ビューティ研究員「美をつくる人」
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ファッション同様、人々の生活を豊かにする化粧品。毎日手に取る化粧品には、気分を上げてほしいと思うと同時に、効果実感も求めたい。そんな欲張りなニーズを叶えるため、化粧品開発は日々進化を続けている。実は化粧品の根幹ともいえる、時間を要する化粧品の研究開発にはスポットが当たることがあまりない。裏側で奮闘する研究開発者にフォーカスし、開発秘話についてひも解く連載をスタート。第1回は、日本発のスキンケアブランド「SK-II」で15年に渡り「美白・ブライトニング」研究を担当し、“美白の神”“感触のマジシャン”と称される湯山恵津子P&Gイノベーション研究開発本部シニアサイエンティストにインタビュー。数々のヒット製品を生み出してきた背景や、製品へのこだわりについて聞いた。
■湯山恵津子(P&Gイノベーション研究開発本部シニアサイエンティスト)
高等専門学校卒業後、P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)に入社。研究開発本部に配属、スキンケア・ボディケアブランド「オレイ(OLAY)」を担当する。2007年、SK-IIに異動しブライトニングを担当。2021年に発売した美白美容液「SK-II ジェノプティクス ウルトオーラ エッセンス」は、百貨店の美白美容液ランキングで売り上げNo.1(2021年第2四半期の百貨店における売り上げによる数値。ボーテリサーチ調べ)を獲得する。
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ーまず最初に、理系に進まれての研究職だと思いますが、もともと実験などが好きなお子さんだったのでしょうか?
父親が合成皮革の会社の技術者ということもあり、子どものころは父が務める工場にもよく遊びに行ったりして、幼少期から「モノづくり」が身近にありました。小学校のころから文系の科目よりも、算数や理科のように答えがはっきりしている理数系科目が得意でしたね。そこから高等専門学校、いわゆる高専に進学し化学を専攻しました。
ー高専だと女子生徒が少ないイメージもあります。当時から化粧品の研究開発に進もうと思ったのですか?
高専の学生はどうしても工業系に行く人が多くて、そもそも化粧品企業に進む道があるとも思ってもいませんでした。1クラス約40人でそのうち女性は10人程度。そういった環境で過ごしていたので、女性もみんなサバサバしていて化粧っ気もなかったですし。私自身、当時は美容に詳しかったわけでも、興味がすごくあったわけでもなかったです(笑)。ただ当時は工業系で研究開発系の募集というと女子枠が少なく、就職課の先生に聞いたらP&Gを紹介されたんです。
ー化粧品開発の研究者としてのはじまりを教えてください
入社してすぐに研究開発本部に配属され、スキンケア・ボディケアブランド「オレイ(OLAY)」の担当になりました。日本では販売していませんが、ボディシャンプーから洗顔、スキンケアまでを作っているブランドで、欧米のみならず中国やシンガポールといったアジアも含め世界約80ヶ国の国や地域で展開しています。入社からまもなくして、スキンケア担当としてまずは洗顔石けんの開発に向けた調査を任されました。
ーどういった調査を行なったのでしょうか?
当社はニーズに基づく製品づくりを強みとするので、製品の嗜好調査もたくさん行っています。当時は月に1、2回はアジアの国に出向き、例えば実際に化粧品ユーザーの方の自宅に訪問して、どういった環境の中で、どの製品を使っているか、その使い方などまでをヒアリングしました。そこからニーズを導き出して、それをどのような形で製品に落とし込むのか、そういった研究をずっとしていました。洗顔石けん担当の後、オレイの中の主にブライトニング製品を担当したのですが、同様に調査して開発に結びつけるということを行っていました。
ーそこからSK-IIに異動したのですね。
いざ働き始めるとP&G下でビューティの頂点ともいえる、SK-IIは憧れの的になりましたね。SK-IIのチームは社内で隣の島だったので、次第に「あそこで働きたい!」という思いが強くなりました。オレイは海外ユーザーに向けて日本で製品開発していたのに対し、SK-IIは国内の反応がダイレクトに見られ、そういう意味でも憧れていました。研究員としてオレイで約10年活動したのち、2007年にようやく憧れのSK-IIチームに配属になり、ブライトニング担当に就きました。
―各国でのニーズの違いはありましたか?
同じアジアだとしても、ブライトニングに対する認識やニーズが全然違います。例えば当時とにかく「肌を白くする」というニーズが強い国もありました。一方で日本は「透明感のある肌」「明るい肌」といったもっとニュアンス的な表現やイメージを求める傾向にあり、その違いだけでも最初は驚きました。今では直接日本のお客様の声が聞けるようになったことで、求めることへの理解の深さも変わってきたと思います。
また、SK-IIをはじめとする日本の高価格帯スキンケアを使用されている方々はやはり、製品に対する感度が高く、より高い期待値をお持ちです。求めるニーズがより高いSK-IIのお客さまに対して、どう、改善していくかを試行錯誤するうちに私の感触に対する感覚値みたいなものが鍛えられたのかもしれません。
ー湯山さんは“美白の神様”“感触のマジシャン”とも呼ばれています。そう呼ばれるきっかけがあったのでしょうか?
まず、オレイ、SK-IIを合わせると約25年もの間、ブライトニング領域での研究に従事してきました。いろいろな国の製品を見てきましたし、各国の薬機法も知り尽くしました。それでも、いまだに社内の基礎研究所から新しい技術が開発されたり、サイエンスが発見されたりする度にワクワクしますし、本当にブライトニング研究が好きなんだと思います。もっと知りたい、もっと学びたいと思い続け、この25年間研究にのめり込みました。その思いの強さから、“美白の神様”と呼んでいただけるようになったのではないでしょうか。
ー研究から製品化に至るまで、具体的にどのようなプロセスを経るのでしょうか。
例えば、2021年に発売した美白美容液「SK-II ジェノプティクス ウルトオーラ エッセンス」の研究でも明らかになったことですが、消費者調査から「十分に睡眠を取らないと肌のくすみが気になる」という声が上がりました。そこでその原因を弊社の基礎研究所が調べた結果、寝不足による酸化ストレスが肌の黄色味の変化に関わることが分かりました。このように原因を特定できたら、今度はそこにどう対応するか。そこにアプローチする原料を細胞実験を用いながら発見・開発してもらいます。そこから導き出した原料を、処方チームと一緒に製品化に向けて試行錯誤しながら処方を作っていきます。私は製品の感触をより多くのお客さまに好まれるように作り込む担当なのですが、原料が感触に悪い影響を与えないように処方を考えています。
ーそれで“感触のマジシャン”とも呼ばれているのですね。
原料にはそれぞれ特性があり、感触に大きな影響を与えます。中身や効果効能ももちろんですが、化粧品の世界では感触は本当大事なんです。特にスキンケア製品は使い続けることが大切なため、「使い続けたい」と思うような心地よい感触が肝となってきます。一つの製品を作るにしても、プロトタイプを数百種類試すこともあります。何度も試してはこれは違う、試してはもう少しこうとか…。処方のサンプルは一つひとつ、自分の腕に塗布してその感触を試して作り上げています。
ー“完璧な感触”を作るにあたり一番難しいことは何でしょうか?
“感じる”という感覚を言葉で表すことでしょうか。サンプルを触って処方チームにフィードバックをするときに、どう改良すれば良いのか、改良の仕方を伝えるのがとても難しいです。例えば「肌の上で滑るようなテクスチャー」でも「油の滑る」感じと「氷の滑る」感じは全然違う。もっと言うと「水っぽい滑り」と片栗粉のような「粉っぽい滑り」などもまた全然感触が違うので、なるべく具体的に伝えようと心がけています。
例えば、「ホイップクリームのようなふわふわとした感触」というように物に例えて感覚的に伝えるときもあれば、直接「油分をこれぐらいだけ増やしてください」と具体的な数値を伝えることもあります。原料の配分のほんのわずかな違いで、感触の絶妙な差が生まれるので、正確に伝えることが大切なんです。さらには、人それぞれ感じ方も違うので、処方チームの組む人によっても、何が一番良い伝え方か、理解してもらえる伝え方か、を常に考えて行動しています。
「処方のサンプルは一つひとつ、自分の腕に塗布してその感触を試して作り上げています」
ージェノプティクス ウルトオーラ エッセンスもしっとりとした感触にこだわっていますよね。
これもプロトタイプを数百種類作り、官能試験や、器機を使っての測定データを活用しながら、腕で何回も試しました。美白美容液で保湿は叶わないのではないかというお悩みを聞いて、保湿力に優れた質感にこだわりました。冬場の乾燥にも負けず、とはいえもちろん通年で使っていただきたいですから、夏場でも快適なテクスチャーで、かつ有効成分の浸透や効果もしっかりと発揮できる処方系を作ることを目指しました。
ージェノプティクス ウルトオーラ エッセンスは売り上げも好調のようです。
百貨店の美白美容液ランキングで売り上げNo.1(2021年第2四半期の百貨店における売り上げによる数値。ボーテリサーチ調べ)を獲得したほか、雑誌やデジタル媒体、また美容のプロの皆さんからも多くお取り上げいただくなど、とても嬉しかったですね。実を言うと、前進である美白美容液「SK-II セルミネーション エッセンス」の発売から、直近の2016年の「SK-II ジェノプティクス オーラ エッセンス」と、常に前作を超える製品を開発しなければならないというプレッシャーがありました。しかもそれらはとても評判が高く売り上げも好調だったので、それを上回って良いものを作らなければいけないということが本当に難しかったです。
ー中でも、何が一番、難しかったのでしょうか?
すでに多くのお客さまから愛用いただいていた美容液だったので、大きく変えすぎてしまうと既存製品が好きな顧客の方にはご満足いただけなくなってしまう。効果効能をアップグレードしつつ、愛用者が離れないように前作の良さを継承する難しさがありました。結果的にそこを考えてパワーアップした製品を作るのに、丸5年もかかってしまいましたね。製品の開発においては、さまざまな要素を調和させて作りこんでいくのですが、私は製品開発段階における特に「感触」のデザインを担当するとともに、「基剤」「成分」「香り」などのそれぞれのエキスパートの提案をもとに、すべてを組み合わせた上で、多くの方に使ってもらいながら処方を完成させていく役割を担っています。それぞれ要素・組み合わせの全てを擦り合わせて完璧な処方を目指し、長い年月と幾多の試作・試験を経て、ようやくこの製品が出来上がりました。発売後は先ほどもお伝えしましたが、結果にもつながり、私たちチームが何年もかけて育て上げた美容液が数多くのお客さまの中で評価されることは本当に達成感を感じます。今は次の美容液の開発に取り組んでいますが、ウルトオーラ エッセンスを作るのが相当大変だったので、それをさらに超えていくものを作るのはさらに困難を要すると思っています(笑)。
ー一つの製品を作るだけで精神的にも肉体的にも負担が大きそうですが、息抜きはどのようにしていますか?
愛犬ですね(笑)。在宅勤務も増え、一緒にいる時間が増えています。行き詰まったら犬と遊んで息抜きをするようになりました。まだ1歳にもなっていないミニチュアダックスフンドで育てる大変さもありますが、同時に一緒にいて気持ちが安定するようになったと思います。犬を飼っていなかったころは、仕事でうまくいかない時はイライラするだけで終わっていたのが、愛犬に癒やされるようになってから仕事ともうまく向き合えるようになったと思います…。犬こそ人間の言葉が通じないので、感触を伝えるのとある意味一緒で、相手のニーズを汲み取りながら色々伝え方を変えてみたり…考えさせられます。この経験も実は、“感触のマジシャン”と言っていただける一つの要因かもしれないとも思いますね。
ーなるほど。何をどう伝え、伝わるかは本当に難しい問題ですよね。それは身に染みています…。では最後に今後の目標について教えてください。
時代と共にニーズは変化し、ブライトニング製品についても同じことが言えます。例えばセルミネーション エッセンスを発売した2010年は“シミにアプローチ”する製品が人気でしたが、今は“透明感”や“内側からの輝き”を求めるブライトニング製品に需要がシフトしつつあります。このように市場のトレンドとニーズをいち早くキャッチし、ジェノプティクス ウルトオーラ エッセンスを超える新作を作りたいですね。
(文:エディター・ライター北坂映梨、聞き手:福崎明子)
SK-II 公式サイト
エディター・ライター
1992年生まれ。幼少期をアメリカ・ニュージャージー州およびマサチューセッツ州で過ごし、13年間在住。2015年にINFASパブリケーションズに入社し、「WWD JAPAN」でファッション・ビューティ双方の記事を執筆。2021年に副編集長に就任、同年に退社。エディター・ライター・翻訳者。
FASHIONSNAPでは、ビューティ/ウェルネス専用のInstagramとTwitterも更新中。新作や最旬トレンドのほか、記事には載らない情報もお届けしています。ぜひチェックしてみてください!
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