Image by: FASHIONSNAP(Kazuki Ono)
正味5分間。
東京ファッションアワードを受賞した「サトル ササキ(SATORU SASAKI)」が初めて披露したランウェイショーは、14時07分に始まり、14時12分に幕を閉じた。東京ファッションウィークの歴史でも、おそらく最も短いショーのひとつだろう。

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25ルックを身にまとったモデルたちは、足早にその場を通り過ぎ、フィナーレでの再登場はなし。一般的なランウェイショーは10分以上で行われることが多いため、このサトル ササキのショーはまるで倍速で進行されているかのように体感した。

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そんな一瞬のような5分間でも、観る者に心に深く訴えかける何かがあった。この演出には、デザイナー佐々木悟の強い意図が込められていた。
ルーツは芸術に囲まれた幼少期

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まずは、デザイナー佐々木悟のルーツに触れたい。1989年、兵庫県神戸市に生まれ、現在も神戸を拠点に活動を続けている佐々木が、デザインの世界に足を踏み入れたきっかけは、アートに溢れた環境にある。芸術を愛するシューズデザイナーの祖父が集めた美術品に囲まれた家で、抽象画家である叔父の影響を受けて育った環境が、彼の美意識の基盤を形作った。
佐々木は「家にミロのヴィーナスみたいな彫刻が置いてあり、小学生の頃は遊びに来た友達にいじられるのが嫌でした。でも抽象画だけはみんな理解できず、素通りするんですよ(笑)。そこに心地よさを感じてから、抽象画がずっと好きでした」と明かす。

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家族の影響を受け、ものづくりへの興味が芽生えた佐々木は、ファッションの世界へ進む決意を固める。大学卒業後、上京し、「タロウ ホリウチ(TARO HORIUCHI)」でキャリアをスタートさせ、その後渡欧。パリでは「ジャン・ポール・ノット(JEAN PAUL KNOTT)」のアトリエでの経験を積み、ロンドンでは、フィービー・ファイロが監修していた「セリーヌ(CELINE)」でデザインアシスタントとして腕を磨いた。2019年には自身のブランドを立ち上げ、独自の道を歩み始めた。
着想源は抽象画の巨匠ロスコ

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今季のインスピレーションとなったのは、20世紀アメリカを代表する抽象画家、マーク・ロスコ(Mark Rothko)。自身の作品を理論や言葉で解説されることを嫌い、「感情で感じ取ってほしい」との思いから、具象表現から抽象表現へと転換したアーティストだ。

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ロスコ作品の色彩にヒントを得たカラーパレットを基調に、佐々木が自身の感情を直感的に表現しようとする試みが随所に表れている。ファーストルックは、ハンドニットのループ編みで赤のグラデーションを表現したミニドレス。ニードルパンチで職人の手仕事によって表現されたバイアスチェックのコートもインパクトを放っている。
フィービー仕込みの“ウィアードシェイプ”

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佐々木のデザイン哲学には、フィービー・ファイロのもと、3Dデザインチームでドレーピングを担当した経験が色濃く影響している。彼は「フィービーは常に『ウィアードシェイプ(変わった形)』という言葉を口にしていて、ハンガーにかかっている服ですら、普遍性の中に違和感や異質さを残すことをひたすら求めていました」と振り返る。

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今季のコレクションでは、ダイナミックにカットされたアシンメトリーなスカートや、片袖が床を引きずるほど長く落ちたトップス、襟がケープのように広がるシャツ、ねじれたバックスタイルのジャケットなど、セリーヌでの経験を、佐々木自身のスタイルへと昇華させたデザインが随所に見受けられる。
“スチューピッド”な挑戦

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今季、佐々木はこれまでのエレガントで洗練されたスタイルから一歩踏み出し、あえて奇抜で遊び心のあるアイテムを取り入れる挑戦を試みた。例えば、真っ赤な画家のパレットを模したバッグやトップス、大きなポンポンをあしらったベルト、大胆にファーやスタッズをあしらったパンプスなど、彼が「スチューピッド(馬鹿らしい)」と形容するような要素を投入した。

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ロスコの“感情”に突き動かされ、フィービーの“ウィアードシェイプ”を反映させたデザインに加え、ループ編みのキャンバスをモデルが大切そうに胸に抱えたルックは、佐々木自身のルーツであり、愛する抽象画への深い愛情を表現している。
カール・ポパーの「三世界論」

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佐々木は哲学者カール・ポパーが提唱した「三世界論」を引用し、この"感情"に関する考えを強調する。
「敬愛する養老孟司さんと深澤直人さんの対談から知った概念ですが、ポパーの『三世界論』では世界1が物理的実在、世界2が言葉や論理の領域、そして世界3が人間の心の所産からなる世界と考えられています。現代社会においては世界2の領域が広がり、内面から自発的に生まれるものが希薄になってきているように感じます」。

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佐々木が指摘するように、現代はSNSなどの普及により、多くの人が他者の評価に左右され、自分の純粋な感情を語りづらくなっている。
冒頭の話に戻れば、この異例の短さを持つショーには明確な意図があった。通常のリズムを意図的に加速させ、フィナーレを省略することで、鑑賞者に自分自身の感情と向き合う余白を生み出していた。

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「”感情"というプリミティブなものがこの先の未来に必要不可欠になる」という佐々木はこのコレクションを「プリミティブフューチャー」と題した。これは彼がこれまで習得した人生哲学や美学、クリエイティブを結集した作品。美術館で一枚の絵と向き合うように、ファッションもまた、自分はどう感じるのかという原初的な問いかけに立ち返る、知的な刺激を与えてくれたショーだった。
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