2021年春夏コレクション
Image by: PRADA
イタリアワインによく合うエメンタールチーズに見られる特異な丸い穴、あれはトムとジェリーによると"チーズアイ"と呼ばれるものらしい。
世界有数の大型チーズとして名高いエメンタールチーズは、およそ100キロもあるホール1つを製造するために約1,000リットルものミルクが必要で、これは牛80頭分に相当する。諸説あるが、牛舎での搾乳の際にバケツに紛れ込んでしまった干し草の微粒子が核となり、発酵過程でガス溜まりを誘発し気泡となって、丸い空洞のチーズアイが発生してしまうということだ。
なんの話かというと、日本時間2020年9月24日にイタリア・ミラノから全世界にデジタル配信された、「プラダ(PRADA)」2021年春夏ウィメンズコレクションについての考察飛躍である。
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「プラダ」のミラノコレデビューは、3代目のミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)がアパレル分野に進出したタイミングの1988-89年秋冬。30年以上の月日が流れ、今春夏は共同クリエイティブ・ディレクターに就任したラフ・シモンズ(Raf Simons)とタッグを組んだ初のコレクションとなる。ラフの傭兵デザイナー遍歴は他稿参照(きっとある)。新生「プラダ」は2021年春夏ミラノコレでは最大級のニュースだが、ミラノ現地の興奮はウェブから推して知るほかない。
まいったな、2020年は疫学的にもIT的にも日本式ファッションジャーナリズムをすべからく真っ平らにしてしまう呪詛のような禍にあり、そもそも海外コレクション評とは現地に取材出張したコレクション担当記者がその眼に受けた新鮮味を現場の熱量をもって伝えるべきであるのだが、海外渡航が公に許されない現状では致し方ない。
業界人も一般人もみな平等にウェブ閲覧するしかないわけで、干支が1周するほど遡った過去に海外メンズコレクション記者を生業にしていた自分のような"服オタウェブ野郎"にも、まさかの新生「プラダ」、しかもウィメンズ詳報の依頼が舞い込んでくるのだ。
ミラノでは毎日ジェラートを食べていた。いまだにコーンの巻紙を後生大事に保管しているあの甘ったるいココナッツの味を懐かしみながら、期待のショーはスタート。リッチー・ホゥティン(Richie Hawtin)が手掛けたテクノミュージックが鳴り響くなか、ファーストルックはスルーして4ルック目、水玉柄(これがチーズアイの比喩ではない)のワンピースの前面に薄く施された見慣れたアートワークを視認したあたりには、今回の協業の成果および成功を確信した。
描かれた座標はまったく把握できぬがなんらかのベクトルのように見るものを誘いつつ、15ルック目にはさらに露骨に主張し始め、荒唐無稽な"PANORAMA"と同様に単純プリントされた"PRADA"の逆三角形のロゴマークと至極フラットに共振し始める。ある種の偶像破壊、イコノクラスム。英字すらない三角形のみのトロンプルイユまで見受けられ、シグニチャーを捨て去ってまでの真摯な歩み寄りは服飾から明らかだった。
2021年春夏コレクション
Image by: PRADA
もし、通常通り世界中のジャーナリストや招待客が詰め掛けたランウェイが行なわれていたとしたら、間違いなく万雷の拍手でフィナーレを迎えていたはずだ。
思い起こせばラフ加入前の今年7月、同じくヴァーチャルランウェイで催された「プラダ」のメンズ中心のコレクションでは終盤に純白のタンクトップとショーツのみのウィメンズルックが登場して萌え驚いた。それは新たにラフを迎えるにあたって自由なキャンバスを用意してあげたいというミウッチャなりの心意気だったのだろう。
オフィシャルなコンテクストとして、今春夏の「プラダ」のクリエイションは2人の異なる視点から、サステナブルなリサイクルナイロンへの注目を含め、プラダらしさ、ユニフォーム、テクノロジーと人類の関係性などのテーマを探ったもの。
印象的なアートワークは、ラフのシグニチャーブランド「ラフ・シモンズ(RAF SIMONS)」の意匠制作でお馴染みのアーティスト、ピーター・デ・ポッター(Peter de Potter)が手掛けた。ちなみにピーターが2002年春夏の「ラフ・シモンズ」のメンズで描いた"KOLLAPS"フーディーは、10年代に入ってからスタイリストのデヴィッド・カサヴァント(David Casavant)が仕掛けたセレブ着画によってなんと数百万円まで高騰し、狂気のmatterと化している。
「ラフ・シモンズ」"KOLLAPS"フーディー
その希少価値の量産体制を彷彿とさせるホワイトフーディーは"今ドキ"のオーバーサイズでイノセントな輝きを放っていた。同じアートワークが施されたミニリュック、おそらくミウッチャの遊び心で生まれたであろうケープの背面に付随させたバッグ、ロゴマークそのもののイヤリングなど、待望の1stコレクションの成果物としては世の女性はおろか男性にも売れそうなラインナップだ。
2021年春夏コレクション
Image by: PRADA
「ジル・サンダー」の傭兵デザイナー時代(2006-07年秋冬~2012-13年秋冬)からラフのセンスに目を付けていたプラダ最高経営責任者のパトリツィオ・ベルテッリ(Patrizio Bertelli)も、きっと太鼓判を押す。彼には「プラダを着たホワイトナイト」の異名もあるが、ラフにとってきっとそういう存在なのだろう。
バックステージでは、数シーズン前から「プラダ」の広告に参画し本ランウェイのスタイリストを務めているオリヴィエ・リッツォ(Olivier Rizzo)がラフをサポート。ベルギー・アントワープ時代からのラフの盟友は3人おり、1人がオリヴィエ、1人が当時の彼女、残る1人は2019年秋冬まで「プラダ」の広告フォトを担っていたウィリー・ヴァンデルペール(Willy Vanderperre)だ。
今後必須の広告ヴィジュアル制作で、もしかすると、ラフ、オリヴィエ、ウィリーの最強トリオの復活があるかもしれないのだが、これは外野の野暮な期待に過ぎないのだろうか。ファッションにおけるヴィジュアルイメージの共有という史上命題において、ミウッチャとラフは偶然なのか必然なのか、関わるクリエイターが事実として共通しており、互いのシンパシーも得やすかったはずだ。
最後に、洋服から鑑みるに、ミウッチャとラフの関係性は初コレクションなので当然ではあるが、まだまだかんかんがくがく込み入ったレベルではなく、非常にフラットだと推察する。ざっくり端折ると、アーカイブプリントなど「プラダ」の上に「ラフ・シモンズ」を重ねたクリエイティブは2人の世界観の融合ではあるが、付かず離れず相互のレイヤーがブラウザ上で折り重なる様に見えなくもない。たった6.5インチの画面からも、ミラノから9,500キロ離れた日本からでもそれは推察できた。
水玉調に穴の開いたタートルニットは商業的なベストアイテムだが、世界中のジャーナリストからすでに"チーズアイ"ニットと呼ばれているそうである。食傷気味のエディターもスタイリストも上顧客も泣いて喜ぶであろう、2021年春夏「プラダ」の象徴だ。
2021年春夏コレクション
Image by: PRADA
ラフ・シモンズを干し草の微粒子に例えるつもりはないが、今はミウッチャが用意してくれたエメンタールチーズを心から愛おしく咀嚼している最中なのだろう。近年は搾乳技術の機械化と衛生面の向上に伴って干し草の紛れ込みも少なくなり、アイコニックなチーズアイも小さく消え入る程度になっているという。間違いなくこの穴は、記念すべき1stシーズンのみの妙味なのだ。
【全ルック】「プラダ(PRADA)」2021年春夏ウィメンズコレクション
※補足
ミウッチャ・プラダとラフ・シモンズ、共同クリエイティブ・ディレクターとして初めて手掛けた「プラダ」2021年春夏コレクションランウェイ(ヴァーチャル)の終了後は、2人の対談に様変わり。オンライン視聴数はショーが1万弱、対談がその半分ほど。世界各国からプレス経由で集められた質問にミウッチャとラフがそれぞれイタリア訛りとフランス語訛りの英語で答えた。
この貴重な場での質問者に選ばれた日本人は、クレジットによるとKyotoにお住まいのRurikoさん。ラフにとっての個人的なユニフォームとは、この日も着用していた「プラダ」のウールスラックスとのこと。注目はトップスだ。
フィナーレなどでもしラフ本人が登場するならば、前職退任後に披露された2020年春夏メンズコレで物議を醸した「ラフ・シモンズ」の「STONE(D) AMERICA」(アメリカに石つぶて)Tシャツかフーディーに違いないと予測していた皮肉屋はNY39番街界隈でも多かったはず。
果たして結果は「ラフ・シモンズ」の最新2020-21年秋冬の穏やかなルーズニット。上下のスタイリングで「プラダ」と融合させていた。このニットは現在ファーフェッチで購入できるが問題はそこではなく、左胸に施された「WE ARE THE FUTURE / THE OTHERS / WE ARE FOREVER」の英字アップリケ。これをミウッチャへの返歌と呼ばずして何と呼ぼうか。
<span class="text-small">ラフ・シモンズが着用していた2020-21年秋冬の穏やかなルーズニット</span>
Image by: Farfetch
(文責:北條貴文)
北條貴文
大橋巨泉に憧れ早大政経学部で新聞学とジャーナリズム論を学ぶ。コム デ ギャルソンに新卒入社し、販売と本社営業部勤務。退社し、WWDジャパンで海外メンズコレクションと裏表紙とメモ担当。その後、メンズノンノ編集部web担当を経て、現在はUOMO編集部web担当。
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