上海滞在生活の日々を綴るコラム連載「ニイハオ、ザイチェン」。東コレデザイナー、海外での企画生産を経てアパレルメーカーのアジア展開を担当する佐藤秀昭氏の視点から中国でいま起こっていることをお届けする。第5回は二次流通スポットを探訪。最高品質のラグジュアリーアイテムが揃うリユースショップ、お洒落なZ世代で溢れかえる古着街......上海でもサステナブルの優しい風が吹き始めている。
(文・佐藤秀昭)
この服は持っていくべきか置いていくべきか、それが問題だ。「ザ・ブルーハーツ」とプリントした自作のTシャツ、「無印良品」の黒Tシャツ2枚と半ズボン。大友克洋の「AKIRA」の中で、第三次世界大戦後の2019年に消滅した東京に代わって建立された “ネオ東京” が刺繍されたベースボールキャップと「メゾン マルタン マルジェラ」のウエストポーチ。「サカイ」と「ナイキ」のコラボによる「ヴェイパーワッフル」のスニーカー......これらが、今回上海に持ってきた洋服たちだ。旅に出るとき、僕はできるだけミニマリストに徹底する。
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とはいえ、半袖と半ズボンでは、秋風の吹き始めた上海はさすがに少し肌寒い。10着しか服を持たないフランス人よりもレパートリーが少なくては、冬はおろか秋も越せない。3週間の隔離が明けた10月10日、僕はまずショッピングに繰り出した。
◇ ◇ ◇
2年ぶりの上海の街で驚いたことは、サステナブルをコンセプトに掲げた「ラグタグ(RAGTAG)」のようなブランド品を扱うリユースショップに出会えたことだった。2020年末にオープンした「デジャヴリサイクルストア(多抓魚循環商店)」。古着と古本なども扱うアプリ「デジャヴ(多抓魚)」の実店舗である。
上海の街並みを切り取った写真が一面に貼られ、「上海スタイル」と日本語でも壁に書かれた1階の長い廊下を抜け階段を上ると、2階にはアートとデザイン、建築、ライフスタイルなどの選りすぐりの新書と古本が整然と贅沢に並ぶ。著名な日本人作家の小説は中国語に訳され、上海の書店で見かけることも多い。
3階では、「中国における1年間の2600万トンの衣類の焼却や廃棄がもたらす大気と土地汚染」についての警鐘が壁一面にキャッチーに鳴らされる。壁にはヴィンテージデニムやスウェット、「レッドウィング」にまつわる雑誌が並び、店内には「コム デ ギャルソン」や「アクネ ストゥディオズ」「メゾン キツネ」「ケンゾー」などのブランドの古着やヴィンテージデニムがセンス良く陳列されている。
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それから、街で多く見かけたのは、Z世代をメインターゲットとするラグジュアリーブランドのリユースショップだ。なお、大黒屋やコメ兵、ブランディア、リクロなど、中古ブランドを取り扱う日本の大手企業はほとんど中国市場に進出している。街で見かけたZ世代に人気のリユースショップを幾つか紹介したい。
vibe..vintage tokyo
1924年に建てられた外国人向けのアパートをリノベーションした「黒石公萬(BLACKSTONE MUSIC PLUS)」近くの、「ヴァイブ・ヴィンテージ・トウキョウ(vibe..vintage tokyo)」。
「南青山ブランド中古集合・循環」「お任せてください」という、少し違和感のある日本語が書かれている15坪のほど小さい店内ではブランドの買い取りも行われ、「シャネル」「ルイ・ヴィトン」「ディオール」のバッグが所狭しと並ぶ。
MILES MARKET
いま最も上海で勢いのある商業施設の一つである「YOUTH ENERGY CENTER(通称TX)」にある「マイルズマーケット(MILES MARKET)」。
Z世代が多く集まる館の中、ルイ・ヴィトンのモノグラムのヴィンテージバッグが陳列され、特に価値があるヴィンテージはガラス張りの木の棚の中でその存在感を発揮する。さらにクラシカルな雰囲気のある重厚な什器の中、「シャネル」のツイードジャケット、「クリスチャン・ルブタン」や「ミュウミュウ」のヒール、「プラダ」のパンプスが並ぶ。
ROOROY
最後に紹介するのは、2022年2月末に上海の一等地である、淮海中路(ファイハイジョンルー)に開店したばかりの「ブランド楽市」の上海1号店「ROOROY」だ。
横浜に本社を置く「ブランド楽市」は中国市場での「エルメス」や「LVMH」のオフィシャルサプライヤー契約のある中国企業の「皇宇グループ」と戦略的パートナーシップを結び、ライセンスビジネスで中国へ進出を果たした。
その豊富な品揃えと最高の品質、美術館のような内装は圧巻だ。さらにPR面では、俳優陣が店舗運営者に扮し、バックヤードから消費者との交流までが描かれた番組、中国では一般化されたライブコマースも自社のウェブサイトで放映される。日常の店舗運営と消費者とのドキュメンタリーは、認知度拡大と消費者との親和性向上の一翼を担っている。
このようなリユースショップが増えている背景には、前提として中国国内のラグジュアリーブランドの業績がうなぎ登りに成長する消費傾向と海外文化の浸透がある。だが、その反面、一部の人気商品は供給が追いつかず模倣品が流通している。その中で、唯一無二のヴィンテージの意味合いと本物の素晴らしさを理解し、他者との差別化と費用対効果を重視するZ世代も増加しているようだ。
◇ ◇ ◇
ある土曜日の昼下がり、上海のZ世代がファッションのアイコンとして崇める60歳のインフルエンサーのマージェ(馬姉)さんから連絡があった。Instagramに近い中国のSNSである「RED BOOK(小紅本)」や、中国版TikTokで彼女が着用する衣装を一緒に見に、上海の北にある古着街へ行こうとのお誘いだった。
僕は過去に古着街を訪れたことはなかったので、中国版グーグル地図「バイドゥマップ(百度地図)」を見ながら、待ち合わせ場所である現地に向かった。そこは、「灵石(霊石)路服飾市場」と看板に書かれた3階建ての古びた怪しげな建物だった。
足を踏み入れた刹那、鼻孔をくすぐるのは、あの頃のあの古着のあの匂い。1990年代後半の原宿のシカゴとサンタモニカにタイムスリップする。各フロアには200店舗以上の小さな古着屋が軒を連ね、アメリカ、ヨーロッパ、日本の古着やアクセサリーなどを販売している。
日本語のネオンライトが淫靡に光る店内は、お洒落なZ世代で溢れかえっていた。日本人に例えるのは野暮だが、菅田将暉さんや藤井風さんのようなひょうひょうとした雰囲気のゆるめのシルエットに身を包んだ男子、少し甘めのゴシック&ロリータのテイストの制服女子も見かけられた。
そして、マクドナルドのハッピーセットのおもちゃや、ディズニーやマーベルコミックのキャラクターのアンティークトイを取り扱う、中野ブロードウェイにありそうなフィギュアショップもいくつかあった。その雑踏の中で「パワーパフガールズ」の帽子をかぶった、佐藤製薬のサトちゃんと出会った。
「やっと会えたね」
僕たちにそんな言葉はいらない。ただ君がそばにいればいい。日本に連れて帰ることを決意した。
マージェさんの衣装をたくさんトートバッグに詰めこんだ帰り道、バーバリーのトレンチコートを裏返しにかけた店の前で、肘の擦れた古びたレザージャケットの値段交渉をくわえ煙草で繰り広げていた若者は、今まで上海で見たどの男の子よりも艶っぽかった。
◇ ◇ ◇
「エシカル」「サステナブル」「SDGs」という概念は、日本や欧米に比べると、今の上海にはまだ根付いてはいないようには感じる。ただ、ファッションとカルチャーの世界では、新しい風は若者の中で柔らかく吹き始めている。
木枯らしの吹く冬が近づき、リユースショップで購入したメゾン キツネのスウェットパーカの上に古着街で見つけたカンフースーツを羽織った時、その優しい風の匂いを確かに感じた。
藤井風「優しさ」
■コラム連載「ニイハオ、ザイチェン」バックナンバー
・vol.4:スメルズ・ライク・ティーン・スピリットな上海Z世代とスワロウテイル
・vol.3:隔離のグルメと上海蟹
・vol.2:書を捨てよ 上海の町へ出よう
・vol.1:上海と原宿をめぐるアイデンティティ
・プロローグ:琥珀色の街より、你好。
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