pillings 2023年秋冬コレクション
Image by: FASHIONSNAP
ヒカリエ、渋谷区内の空きスペース、珈琲西武、TOKYO FMホール、東京都博物館など今回、「東京クリエイティブサロン 2023」の渋谷区内会場での実施サポートもあり、さまざまな会場を回っていると例年に比べて、一般公募でショーを観にきたのであろう人々の数の多さと熱気を感じた。実際にVOGUEで掲載されているTokyo Fashion Weekのストリートスナップでは、例年業界人がエントリーされていることが多かったが、今年はそんなことなく、どんな天候であれ自分のお気に入りのスタイリングでショー会場に意気揚々した表情で向かうストリートキッズが集まった。
ファッションウィークでは、しばしばストリートでは着ている人を目にすることがないのに何故かショーを開催するブランドもいるものだが、そのように会場の周りに毎日、しっかりとストリートキッズが集まるということは、今回はちゃんとストリートからも愛されているブランドが数多くエントリーしたのだと肌で感じられた。
そんな彼らが期待の目を向けるブランドの中で、ファッションウィーク5日目にショーを発表したのが 「ピリングス(pillings)」と「アキコアオキ(AKIKOAOKI)」だ。
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ピリングスは、去年2022年春に開催した以来1年ぶりのショー発表となったが、変わらずに彼らは毛玉のように複雑に絡み合った糸を自分のペースで掻い潜りながらも、毛玉のどこか哀愁ある可愛さを忘れることなく緒を見つけようとする。(だって、ブランド名自体「毛玉たち」という意味なのだから)
2022年春に発表したショーの演出では、上から巨大なピアノが逆さにぶら下がり、不協和音を会場に漂わせながらも、登場するニットアイテムを見て私たちは不思議と安心感のようなものを覚えた。ランウェイに空中から重圧をかけるピアノ、そして協調性を持って行動する蟻、それらは村上氏が苦手とする規律正しく完璧に社会に適応するもののメタファーが散りばめられていた。
今回のショーでも引き続き、社会/自己 に起きる摩擦は変わらずシニカルに、でもどこか哀愁がある可愛さを持って表現されていた。足元が暗い会場を歩いていくと、複数の街灯がたてられたランウェイが現れる。しかし光っているのは一頭だけ。ランウェイというか、もはや人気(ひとけ)の少ない小道のような寂しさすらも感じる。BGMには「カフカ」という言葉が繰り返され、朗読でもしているのかと検索をかけると小説家フランツ・カフカが出てきた。どの小説を読んでいるのだろうかと、さらに検索かけようとしたところで、ショーが始まった。
街灯がすべて点灯して歩いてきたモデルは、ウエットなヘアに血色の悪い顔で猫背気味に、ニットの穴の部分に手を入れてゆっくりと歩いてきた。縮こまった上半身とは対照的に、ボトムスは垂れ下がったゆるゆるの毛玉だらけのワイドパンツをやや反り腰気味に履いている。しばらくスローテンポで同じスタイリングと素材が続くのにも関わらず、まったく飽きることなく、むしろそれでも「かわいい」と思わせるピリングスの絶妙なバランスにハッとさせられっぱなしだった。陰湿なムードが漂う中、蛾がくっついたニットが登場した瞬間だけ、街灯が点滅しはじめる。前回のショーでは蟻を集団行動する人間のメタファーとして捉えていたことを思い出しつつも、今回の蛾はなにか変化をもたらすモチーフとして使われているように感じ取ったが、それが「光に向かう希望の存在」というポジティブな意味として村上氏に映っていたとは思ってもみなかった。
ニットに手を窮屈に入れるモデルも繰り返しみていると、寒さで凍えているのか、なにかから束縛されているのか、はたまたなにかから自己を守ろうとしているのか、色々な解釈が頭をめぐる。その下から顔を覗かせる乱雑にパンツインされたシャツ、家着のようなだらしないパンツ。それらが解釈のヒントとなり、いかに社会から価値のないものに見えても、自分の居心地の良さを知っているスタイルこそが唯一の自己を防衛できる味方のように思えてきた。それは迷路のように社会の中で紆余曲折する村上氏にとって、ファッションは唯一自己と社会の接点にほんの少し光を灯してくれる抜け道であることを改めて感じさせるプレゼンテーションだった。
ピリングスと対照的に天からまっすぐに強い光が照らされたのは、同日に開催された「アキコアオキ(AKIKOAOKI)」。
ファーストルックから続きセカンドルックまで、その光に導かれるように現れたベール姿のモデルを見て聖母マリアのシルエットを思い浮かべた。幼少期から高校までカトリック教育を受けた青木氏の背景を知っていれば、すぐに連想するイメージでありながらも、逆に言えば、誰でも知っている具体的な人物像にも関わらず、彼女の内から自然と引き寄せられた興味対象なのだとしっくりきた。
ショー終わり、青木氏は聖母マリアをあくまでも抽象的なモチーフとして捉え、彼女がもともと人間として生まれたのち、ある日突然神格化される人生の不自由さと同時に皆の救いであったことを現代の視点から考えたと話す。ショーの演出でも中央の光をモデルが通過するさまは、ある意味 通過儀礼のようにも見えた。そうした聖母マリアの不自由さは、ピリングスの安心させるために手を胸元のポケットに入れる仕草と真逆に、ボンテージの要素を加わることで拘束されたイメージを表現していたように思う。そして、「スリートレジャーズ(THREE TREASURES)」との協業のシューズライン「Aerial Garden」のコレクションピースとして過剰にも高さを出した厚底シューズは、聖母アリアのように人々が拝むような高低差を演出したと同時に、束縛されたまっすぐなシルエットへの徹底的なフェティシズムを感じた。
こうした西洋圏のモチーフやインスピレーションをもとにしたコレクションは、圏外を拠点とする場合、表面的に絵やモチーフをなぞるだけでは借りもののように感じてしまうこともしばしばあるが、アキコアオキはデザイナー本人がこれまでブレることなく打ち出してきた哲学や美学の積み重ねがあってこその力強さを最大限に放っていたように思う。ファーストルックからあまりにもすんなりと腑に落ちたその強度に、今後は日本のオーディエンスではなく、彼女のバックグラウンドと親和性のあるオーディエンスへとよりアプローチしてほしいと心から思ったコレクションになった。
1991年生まれ。国内外のファッションデザイナー、フォトグラファー、アーティストなどを幅広い分野で特集・取材。これまでの寄稿媒体に、FASHIONSNAP.COM、GINZA、HOMMEgirls、i-D JAPAN、SPUR、STUDIO VOICE、SSENSE、TOKION、VOGUE JAPANなどがある。2019年3月にはアダチプレス出版による書籍『“複雑なタイトルをここに” 』の共同翻訳・編集を行う。2022年にはDISEL ART GALLERYの展示キュレーションを担当。同年「Gucci Bamboo 1947」にて日本人アーティストniko itoをコーディネーションする。
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