FASHIONSNAPの新春恒例企画、経営展望を聞く「トップに聞く 2023」。本年は、アフターコロナにシフトする中で各企業に求められている「イノベーション」をテーマにお送りする。
第4回は、楽天グループでファッション事業部を率いる松村亮 常務執行役員。2019年に「Rakuten Fashion」をリブランディングしてから4年目を迎え、今ではファッション事業のみで四半期で流通額3000億円規模に成長するなど「ファッションの楽天」を作り上げた立役者だ。コロナを経てEC業界に残る課題とは何か。
■松村亮(楽天グループ常務執行役員 マーケットプレイス事業デピュティヴァイスプレジデント 新サービス事業ヴァイスプレジデント)
慶應義塾大学卒、ロンドン大学修士。外資系IT企業のエンジニア、外資系戦略コンサルの東京、ロンドンオフィスを経て、2013年8月に楽天入社。社長室を経て、2017年に執行役員に着任。2022年4月に上級執行役員兼マーケットプレイス事業デピュティヴァイスプレジデントに就任。2022年10月から現職。
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四半期の流通額は3000億円規模に
―2022年はどんな一年でしたか?
一言で言うと「飛躍」かなと思います。2019年のリブランディング以降に取り組んだ「売り場」「ブランド」「オペレーション」の充実化が結果にもつながった一年だったように感じていますね。
―具体的にどのようなことに取り組んだのでしょうか?
「売り場」に関しては、ファッションの分野はそれまで「楽天市場」に集客も含めておんぶに抱っこの状態でしたが、「Rakuten BRAND AVENUE」を「Rakuten Fashion」にリニューアルし、専用のアプリを作ってユーザーエクスペリエンスの向上を図ったり、テレビCMを打ち出して認知拡大を目指しました。「売り場」が充実していくと、一緒にやっていただけるブランドの幅が広がってくる。いわゆるラグジュアリーやデザイナーズブランドの出店が増え、結果として以前よりもラインナップが拡充しました。「オペレーション」で言うと、データ分析といったシステム面への投資を強化しているところです。ここ数年でこれらのことに取り組み、今年は流通額や客数を含めて今まで以上に充実して成長できたと実感しています。
【備考】「楽天市場」と「Rakuten Fashion」の違い
・楽天市場:あらゆるジャンルやカテゴリーの商品を取り扱う総合ECモール。1カテゴリーとしてファッションを展開している。
・Rakuten Fashion:ファッションアイテムにフォーカスしたECモール。専用の売り場を設けることで、検索機能や店舗との在庫連携など、ファッションECならではの独自の顧客体験を作り上げることができるほか、ブランディングの観点でもメリットがあるとしている。
(※楽天市場とRakuten Fashionの両方に出店するブランドも一部あり)
―中でも手応えを感じた施策は?
AIを含めたデータ活用です。楽天の中には「Rakuten CustomerDNA(以下、カスタマーDNA)」と「Rakuten AIris(以下、アイリス)」というツールがあります。グループ全体が持っている顧客のデータベース「カスタマーDNA」が保有するデータを「アイリス」で解析し、サービスの拡張につなげています。
例えば、Rakuten Fashionの中で購入者をもっと増やしたい、という目的があるとした時、そのブランドを買っているユーザーと似たような特徴を持つ、いわゆる高い確率で買ってくれる可能性があるユーザーをグループ全体の1億以上ある顧客データからIDベースで探し当て、アプローチしていくことができます。これはEコマースからオフラインまで、グループ全体で幅広い顧客基盤とデータ量と深さを持っている楽天だからこそ実現できていることです。
―Rakuten Fashionのアプリは2022年6月末に1000万ダウンロードを突破しました。
いまもさらに伸びています。楽天市場と売り場を分けたことがやはり要因として大きく、(スポンサーを務める)東京ファッションウィークとの連携もあってラグジュアリーやデザイナーズブランドの皆さんにも出店いただけたり、コラボ商品を販売できたことも貢献しています。
―Rakuten Fashionのユーザー層は?
楽天市場と同様に30代〜40代女性がボリュームゾーンですが、Rakuten Fashionに関しては20代も比較的多いですね。
―若年層のユーザーがいる点も、ラグジュアリーを含む出店ブランドは魅力に感じているのでは?
そうですね。特に若い人たちはリアルだけではなくデジタルも含めて買い物をします。ブランド側も若いお客様にファンになってもらうために、デジタルのチャネルを強化していかないといけないという意識になっていると思います。
―2022年12月期第2四半期(2022年4〜6月)のファッション事業の流通額は、国内ECモールでは最大規模となる3000億円近い数字を叩き出しました。
2022年は一年を通して見ても好調でしたし、秋口以降も想定よりも伸長していますよ。コロナの感染拡大が落ち着いてきたのでオフラインでの購入も戻ってきてはいると思いますが、一方で外に出て活動するようになったことでアパレルの需要も伸びています。コロナ禍ではルームウェアに大きなニーズがありましたが、今は外着が売れていますね。
―今冬は12月中頃まで気温が高く、各社で主力のアウターが苦戦するなど、気候リスク管理はアパレル業界の課題となっています。
気温に対するアプローチは「フォアキャストの精度を高める」より「レスポンスの効率性を高める」ことが正しいと思っています。フォアキャストはもちろんしますが絶対ではないので、わからない中でも変化したものに対して、販売機会を逃さないように物流周りのシステムや出店ブランドとの連携をどれだけクイックに対応できるか、ということに重点を置いています。効率性のレベルはかなり上がったので、売上にも寄与していると感じています。
―他のサービスにはないRakuten Fashionならではの強みは?
1つは「サービス単体で競争しない」というグループのサービスにおける基本的な考え方にあります。楽天グループにはものすごく大きな顧客基盤があるので、その中でRakuten Fashionで買い物してもらうようにアプローチを取っていくというのが最もシンプルかつ力強い戦略だと捉えています。加えて、それをやっていくにあたりRakuten Fashionそのものが魅力的でなければならない。そこで冒頭で話したように、ファッションを独立させてそこにフォーカスした顧客体験を作り込んでいくことで、結果として顧客と出店ブランドを獲得でき、好循環が生まれています。新規ブランドに対する顧客獲得サポートも、Rakuten Fashionだけでは限定的な話になりますが、楽天グループ全体から見つけることができるので強みになると思っています。
東京ファッションウィークのスポンサー活動から得たもの
―2019年のリブランディングのタイミングで東京ファッションウィークのスポンサーも始まりました。スポンサー活動から得たものは?
やはりファッション業界の中でのプレゼンスと、さまざまなステークホルダーの皆さんとの関係性を作っていけたことがとても大きかったですね。結果として「バイアール(by R)」(※楽天による日本発のファッションブランドを支援するプロジェクト)という形でイベントを一緒にやらせていただいたり、人気のデザイナーズブランドにも出店いただいたりと収穫がありました。
―三木谷浩史会長はスポンサー活動を「最低でも10年」続けると意気込みを語っていました。2029年まで続けていく方針は変わりありませんか?
三木谷の意気込みは僕らもフォローしていくつもりですよ。
―いま課題に感じていることはありますか?
エンドユーザーの方たちにファッションウィークをもっと知ってもらい、それが楽天のサポートで開かれている、ということを認知してもらわなくてはいけないと思っています。先シーズンからファッションウィークに参加していないセレクトショップ系のブランドなどの方々にも入っていただき意見交換を行っていて、次のシーズンからはRakuten Fashionとしてのコンテンツ発信を一層拡大していく予定です。
―ショーの開催は今後も渋谷ヒカリエと表参道ヒルズが主会場になりますか?
そうですね。ただ、それ以外の会場を使っていくのは課題でもあります。渋谷ヒカリエと表参道ヒルズにこだわらず、より魅力的な場所を見つけてやっていくというのはバイアールでは引き続き取り組みますが、それ以外に関しては日本ファッション・ウィーク推進機構の意向もあるので、僕らとしてはサジェストしていくという形になると思います。
ロイヤリティが高まるOMO戦略
―いまチャレンジしている試みはありますか?
最近取り組んでいるテーマの一つに「OMO(=Online Merges with Offline、オンラインとオフラインの融合)」と「O2O(=Online to Offline、オンラインで獲得した消費者をオフラインに促す販売戦略)」があります。多くの出店ブランドが店舗にも楽天ポイントを入れてくださっているので、オンラインとオフライン両方の買い物データをIDに紐付けできるようになっています。そうなると、我々としてはRakuten Fashionでも店頭でもどちらでお買い物いただいても構わないというスタンスになる。Rakuten Fashion上に在庫がない商品はアプライすればブランド店舗で試着して購入することができ、購入時にはRakuten Fashionと同様のベネフィットも得られるという仕組みでOMOに挑戦しています。
―実際にブランド店舗に送客して購入される比率はどのくらいあるのでしょうか?
具体的な数字は開示していませんが、だんだん高まってきていますよ。オンライン・オフラインの両方を使っていただくと、体感としてエンゲージメントが高まるので、結果としてそのブランドでの買い物回数が増えますし、オンライン・オフラインの両方を使うお客様の年間購買金額も飛躍的が上がっている。ロイヤリティの向上にもつながることをある程度確認できているので、今後はそれをさらに拡大していきたいと思っています。
―2021年11月にはRakuten Fashionとして、ショールーミング形式のOMO型ポップアップストアを渋谷スクランブルスクエアに出店していましたよね。
ポップアップストアは実験的に出店しました。メディアに取り上げていただき注目してもらえたこともあり、想定よりも多くの来店客数があったのは良かったですね。一方で、通常のブランド店舗とは異なる顧客体験を作っていかなくてはいけないのが課題。ショールーミングというのも一般的なものではなかったので、店舗の作り方やMDの幅、企画の立て方などショールーミング以外も業態も含めて思考を深めていく必要があると感じました。
―昨年12月には韓国コスメのO2O店舗「カルチャーマーケット(Kulture Market)」をラフォーレ原宿に常設出店しました。
こちらもチャレンジングな取り組みになりました。楽天市場でもRakuten Fashionでもビューティの流通額はいまものすごく伸びていて好調です。
―ショールーミング業態で最も重要なことは?
サービスとしてフリクションレス(摩擦のない状態)に作れるかということですね。店頭で実際に試着した後、どのタイミングで購入してもらえるのか。その場ではなく、後で買うお客様もいるので、その時にアプリで手間をかけずに買ってもらえるようなユーザーエクスペリエンスを作っていかないといけません。OMOのジャーニーの中でいかにフリクションレスにできるのか、そこが課題だと感じています。
―ポップアップの出店は今後も検討していますか?
いま具体的に決まっていることはありませんが、議論している最中ですね。ショールーミング以外のものにチャレンジする可能性もあると思います。
リアルの消費が復活しても「ECはまだ伸びる」
―コロナ禍はECの需要が伸びていきましたが、今はリアルの消費が復活しています。2023年の見通しについて教えてください。
流通額は引き続き伸びていくと思いますし、ファッションやコスメは2022年の成長率を超えていくことも十分可能なのかなと捉えています。
―Rakuten Fashionの視点で見る「売れるブランド」の共通項とは?
一番大きいのは、MDや在庫管理ができていることですかね。在庫に幅と深さがあると売上にもつながりやすい。店舗とECの在庫一元化が進んでいるブランドは特に成長していると思います。
―オフラインとの連携など、EC業界は少しずつ変化してきていますね。
そうですね。Eコマースそのものは継続的に拡大していると思いますし、コロナを経て販売チャネルとしての存在感はすごく大きくなってきていると思います。
―「ECの未来」をどのように予測していますか?
オンラインの売上はこれからも伸びていく余地があるとは思いますが、オンラインが単純に伸びていくだけではオフラインを含めた全体のパイを取り合うことになり、マーケットそのものの成長にはつながりません。アパレル業界の市場規模は緩やかにシュリンクしてきているので、OMOやO2Oの施策で新しい顧客体験を作ることで新規のユーザーを獲得するとともに、既存のユーザーの皆さんにもより買っていただき、市場を盛り上げていきたいですね。オンラインもオフラインも両方伸びている、という状態をどうやって作っていけるかというのが我々の挑戦です。我々に限らずEC業界全体で言えば、オフラインとEコマースをどう連動させていけるか、そして新しい顧客体験と販売チャネルのあり方を作っていけるかがこの先の5、6年規模の大きなテーマになっていくのかなと思います。
―2023年も引き続きOMOに力を入れていく方針でしょうか。
そうですね。ECにこだわりすぎず「デジタルを活用したアパレルやコスメの新しい顧客体験を作っていく」ということがイノベーションとしてはやらなくてはならないことだと思っています。
―競合のZOZOもOMOの施策をスタートしていますね。
正直、在庫の部分はブランドの店舗、自社EC、我々のようなサードパーティーまでを含め、全体として共通化していくことが本来はお客様にとっていいんだろうなとは思います。同じブランドの商品を買うのに「店舗にはないけど、このECモールにはある」「あのサイトでは取り扱ってないけどこの店舗にはある」という状態はあまり良くない。チャネル間で競争すべき要素ではなくて、どのチャネルでも同じ在庫状況が見えて、欲しいものをちゃんと買えるという状態が健全ですよね。
―それは実現可能なのでしょうか?
システムの改修やオペレーションの変更などが必要になるので少し時間はかかるかもしれないですけど、実現できることだと思います。 やはりどのチャネルであれ販売機会を失うことの方が問題ですから。ブランド側もおそらくそういう思考になっていると思うので、そういった方向性に少しずつ変わっていくのではないでしょうか。
(聞き手:伊藤真帆)
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