ファッションライターsushiが独自の視点で、定番アイテムの裏に隠れた“B面的名品”について語るコラム連載「sushiのB面コラム」。今月は「ボルサリーノ」のフェルトハットに並ぶ逸品、アルパカキャップにまつわるエピソードをお届け。
近年、ファッションビジネスでは“ウリ”として原価率の高さを訴求したり、インフルエンサーが低価格を切り口におすすめの服を紹介するなど、わかりやすく伝わる「数字」や「情報」を並べたアピールが目立つ。着る側の態度も、多くの現代人は変にコミュニティから浮いた存在になることを嫌い、“いい感じにお洒落だけど奇抜じゃない”、“皆と同じような普通の恰好でいい”という画一的でシステマティックなファッション感覚が一般化したように思う。
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一方で、プロダクトの背景にある作り手の意図や手間暇、プロダクトを届けてくれる人の存在、そしてプロダクトが自分の手元に届くまで過程──そういったプロダクトの持つぬくもりを形作るストーリーにも目が向けられるようになった。昨今の作家のうつわブームや、製造に手間暇のかかるナチュラルワインブームなんかにも似たような感覚を覚える。元来、人は他者とのコミュニケーションを紡いで生活を送り、コミュニティを形成し進化してきた生き物。情報社会の中でも、人は究極には他者との関係性を形作る「ぬくもり」を求めるものなのかもしれない。先日もそんな話を知人としたばかりだった。
僕も無意識にではあるが、そういった「ぬくもり」的な要素を求めて様々なものを手に取るようになった。最近は特に顕著で、物としての質がどうとか、どこのブランドのいつの時代の物かという「情報」よりも、知人がやっているブランドで買った服や、先輩からのおさがりとか、そういった人とのつながりや作り手の存在が感じられる「ぬくもり」のある物にお熱なのだ。中でも特に惹かれてしまうぬくもりジャンルがある。獣毛や毛皮などの“フワフワ”である。いや、これは結構真面目に言っているつもりだ。という訳で、今回は最近気に入っているぬくもりジャンルであるフワフワのアイテムから、「ボルサリーノ(Borsalino)」のアルパカキャップを紹介したい。
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ボルサリーノの誕生ははるか昔の1857年にさかのぼる。イタリアのアレッサンドリアに工房を設立したジュゼッペ・ボルサリーノがその後170年続く世界的なブランドをスタートさせる。1900年のジュゼッペの逝去後は息子のテレジオ・ボルサリーノが事業を継ぎ、同年にパリ万国博覧会でグランプリを受賞。ボルサリーノの名は同社の社名の枠を超え、帽子というアイテムの代名詞としてグローバルに認知されるようになった。
ボルサリーノと言えば中折れのフェルトハットこそが同社の代名詞。1900年代から多くのセレブリティを顧客に抱え、ジョニー・デップや麻生太郎などもボルサリーノのハットの愛用者としてよく知られている。一昔前には「ボルサリーノ」という単語がフェルトのつば広帽の一般的な総称として辞書に載ったほどで、まさに帽子の王様、同社の誇る王道と言っていいだろう。
今回紹介するベースボールキャップも、「最高の材料と、最高の技術で仕上げた優れた品を、最高の状態で売る」というボルサリーノの理念を体現した逸品と言える。帽子に用いられる生地では珍しい、毛足の長く贅沢で希少なアルパカ素材が全体にあしらわれている。裏地には王道のハットでも使われるアセテート×レーヨンの光沢感がある素材が用いられ、一般的なキャップとは一線を画す高級感がある。ディテールも見どころで、ハット同様に硬い芯地を用いたつばは絶妙な長さに設定されており、カジュアルにもシックにも振れるデザインだ。
個人的に最も感心したのは、天ボタンが省略されている点。これがあるのとないのとでは相当に見た目のスマートさが変わってくるのだが、アルパカ素材のほっこり感と少々短めに設定されたつばのカジュアル感を計算し、天ボタンを省略することで全体の印象を引き締め、ほっこりとシックの共存を実現する。一時は帽子着用者の激減の煽りを受け経営破綻した同社だが、経営を立て直し、新規顧客の開拓に成功した現代のボルサリーノが体現する、作り手の強い意図やぬくもりが感じられるB面的名作だと思う。
フワフワはシンプルに暖かくてほっこりするという物理的なぬくもりももちろんあるのだが、獣毛や毛皮といった、いわゆるフワフワは希少で採取できる数が少なかったり、体の大きくない動物の毛皮や毛となると何枚もの生地を継ぎ接ぎしたり、毛並みの向きを調整したり、柄を合わせたりと作り手の手間が非常に多く、扱いも難しいため、高度な加工の技術を要する。そういった作り手の手間暇が見える逸品がフワフワアイテムには多いし、職人が手作りしているという温かみがあり、人件費を考えれば値段以上に価値があるものも多い。素材の特性だけではない、作り手のぬくもりが特に感じられる素材でもあるのだ。
様々な部分で作り手や素材、ストーリー性などから感じ取るぬくもりがどんどん乏しくなる現代で、自らそういったものを求めて手に取るものを意識するという事は、とても人間らしく、意味のある営みだと僕は思う。夏もそろそろ終わり、人肌が恋しい季節もすぐにやってくる。この冬は皆様も自分の体のみならず、心も温めてくれるぬくもりを求めて、フワフワを手にしてみるのはいかがだろうか。
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ちなみにこのボルサリーノのキャップは定期的に通う古着屋の入荷で手に入れたもの。ヴィンテージにハマりだしたころから店員さんにも良くしてもらっている店でもあり、まとまった入荷があれば名古屋からでも可能な限り足を運ぶようにしているお世話になっている店だ。開店の2時間前くらいから並びだし、入店と同時に「インスタに上がっていたフワフワの帽子ってまだありますか?」と尋ねる。はいはい、と店員さんが店内から探し出してくれた帽子を見ると、かなり作りもよさそうな質感。入荷情報ではブランドや詳細などは全く不明だった帽子だが、ふとタグを見ると“Borsalino Made in Italy”の文字。前情報なしに直観でボルサリーノ製の帽子を手に取るようになったとは。しかも王道を大きく外したキャップ。自分も隠れたB面的な名品を見極める選球眼が育ってきたことを勝手に実感していると「sushiさんは多分これ目当てだろうなーと思ってました。前からこういうの好きですもんね」と店員さん。別に成長とかはなく、単に見た目が好みなだけだったようだが、自分の好みを把握してくれているお店との関係性にぬくもりを感じつつ、フワフワの帽子を決済するのであった。ちなみにこの日は35℃の猛暑日、ぬくもりなどと言っている場合ではない天気であった。
>>次回は10月31日(火)に公開予定
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。
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