トレンドの最前線を行く者、映画の最新作も気になるはず──。今月公開が予定されている最新映画の中から、FASHIONSNAPが独自の視点でピックアップする映画連載企画「Fスナ映画部屋」。
今回は、歴代の映画史上でも稀に見る"ネタバレ厳禁"映画「アンテベラム」と、林遣都と小松菜奈が"病的な潔癖性男性"と"視線恐怖症の女性"を演じる「恋する寄生虫」をセレクト。編集部員によるゆる〜い座談会付きで、今月絶対に見てほしい注目の映画を紹介します。
ゲット・アウト制作陣が送る、最高級の"ネタバレ厳禁"映画「アンテベラム」
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気になるあらすじは?(本当はこのあらすじすら読まないで欲しい!)
現代で地位も名声も得た成功者ヴェロニカと、南北戦争時代に農場で働く奴隷エデン。生きる時代も境遇もまったく異なる2人の女性はなぜお互いが「夢」の中に出てくるのか……?アカデミー賞脚本賞を受賞した「ゲット・アウト」や「アス」制作陣が黒人奴隷時代と現代を描く。
■アンテベラム
公開日:2021年11月5日(金)
上映時間:105分
監督:ジェラルド・ブッシュ、クリストファー・レンツ
出演:ジャネール・モネイ、
公式サイト
一足先に「アンテベラム」を観た、同い年編集部員2人による ゆる〜い座談会
普段はアートやカルチャー関連のほか、東京のデザイナーズブランドなどを担当。
マサミーヌ:私、ホラー映画が苦手なんだけど「アンテベラム」は観れた!
フルカティ:たしかにホラー要素は少なく、「サスペンス」「サイコスリラー」というジャンルの方がしっくりくるね。
マサミーヌ:冒頭の音楽と映像美でグっと映画の世界観に引き込まれた!
フルカティ:約7分間の長回しから始まる本作。低音のチェロと、ティンパニーの変奏は観客の心をドキドキさせる"ザ・サイコスリラー音楽"だった。
※長回し:カットなしで、撮影を途切れさせずにカメラを回し続ける撮影方法
マサミーヌ:メガホンを取ったのは、現代社会の問題を痛烈に描き注目を集めている新世代の映画作家、ジェラルド・ブッシュとクリストファー・レンツの2人からなる監督ユニット。
フルカティ:2人にとって初めての長編映画だそう。本作の着想源は、アフリカ系のルーツを持つブッシュの身内の死が相次いだ直後に見た悪夢だったとか。
このゾッとするような夢はとてもリアルだった。まるで僕の祖先がやってきて話をしてくれたかのようでね。素晴らしい短編小説や短編映画の題材になると思ったよ。
ージェラルド・ブッシュ
マサミーヌ:製作は、アカデミー賞のオリジナル脚本賞を受賞した「ゲット・アウト」「アス」「ブラック・クランズマン」などを手掛けたQCエンターテインメント。
フルカティ:個人的にQCエンターテインメントといえば、カルト映画の金字塔「ドニー・ダーコ」を企画、制作したショーン・マッキトリックが共同設立した会社というイメージが強いんだよね。
マサミーヌ:主演は「ムーンライト」「ドリーム」など話題作に出演が相次ぐ、ジャネール・モネイ。
フルカティ:グラミー賞常連のアーティストかと思っていたけど、今やすっかり俳優だね!
マサミーヌ:本作の主人公は黒人奴隷時代に農園で働くエデンと、現代で黒人の自由を訴える活動家でもう1人の主人公 ヴェロニカの2役を1人で演じている。
フルカティ:「ラルフ ローレン(Ralph Lauren)」2021年春夏コレクションで、パフォーマンスを披露したことが記憶に新しいね。
マサミーヌ:物語のあらすじはこれくらいしか言えないね(笑)。何を言ってもネタバレになってしまいそう。
フルカティ:「アンテベラム」というのは、アメリカ南北戦争直前の時代を意味する用語らしい。
マサミーヌ:安土桃山時代を、戦国時代と呼ぶようなものか。
フルカティ:そうだね(笑)。事前情報として必要なのは「1960年代くらいにアメリカで南北戦争が起こって、戦前は黒人が奴隷として扱われていた」程度で良さそう。
マサミーヌ:「ゲット・アウト」「アス」「ブラック・クランズマン」と同じく、物語の根幹をなすのは人種差別問題なんだけど、背景としての"人種差別"を知った上で、純度100%のエンターテインメント作品として観るといいかもしれない。
フルカティ:ネットフリックス(Netflix)のオリジナル作品「隔てる世界の2人」が、アカデミー賞最優秀短編実写映画賞を受賞したりと、BLM運動をきっかけに人種差別をフォーカスした作品は確かに増えているんだけどね。「人種差別にフォーカスした映画」というジャンルで括ることで、BLMを一過性のトレンドとして消費してしまうような気もするし……。本作はジャンルの枠組みを超越して「長い歴史の中でアメリカが抱えている問題」を網羅しているし、映画的な構成が本当に本当に素晴らしいと思う。
マサミーヌ:前半の1時間が終わってもこの映画の"結"が全くわからなくて「どうしよう」と思っていたけど、完全にしてやられたね(笑)。
フルカティ:ネタバレなしの考察として一つ話したいのは、メインヴィジュアルに用いられている蝶。蝶はキリスト教で「復活」を意味するモチーフとしても知られていて、「復活」「再生」「変化」の象徴でもあるんだよね。
マサミーヌ:メインヴィジュアルに用いられているのは、赤い蝶。
フルカティ:赤やオレンジ色の蝶は「積極的な行動」「自由行動」などを意味するらしい。
マサミーヌ:メインヴィジュアルでは、赤い蝶が血を流している。ということは……。
フルカティ:何を言っても今回はネタバレになっちゃうね(笑)。
マサミーヌ:コピーライティングの「過去は決して死なない、過去ですらない」も観終わったあとだと、本当に秀逸なコピーだなと思うよ(笑)。
フルカティ:実は本作、制作国であるアメリカではパンデミックにより2度公開が延期。そのまま劇場公開されることなくVOD配信のみ行ったんだって。
マサミーヌ:思い切りが良いね。
フルカティ:公開週末は、ありとあらゆるVODプラットフォームで「最も多くレンタルされたタイトル」として1位に輝いたとのこと。2週目の週末もその勢いは止まらず、Amazonプライムビデオなどで映画チャートでトップ。3週目になってもトップ3を維持したらしい。
フルカティ:ネタバレせずに話せるもう一つの見どころとして、1860年代の世界観を見事に表現している点に注目して欲しい!本作の手本となったのは、映画界不朽の名作「風と共に去りぬ」らしいんだけど、監督のジェラルド・ブッシュは風と共に去りぬを「現代の文脈から見直すと悪夢のような作品。制度としての奴隷所有を進行しているからね」とコメントしてる。
マサミーヌ:「風と共に去りぬ」が公開されたのは1939年だしね。まさに、南北戦争前の人種差別に対して今ほど関心が高くない時代だったはず。
フルカティ:ちなみにBLM運動の最中、アカデミー賞脚本賞を受賞した映画「それでも世は明ける」の製作総指揮ジョン・リドリーが、「風と共に去りぬは奴隷制度を美化した作品で、有色人種に対する最も痛ましいステレオタイプを永続させるためだけに立ち止まっている映画」としてストリーミングサービス「HBO Max」に対し、同作の配信停止を訴えたんだよね。
“Gone With the Wind” is a film that, when it is not ignoring the horrors of slavery, pauses only to perpetuate some of the most painful stereotypes of people of color.
この映画は、前世紀の南部を美化しています。奴隷制度の恐怖を無視しているわけではなく、有色人種に対する最も痛ましいステレオタイプを永続させるためだけに立ち止まっている映画なのです。
ー監督で脚本家のジョン・リドリー(John Ridley)が「The Los Angeles Times」に寄稿した文章より抜粋
その後、HBO Maxは同作の配信を中止。現在は既に配信再開されているんだけど「当時のフィルムメーカーからの視点で語るものであり、わが社の価値観を表明するものではない」という趣旨の注釈を加えたんだよね。
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恋する寄生虫
Image by: ©2021「恋する寄生虫」製作委員会
自分の恋心が誰かに操られているものだとしたら、あなたはそれを信じることができるだろうか。
本作は三秋縋による同名小説が原作。寄生虫と聞くと「良くないもの」「気持ち悪いもの」といったネガティブな印象があるが、一見ネガティブに見える事象でも、思いがけないものをもたらしてくれることもある。寄生虫という「虫」を通して人間の本質や価値観を問うのが「恋する寄生虫」だ。本作はラブストーリーではあるが、純愛を描くのではなく、どちらかといえばマイノリティとして生きる弱者だからこそ感じることのできる”何か”に焦点を当てる。その”何か"とは胸の痛みや、同族嫌悪ではない。本作でいえば、林遣都演じる高坂賢吾の極度の潔癖症や、小松菜奈演じる佐薙ひじりの視線恐怖症が「マイノリティとして生きる弱者」に当たる。本作ではよくあるラブストーリーのように主人公たちが、偶然出会い、行動を共にすることで惹かれ合う。しかしその恋愛の過程は全て、脳に寄生する「虫」によって恋に落ちていくと決定付けられている。映像でも現実と虚像が混在し、この少々風変わりとも言える世界観を「現実」として描く。
メガホンを取ったのはCMやミュージックビデオを中心に、活躍する柿本ケンサク。柿本は「『心』と『体』、そして『意識』は全て別物である」と話す。
「心」はどこから来て、 やがてどこへ行くんだろうと、普段から興味があり触れてみたい物語だった。頭で考えた良かれと思った判断であっても、心が何故か違うと感じてしまうことってあるじゃないですか。この小説を原案として映画化するうえで僕が一番大事にしたいのは、「心」と「体」の関係、それぞれの立場を意識すること、それを提案しました。
ー「恋する寄生虫」監督 柿本ケンサク インタビュー
虫を「無意識の心」と捉える本作は、無意識の心を持つもの同士が心を通わせ、愛として昇華するまでを描く。一方「世の中の大半は虫が寄生していない人(無意識の心がない)」という事実も観客に突きつける。だからこそ「心があるからこそ弱さがあり、心があるからこそ社会の中に溶け込めずにいる」ということを切実に描いている。心があるからこそ、自分を守るために武装する。佐薙の場合は、それがヘッドフォンだったりするわけだが、そうやって視覚でも心があることで生まれる「心の弱さ」を表現する。本作は「マイノリティな人こそ、心をもった人なのだ」という優しい問いかけと提案を観客に投げかけるのではないだろうか。
■恋する寄生虫
公開日:2021年11月12日(金)
上映時間:100分
監督:柿本ケンサク
出演:林遣都、小松菜奈、井浦新、石橋凌
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