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「シャネル」のヴィンテージモッズコートとの“両思い”話【連載:sushiのB面コラム】

「シャネル」のヴィンテージモッズコートとの“両思い”話【連載:sushiのB面コラム】

ファッションライターsushiが独自の視点で、定番アイテムの裏に隠れた“B面的名品”について語るコラム連載「sushiのB面コラム」。第27回を迎える今回は、モッズコートに“フラれ続けた”筆者が唯一、“両思い”になった1990年代の「シャネル」のヴィンテージモッズコートについて語る。

 片思いの状態は服に対してもあると思う。こんなにも好きなのに、いざ着てみるとなんか自分にはしっくりこない。結果、着ることも少なく、タンスの肥やしになり、泣く泣く手放すことになる。ひどいとそれを一つのアイテムで何度も買っては売り、買っては売りを繰り返したりするのだ。

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 好きなアイテムだからこそ、この一着の理想的で確固とした着こなしのイメージが自分の中に存在する。それ故に、自分がその一着を着た時の絵姿が理想的なそれと乖離した時の落胆ぶりは凄まじい。他人が何を着るかという事に関しては、似合っているか似合ってないかよりも好きなものを堂々と着ている人の方が清々しく思えるが、自分に関してはその限りではない。そこそこに紆余曲折あった自分の洋服遍歴の中で、思いを寄せた洋服に敢え無く“フラれた”経験は人一倍ある。

 中でも長いこと“フラれ”続けているのがモッズコートである。モッズコートにはかれこれ10年以上はあこがれ続けている。それ自体が持つ意匠もカルチャーも好きだ。M51の初期型は何度購入を検討したことか。しかし、悲しいことにそれ自体の意匠としても、カルチャーの文脈としても、どうにも自分が着た時に全くしっくりこない代表的な服だ。

 まず第一に、僕はミリタリーアイテムが似合わない。ガタイがいいわけでもないし、まあ素朴な顔立ちなので、ミリタリーを着ようものなら徴兵されてまだ2日目の一般市民のような情けない出で立ちになる。第二に、モッズの特徴的な細身のスタイルが似合わない。ヨーロッパ人に負けない長い脚が生えているわけでもなく、Vゾーンが小さく見える三つボタンのジャケットを着た日には体の8割が胴体に見えてくる。ミリタリー文脈×モッズ文脈のダブルパンチで、モッズコートは自分がしっくりこない洋服の名をほしいままにしている。

 そんな自分とモッズコートの哀しい片思いの構図なのだが、こういう悲劇は王道アイテムに少し捻りを加えたB面アイテムによって救いの手が差し伸べられることがある。その一例が、1990年代ヴィンテージの「シャネル(CHANEL)」が手掛けたコットンナイロン生地のモッズコートだ。

* * *

 オリジナルにはオリジナルの良さがある。やはり様々な模倣品やサンプリング品、贋作にはない説得力があるし、価値が高くロマンもある。自分の知人にはとにかくオリジナルしか認めないという奇人も存在するし、ヴィンテージ古着を趣向する界隈には少なくともその気がある人間が多い。

 僕はその線引きは緩い。もちろんオリジナルの良さも好きだが、(コピー品やデザイン盗作は論外として)オリジナルのテンプレートをベースに別のデザイナーの手が加わった結果、より良くなっているものも当然存在する。以前紹介した「アラヤ(ALAYA)」のウエスタンシャツなんかもそうだが、このシャネルのナイロンモッズもメゾンによるアップデートによってより高みに押し上げられていると思う。

 やはり特筆すべきなのは、元ネタとなるモッズコートの特徴を損なうことなく目新しくモダナイズされているデザインバランスの良さだろう。ぱっと見でサンプリング元はモッズコートとわかるものの、光沢感がありながらも天然繊維の上質さを併せ持つコットンナイロンの生地、フラップが省略されよりミニマルになったポケットのデザイン、白のデザインステッチ、ココマークがあしらわれたドローコード、シャネルのシグネチャーであるマドモアゼルボタン……細部に至るまで一切の抜かりなく、これぞラグジュアリーブランドの仕事であると実感することができるアップデートで、武骨なミリタリーアイテムをシャネルのエッセンスで気品漂うドレッシーな雰囲気に作り変えてしまう。モッズコートであるのにきれいに着ることができるので、これなら自分のスタイルにも合うし、元ネタの“リアル”なモッズコートについて回る「モッズ」や「ミリタリー」という文脈に必要以上に縛られることなく、自由に着こなしができる。デザインそのものがいいことはもちろん、かつてココ・シャネルが女性をコルセットから解放したように、モッズコートも「モッズ」「ミリタリー」の文脈から解放したのだ。

 そしてもう一つ面白いのが、ウィメンズの展開のみのシャネルの服にも関わらず、身頃の合わせは左身頃が上の作り、つまりメンズ合わせになっている点である。なぜ敢えて?と思ったが、これもきっとシャネルがそれまで男性の為の服とされていたスーツを女性用に作り変えたように、基本的には男性用とされるミリタリーアイテムをシャネルなりのアプローチでアップデートして女性のための服に作り変えているのではないだろうか、そんな想像ができてしまう。シャネルの代名詞ツイードが使われていない、ナイロン生地のメンズ合わせのモッズコートは一見すればシャネルの王道を外しに外したB面的なアイテムだと思うが、手に取ればシャネルのDNAが確かに注ぎ込まれていると感じることができる名品だと思う。

* * *

 僕は盲目的にオリジナルだけを正義とするのではなく、そこから派生して生まれたものや、ある意味で二次創作的なレプリカやリメイクなどについても、“良い”と思えばそういったものを否定せずに素直に受け入れたいと考えている。ファッションに関してはことさらそういう懐の深いスタンスでありたいと自分は思う。このシャネルのモッズコートは自分のそういったスタンスがあったからこそ巡り合えた一着でもある。

 オリジナルのモッズコートにはフラれたが、結果としてシャネルの“変わり種”の方とめでたく結ばれたわけである。きっと、読者のみなさんの中にもあこがれているアイテムが自分に全く似合わなくて歯がゆい思いをしている人がいるだろう。そこで、筆者からの提案である。そんな悲しい恋愛はやめて、多少自分の好みとは違っても、自分のことを愛してくれる人(服)を探してみてはどうだろうか。案外そういう相手の方が、伴侶としてはうまくいったりするものだ。

>>次回は4月30日(火)に公開予定

15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。

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