東コレデザイナー、海外での企画生産を経てアパレルメーカーのアジア展開を担当する佐藤秀昭氏の視点から、中国でいま起こっていることを週1回更新で発信するコラム連載「ニイハオ、ザイチェン」が期間限定で復活。今回は隔離生活でなまった身体にムチを打つべく、上海でもブームになっているというランニングに参加したエピソードをお届けする。
(文・佐藤秀昭)
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中国出張では会社とホテルの往復の生活が中心となるため、いつも運動不足になりがちだ。そして、日々の食事は火鍋、炒飯、麻婆豆腐、焼きそば、小籠包、春巻き、回鍋肉、八宝菜といった中華料理が中心となり、どれも美味しいが、味が濃く油っこい料理も多い。さらに今の上海では、渡航後10日間の隔離が義務付けられ、その間は部屋から一歩も出られない。食っちゃ寝食っちゃ寝していると、すぐに摂取カロリーが消費カロリーを上回ってしまう。牛のように太るのだ。
そのため、隔離中はダイエットをしようと思い、スーツケースにそっと縄跳びを忍ばせてきた。これこそが最もミニマムなトレーニング用品だ。小学生の時は日が暮れ、母が呼びに来るまで永遠に飛べた気がするが、今や、連続して10回も飛べなかった。現実はいつだって残酷だ。
理想と現実。過去と現在。過ぎた年月と芳醇に実った脂肪が恨めしい。身体のどこかが縄に引っかかっては何回も中断し、5分後にはベッドに倒れるように飛び込んだ。膝がガクガクと大笑いをしている。ただ、どんなことにも少しずつは慣れていくもので、隔離生活5日目には連続して100回飛べるようになった。膝は相変わらず、くすくすとは笑っていたが少しだけ若返った気がした。ダイエットの効果が出ていたかは不明だ。
◇ ◇ ◇
隔離が明けた初めての週末、9・11アメリカ同時多発テロ事件から21年目の9月11日の朝6時半。僕は「ユニクロ(UNIQLO)」のエアリズムTシャツに、レディオヘッドのトム・ヨークが着ていた反戦メッセージTシャツを重ね着し、「サカイ(sacai)」と「ナイキ(NIKE)」と「フラグメント(fragment design)」のコラボのスニーカーを履いて、上海郊外のある駅の前で友人たちと待ち合わせをした。友人が毎週末に開催している、有志を募って外灘※の川沿いを10キロ走るランニングに参加するためだ。本当はランニングに最適な最先端のスポーツウェアとランニングシューズで馳せ参じたかったが、可能な限り荷物を絞ってきたので仕方ない。
※外灘:上海市の中心部を流れる黄浦江(こうほこう)沿いに位置する、19世紀後半から20世紀初頭にかけて建てられた外国人居留地エリア。当時のまま残されたレンガ造りの洋風建築が異国情緒あふれる、上海を代表する観光地である。
以前から、中国、特に上海や北京などの都心では、ヨガと並びランニングが一大ブームになっていると聞いていた。2021年9月末に上海にオープンし注目を集めている「前灘太古里」の最上階には、全長450メートルのランニングコースが設置され、大きな話題となっていた。
ランニングブームを背景に、中国のスポーツ用品メーカー大手「アンタ(安踏)」は、傘下の「フィラ(FILA)」や「デサント(DESCENTE)」も好調で、中国スポーツシューズ市場において、アディダスを抜き、ナイキに次いで2位となった。
「アンタ」の紹介動画
そして「リーニン(李寧)」は「国潮(グオチャオ)※」の代名詞となり、コロナ禍での健康意識の高まりと相まって、2021年には前年比150%以上の成長を遂げ、売上高は4000億円を超えた。その売上の98%以上は中国国内の売上だ。街を歩いていても、中国スポーツブランドの勢いは年々増していることを感じる。
※ 国潮(グオチャオ):中国のドメスティックブランドを着用、または着こなしに中国のエッセンスを取り入れた、中国Z世代を中心としたトレンド。
「リーニン」の紹介動画
朝日が照らす川面のキラキラとした光が目に眩しい。川沿いに並ぶ美術館を横目に、黄浦江川沿いをゆっくりと走る。上海の秋はビートルズの初期アルバムのように短く、頬にあたる心地よい風は兄弟の仲が良かった頃のオアシスくらい、この街ではとても貴重だ。
牛のように歩む僕の横を、バンビのような軽快なステップで飛び跳ねるように走る多くの中国人とすれ違う。デザイン性の高いスポーツウェアを身にまとっているランナーが多く、赤、黄色、緑、色鮮やかな「アンタ」や「リーニン」のウェアが、確かに一際目立っていた。上海を長く走っているメンバーに話を聞くと、やはりここ数年で老若男女問わずランナーが激増したそうだ。
道すがら干からびそうになり、友人に買ってもらった1リットルのスポーツ飲料は喉に流し込むやいなや全て汗へと変わる。それでもずっと喉が渇いている。その分、重くなった黄色い反戦Tシャツは途中で脱いで、その代わりにブルーハーツの「青空」を歌って走る。
“生まれた所や 皮膚や目の色で
いったいこの僕の 何がわかるというのだろう“
ザ・ブルーハーツ「青空」
7キロ過ぎに誰かに狙撃されたのかと思うほどに右膝に激痛が走った。9キロを過ぎたころには、両足の股関節が擦り切れて煙が出ているのかと思うほどに熱くなった。
1時間15分、最後は限りなく徒歩に近いスピードで10キロを走りきった。外灘の空はいつもより眩しく、そして今まで一番青かった。先にゴールした友人たちが拍手で迎えてくれたときはちょっと泣きそうになった。
そして、この日から3日間、膝はずっと曲げることが出来ないほど笑いっぱなしだった。中国のスポーツブランドの勢いと、初心者がいきなり10キロは走ってはいけないことは是非伝えたいと思う。
>>次回は10月17日(月)に公開予定
■コラム連載「ニイハオ、ザイチェン」バックナンバー
・vol.20:上海でもずっと好きなマルジェラ
・vol.19:上海のファッションのスピード
・vol.18:ニッポンザイチェン、ニイハオ上海
・vol.17:さよなら上海、サヨナラCOLOR
・vol.16:地獄の上海でなぜ悪い
・vol.15:上海の日常の中にあるNIPPON
・vol.14:いまだ見えない上海の隔離からの卒業
・vol.13:上海でトーキョーの洋服を売るという生業
・vol.12:上海のスターゲイザー
・vol.11:上海でラーメンたべたい
・vol.10:上海のペットブームの光と影
・vol.9:上海隔離生活の中の彩り
・vol.8:上海で珈琲いかがでしょう
・vol.7:上海で出会った日本の漫画とアニメ
・vol.6:上海の日常 ときどき アート
・vol.5:上海に吹くサステナブルの優しい風
・vol.4:スメルズ・ライク・ティーン・スピリットな上海Z世代とスワロウテイル
・vol.3:隔離のグルメと上海蟹
・vol.2:書を捨てよ 上海の町へ出よう
・vol.1:上海と原宿をめぐるアイデンティティ
・プロローグ:琥珀色の街より、你好
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