
鴻上千明さん
Image by: TomokoTaira
様々なフィールドで日本人クリエイターが活躍しているパリ。今回は、フローリストとして活躍する鴻上千明さんをクローズアップ。フリーランスでレストランやショールームなどのフラワーアレンジメントを手がけたり、個展やワークショップを開催する傍ら、昨年、自身のブティックをオープン。花というツールで様々なジャンルの人々と関わる彼女の仕事、現在考えていること、描く未来のこととは。
Profile
鴻上千明 Chiaki Kokami
1984年、愛媛県生まれ。大学在学中、パリへ短期留学。卒業後、都内で就職するもパリへの夢を諦められず、ワーキングホリデーを経て2014年にパリへ再留学。2018年に美術学校を卒業後、「オフィシーヌ ユニヴェルセル ビュリー、以下ビュリー」のフラワースペースを担当しながら、フリーランスのフローリストとしても活動。現在は、パリ9区にオープンしたばかりのヨガホテル「HOY」内にあるブティックを拠点に活動中。インスタグラム @lesintimes
― パリに住むようになったきっかけを教えてください。
2005年、大学在学中にパリへ10ヶ月短期留学したのが最初です。その際、印象的だったのは街の人々が日常的にお花を買っていたこと。日本では、誕生日や記念日に買う特別なものだったので、とても新鮮に感じたんです。そこでフローリストになりたい、と夢を持ちつつ帰国し一般企業に就職。ですが、やっぱり諦めきれず、2010年にワーキングホリデーで渡仏しました。パリのお花屋さんで働きながらフラワーアレンジメントの学校に通い、帰国後は日本でフラワーアレンジメントの修行をして、2014年にフローリストを目指してパリへ再留学しました。2018年に卒業して、今はフリーランスとして活動しています。
― 学生時代はどんなことを学んでいたんですか?
2回目に留学したときは、ボザール(美術学校)に通っていました。語学留学とワーキングホリデーの経験があり、フランス語はある程度理解していたので、コンテンポラリーアートを学んだのですが、お花だけじゃなく、アートや絵を学んだ経験は今も役に立っています。また、学校に通いながら「タリー(Thalie)」というお花屋さんで週3~4回働いていました。「タリー」のオーナーのパスカルは35年くらいキャリアのあるフローリスト。とにかくお客さん第一で、良いコンディションの花しか扱わず、仕事も丁寧。だからこそ35年も愛され続けるんだなと勉強になりました。同時に彼女のアシスタントをしながらフリーランスでも活動を始めたんですが、彼女は親日家で、とても親切に接してくれ、仕事面だけでなくたくさんアドバイスをもらいました。さらに仲卸や生産者の人を紹介してくれたりもして。私は外国人なので最初は市場の人とのコミュニケーションも難しかったので、ありがたかったです。











学生時代、作品製作中の鴻上さん
― 学校に通い、アシスタントをしながら、フリーランスでも働いていたのでは大変だったのではないですか?
忙しかったですが、とにかく花が好きなので、花に触れられないというほうがストレスだったんです。だから、ビジネスとして成立しなくても花に触れればよかった。最初は経験も少ないので、ほとんど原価で、知り合いのレストランのアレンジをやらせてもらったりして。とはいえ、レストランに置いたアレンジは写真を撮ってSNSで発信できるし、多くの人の目に触れるし、経験を積みながら少しずつ仕事が増えていくという実感があり、結果的には良かったですね。そこから口コミで広がって、今の仕事のベースになっています。そして、卒業時に取得したディプロムをもとに、パリでアーティストとして活動することを認められて、本当に嬉しかったです。そこからは良い縁に恵まれて仕事をしています。フローリストの仕事だけじゃなく、アーティストとしての活動も頑張りたいですね。日本人であることを活かしつつ、私にしかできないことを常に模索しています。








アシスタント時代の鴻上さん
― 卒業後、しばらく「ビュリー」で働いていたんですよね。
はい。週5日、フルタイムで「ビュリー」のフラワーコーナーの店頭に立っていました。引き続き、フリーでレストランのアレンジメントの仕事などもしていたので、その仕事は「ビュリー」が休みの2日間に凝縮して。だから、ほとんど休みもなく働きっぱなしだったのですが、とても充実していました。仕事を通してたくさん知り合いや友達ができたし、当時の同僚たちは今でも頻繁に食事に行ったりするほど仲が良いです。
― 「ビュリー」での経験は、どんなふうに役に立っていますか?
一番大きいのは、自分に自信がついたことですね。来てくれるお客さんは親日家が多くて、日本人に対して理解があったんです。今まで偏見で嫌な思いもたくさんしてきたんですが「あなた日本人なの?だからこんなに繊細な仕事ができるのね」って言ってくれたりして。ここで働いたことで、自分のアイデンティティに自信がついたんです。1年ほどめちゃくちゃに働き、ドライフラワーの知識や、買い付け、店舗管理なども学びました。たくさん働いたおかげである程度お金も貯まり、自分でお店をやりたいと思うようになった頃、「HOY」のオーナーと奇跡のような出会いがあって、彼女のおかげで想像していたより早く自分のお店をオープンできることになりました。








ビュリーの店頭に飾られた鴻上さんの作品
― 良い縁が続いているんですね。念願のブティックをオープンしてからのお仕事について聞かせてください。
自分のブティックはもちろん、ホテル内のグリーンや客室のお花もトータルコーディネートしています。「HOY」はゼロプラスティックを目指すエコなホテルなので、環境にも配慮した仕事を心がけています。お店が休みの月曜日と火曜日はレストランなどのフラワーアレンジをしていて、木曜日から日曜日はお店に立っています。フリーランスの活動としては、今まではレストランが多かったのですが、ファッション業界ともつながりができてきました。
― ファッション業界とコラボレーションするのは、普段と違う楽しさはありますか?
アシスタント時代は、師匠のパスカルが手がけるファッションウィーク中の「フェンディ(FENDI)」のインスタレーションやショールーム、パーティなどの仕事を手伝っていました。独立してからは「ミュベール(MUVEIL)」のショールームなどいくつかのブランドでお花を担当しています。特にミュベールは、ただの生け込みじゃなくて、コレクションからインスピレーションを受けてインスタレーションすることができるので毎回楽しみなんです。コレクションをイメージして書き下ろしした絵をデザイナーの中山さんが気に入ってくれて、ショールームのお花と一緒にインスタレーションとして展示した事もあります。アート作品に近いこともさせていただいていて、すごく充実していますね。





ミュベールのショールーム
― パリで話題のパティシエ、セドリック・グロレさんともお仕事をされたそうですね。
はい、話が来たときはうれしくて、もうその日に「すぐ打ち合わせしよう!」みたいな感じで、前のめりでした。彼は、パリのホテル「ル・ムーリス(Le Meurice)」の有名なパティシエで、フルーツを模したケーキが有名なのでご存知の人も多いかと思いますが、仕事の依頼は彼が昨年オープンした「セドリック・グロレ・オペラ(cedric grolet opera)」のフラワーコーディネートでした。私に声がかかったことももちろんですが、一番うれしかったのは、私のお花をアート作品に昇華できたことですね。フランスでは基本的に「花はアートではない」と認識されているのですが、私は現代アートも勉強してきたので、花とアートを融合させるような仕事をずっとしたかったんです。
― どんな作品を製作されたのですか?
生花でもドライフラワーでもなく、ペーパーフラワーを使ったインスタレーションをしました。今年は、外出禁止令が出てお花見ができなかったんです。だから、お客さんにセドリックのお店でお花見をしてほしいなと思い、桜の花をモチーフにしました。役目を終えて捨てるはずの枯れ枝を再利用し、自分で色をつけた何種類もの紙を組み合わせて製作したエコロジーな桜のインスタレーションです。環境に配慮することは私のアート活動のテーマなので自分のやりたいことができて大満足です。セドリックのデザートのようにトロンプルイユなのもポイントです。








セドリック・グロレのスタッフとともに
― パリで働くことや生活が、鴻上さんに合っているんですね。
東京も好きですが、確かにパリにいるほうが流れがいいですね。私はやりたいことがあったら声に出すし、フットワークが軽く呼ばれたらすぐ行くタイプなので、人との距離が近く狭いパリの街のなかでは、つながりもできて仕事が広がりやすいのかもしれません。ビュリーで働くときも「休みがなくてもいいから、働きたい!」っていうガッツで採用してもらったし、やりたいことはやりたい、いいものはいいというオープンマインドで、若い頃のミーハーな気持ちを忘れずにいられるところも合っているのだと思います。

― フランスで働きたいと思っている若い人たちへ、なにかアドバイスはありますか?
フランスはおしゃべりな人が多いので、コミュニケーションがとても重要だと思います。完璧なフランス語じゃなくても、他ジャンルの人ともコミュニケーションを取ると良いと思います。私は、ボザールで現代アートを勉強したことがとても役に立っています。ある程度の知識はあるから、アート業界のお客さんとも会話ができるんです。また、これからパリでフローリストを目指している人には、日本である程度経験を積んでおくことも大切だと思います。最初は話せなくて大丈夫。プロのフローリストは、手を動かすのをみれば、どのくらいできるのかすぐわかりますから。あとは、自分に自信を持つことですかね。





鴻上さんが手掛けたブーケ
― 今後の目標があれば教えてください。
今後は、より地球環境に配慮した仕事をしていきたいです。自分にできることは何かということを常に考え、地球温暖化に加担するようなことはしないようにしていきたいですね。最近では、今まで不可能だと思っていた花のコンポストのシステム作りに成功しました。そのシステムを作るのに、近所のレストランから回収した容器を使い、コンポストから出てきた汁が植物の栄養になるので植木の水やりに使っています。輸入されてくる花でなく、国内、特にパリ近郊で生産されたお花を積極的に買い付けて、お客さんにもその良さを伝えています。また、家に花が飾れないというお客様に向けては、例えばそのお花の絵や写真を制作して飾ってもらうようなことができれば、それもエコロジーにつながるのかな、なんて考えたりもしています。そんなふうに花と関わる仕事を続けながら絵も描き続けていけたら良いですね。
(文・岡本真実)
【連載:パリを選んだ日本人クリエイターたち】
VOL.1 ファッションコーディネーター大塚博美
VOL.2 ルイ・ヴィトン ウィメンズ デザイナー中尾隆志
VOL.3 ファッションインプルーバー 関隼平
VOL4. フローリスト 鴻上千明
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【インタビュー・対談】の過去記事
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