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「ナイキ エア」スケートボード、バスケットボールとの関係を辿る アスリートの欲望に応えたズーム エア

ソールにピンク、アッパーに緑を配したナイキのバスケットボールシューズ

ナイキ レブロン 20

Image by: NIKE

ソールにピンク、アッパーに緑を配したナイキのバスケットボールシューズ

ナイキ レブロン 20

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「ナイキ エア」スケートボード、バスケットボールとの関係を辿る アスリートの欲望に応えたズーム エア

ソールにピンク、アッパーに緑を配したナイキのバスケットボールシューズ

ナイキ レブロン 20

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 「ナイキ(NIKE)」の「エア(AIR)」は、歴代の「エア マックス(Air Max)」によって、進化する姿を世の中に披露し続けてきた。技術の進歩によって肥大化していくエアを、どうソールに収め、インパクトを与えていくか。1987年の初代モデル以降、毎年のように新作を発表し続けてきたエア マックスは、時代のファッション的、社会的なトレンドを汲み取りながらクッション性の向上をデザインとして強調し、その存在感に磨きをかけていったのだった。

 Vol.2でも触れたが、アスリートのために生まれたランニングシューズとして世間を賑わせたのが、1995年に誕生したエア マックス95だった。それまでのシリーズとは明らかに違ったその異端なコンセプトデザインは、いくつかのムーブメントが同時多発的に重なりあった、予測不能の評価だった。日本だけで発生したこの運命のいたずらともいうべき社会現象は、「エア マックス」をストリートの俗物的な象徴に変えてしまった。目に見えるテクノロジーは、見事に人の心をキャッチし、物欲を想起させたのである。(文・小澤匡行)

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ズーム エアの前身、「テンシル エア」の誕生

 それと並行して、より高いレベルを求めるシリアスアスリートの声に耳を傾けていたナイキは、「目に見えないエア」の進化を続けていた。その目的はクッショニングを前提としつつも「より軽く、より速く」にある。今でこそ、厚底と呼ばれるソールがランニングの競技レベルを飛躍的に向上させたが、つい最近までランニングシューズは薄ければ薄いほど、そして軽ければ軽いほどスピードが出るものと考えられていた。そこにエアを搭載するために、ナイキはアイデアと技術を注いできた。結果、生まれたのが「ズーム エア(Zoom Air)」である。1990年中期のことだ。

ナイキのエア

ズーム エア

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 特徴は、ユニットがフラットな板状であること。高圧に設定された内部には、ナイロンの繊維が敷き詰められた。厚みがない分、マックス エアに比べるとクッション性はやや劣るものの、これが上下にピンと引っ張り合う状態を保つことで薄さを担保しながら、衝撃を吸収した際に高い反発を可能にしたのである。このエアは当初、「張力」という言葉を引用して「テンシル エア(Tensile Air)」というネーミングでデビューした。初めて搭載されたのは、1994年の「迅」と「速」の文字がシュータンに刺繍された「エア ストリーク」。おそらく海外のスポーツメーカーで、初めて日本語がデザインされたであろう。事実、本作は日本人のランナーの意見をフィードバックして開発された記録を狙うためのレーシング仕様だった。1990年代に入り、日本のマラソン界は主要な国際大会ではメダルの常連国となるほど、大きな飛躍を遂げた。その勢いは、日本独自のランニングカルチャーである駅伝人気も底上げし、世界に誇れる長距離大国へと発展した。ナイキは、そんな日本の熱気に注目していたのである。

ズーム エアの認知を広げた「ナイキ SB」

 テンシル エアは、まもなく「ズーム エア」に改名され、ランニングの枠を超えてバスケット、テニス、クロストレーニングなど様々なカテゴリのシューズに採用された。最初はヒールのみのユニットも、前足部との分割構造、そしてフルレングスとバリエーションが増えていく。1996年には足の動きを解剖学的に分析し、適切な位置で効果的なクッショニングと反発性能を発揮する「アナトミカルポジション ズーム エア」が開発された。これは2000年頃まで、各カテゴリの上位機種のシューズに搭載され、ズームの知名度が次第に高くなっていった。

 アスリートの可能性を引き出すズーム エアが、ストリートにもその認知を広げた転機は、ナイキがスケートボード市場に本格参入したことが大きい。1990年代後半になると、エクストリームスポーツ、つまり速さや高さを求める躍動感あふれるスポーツが世界的に盛り上がるようになった。BMXやスケートボードなどがその象徴である。危険さと美しさが隣り合わせのアクロバティックなスポーツにおいて、ライダーという表現者たちは、シューズの機能性とスタイル、どちらも重要だと考えていた。そして従来のスポーツシューズはメーカーのデザイナーの主張が強かったが、時代はアスリートとともに共同開発するようなシューズを目指すようになったのだ。

 「ナイキ SB(スケートボーディングの略)」は、テクノロジーを誇張するよりも、それを意識させないシューズ作りを理想としていた。その一つの基準が「ダンク(Dunk)」である。ダンクは1985年に誕生したバスケットボールシューズ。エア ジョーダン1と同い年で、見た目もやや似ている。ただし決定的に異なるのは、カレッジプログラムという全米の中でも様々な地域の学生向けに作られたシューズであること。つまりNBAで活躍するようなトップ選手たちのシューズよりも機能を削ぎ落とした、エアのないバッシュ、それがダンクの個性なのだ。それらは80年代のローカルなスケーターにとって好都合だった。ノンエアのソールはクッション性が強調されない分、ダイレクトな接地感覚を得られると話題になった。さらに丈夫な上に価格帯が安いこと、主張できる派手なカラーパレットが受け入れられたのである。そうした価値観、カルチャーが、90年代後半も根強く残っていたのだ。

4mmのズーム エアを搭載、スケート仕様の「ダンク」

 ナイキ SBのファーストプロダクトは、スケート仕様に作り変えたダンクだった。大きな進化ポイントは、ヒールにナイキエアの中で最薄のテクノロジーである、厚さ4mmのズーム エアを搭載することだった。軽量で、シンプルに。これは、ランニングシューズで目指したズーム エアのコンセプトと同じともいえる。90年代のスケートシューズのトレンドは、機能という名の装飾化が進み、シルエットはどんどんファットになったが、その反動でライダーはもっとシンプルな履き心地を求めていた。意味を為さないディテールを削ぎ落とすことは、ズーム エアにかかる高い開発コストの影響を少なくし、シューズの価格を抑える副次効果となり、結果的に若いスケーターたちでも買える価格に着地することができた。とはいえ、SBのダンクがスニーカーの転売市場を盛り上げる最良のプロダクトになったのは、皮肉な話なのだが。

 1980年代と比べると、1990年代以降はスケートのトリックやスタイルもより大胆に、激しくなった。スケートボードは、身体に受ける衝撃が最も多いスポーツの一つとも言われている。心地よくフィットし、フレキシビリティがあり、衝撃に強い。でも接地感を大事にする。そうして完成したのが、通常のダンクよりもソールが薄い、ハイテクでクラシックなズーム エア搭載のダンクだったのだ。

エア マックス 360

エア マックス 360

Image by: NIKE

肥大化するマックス エア 四半世紀を経て実現したエア マックス 360

 一方で、マックス エアはさらなる肥大化の追求にこだわり続け、21世紀に入って“大きく、厚く”というズーム エアとは対極な進化を目指していた。エアそのものの存在感をどこまでシューズに融合できるかを模索した結果、最終ゴールはミッドソールにフォーム素材を使わない「すべてエア」のソール。まさにそれは、1977年にフランク・ルディがナイキに見せた試作シューズのコンセプトを製品化することでもあった。エア ユニットの視認面積に拘ること約四半世紀。ビジブルエアはヒールからフォアフット(前足部)へと広がり、そして遂に2005年末、360°ビジブルエアの「エア マックス 360(Air Max 360)」を発表した。1987年の「エア マックス」に比べて、エアの含有量は約15倍までに達している。

スニーカーの黒いソール

エア マックス 360のアウトソール

Image by: NIKE

 この悲願は、もう少し早く達成する、いやできるはずだった。しかし社会問題に直面することになったため、遠回りをすることになった。1990年前後からエアを膨らませるために使用していたSF6という六フッ化硫黄は、クッショニングにこそ最適なガスだったが、地球温暖化への配慮からナイキは環境へのリスクが少ない気体への変更を決断し、製品化に想定外の時間を要したのだった。

 360°のビジブルエアを達成した2006年以降のエア マックスは、相変わらず年1回のペースで新作が発表されたが、アッパーのマテリアルの進化に重点が置かれ、アスレチックスタイルを強めていった。ソールは足の動きに追従しにくいという一体型エア ユニットの課題を解決するために、ソールの屈曲性を向上させるフレックスグルーブ(屈曲溝)を搭載したエア ユニットが2013年に登場した。エアの質量も15%ほど軽量化し、ランニングに適したシューズへとなっていく。

白いスニーカー

ヴェイパーマックス

Image by: NIKE

 そして2017年には、新たな技術開発により「ヴェイパーマックス(Vapormax)」が誕生。これまでは、耐久性を高めるためにエア ユニットをゴムの層で覆う必要性があったが、本作はそれがなくなり、柔軟な形状を保つことができるようになったのだ。そのため、エア ユニットを単独でアウトソールとして使用でき、自由なユニットの形を自由に足裏に配置できるようになったのがイノベーションだ。この年はエア マックスの生誕30周年ということもあり、世界各地で大々的にお披露目された。日本は上野の東京国立博物館表慶館で開催された「AIR MAX REVOLUTION TOKYO」にて、音楽とファッション、映像とアート、スポーツなどをデジタルによって結びつけた様々なコンテンツを回遊式に展示する一大イベントの主役として、ヴェイパーマックスが飾られた。

バスケットボールシューズとズーム エアの関係

 エアを初めて搭載したバスケットボールシューズはエア フォース1だった。NBAプレーヤーのモーゼス・マローンを中心とした広告塔たちは、大きな体躯がぶつかり合うゴール下という激しい戦場で、エアがどれほど着地の衝撃を吸収できる有能なテクノロジーであるかとアピールした。それはエアの特長を正しく、リアルに伝えたプロモーションだったが、マイケル・ジョーダンのシグネチャーシューズ、エア ジョーダンからイメージされる「AIR」は異なるものだった。

 ジョーダンを象徴する超人的な跳躍力を支え、スピードにあふれたダイナミックなプレイを引き出してくれるもの。コートに自分一人の制空権を持ち、ディフェンスを引き離す。自分のポテンシャル以上の何かをもたらしてくれるかのような、もっと抽象的で、感覚的なメッセージが受け取れるだろう。実際にジョーダンは、過剰なクッションを好まなかった。と、いうよりコートとの一体感を重視していたため、エア ジョーダン1も、彼のリクエストからエアはヒールのみで、前足部に搭載していないため、ソールは爪先にかけてやや薄く仕上がっている。その後、しばらくはビジブルエアを搭載していたが、エア ジョーダン7以降はソールからエア ユニットの姿を消し、1996年の「エア ジョーダン12(1996年)」からは、ズーム エアが搭載されるようになった。バスケットボールシューズもまた、コートから跳ね返すような瞬発性のあるクッショニングが求められるようになっていった。

コービーとレブロン、新たなスターとともに変化するエア

 2000年代になると、ジョーダンは現役を引退。新たにレブロン・ジェームズとコービー・ブライアント、2人の若いヒーローたちがナイキと大きな契約を結び、競い合うかのようにシグネチャーモデルがシリーズ化されていく。1980〜1990年代に圧倒的な輝きを放っていたジョーダンの魅力は、純粋なガードやセンターといった固定されたポジションに捉われない自由さにあった(少なくともそう見えた)。その意思を受け継ぐかのように、レブロンやコービーもまた縦横無尽にコートを駆け回る近代バスケのスタイルを作り上げ、その象徴となっていく。ナイキは常に、そうした概念を打ち破るスターとともに、シューズを未来をデザインしていくカンパニーだ。二人のオールラウンドなプレイに応えるズーム エアは、バスケットボールシューズの技術基盤となったのだった。

 そして、二人のスタイルや好みによってエアの汎用性を高めていった。軽さを求めたコービーは、まるでランニングシューズやフットボールのスパイクのように、バスケットボールシューズを進化させた。中でも「ズーム コービー4(Zoom Kobe IV)」は、326gという当時のバスケットボールシューズでは最軽量のローカットデザインとして衝撃を与えた。その見た目はシンプルだが、よりゲーム内のスピードを求めるための様々なテクノロジーを施している。ソールに関しては、ヒールにズーム エア、前足部にルナーライトフォームを使い分け、エネルギーを吸収よりも反発に重きを置いた。これによりさらなる鋭い動きが可能になった。以後、「IV」をベースに進化した歴代のシリーズは、現在もNBAスターたちに最も愛されるシューズの一つとなっている。

シューズの図面とソール

レブロン・ジェームズのシグネチャーシューズ2作目となる「エア ズーム レブロン2(Air Zoom Lebron II)」

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 一方、パワーとスピードを兼ね備えたレブロンは、ズーム エアとマックス エアを賢く使い分けてシリーズを展開している。シューズの機能もデザインも、新作ごとに大きく変わるため、発表の高揚感を掻き立ててくれる。初めてのシグネチャーは、2003年の「エア ズーム ジェネレーション(Air Zoom Generation)」で、シリーズ6作目までズーム エアを搭載。しかし2009年の7作目からは、マックス エアをフルレングスで搭載して大幅なモデルチェンジを図った。さらに2011年の9作目からは、ズームとマックスを共存させたり、新作のズーム エアのみを搭載したりと配置のストーリーが注目されるようになった。

白をベースに青のスウッシュとオレンジのエアソールを配したナイキのバスケットボールシューズ

ナイキ G.T.ハッスル 3

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 今年、新たに発表された最新のバスケットボールシューズ「G.T.ハッスル3」は、足元に2重のエアのレイヤーを作ることで、エネルギーを蓄積し、リターンを高める構造だ。ナイキスポーツ研究所(NSRL)の科学的な調べによると、前作のG.T.ハッスル2を着用した時に比べて、同じ運動量でも酸素の消費量が少なくなったという。こうしたエネルギーの節約が、コート上でプレイする全体の質を高めているのだ。運動量の多いバスケットボールプレーヤーにとって、1シーズン中にコートを走り回る距離は、フルマラソン12回分にも匹敵するという。エアの役割は、もはやクッションだけに留まらない。瞬間的なスピードの推進、華麗なステップワーク、そして疲労の負担まで。アスリートのあらゆるニーズをサポートするために、エアは2010年代以降、急速かつユニークに進化を遂げていったのだった。

ライター/制作プロダクション MANUSKRIPT代表

小澤匡行

Masayuki Ozawa

1978年生まれ、千葉県出身。大学在学中に1年間のアメリカ留学を経たのちに編集、ライター活動をスタート。著作に「東京スニーカー史」(立東舎)、「1995年のエア マックス」(中央公論新社)など。「UOMO」(集英社)、朝日新聞にてコラムも執筆中。集英社主催による藤原ヒロシのマーケティング講座「FRAGMENT UNIVERSITY」の助教授を務める。

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