ファッションライターsushiが独自の視点で、定番アイテムの裏に隠れた“B面的名品”について語るコラム連載「sushiのB面コラム」。第29回は、休止中の「イッセイ ミヤケ メン(ISSEY MIYAKE MEN)」からリンクルニットシリーズを紹介。プロダクトデザイン、ファッションデザインが共に優れた名作に魅力を解説する。
「推しは推せるときに推せ」とはよく言ったもので、自分の好きなものがまだこの世に存在していて、消費できる状態にある、というのは如何に幸せなことかと最近よく思う。
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個人的なことだが、ここ数年好きな著名人が急死するという出来事が相次いだ。YMO坂本龍一に高橋幸宏、BUCK-TICK櫻井敦司にLaputaのAKI、X JAPANのHEATH、the GazettEのREITA、Thee Michelle Gun Elephantのチバユウスケ……ミュージシャンだけでこれだ。中には今年公演を見に行くつもりだったのに逝ってしまった人もいる。ただ単に自分が年を取るにつれ、青春時代に第一線で活躍してきた憧れの人々がそういった訃報の対象になってもおかしくない年齢になっただけなのかもしれない。だったとしても、否、ならばなおさら、推しの存在を今この瞬間、全力で推すべきなのである。
ファッション業界の話題でも同じことが言えるが、ここ最近で最も自分がハートブレイキングだったのが2020年の「イッセイ ミヤケ メン(ISSEY MIYAKE MEN)」の休止、そして2022年の三宅一生氏の訃報であった。というわけで今回は同ブランドの2019年秋冬シーズンから展開されたものの、一年足らずでブランド休止と共に展開終了してしまったイッセイ ミヤケ メンの知られざる名作、リンクルニットシリーズを紹介したい。
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2019年に開始したこのシリーズは、「生活に色を添える」というコンセプトのもとに機能的なニット製品を展開していた。扱いが楽なポリエステル繊維で編まれたニットは伸縮性に優れ、洗濯機での洗濯が可能。速乾性が高い上、シワも気にする必要がなく、とにかくギア性に優れるシリーズだ。型数はプルオーバー、カーディガン、パンツと絞られているが、一方でそのコンセプトの通り、お家芸のシワ加工と幅広いカラー展開でファッションを楽しめるというものだ。残念ながら2020年のメンズラインの休止に伴い程なくしてこのシリーズも展開終了となるのだが、個人的にはこのシリーズは「イッセイミヤケのデザインはここにあり」というくらいに、同社のデザインの魅力が詰まっているシリーズだと思う。
「もし今後一つのブランドの服しか着ることができないとしたら、どのブランドを選ぶのか」──洋服好きであれば一度は考えたことがあるのではなかろうか。そんなものを決めることははっきり言って無理難題に等しいのだが、僕の中では実は2ブランドまで絞っている。「マーガレット・ハウエル(MARGARET HOWELL)」か、イッセイ ミヤケの2択だ。何なら、今後自分のファッションの好みが落ち着いてきたとしたら、将来的に冬はハウエル、夏はミヤケだけを着るスタイルに固定してもいいと思っているくらいである。
以前コラムでも取り上げたように、僕のミヤケ愛は強い。終着点としての候補に挙げるまでにミヤケを推す一番の理由は、プロダクトデザインとファッションデザインの両立をあり得ないほどの高次元で実現している唯一無二のブランドだと思うからだ。
服のデザインは難しい(のであろう。やったことがないのでわからない)。まずは大前提として、体を外気温の寒暖から守るなど、基本的なギア的な役割を「プロダクトデザイン」として落とし込み、最低限成立させる必要がある。その上で、その一着がファッションとしてどれだけ洒落こけているのか?という見た目の良さ、つまり「ファッションデザイン」をどこまで追求するのか、という要素が絡んでくる。そのバランス感が難しい。世の中にはプロダクトデザイン、ファッションデザインのどちらかをないがしろにすることでギアとして特化したり、もしくはファッションアイテムとして振り切ることで成立している服はたくさんあると思うし、必ずしもバランスが均衡している状態が最も良いとは限らないが、少なくともそのどちらかをおろそかにすることなく、両者の質を高く保った状態でバランスさせることができているブランドは少ない。そして数少ない中の一つは確実にイッセイ ミヤケだ。
前述の通り、リンクルニットシリーズはまずプロダクトデザインとしては申し分ない。扱いやすく頑丈で、着心地ももちろんいい。そこにミヤケのシワ加工というファッションデザインが乗ってくるわけだが、リンクルニットシリーズの名作たる所以(ゆえん)は、プロダクトデザインを追求するリンクルニットシリーズのコンセプトと、イッセイ ミヤケというブランドが得意とするファッションデザインの「相性の良さ」にあると思うのだ。
イッセイ ミヤケのファッションデザインにおいて、最も優れている点の一つだと思うのが、プリーツやシワ加工といったブランドのデザインアイコンが、既に普遍的なものとして世の中に定着していて、また、いい意味で「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」のモノグラムや「ボッテガ・ヴェネタ(BOTTEGA VENETA)」のイントレチャートのような「アイコンとしての強すぎる主張」がない点だ。一目見ればイッセイ ミヤケだとわかるキャッチーさがあるのに、服に用いられるデザインとしてはどこか馴染みがある。だからこそ、リンクルニットシリーズのようにあくまでシンプル&オーソドックスで機能性を重視したコンセプトと掛け合わせれば、ギアとして優れているにも関わらず、イッセイ ミヤケのデザイン性は十分に楽しめる。それでいて変に主張も強くなく、お洒落でキャッチーさもあるのに、あくまでオーソドックスの範疇に収まる。結果としてプロダクトデザインとファッションデザインそれぞれが高いレベルを保ったまま噛み合う。それどころか、ただデザインバランスが美しいだけではなく、イッセイ ミヤケのデザインを着ているというブランドに対するロイヤリティも満たすことができる。まさに、イッセイ ミヤケの得意とするファッションデザインのベクトルが、最もよくハマるようにコンセプトが企画されている、知られざる名シリーズなのだ。
これだけ語っておいて唯一残念なのが、大した流通もなく一瞬で廃盤となった点だ。二次流通にもあまり出回っていないし、僕が初めて購入したのもファミリーセールかアウトレットか何かだったので、もしかすると当初はそこまで市場に出回らなかったのかもしれない。僕は定期的にフリマサイトなどを巡回し、このシリーズの個体を発見でき次第、保護する活動をしているのだが、この記事を書いている最中にも某フリマサイトで個体を発見したので一匹保護したところ。せめてオム プリッセや他の現存ラインなどでぜひ復刻してほしいと願うばかりである。
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このシリーズを初めて購入した当初、それはそれはそのクオリティの高さに感銘を受け、定期的に買い足していこう!と思ったものの、少し油断し、気付いた頃にはもう手に入らなくなっていた。今ではなぜあの時すぐ買っておかなかったのかと定期的に後悔する服の一つになっている。当時はメンが休止するなんて夢にも思わなかったが、まさに「推しは推せるときに推せ」という事だ。いずれ来るとわかっている終わりならば、「そこに存在する」というありがたい事実に胡坐をかかず、愛でられるときに思いきり愛でておくべきである。
という事で、今年は好んで聴くアーティストの公演には片っ端から申し込みをしている。ブランドは老舗メゾンのように何百年と続くかもしれないが、人間の命は有限である。観れるときに観ておくべし……と、こんなところで愚痴るのもいかがかと思うが、今年予定していた中でも最も熱望していた宇多田ヒカルのツアー最終日は抽選から漏れる結果になった。ふざけるなよ。
>>次回は6月30日(日)に公開予定
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。
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