“バーバリーショック”から7年──2023年2月期に営業黒字化を達成した三陽商会。「バーバリー看板なき三陽商会はどうなるのか」と懐疑的な声も多く上がっていた同社を立て直したのが、大江伸治社長だ。2020年の社長就任直後に襲われた新型コロナ感染拡大という大きな障壁を乗り越え、黒字化に至った今、同氏は何を思うのか。およそ1時間半にわたるインタビュー取材から探った。
■大江伸治
1947年生まれ。京都大学卒業後、三井物産に入社し繊維部門を歴任。2007年にゴールドウインの取締役専務執行役員に着任し、業績回復に貢献した。その実績が買われ、2020年3月に三陽商会に入社。同社副社長を経て同年5月から現職。三陽商会は2023年5月に設立80周年を迎えた。
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「誤算の連続」だった
―大江社長には過去2回、インタビューさせていただきましたが、2020年度はコロナ第3波を「ボディブロー」、2021年度は一年を通じて「防衛戦」だったと振り返っていました。ボクシングがお好きなのでしょうか?
ボクシングというよりは、戦略や戦術論の本を読むのが好きでね(笑)。
―(笑)。では今年はどのように表せますか?
3年目もある意味では「防衛戦」が続き、守りを固めながら戦局が変わるのをじっと耐えて待っていたわけです。それで少し戦局が変わり、陣地防御から少し前線に踏み出して、攻めに展開した。ですので、“攻めの局面”でもあったと思いますね。今期以降はもう少し本格的な攻めのフェーズに入るのではないかと。
―この3年で利益をすべて黒字転換させました。
構造改革に関しては、想定以上に成果が上がったと思っています。ですが、当初は1年間で最終黒字化する計画が、同時並行でコロナ禍という事象が起きて、結果的には2年かかってしまった。誤算の連続でしたね。ただ、コロナ禍があったからこそ構造改革を加速できたという側面もあって。コストや仕入れの大幅削減もなかなか難しいように感じると思うんですけど、僕にとってはこれは非常に簡単でね。決心すれば実行できるんです。目標コストに至らない商品は仕入れを許さない。原価を確保できる商品だけに絞り込めと。それぐらいの指示はしました。コロナ禍があって、社員全員が危機感を持ったこともあってね。言い方を変えれば、背に腹は代えられない状況で、いかにみんなが本気になって色々な施策を実行したかということです。
―これまでのやり方を大きく変えたという意味では、現場からは様々な反応があったかと思います。
当初は「そんなに仕入れと品番を絞って売上を作れるのか」という懸念もあったみたいですが、実際に売上の中身を見ると過剰な仕入れ量でしたから。品番数が200品番あっても、売上の半分は上位30品番のみ。商品を見分ける努力をせず数打ちゃ当たるみたいに品番数をいたずらに広げて、わずかな売れ筋を作るために大量の無駄玉を発生させていた。数打ちゃ当たる方式から、ある程度限られた商品を売り切って数字を作るという発想に変わらざるを得なかったんです。販売員からも「もっと在庫を積んでもらわないと売上を作れません」という声が当初あったのですが、「与えられた商品を売り切って数字を作ることが販売員の能力であり、評価のベースになるんだ」と伝えましたよ。
それによって意識改革ができたかどうかわかりませんが、みなさん最初は疑心暗鬼になりながらも、実際に取り組んでもらったらプロパー比率が目に見えて上がっていって、結果として僕の狙い通りになって、みんなが納得してくれた。僕としては特別なことをやれと言ったわけじゃなくて、異常になっていた部分を普通に戻したということなんですけどね。そういう成功体験を積み重ねて、学習効果も高めていったということだと思いますよ。
―現場の士気も高まったのでは?
何が合理的なやり方かというのは全員が学習しましたので、今ではそれぞれが自分の確信に基づいて業務に取り組んでくれています。だからどんどん現場の雰囲気も良くなっていますし、数字にも現れていますよね。現場のみんなが自分たちで努力して、改善してくれたからです。トップダウン体制ではありますが、こういったことは自動的にできることではないんですよ。
―株価も順調に回復し、プライム市場の上場維持基準もクリアしました。
当社は現時点のアウトプットとしては黒字になったというだけですから、投資家から見ると、まだ100%は信用できない。何期か黒字を続けて、この会社の企業価値について投資家が将来展望を抱けるような、そういう状況にして初めて、正当な評価をもらえるんじゃないかなと。僕は焦らず、少しずつ、結果で実証していこうと思っています。
バーバリーに代わる三陽商会の象徴
―「バーバリーがない三陽商会に価値はあるのか」という声も多く聞こえてきたと思います。
説明会でも申し上げたように、前期で7つの基幹ブランドが黒字化し、かつ70億〜90億円の売上規模があります。1000億円規模のブランドはないけれども、100億円単位のブランドが柱として7本もあるというのは我々ぐらいではないかと。これは差別化要素になると考えています。
■基幹ブランドと位置付ける7本の柱
・ブルーレーベル・クレストブリッジ(BLUE LABEL CRESTBRIDGE)
・ブラックレーベル・クレストブリッジ(BLACK LABEL CRESTBRIDGE)
・マッキントッシュ ロンドン(MACKINTOSH LONDON)
・マッキントッシュ フィロソフィー(MACKINTOSH PHILOSOPHY)
・ポール・スチュアート(Paul Stuart)、ザ・スコッチハウス(THE SCOTCH HOUSE)
・エポカ(EPOCA)、エポカ ウォモ(EPOCA UOMO)
・婦人服 - アマカ(AMACA)、エヴェックス バイ クリツィア(EVEX by KRIZIA)、トゥー ビー シック(TO BE CHIC)、トランスワーク(TRANS WORK)
「ブルーレーベル・クレストブリッジ(BLUE LABEL CRESTBRIDGE)」
―いずれもクラシックやフォーマルの要素が強いブランドですが、コロナ禍ではカジュアル、リラックス、コンフォートといったテイストが市場では支持されていました。
「カジュアルシフト」といった報道もありましたけど、消費者目線ではカジュアルな服だけを着るなんてことはありえないですよね。あなただってカジュアルな服だけを着ているわけではないでしょう。若い人の嗜好は多様化しているし、価値や品位の高い、ちゃんとした服を持ちたいという需要もあるはずです。
8兆円あるアパレル市場の中ではいろんなセグメンテーションができていて、我々のようなミドルアッパーの市場は絶対になくならないと思っています。僕はむしろ、拡大する余地があるとすら考えていますよ。
いまの百貨店を見ていると、ラグジュアリーや時計、宝飾がものすごく売れていて、百貨店の人に聞くと、いわゆるラグジュアリー市場の活性化は“昔のお金持ち”だけではなく、若くて新しいエントリーユーザーがどんどん参入して支えているわけです。我々のミドルアッパー市場だって、若い人たちが参入してきてもおかしくはない。一時は顧客の高齢化が起きたんですが、実際にここ最近で若い人が増えてきています。我々はマストレンドに流されるのではなく、ハイエンドに近い領域を愚直に掘り下げていく。そこでトップランナーを目指すことが、我々の生きる道だと思っています。
―基幹ブランドの中でも若者からの支持が厚いブランドは?
ブルーレーベル/ブラックレーベル・クレストブリッジや、マッキントッシュ フィロソフィーですね。
―基幹ブランド以外の事業は「チャレンジ領域」と位置付けています。それぞれの進捗を教えてください。
サンヨーコートに関しては、基幹ブランドほどの売上規模がないという意味でチャレンジング領域に振り分けており、当社のシンボルとしての位置付けで展開していきます。エス エッセンシャルズでは、例えばジャケットやカシミヤセーターなど、コートや靴以外での究極のものづくりを追求しているシリーズがあるんですが、ようやくキャラクターが定まって独自性が高まってきたところです。
これから面白くなるんじゃないかと思っているのは、キャストコロンです。ジェイアール名古屋タカシマヤ店はキャストコロンの店舗の中で坪売上が一番取れていて百貨店との相性も良いですから、これからが楽しみです。
ラブレスは苦戦していますが、「三陽商会のセレクトショップ」という独自性をこれから打ち出していきたいですね。セレクトショップ自体がいま新興勢力の存在もあって淘汰が進んでいて、特別感がないと生き残れません。「三陽商会のセレクトショップ」がどうあるべきかも含めて、もう一度商品構成を見直しているところです。軌道に乗せることができれば面白いと思うんですよね。
■チャレンジ領域のブランド
・サンヨーコート(SANYOCOAT)
・エス エッセンシャルズ(S.ESSENTIALS)
・三陽山長
・エコアルフ(ECOALF)
・ラブレス(LOVELESS)
・キャストコロン(CAST:)
「サンヨーコート(SANYOCOAT)」
―セレクトショップでは各社、オリジナル商品の比率が増えている印象もあります。今の時代、セレクトショップという業態は支持されにくいのでしょうか。
いまはより細分化されている時代ですから、やはり相当強い特色や独自性がないと難しいですよね。だからこそラブレスはきっちり整理して打ち出す必要がある。セレクトショップの一番の価値は、商品編集にあります。商品編集を通してどのような付加価値を生めるか。「これがないとだめだ」とあまり決めつけずに検討を進めていきたいですね。
―エコアルフの進捗はいかがでしょうか。
導入当時はリサイクル素材を使っていること自体が圧倒的な差別化要素になっていましたが、今ではどのブランドもリサイクル素材を使っていますし、欧州やアメリカと比べて日本はエコ認識が遅れているところがあります。今は素材ではなく商品力の部分で勝負しているところで、インポートだけでは限界があるので日本企画の商品を増やしていこうかと考えています。
百貨店とはこれからも一心同体
―百貨店のポテンシャルについてはどのように考えていますか?
百貨店業界も淘汰が進んでいますが、一方で生き残った百貨店の相対価値がだいぶ上がったと思います。我々としても、もう一度百貨店を攻めてもいいんじゃないかと、出店を増やしていく方針です。いろいろな販路にも挑戦していますが、我々のミドルアッパー商品を最も購買してくれるのはやはり百貨店顧客ですし、それは今後も変わらないと思います。百貨店とはこれからも一心同体な存在なんだなと改めてこの3年間で再認識しました。百貨店に行けば、そこには非日常世界がある。我々はそこに相応しい商品を作ることがミッションでもあります。
―ECは今秋、リニューアルを計画しています。
これまで各ブランドECサイトと自社モール型の「サンヨー・アイストア(SANYO iStore)」をそれぞれ個別に展開していたので、これを統合することで回遊促進につなげます。ただ、我々のEC戦略はEC単独の拡大を目指すのではなく、リアル店舗との完全連動体制の元で、お客様に2つの購買オプションを持っていただくことで回遊していただき、全体の底上げにつなげることが基本方針。リアル店舗が基軸で、ECはあくまでもその補完です。
というのも、我々の商品は高付加価値かつ高額で、しかも毎シーズン新たにゼロリセットで商品を企画するわけです。定番品が少ない中で、ECの画面だけで商品の価値を判断するというのは非常に難しい。ECだけで購買完結するのもリスクがありますし、店舗で実際に触れて試着してもらったりすることで初めて価値がわかると思っています。
―業績は回復しましたが、コロナ前の売上水準には戻りきっていません。
やはり売上は拡大していかなきゃだめだと思っていますよ。ただ、売上の中身はコロナ前とは全然違いますからね。以前はプロパー比率が50%を割っていましたから。今のような“実力売上”を上げていく施策が大事だと思っています。今期は下期に新規出店やECのリニューアルを予定していて、その効果が発揮されるのは来期になるので、これに加えて中国人観光客が戻ってきてからのインバウンド効果を見込むと、来期は相当期待していいんじゃないかと思っていますよ。
―これまでは「バーバリーの三陽商会」と言われることが多かったと思いますが、今の三陽商会をどのように形容しますか?
ミドルアッパー市場のトップランナー、三陽商会ですかね。7本の柱で支えられたポートフォリオというのは、しっかり打ち出していきたいと思っています。
―日本のアパレル業界、特に川上の部分ではコロナ禍で工場の廃業が相次ぐなど、産業の衰退が懸念されています。日本のアパレル産業はどうしたら活性化すると考えますか?
生産工場の役割というのは、いわゆる商業生産のベースであると同時に、ソフトのベースでもあるわけですよね。弊社の場合で言いますと、青森と福島に2つの工場を持っていますが、かつては商用生産ベースの工場でした。ただ、当社自体が2つの工場を年間稼働させるための発注ができなくなり、稼働責任を果たす余裕がなくなってしまった。自分たちの生産拠点として運営するのはもう無理があるということで、生産拠点から生産管理拠点、かつR&Dセンター化したんです。要は、製造ノウハウとか技術ノウハウを継承していくための受け皿という位置付けですね。
僕がゴールドウインを率いていた時も同じようなことに取り組んだのですが、今ではゴールドウイン自身の技術力あるいは商品開発力のベースとなっています。日本の高コストな労働力を使って、変則的に研究員を入れて綱渡りでやるみたいなことはもう成り立たないんですよ。いわゆる商品の設計やパターニングは自社工場で対応して、生産はオンラインで海外の工場に繋ぐ。そういった形でソフトの部分は日本に集約し、純生産だけ海外で行うという組み合わせは、今の時代だからこそできると思います。
―日本の技術はやはり世界に誇れるものですか。
それが日本のものづくりの最大の差別化要素ですよね。その部分だけは日本の工場の中にしっかり残すべきです。
こぼれ話:社長の息抜きは?
大江社長は現在75歳。プレッシャーのかかる日々の中でのリフレッシュ方法は「妻とのウォーキング」と「クラシック音楽を聴くこと」だという。クラシック音楽はブラームスやシューマンといったドイツの後期ロマン派が好きで、学生時代はブラームスの評論を書いていたことも。「音楽を聴く時はパッシブに聴くのではなくて、一生懸命聴くんです。いわゆる解釈するというスタンスで」。
(聞き手:伊藤真帆)
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