「タカヒロミヤシタザソロイスト.(TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.)」の宮下貴裕は目下、動画での表現に夢中のようだ。2月には「ジ・アレックス(THEALEXX)」の7作目のシングル『COLDLOVE』のミュージックビデオのディレクションを担当。「RE:」と名付けられた2021年秋冬の珠玉のコレクションとフィルムは、これまでの社会や文化の崩壊を示唆すると同時に、再生と進化を予感させるポジティブなものだった。
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ワインボトルとグラスが割れるシーンからフィルムは始まる。続いてモールス符号をタイプする音が、まるで銃声のようにこだまする。再びワイングラスのシーンに戻る。スロー再生でガラスの破片が美しく砕け散ったり、巻き戻して元に戻ったり。その様は儚く繊細で美しい。破壊と再生。前者は今の世界中の人々が置かれている現状で、後者はこれから世界中の人々があらゆる分野で取り組まなければならない課題だ。私たちはこれから、壊れたものを再生しつつ、それを未来に向けて進化させなければならない。それはコロナ禍で不要不急のものと言われがちなファッションも同じで、元に戻ることはもうできないのだ。
モールス符号を挟んで、モデルが登場する。彼ではなく彼女。彼女はドロップショルダーの白シャツを着ていて、胸元をトレンチコートのベルトで拘束している。頭にはシルバーのピンが刺さった大きなキャスケット。うつむいている彼女は、ピアノの旋律が心地良いのか、眠り姫のように微動だにしない。やおらギターがかき鳴らされて、彼女はゆっくりゆっくり顔を上げる。ルージュの唇が美しい。女優の太田莉菜だ。彼女は横の鏡を見つめるけれど、鏡の中のもう一人の自分は目を合わせてくれない。
暗闇のランウェイを彼女は歩く。最後に少しだけ光が照らして、着ている洋服が露わになる。それだけでは当然ディテールはわからないので、動画は一旦停止して、ルック写真を観察してみることにしよう。
前シーズンに続き、主役はガーメントケースをモチーフにしたアイテム。フィルムの最初に登場した白シャツは、両脇からヘムにかけてジッパーが縦に走っていて、開ければ両腕を出すことができる。胸元のベルトは、ウエストにもループが付いているから、その日の気分で付け替えることができるのだろう。このベルト以外にも、様々な紐や装飾パーツが垂れ下がっていて、アイテムの領域がどこまでなのか見当がつかない。同じ配置のデザインは、ロング丈のMA-1やアランセーター、ファーのアウター、ボーダーTシャツなどで展開されていて、18ルック中11ルックで登場している。
安全ピンやチェーン、ハトメなどのシルバーの装飾も目立つ。トレンチコート型のベルトとともにパンクとも形容できるが、いわゆる様式美のパンクとは趣が異なる。通常は足の裏側にジッパーがつくボンテージパンツは、ジッパーがサイドと膝の部分に付いていて、バナナ風のシルエットに。ジッパーへのこだわりは偏執的で、フロントを斜めに横断するように付けられたMA-1風のブルゾンには、フロントだけで7つものジッパーが付いている。厚底のブーツは、パンツのジッパーと連動するようにアッパーの外側にジッパーが付いている。
ここ数シーズンのソロイスト.は、黒と白のモノトーンでまとめたコレクションが続いているが、今シーズンもその流れを踏襲している。前シーズンは赤のステッチと柔らかいエクリュがアクセントになっていたが、今シーズンは漆黒と純白のみ。洋服の表面に言葉が添えられていないのも久しぶりで、洋服に付けられたパッチにモールス符号として暗号化された言葉が刻まれているという。
フィルムに話を戻す。彼女の左目がクローズアップされる。やや茶色帯びた黒の眼球と白の結膜。そして鼻の上と瞼の小さな黒いほくろ。今シーズンのカラーパレットと一緒だ。彼女は目を閉じたり開けたりして、時に少しだけ涙を流す。ドアの向こうにはヘルメットをかぶったもう1人の彼女がいる。外に広がるのは大都会の夜景。これまでの人類が築き上げてきた富と経済の象徴だ。
彼女は左指をピストルに見立て、大都会に向けて空砲を撃った。やおら一番大きなビルが爆発炎上する。爆発は止まず打ち上げ花火のようにあちこちのビルが燃え上がる。ドアの内側の彼女は、そんな様子を怯えつつ鍵穴から覗いている。街が破壊されるのを見届けた窓際の彼女は、ヘルメットを脱いでドアの中の彼女の方を振り返る。それまでどこか眠そうだった内側の彼女は、目を大きく開いて外側の彼女を見つめる。暗闇に灯るロウソクとモールス符号によるクレジットを挟み、彼女の笑い声でフィルムは幕を閉じた。Fin。細部まで練りに練られた素晴らしいフィルムとコレクションだった。
私は宮下貴裕を永遠のカート・コバーンだと思っていた。自分が青春時代に夢中になったものがベースにあり、表面的には違うように見えてもクリエイションの根底には常にそれがある、と。一方でアンダーカバーの高橋盾は、若かりし頃に東京セックスピストルズのボーカルとしてパンクを極めたにもかかわらず、それに囚われていない。今興味があるものを柔軟に消化して、それをコレクションに軽やかに反映させ続けている。その軽やかさが宮下には足りないとずっと思っていた。
でも、軽やかじゃなくていいとも思っているのだ。この2シーズンの宮下はカートの重りを脱ぎ捨てたように見えるが、洋服自体はちゃんと重い。しっかり考えて着ないと火傷するような重みがあって、日常着としてコンビニに着ていくような服ではない。でも、この重さこそが宮下の武器であり、宮下を唯一無二の存在にしている源だと思うのだ。洋服という枠組みがほぼ出来上がった世界で、宮下は新しいものを作ることに果敢に挑戦している。プレスリリースに書かれた「洋服の進化のための新たなる始動」という言葉と今回のコレクション&フィルムを見て、あらためて今後の彼と彼の作る洋服の進化の過程を見届けたいと思った次第である。
文・増田海治郎
雑誌編集者、繊維業界紙の記者を経て、フリーランスのファッションジャーナリスト/クリエイティブディレクターとして独立。自他ともに認める"デフィレ中毒"で、年間のファッションショーの取材本数は約250本。初の書籍「渋カジが、わたしを作った。」(講談社)が好評発売中。>>増田海治郎の記事一覧
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