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【連載】老人ストリートスナップ:Not Plastic Fashion 「#7 YZYな人」

写真家YUTARO SAITOのスナップ連載

Image by: YUTARO SAITO

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【連載】老人ストリートスナップ:Not Plastic Fashion 「#7 YZYな人」

写真家YUTARO SAITOのスナップ連載

Image by: YUTARO SAITO

 真に個性的なファッションとは、本来、自分自身にベクトルが向いたものではないだろうか。しかし近年は、流行、憧憬、価値などのように、記号的で「他者にベクトルが向いたファッション」=「プラスチック・ファッション」が一般化しつつある。そんな中、「自分の生活しやすい服」「趣味を通じた服」を好む傾向が強く、パーソナリティやライフスタイルと地続きである老人(おじいちゃん)のセルフスタイリングにこそ、本来の“ファッション”は見出せるのではないか。被写体へ実際にインタビューを行うことで、おじいちゃんファッションの背景、ひいては本当のファッションを写真家YUTARO SAITOと探求する連載「ノット・プラスチック・ファッション」。連載の最終回は「#7 YZYな人」。

プラスチック・ファッション(Plastic Fashion):写真家のYUTARO SAITOが昨今のモードを表した造語。SNSの発達とメディア構造の変化により、洋服の物質的な消費よりも、記号的な消費が加速する現状を、ロゴやキャッチコピー、ビビッドで目を引くカラーリングなどのラベリングを行ない、ドラッグストアに並べられるプラスチック製商品になぞらえている。プラスチックファッションを選択する人々の意識は、「他者へのベクトル」が強い傾向にあるとしている。

ノット・プラスチック・ファッション(Not Plastic Fashion):プラスチックファッションの対義語。「自己にベクトルが向いたファッション」を指す。斉藤は、ノット・プラスチック・ファッションの例えとして、「自分の生活しやすい服」「趣味を通じた服」を好む傾向が強く、パーソナリティやライフスタイルと地続きである70代〜80代の老人のセルフスタイリングを挙げる。

「70歳〜80歳のおじいちゃんたちは似合っている、似合っていないという視覚的な要素を超越した段階にいる。ファッションの『見る/見られる』という関係性から遠く離れた彼らは、選ぶ段階での意思が強く反映された極めて機能的な服を無意識にまとっているのだ」ーYUTARO SAITO

(文・写真:YUTARO SAITO)

 2024年4月29日月曜日。最高気温25度。天気は曇り。時刻はちょうど14時をまわったところ。「ヴェトモン(VETEMENTS)」のフーディーと「ジュンヤ ワタナベ(JUNYA WATANABE)」のカーゴパンツに身を包んだ僕は、品川区の西小山駅にいた。6月に行われる自身の初個展にむけて(もう終わった)、開催場所である「same gallery」の下見に来ていたのだった。

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 駅前にはこぢんまりとした商店街が広がっている。空腹と展示へのプレッシャーでささくれ立った感情からか、自ずと歩調が早くなる。閑散とした商店街を足早に駆け抜ける様は、西小山の平穏な雰囲気には不釣り合いだった。足元に黒光りする新品の「ヴィブラム(Vibram)」のソールは、斜に構えた態度で街を眺めている。

 ふと気がつくと、既に駅前からは外れていた。閑散とした道の脇にはおじいさんが一人、ノロノロと手持ち無沙汰に道を行ったり来たりしている。おじいさんはあたりをキョロキョロ見渡すと、そのうち「まこと陶苑」と書かれたお店の前の椅子に腰掛けた。ゆったりとした所作と、それに対応するかのような気の抜けたファッションが、焦る自分に釘を刺すようでひどく気になった。ぼくは声をかけてみることにした。

 話を聞いてみるとこのおじいさん、現在73歳。「まこと陶苑」の店主で、ここ西小山で17年間お店を切り盛りしている。まこと陶苑ではお椀や湯呑みなどの陶器を扱っていて、全て日本製。職人さんの手作りらしい。西小山の前は、別の場所で陶器店を20年やっていた。紛れもない「陶器販売のプロ」である。

YT:帽子、めっちゃかっこいいっすね!柄はどうなってるんですか?

YZYな人:ああ、これクジラのワッペンがついとったんやけど、取れたからその上から色塗ったの。お店が移転した時から被ってるから、もう17年くらい被ってるかな。

 ええやん、めっちゃええやん。装いと愛着の狭間に揺れるユーモア。素敵やん。さらにこのキャップ、後ろにサイズ調整のプラスチック製アジャスターが付いているのだが、17年間酷使したためかパーツが欠損してしまっている。このままではブカブカで被れないのだが、おじいさんはなんと、紐を無理くり括り付けることで壊れたアジャスターをアジャストしたのだった。ダメージ加工や見せかけのリペアなんて糞食らえと言わんばかりのリアル生活。画面の向こうのそこの君、キミのダチにも言っといてよ、真のヒップホッパーは西小山にいるって。

YS:シャツもめっちゃラフっすね。ボタン開けまくりで。

YZYな人:ここ(西小山)では、これくらいリラックスしたほうがいいのよ。昔は百貨店の催事場に出張販売をしていたけど、そういうところではネクタイにスーツ、革靴でバシッと決めるよ。でも地元のこういうお店では適当な方がお客さんも緊張しないから。

 なるほど。確かに一理ある。商い歴40年の日本一リアルな意見である。ちなみにスーツでバシッと挑んだ百貨店時代は、多い時で月商500万円の売り上げがあったとのことだ。昔はお祝いの返礼品として陶器が山ほど売れたらしいが、現在はそのような需要はほぼゼロらしい。今のおじいさんは、酸いも甘いも噛み分けた、道理のリラックススタイルというわけだ。それにしても、シャツの上下ボタン2連開け、袖のボタンも開けっぱなし。とっつぁん、ハワイアンだってアロハのボタンは留めるぜぃ?曇天の西小山にその着こなしは、ちと眩し過ぎるんじゃねいかぃ?しかしながら、このワイハーすぎるシャツも、シックなダンロップ製のスウェットパンツを合わせることで、全体のスタイリングとしては引き締まって見える。スウェットパンツから紐なしスニーカーへと連なる流線形のフォルムは、Yeことカニエ・ウェストのアパレルブランド「イージー(YEEZY)」を彷彿とさせる。ちなみにシャツもズボンももう10年くらい着ているらしい。スウェットパンツには、ところどころ汚れが見受けられる。

YT:ちなみにおじいさん、陶器は作らないんですか?

YZYな人:昔は作っていたけど今は作らない。売る者は作ってはいけない。販売は口八丁、製作は手八丁。お互い性質が違うので、別々の方が良い。

 連続で繰り出される本質的なリプライに、ただただ「なるほどな」と頷くのみである。陶器と販売に向き合う40年間、舐めんなよ。

 最後に写真を撮らせてもらい、ぼくはガラス製の小皿を購入した。陶苑でガラス製品を買うのは無風流だとは思ったが、夥しい陶器の中にこぢんまりと積まれたガラス小皿は、妙な魅力を放っていた。ガラス製品は不人気なのか、値札がない。

YT:これ、2000円でいいですか……?(たぶんそのくらいだよな?いや、でも写真とかも撮らせてもらったし、もっと払ったほうがええんか?3000円くらいか……?)」

YZYな人:ああ、1000円でいいよ!

 金じゃねンだわ!スーツじゃねンだわ!ファッションじゃねンだわ!おじいさんとの関係性をお金で推し測ろうとする僕の心に、おじいさんの生き様が聞こえない声となってこだました。お金はもちろん重要だ。おじいさんも陶器を売ってお金を稼いで、それで生きている。でもおじいさんにとって、究極的に大事なのはお金じゃなくて、人と人との繋がりなのかもしれない。だからこそ、40年間も職人さんから上質な陶器を仕入れることができて、それを買ってくれる人がいて。おじいさんのリラックススタイルも、西小山のお店に来るお客様のことを第一に考えた結果なのかもしれない。YZYな人「Easy goingで行こうや、坊や」。人生の大先輩のこの言葉に(言ってない)、急ぎ足の僕はハッと目が覚める思いだった。

 ファッションって、人生って、自由だよな。西小山って、ハワイだよな。

YUTARO SAITO
写真家。1994年生まれ。ファッションと消費文化をテーマに写真作品を制作。2021年11月「20’s STREET STYLE JOURNAL」を出版した。公式インスタグラム

(企画・編集:古堅明日香)

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