包み込むような形をしていて、ジッパーの開閉で表情が変化する。スタッズと閂止めのような形状のシルバーのパーツ使いも特徴のひとつ。なかには縫製の代わりに使用しているように見えるものもある。
スタッズで装飾された3つのバックルが付いたブーツは、マイケル・ジャクソンの「BAD」の衣装を連想させる。カラーパレットは潔くブラック&ホワイトのみで、素材はレザー、キルティング、メッシュ、コットンなど。顔を覆うマスクは、ウイルスを防御できないメッシュとなっている。
テーマは「doe(s)」。彼でも彼女でもない、年齢にも左右されない、全ての服好きのための服。ブランドの歴史上、ルックのモデルが女性なのは初めてのことだが、何ら違和感がないのは、このブランドのDNAにそういう考えがあるからだろう。
この映像を見て、ポジティブに捉える人は少数派かもしれない。逃げるものを人類、追うものをCOVID-19とストレートに解釈すれば、今の世界中の人々が置かれている絶望を表現したと言える。でも、宮下は逆説的にこういう映像を作ったと思うのだ。ディストピアの後には必ずユートピアがある、と。だから、辛い時は逃げてもいいのだ。振り返って、立ち止まって、気力が湧いたら前に進めばいい。その気力を生む希望として、彼は今シーズンの服を作ったのではないだろうか?
最後にプレスリリースの最後に書かれた言葉をそのまま転載する。全てのファッション関係者、ファッション好きを奮い立たせる言葉を。
世の中は美しい、戦う価値がある。
きっと世界は洋服で変えられるのだから。
文・増田海治郎
雑誌編集者、繊維業界紙の記者を経て、フリーランスのファッションジャーナリスト/クリエイティブディレクターとして独立。自他ともに認める"デフィレ中毒"で、年間のファッションショーの取材本数は約250本。初の書籍「渋カジが、わたしを作った。」(講談社)が好評発売中。>>増田海治郎の記事一覧
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