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1990年代のアントワープ、2000年代のエディ・スリマン(Hedi Slimane)による「ディオール オム(DIOR HOMME)」、そして2010年代のデムナ(DEMNA)を中心にしたストリートウェアと、歴史を振り返ってみるとファッション界は10年に1度、大きな変革を迎えてきた。
2014年に「ヴェトモン(VETEMENTS)」が設立されてから10年が経ち、2020年代も半ばを迎える今、そろそろ次の時代の新しい波が起こる時期ではないか。世界を席巻するビッグトレンドが発生した時ほど、ファッションは刺激的に面白くなる。それは、一人の突出したスーパースターが現れると、競技レベルが飛躍するスポーツにも似た現象である。
現在のファッション界で、次の時代を担う勢力の一つとして注目したいのが北欧だ。近年、スウェーデンのストックホルム、デンマークのコペンハーゲンと、北欧から注目のファッションブランドが登場しており、コペンハーゲン・ファッションウィークを訪れるバイヤーの数も増加している。
これらのスカンジナビア発のブランドの中から、今回取り上げるのは「アワー レガシー(OUR LEGACY)」。ここ数年、モードシーンでの存在感を大きくし、SNSを観察していても日本国内における注目度の高まりを感じる。「British GQ」によると、「アワー レガシー」のビジネス規模は2024年上半期で4000万ドル(約60億円)に達しようとしており、世界250店舗以上のショップで取り扱われる人気となっている。(文:AFFECTUS)
近年の急速な人気拡大とカジュアルかつフレッシュなファッション性で、新鋭ブランドのような印象を受けるが、「アワー レガシー」はすでに19年の歴史を持つベテランブランドだ。
2005年、「アワー レガシー」はヨックム・ハリン(Jockum Hallin)とクリストファー・ニイン(Christopher Nying)の2人によってストックホルムで設立された。当初はTシャツだけの小規模コレクションを展開していたが、2007年にはフルアイテムを発表するまでにブランドは成長する。また同年は、クリエイティブディレクターの1人 リカルドス・クラレン(Richardos Klarén)が新たにチームに加わったことで、現在の3人体制によるブランド経営が始まった年でもあった。
2016年になると、「アワー レガシー ワークショップ(OUR LEGACY WORK SHOP)」を立ち上げる。これはデッドストックやサンプル、リサイクルピースを使用して新しい服を作るというプロジェクトであり、実店舗もストックホルムにオープンしている。
「アワー レガシー」が歩んできた道は堅実だ。「名門ファッションスクールを卒業し、ラグジュアリーブランドで経験を積んで独立」といったスターデザイナーの歩みと、創業者のハリンとニインは無縁だった。2人はファッションの専門教育を受けていないし、ブランドの始まりもTシャツ数型のコレクションという細々としたもの。じっくりと丁寧に実績を積むことで、現在の人気を獲得した。
ブランドの道のりを表すように、コレクションも実直で丁寧な服が目を惹く。ただし、「アワー レガシー」は単なるシンプルでクリーンな服ではない。次はコレクションを詳細に見ていくが、今回はこれまで発表してきた春夏コレクションを中心に言及したいと思う。
クラシックとカジュアルを自由に行き来する春夏ウェア
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春夏コレクションの製作は難しい。素材は軽く薄手になるため、秋冬コレクションよりも構築的な形は作りづらく、暑い季節がメインになるゆえ、レイヤードの着こなしが可能な時期は限られ、アイテムのバリエーションも減少せざるを得ない。
また、「アワー レガシー」は大胆なフォルムや素材加工が武器のブランドではなく、ジーンズやシャツといったベーシックアイテムを基盤にした、デイリーなデザインを武器とする。街中ですぐに着てみたいと思うリアリティを維持し、春夏というデザインの幅を出すことが難しいシーズンの中で、どのような服を作っているかを見ることで「アワー レガシー」の魅力が見えてくる。
春夏に欠かせないアイテムといえば、やはり軽量なトップスと爽快なボトムだろう。その観点で見ていくと、2021年春夏コレクションは注目だ。
このシーズンは、自転車やバイカーウェアが一つのキーになっている。クリエイティブ・ディレクターを務めるニインは、少年時代にモトクロスを楽しんでいた時期があった。そんな彼の記憶が反映されたように、白とオレンジのラインが印象的なトップスは、モトクロスウェアを彷彿とさせるグラフィックと、硬質な質感の素材を用いている。
ただ、それだけでは春夏アイテムとしては少々ハードで重い。そこで、「アワー レガシー」は女性的なデザインを強調する。首周りのデザインをホルターネックに仕上げ、肩甲骨を見せる色気と軽さを演出しつつ、ドレッシーに持っていく。ボトムはシックなブラックカラーを使いながらも、ワイドシルエットと緩やかなドレープ性を作り出していて軽やかだ。
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2021年春夏コレクションで目を惹くのは、透け感のある素材を使ったトップスだ。黒いメッシュ素材を用いて、クラシックとセクシーを両立。軽量かつ薄手の素材で、春夏シーズンに適したレイヤードスタイルを提案している。
パンツの選択にも注目したい。メンズルックではテーラーリングに用いられるような、綺麗なライトグレーの生地が佇まいに品格をもたらす。一方、ウィメンズルックのパンツでは、メンズルックよりもカジュアルなデザインを採用。シルエットは端正なストレートで、ドレスパンツと同様静かな美しさが滲む。
随所に遊びを入れるのも「アワー レガシー」の特徴だ。ウィメンズのパンツは裾中央にカットを入れ、緊張感を逃すディテールが施されている。エレガンスを完璧に仕上げないのも、このブランドならではである。
「アワー レガシー」と言えばジーンズが代表的なアイテムだが、2021年春夏コレクションでは一味工夫を加えていた。
ハードな加工に見えるが、実はこれはプリントを用いて再現したもの。生地に激しいダメージを与えず、デニム特有の個性を表現する。そして、レーシーな素材によるワイドなノースリーブトップスが、激しい表情のパンツに似合うワイルドさをプラスするのだ。
最後にピックアップするのは、Tシャツ&パンツという春夏の王道スタイル。
Tシャツに合わせたのはトラウザーズと呼びたくなる、センタープリーツの入ったパンツだった。身頃はゆとりのあるシルエットだが、首元は衿幅が深く広く取られたクルーネックで、袖の形状もコンパクトであるなど、全体の雰囲気は凛々しい。
「アワー レガシー」はクラシックとカジュアルを自由に行き来する。その曖昧なスタイルが、春夏に必須のトップスとボトムに軽量感と爽快感を生む。
服と人間のボディラインを融合、アワー レガシーが作る“スレンダー”の秘密
春夏コレクションは薄手で柔らかい素材の使用が多くなるため、形に特徴を出す難しさがあることは述べた。それでは、「アワーレガシー」はどのようなフォルムデザインを行っているのだろうか。2023年春夏コレクションを例に見ていきたい。
ミラノ・ファッション・ウィーク期間中に、プレゼンテーション形式で発表された同コレクションは「アワーレガシー」の魅力であるニュートラルなトーンが際立ち、シルエットも静謐(せいひつ)という形容が似合う。
ファーストルックで登場したのは、全身ホワイトの涼しげなスタイルだった。トップスは上半身を柔らかなボリュームで包む抽象造形だが、コンパクトに仕上がっている。スカートは、フロントにマチ入りポケットを取り付けワークテイストを添えているが、ロング丈の裾が脚の動きに合わせて舞う上品なシルエットだ。
軽やかなボリューム感は他のアイテムでも発揮されている。
こちらもドットボタンなどのディテールが、無骨なワークウェアを物語るが、ご覧の通り、全身の佇まいは涼しげで軽やか。軽量な生地の特性を活かして、インナーのトップスでは裾にドローストリングを採用してブラウジングを起こしたほか、羽織っているコートはワイドな形とロング丈のコンビネーションで、優雅なローブを想起させる。
緩やかな量感が特徴の上半身には、ミニスカートとロングブーツを合わせることで全身をスレンダーに見せる。2023年春夏コレクションでは、ワイドなシルエットのアイテムに丈の短いボトムとロングブーツを組み合わせ、縦のイメージをコントロールして心地よい細さを完成させている。
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着丈が短いトップスもこのコレクションの特徴だ。とりわけウィメンズではそれが顕著である。
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ショートレングスのトップスは着用者のボディラインを活用し、スリムなイメージを作り出す。着丈を短くすれば、必然的に肌を見せる面積が大きくなる。服の形だけでなく、人間のボディラインと組み合わせることで、服と体が一体化したスリムな装いを生んでいる。
「アワー レガシー」の春夏コレクションはスレンダーな印象を抱くが、決して細い服だけを作っているわけではない。服の幅と丈をコントロールしながら組み合わせ、縦のイメージを作り出しているのだ。
ダイナミックな形を作ることが難しい春夏コレクションならば、逆に軽量素材の特性を活かし、イメージによってスレンダーなスタイルを完成させる。バランスの難しいデザインを「アワー レガシー」は颯爽と実現させている。
春夏シーズンにこそ秋冬カラーを、セオリーを打ち壊して表現したブランドの個性
春夏の服には軽さと涼しさが求められる。「アワー レガシー」の特徴であるニュートラルな色調とスレンダーなイメージを抱くフォルムは、気温が高くなる季節にうってつけのデザインと言えよう。
しかし、同一テイストのコレクションが数シーズン続けば、消費者に飽きられるリスクが伴う。ブランドの特徴は維持すべきなのだが、維持し続けると変化がないブランドとなり、ビジネスにおいてマイナス方向に作用するという矛盾を持つのがファッションの面白さであり難しさだ。
そんなファッションの傾向に対して、「アワー レガシー」はどのように取り組んだのか。同ブランドは、2024年春夏コレクションで解答を示す。
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一瞬、発表するシーズンを間違えたのだろうかと錯覚する色使いと素材。秋冬ファッションの装いが春夏シーズンに登場した。「アワー レガシー」は、これまでライトグレーやベージュといった静かなトーンの色が魅力で、その曖昧なニュアンスが春夏コレクションでは活きてきた。
だが、この2024年春夏コレクションではブランドの特徴とは真逆をいく。その意外性が興味を惹きつける。スノー柄のニットとチェック柄のカーディガンは、一見ウール素材に見えるが、麻を使用して製作されていた。秋冬のスタイルを、春夏素材で作るという心憎さだ。
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スタイル自体にも変化を加えてきた。クラシックな成分が強い「アワー レガシー」だが、今回はグランジやロック、パンクといった要素も織り交ぜ、自らブランドの特徴を否定するような姿勢を披露した。
ほぼ毎シーズン発表されるジャケット&パンツも、ほつれた裾のロングトップス、野暮ったい形のパンツ、渋い色味のジャケットを組み合わせて、これまでの澄んだ空気感とは異なる野生味が溢れている。ほかにも1970年代調やアフリカンテイストも入り混じり、明らかに従来の春夏コレクションとは違った雰囲気を醸造している。
暑さが訪れる季節に暑さを感じさせるファッションを持ち込み、春夏コレクションという変化を出すことが難しいシーズンに、大胆なイメージの転換を図る。そのことで、消費者に飽きさせない仕掛けを見せた。
ただし、忘れてはならない点がある。たしかに2024年春夏コレクションは過去の「アワー レガシー」とは異なるが、このブランドが持つスレンダーなイメージとニュートラルな色調は維持されていた。
2023年春夏コレクションで触れた、服の幅と丈をコントロールして着用者のイメージをスレンダーに見せる技術と、鮮やかさよりも落ち着きを重視する色彩は、今回の秋冬カラーのスタイルでも活かされている。このコレクションで発表されたブラウンやブラックに、重厚感はない。いずれの生地も褪せたトーンで染色され、綺麗な古着を見ているかのようだ。
これまでになかった特徴を、これまで多用してきた手法で表現する。ブランド得意の手法さえ維持すれば、ブランドの世界とは異なるモチーフで表現しても、ブランドの個性は表現できる。「アワー レガシー」は、秀逸なテクニックでファッションに潜む一つの矛盾を明らかにし、春夏コレクションに変化をもたらした。
20周年目前、アワー レガシーの「上手さ」とは
シーズンを春夏に限定することで、「アワー レガシー」の魅力について述べてきた。感じるのは「上手さ」だ。ヴィヴィッドな色を使うわけではないし、一目で驚くシルエットを作っているわけでもない。スタイル自体に革新性があるかというと、そうではない。ベーシックな服とオーソドックスなスタイルで、ブランドの個性を打ち出していくのが「アワー レガシー」だ。
ただし、コレクションの構成はシンプルでなはく、むしろ複雑と言える。形、色、素材、ディテール、スタイリングと、コレクションに必要なあらゆる要素に細かく変化を加えて、それらを絶妙なバランスで組み上げていく。破綻することなく完成させるテクニックには唸るしかない。
Instagramのフィードを眺めていると、時折「アワー レガシー」の広告が流れてくる。これが非常に洗練されており、ピュアなムードのヴィジュアルが心地よい。このような広告なら、喜んで何度でも眺めたくなる。
「アワー レガシー」は直営店戦略を進めており、現在はストックホルム、ロンドン、ベルリンの3ヶ所に出店。ソウルでは百貨店内にショップインショップを構えている。果たして日本にも彼らの世界観を表現したショップは作られるのだろうか。服はもちろん、服の見せ方にもセンスを発揮する北欧ブランドのこれからを注目していこう。
2016年より新井茂晃が「ファッションを読む」をコンセプトにスタート。ウェブサイト「アフェクトゥス(AFFECTUS)」を中心に、モードファッションをテーマにした文章を発表する。複数のメディアでデザイナーへのインタビューや記事を執筆し、ファッションブランドのコンテンツ、カナダ・モントリオールのオンラインセレクトストア「エッセンス(SSENSE)」の日本語コンテンツなど、様々なコピーライティングも行う。“affectus”とはラテン語で「感情」を意味する。
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