私たちは、その男の多彩さを4つ、見たことがある。一つ目は芸人としての顔。二つ目は小説家としての顔。三つ目はインターハイに出場するほどの腕前を持つ、サッカー好きとしての顔。物静かな性格と聞いていたが、カメラマンが着用していた古着のサッカーユニフォームに「ガンバ大阪のユニフォーム(青と白のデザインだった)やと思ったけど違ったわ」と興味を示す。四つ目は、無類の服好きの顔。サッカーユニフォームについてスタイリストと熱心に談義を始める。服はブランド名やタグを見ないで購入し、好きすぎるがあまり「仕事にしたくない」と以前のインタビューで答えていたほどだ。そんな彼がついに自身のブランドを立ち上げた。デビューシーズンは故郷、大阪府寝屋川市に着想を得たパジャマ1型。パジャマの定番である開襟とアロハシャツのシルエットをミックスした同アイテムは、室内着でありながらもタウンユースとしても着用でき、そこに服好きとしてのこだわりを感じさせる。芸人、小説家、そしてデザイナーの顔を持つ又吉直樹。彼はなぜいま、ファッションという表現を選んだのか。
ADVERTISING
ーブランド名は「水流舎(つるしゃ)」。自身の名前を掲げなかったのは何故ですか?
なんやろ。やっぱり、あんまり目立ちたくないっていうのが大きいんですかね。
ー以前のインタビューでは「なんとなくファッションだけは趣味にしたいんで、自分の仕事と関わりのないところで遊んどきたい」とおっしゃっていました。
正直、あまり変わっていないんですよ。今回も「ブランドを立ち上げたい」ではなく「パジャマを作ってみたい」が先やったし、ファッションデザイナーの友人たちから話を聞いているから、大変さも知っている。シーズンごとに作ろうという発想はまったくないです。自分が着たいもの、欲しいもの、作りたいものがあれば、それを時間をかけて作って、発表できればいいなという感覚ですね。
ーでは今回のパジャマも長い時間をかけて構想を練る中でようやく形になった物?
そうですね。元々、7〜8年前からずっとしっくり来るパジャマを探していたんですよ。古着屋で探してたりもしたんですけどなかなかピンと来るものに出会えなくて。「いつか作ってみたいなあ」と。そうこうしていたら、以前何かの本で読んだ、地元「寝屋川」の歴史を思い出したんです。
寝屋川という地名の由来は諸説あります。ひとつは、その昔、偉い人が京都から大阪に行く時に宿泊していた建物があり、当時はその宿泊施設を「寝屋」と呼んでいて、その近くに川が流れていたからという説。もうひとつは、山で狩猟をした人が下山して「寝屋」で仮眠をとる場所だったからという説。現代においても、寝屋川はベッドタウンとして知られていて。いずれにしても「寝ることにフォーカスされた街で生まれ育ったんやなあ」と。一人でそんなことを「なるほどなぁ」と考えている時に、なんとなくパジャマを作ってみたいなと思えたんですよね。
ーエッセイでもたびたび地元で過ごした幼少期のことを綴られていますよね。
「実家で」「地元で」「中学の友達が」という書き出しは、もうほとんど寝屋川で起こったことですね。どちらかといえば、今回のパジャマは、今までで一番、寝屋川と僕の距離が近い状態で表現されたものなのかな。
ー又吉さんは「寝る」をどういったものだと結論づけていますか?
「寝る」は「暮らす」でもある。別の場所で活動していてもそこで寝る。そういう意味では、営みとして重要な行為だと思っています。僕自身も、たまに色々考えすぎてなかなか眠れない日があるんですけど、そういう日のおかげで「ちゃんと眠れることの贅沢さ」が際立つことってありませんか?「スっと寝られたぞ」「良い睡眠ができたぞ」という幸福感たるや。
それに、「眠る」は「起きる」がないと存在し得ないですよね。反対側にちゃんと起きている時間がないと「寝る」は生まれない。寝屋川は、寝ることが地名になって現在もベッドタウンだけど、会社も学校も飲食店もあって、みんな起きて活動もしている。そんな、寝屋川で生まれ育って生活をしていた人間が、パジャマを作ることは「なんとなく全部繋がったぞ」と思えたんですよね。僕にとって、“ファッションをやる”以上は、こういった「寝るってなんだっけ」「寝屋川と僕」といった物語性や必然性が必要不可欠なんですよね。衣類とファッションはやっぱり全く別のものだと思うから。
ー衣類とファッションの違いとは具体的に?
衣類は、消費者目線の使いやすさなどの側面や手に取りやすい価格設定が求められるもの。一方でファッションは、人によっては無くてもいいディテールでも、作り手側にとっては“それ“がなくてはならない必然性があるものだと思うんです。
今回も「パジャマを作ろう」となった初期の段階は、まだ衣類寄りの寝具だったんです。まずは寝やすい日常の中での衣類のイメージで、ファッションまで辿り着いていなかった。ただ、僕が今まで色々試してきても「これだ!」というパジャマが無くて、むしろ外着として使っていたイージーパンツに対して「結局、これが一番ずっと眠れるな」という経験や思い出をパジャマパンツに落とし込んだりすると、段々と形やシルエットを考える時に衣類からファッションに移行していくんですよね。身幅も自然とゆったりとしたものになったし、なんとなく外でも着られるようなパジャマが出来上がった。ほかにも、「寝屋川のことを考えてこのパジャマを作ったな。せせらぎの音とかあるし、なんとなく『睡眠と川』って相性が良さそうやな。川といえば水か。水の神様は龍で、龍がいたら安眠祈願ができそうや。じゃあ龍はどこに入れよう。やっぱりベトジャンやスカジャンが僕は好きやから、刺繍で龍を胸にドンと入れたいな」とデザインやディテールが詰まっていきました。……でもまあ色々言いましたけど、パジャマに刺繍で龍を入れたら「もうこりゃファッションやな」と思います。思いませんか(笑)?
edit&text:Asuka Furukata
photographer:Yuzuka Ota
◾️水流舎(つるしゃ)第一弾アイテムパジャマ
数量限定、ポップアップ会場2箇所のみでの販売。
価格:3万3000円(税込)※セットアップでの販売
◾️ポップアップストア「まだ、起きてたで」
開催日:2024年2月17日(土)
営業時間:12:00会場、15:30終了
会場:LIVE HOUSE VINTAGE
所在地:大阪府寝屋川市東大利町 5-10
◾️ポップアップストア「まだ、起きてたよ」
開催日:2024年2月25日(日)
営業時間:12:00会場、16:00終了
会場:ADRIFT
所在地:東京都世田谷区北沢 3-9-23
公式インスタグラム、YouTube公式チャンネル
ADVERTISING
PAST ARTICLES
【インタビュー・対談】の過去記事
READ ALSO
あわせて読みたい
RANKING TOP 10
アクセスランキング
銀行やメディアとのもたれ合いが元凶? 鹿児島「山形屋」再生計画が苦境