「不在のなかの存在」
ファッションブランド「タイガ タカハシ(Taiga Takahashi)」を手掛けてきたデザイナーであり現代美術家の髙橋大雅が27歳の若さで急逝してから8ヶ月。コレクションから京都祇園にオープンした総合芸術空間「T.T」の開業まで、「未来は過去にある」の信条のもとクリエイションしてきた髙橋の遺志を引き継ぐ形で、12月3日から11日までの期間、京都建仁寺塔頭両足院で髙橋初の個展「不在のなかの存在」が開催される。歴史的な彫像や絵画に描かれている衣のドレープに着想を得て制作した作品が公開される展示で、髙橋の哲学や美学を掘り起こし、引き継いでいくための継続的なプロジェクトの始まりと位置付ける。本稿では、「応用考古学」としてクリエイションに勤しんできた髙橋のこれまでを振り返りながら、遺作となる個展「不在のなかの存在」を紐解いていく。
髙橋大雅が生前に遺したもの
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1995年生まれの髙橋大雅は神戸市で育ち、2010年に渡英しロンドン国際芸術学校に、2013年にセントラル・セント・マーチンズのBAウィメンズウェア学科に進学。2017年に同校卒業後、自身の名を冠した「タイガ タカハシ」をニューヨークで立ち上げた。生前、ウィメンズ主体のブランド運営について「新しいものを作りたいとは思っていたが、しっくりこなかった」と話していたが、それは資本主義下で消費され続けるファッションに対する懐疑があったからだろう。実際、髙橋は「国籍や人種が一切関係のないフラットな芸術の世界においても、絵画や彫刻などの様々な普遍的な表現方法に比べて、衣服は人々の生活に寄り添い過ぎているため何かが違うと感じていた」と述べている。
こうした背景もあり、2021年秋冬コレクションから「過去の遺物を蘇らせることで、未来の考古物を発掘する」をブランドコンセプトに掲げ、メンズ主体に切り替えた。日本、イギリス、ベルギー、アメリカで10〜20代を過ごしてきて、自身の美に対する感性は日本にあると感じたという髙橋は「古くなることで出てくる味わいや、朽ちていく様子に対して美しさを見出す『さび』という日本古来の時間の意識が自分の作品にも強く影響されている。失われた古き良き西洋古来の洋服を、日本古来の伝統技術を用いて、私が甦らせる。明治維新の時代に生まれた和魂洋才の精神性がもう一度、現代においても必要なのだ」と自身のノートに綴っている。昔はどのように服が作られていたかという考古学の視点で、奄美大島に伝わる「泥染」など日本の伝統技術や天然素材を使い、現代で追体験しようというアプローチはバイヤーからも支持され、スーパーエーマーケット(SUPER A MARKET)や吾亦紅、本厚木のマスマティクス(mathematics)、ゴッファ(goffax)、カサノヴァ アンド コー(CASANOVA & CO)、キンク(kink)などの有力店で卸売を開始。作るべきものが明確になった髙橋は水を得た魚のように、「衣服は記憶を辿る装置」だと結論付け自身のクリエイションを追求していった。
Image by: Taiga Takahashi
Image by: Taiga Takahashi
2021年12月には京都祇園に店という名の総合芸術作品「T.T」をオープン。大正初期に建てられた町屋を総改築して作り上げたスペースで、1階ではコレクションやアート作品を展示販売し、2階には予約制の立礼茶室「然美」を開設。ものづくりの価値は歴史の中に既に存在しているのではないかという観点から歴史の背景や性質を研究し、自らの現代芸術作品の一つとして日本の美術の源流とも言える「茶の湯」の世界を再解釈した空間に仕上げている。20代デザイナーとしては異例のスピードで店舗出店を果たし、初の個展開催など様々なプロジェクトが控えるなど順風満帆だった矢先訃報が届く。2022年4月9日、致死性不整脈により27歳という若さで永眠した。
受け継がれる意志、個展「不在のなかの存在」で表現したこと
「応用考古学」と髙橋自身が称した表現技法は死後、タイガ タカハシのチームメンバーによって受け継がれる。遺作となる展覧会「不在のなかの存在」の舞台となる両足院は、臨済宗建仁寺派の塔頭寺院で、起源である「知恩院」の創建は室町時代(1358年)。京都府の名勝庭園に指定されている藪内流5代目 竹心紹智(1678〜1745年)が作庭した池泉回遊式庭園を有する寺院としても親しまれている。
同展の出発点は、秋篠寺(776年建立)に安置されていた伝教脱菩薩立像という仏像の遺品を髙橋が購入したことに始まる。建仁寺は生前髙橋が足繁く通った場所で、展示の構想はかねてより親交があった両足院の伊藤東凌 副住職との会話から生まれ実現に至ったという。アートコレクターでもある伊藤副住職は「彼とはアートやファッションなどについて熱く語り、大変共感できる部分が多かった。展示を行うとなり、生前彼がここに作品を展示すればいいのではないかと言っていたことを思い出しながら展示方法を決めていった」と回顧している。なお「不在のなかの存在」という言葉は、逝去した日の1週間前にスマートフォンのメモに残されていた言葉だという。
同展は、庭園周辺と寺院の2つの間を使い、禅宗の寺院で御本尊を安置する「方丈の間」に主要な作品を公開。髙橋は10代の頃から服や古美術品を収集してきたそうで、その数は約2000点に及ぶ。「方丈の間」北側に位置する「大書院」には、髙橋の思考を巡るべく髙橋自身が蒐集した秋篠寺仏像の衣紋および当麻寺(612年建立)木造建築の残片を髙橋の言葉とともに展示している。
髙橋は、仏像に彫刻で描かれた布のドレープに魅せられ、西洋・東洋の古典的な彫刻のドレープ表現について広く考察。そこから石膏を用いてドレープを表現した作品「陰翳礼讃」や、彫刻家イサムノグチを長年支え続けた石彫家 故和泉正敏との共同制作による玄武岩を使用した作品「時間の天衣」などを展示している。
陰翳礼讃 2022年/石膏/73×100cm
髙橋は自身のノートで三島由紀夫の「金閣寺」を例に挙げ、形ある物が滅びることによって永遠性を帯びる美学についても言及している。つまるところ彼が目指したのは衣服が持つアイデンティティからはほど遠く見える「永遠性の美学」であり、時代を超えても存在し得る価値の追求だったのだろう。「未来は過去にある」という言葉からも、死により彼が過去の存在となったとしても思想や美意識が踏襲されブランドが続いていく限り、過去は未来へ、「永遠性の美学」の追求は今後も続いていくだろう。
また、同展を記念して、12月3日から総合芸術空間「T.T」ではインスタレーション「時をうつす鏡」、HOSOO GALLERYでは「Texture from Textile Vol. 2 時間の衣-髙橋大雅ヴィンテージ・コレクション」を開催。「時をうつす鏡」では、1910年頃のアメリカのカバーオールジャケットや1920年代の「J.C.Penney」のデニムトラウザーズといったコレクションアイテムの着想元となったヴィンテージに加え、同ブランドの過去のコレクションを展示販売。会場では、同カバーオールを原型に、袖を立体から平面にパターン変更するなどシルエットやディテールを見直した30着限定アイテム(税込5万5000円)の受注販売も行う。
「時をうつす鏡」
DENIM TROUNSERS/COVERALL JACKET
「Texture from Textile Vol. 2 時間の衣-髙橋大雅ヴィンテージ・コレクション」では、髙橋が蒐集した主に1910〜1950年代の服飾資料コレクションを披露。1910年代の人体に即した立体的なジャケットから、1930年代の米国で発展した大量生産により簡素化された直線パターンのジャケットへとフォルムが変遷する歴史など、時代のグラデーションを意識した構成で、髙橋が1930年代の削ぎ落としたフォルムと着物の直線的パターンに類似性を見出し、着物が時代を超えて引き継がれていることから米国の合理性と和装の精神を融合することで「永遠性の美学」を追求できないかとデザインしたタイガ タカハシのアイテムの背景を読み解くことができる展示となっている。キュレーターの井高久美子は「2000という膨大なアーカイヴは体系化されて保管されていなかったので、まず年代毎に整理して時代のコンテクストを読み解くところからスタートした。髙橋さんが実践していた考古学としてのアプローチを、考古学の解釈で読み解くことに専念した」と話している。
「Texture from Textile Vol. 2 時間の衣-髙橋大雅ヴィンテージ・コレクション」
Image by: Kotaro Tanaka
■「不在のなかの存在」
会期:2022年12月3日(土)〜12月11日(日)11:00 ‒ 17:00
会場:京都建仁寺塔頭両足院 605-0811 京都市東山区小松町591
電話:075-561-3216
入場料:無料 *別途拝観料
■「時をうつす鏡 」
会期:2022年12月3日(土)〜12月11日(日)12:00 ‒ 19:00
会場:総合芸術空間「T.T」 605-0074 京都市東山区祇園町南側570-120
電話:075-525-0402
入場料:無料
■「Texture from Textile Vol. 2 時間の衣-髙橋大雅ヴィンテージ・コレクション」
会期:2022年12月3日(土)〜2023年3月12日(日)10:30 ‒ 18:00 (年末年始、祝日を除く、入場は閉館の15分前まで)
会場:HOSOO GALLERY 604-8173 京都市中京区柿本町412 HOSOO FLAGSHIP STORE 2F
電話:075-221-8888
入場料:無料
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