ファッションライターsushiが定番アイテムの裏に隠れた“B面的名品”を紹介するコラム連載「sushiのB面コラム」。第7回はファッションからフレグランスに趣向を変えてお届け。“名刺代わり”に香水を選ぶなら?――sushiが「メゾン マルジェラ」の“名前のない”フレグランスが持つ魅力を語る。
これまで自分が使っている香水をひた隠しにしてきた。着ている洋服やヘアスタイルなどと比べて視覚できず、体臭という個人の身体の特徴との境界線上にある香りという要素は、どこかデリケートでパーソナルなものであるという感覚がずっとあったからだ。
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一方で最近、自分よりも一回り若い後輩からこんな意見を聞いた。
「今は自らのパーソナリティを開示することで、他人との関係を築いていく時代だと思うし、自己開示をすることで自分のブランディングにもなる。そういう観点で、自分は香水含め愛用の品々はみんなに共有したいし、そうすることで自分がどういった人間であるかをプロデュースしたい」
なるほどそうか、と思った。パーソナルな情報をむしろ開示して看板のように扱うというのは正直な新鮮な感覚であったし、匿名で有象無象が好き勝手なことを発信できる現代だからこそ、自分がどういった人間であるかをアピールして信頼を獲得する必要がある、という後輩の感覚は時代をとらえた正しいものであるような気がした。
と、自分の感覚が時代から取り残されつつある(?)ことに若干の焦りを感じたところで、今回は「今まで隠していた自分の一部分の開示」という意味合いも込めて、愛用の香水である「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」の「アンタイトル(Untitled)」というプロダクトを紹介したい。
メゾン マルジェラというブランド自体はもはや説明不要だが、同社のフレグランスシリーズといえば「レプリカ」が代表的な作品として知られる。レプリカは、ブランドの創設者であるマルタン・マルジェラが1994年に発表したヴィンテージの古着や昔の服を復刻する「レプリカライン」から着想を得て、2012年に誕生したフレグランスシリーズだ。全12種のフレグランスにはそれぞれ「理髪店での散髪」や「暖炉のそば」「ベッドシーツにくるまる日曜の朝」など特定のシチュエーションが与えられており、“香りの記憶を再現する”というコンセプトで展開している。今やアパレルや雑貨を含めてもマルジェラブランドのプロダクトとしてA面的なポジションと言って差し支えないレプリカだが、実はレプリカよりも前に発売されたフレグランスがある。それがアンタイトルだ。
調香師は「ミュウミュウ(MIU MIU)」や「イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)」の香水も手掛けたダニエラ・アンドリエ。哲学を専攻した彼女の作り出す香りは性別や人種の垣根を超え、タイムレスに心地よく感じられるのが特徴で、僕自身も初めて手にした香水「プラダ」のインフュージョンシリーズや「ティファニー オードパルファム」などを筆頭に彼女の作品を愛用してきた。
朝露をイメージしたというこのアンタイトルもまた、ガルバナムを軸とした自然に包まれるような香りに、グリーン・ボックスウッドやビターオレンジ等の香りを組み合わせて奥行きを作ることで、爽やかでみずみずしくナチュラルな香りに仕上げている。個人的にはメンズ・ウィメンズのイメージに振りすぎている香水はあまり得意ではないのだが、そういった嗜好にもはまるユニセックスな香りだ。
香りの良さもさることながら、アンタイトルを名作たらしめるのが、マルジェラ初のフレグランスとしてブランドの世界観を忠実に反映した商品コンセプトだ。控えめな小瓶にあしらわれる白いデザインはマルジェラのデザインアイコンとしてしばしばコレクションアイテムなどに使われるペンキをモチーフにしたもの。新品を開栓する際には、瓶蓋を固定する白い糸を切断する。この糸はマルジェラのアイコンであるブランドタグのバックステッチ、通称「四つ糸」に使用されている糸と同様のもの。マルジェラの四つ糸はブランドタグを簡単に切り落とせるようにするのが狙いで、「メゾンのブランド力という要素を服から取り除き、プロダクトそのものの本質的な魅力と向き合う」というブランドのキーコンセプトである“匿名性”を色濃く反映した仕掛けだが、ブランドにおいて重要な意味を持つ「糸を切る」という行為をこういった形で商品パッケージに落とし込むのはまさにデザインの妙。アパレルを主軸とするブランドでは、フレグランスといったアイテムはあくまで小物ということにはなるが、そういったプロダクトにも抜かりなくブランドのコンセプトを詰め込み、マルタン本人がブランドを去った後も世界観を継承するマルジェラのブランドとしての強度を感じられる名作だ。
複数の香りのもととなる要素を調合して作られる香水は、無限に近い組み合わせが考えられるために「ドンピシャの一品」を探し出すのも一苦労だ。そしてそれ故に愛用の香水をパーソナルなものと捉え、他人と被ることを避けてきたように思う。しかし、逆に考えれば、自分の思考や主義が色濃く反映される、そういったパーソナルな部分は開示することで自分の名刺代わりにもなる。僕はマルジェラのアンタイトルのように、クリエイションにおけるコンセプトが一貫しているブランドやプロダクトが好きだし、考え方や振る舞いにしっかりとした軸がある人間でありたいとも思う。レプリカの香水もいくつか所有しシーンによって使い分けているが、香りの好みなどを加味しても“名刺代わり”として自分の愛用香水の中から紹介するとすれば、アンタイトルがピッタリの一本だ。
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自分の襟を正す意味も込めて、今回はひた隠しにしてきた愛用香水を紹介し、魅力を語ってみた。実はアンタイトルは2011年に発表されてから日本では少しの間しか展開されておらず、現在は海外の店舗でしか手に入らないものになっており、そこもまたB面的で良いではないかと思っている。
>>次回は7月31日(日)に公開予定
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。
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