Image by: Koji Yamada
インバウンドの勢いが止まらない。 日本政府観光局(JNTO)が発表した訪日外客数の2024年3月推計値は単月として初めて300万人を超えてコロナ禍前も含め過去最高となり、5月のゴールデンウィークは全国の観光地でのオーバーツーリズムも話題となった。
その影響は世界有数の古書店街である東京、神保町にも現れている。神保町の古書店で扱う日本のファッション誌がインバウンド客から大きな人気を集めているのだ。今回は2009年から神保町に店を構える古書店「マグニフ(magnif)」の店主、中武康法氏に同店のこれまでの歩みと、ファッション系の古本を通したインバウンドの動向を聞いた。(文・山田耕史)
目次
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いち早く日本のファッション雑誌に目をつけた海外の業界人
「マグニフ」は一般的な古書店とは異なり、雑誌を中心としたファッション系の書籍を主に扱う。オープンした2009年頃は、エディ・スリマンが撮影した写真集の人気が高かったという。エディ・スリマンは「セリーヌ(CELINE)」クリエイティブディレクターで、フォトグラファーとしても活動。2000年代に手掛けていた「ディオール オム(DIOR HOMME)」は世界のファッションに多大な影響を与えた。
日本のファッション誌が海外で評価されているということに中武氏が気付いたのは、2010年代の初め頃。日本のファッション誌のクリエイティビティにいち早く注目したのは、海外のクリエイターたちだった。
当時、買い付けに来店していたのは、SNSでレアなファッションマガジン等を紹介する事で業界の注目を集めていた、先進的なロンドンやパリの古書店のスタッフ。早い段階から「コム デ ギャルソン(COMME des GARCONS)」に関する書籍のほか、漫画雑誌「ガロ」のブックデザインやYMOのアルバムのアートディレクションなどを手掛けたエディトリアルデザイナー 羽良多平吉がヴィジュアルデザインを担当した「ヘヴン(HEAVEN)」など、マニアックな雑誌にも目をつけていた。
コロナ禍前の2019年以前は「全身黒ずくめの集団だったり、ヒップホップなファッションの方たちが来たりして、後々確かめると海外の人気ストリートブランドのデザインチームだった、ということがよくありました」と話す中武氏。彼らは、1980年代の日本のニューウェーブカルチャー、コム デ ギャルソンやヨウジヤマモトなどのデザイナーズブランド、そして1990年代の裏原系ブランドやスニーカーなどの情報が掲載されているファッション誌を購入していったという。海外のファッション業界も、早い段階から日本のファッション誌をチェックしていたようだ。
一般客にも広がる日本のファッション誌人気
「マグニフ」で1990年代のストリート系メンズファッション誌の人気が高くなったのは、2012〜13年頃。古着やハイテクスニーカーなどを提案して1990年代のストリートファッションをけん引した雑誌「ブーン(Boon)」や、「グッドイナフ(GOOD ENOUGH)」「ア ベイシング エイプ®︎(A BATHING APE®︎)などの裏原系ブランドを多く扱った「アサヤン(asayan)」が売れるようになった。裏原系からの影響を公言するヴァージル・アブローが2018年にルイ・ヴィトンのクリエイティブディレクターに就任したことなどを背景に、1990年代の日本のストリートファッションに対する注目度が2010年代中盤から世界的に高まっていたが、2010年代にこういった日本のファッション誌からデザインやブランディングの着想を得た海外のストリートブランドは少なくなかったと思われる。
コロナ禍が明けてからは、ファッション業界人だけではなく、海外からの一般客も日本のファッション雑誌を求めるようになっていった。特に、2013年にリニューアルした「ポパイ(POPEYE)」は韓国、中国、香港、台湾などのアジア圏からの客に人気があるそうだ。中武氏によると、韓国人は2013年から「ポパイ」が新たに打ち出した「シティボーイ」スタイルを好む傾向があり、今もブレザーにベースボールキャップという装いでマグニフに来店する客が多いという。「ポパイ」はそういったアジアの国々でも販売されていることもあるが、彼らには日本の書店で探して買いたい、という思いがあるのかもしれない。
1990年代以前の「ポパイ」の人気も高い。マグニフの店内に飾ってある、イラストレーター穂積和夫が手掛けた「ポパイ」のポスターは非売品だが、アジア圏からの客に「売ってくれないか」と持ちかけられることがよくあると、中武さんは話す。「ポパイ」の人気はアジア圏だけにとどまらなくなっており、欧米人も1970年代、1980年代の「ポパイ」を求めるようになっているという。
穂積和夫のイラストが表紙の「ポパイ」ポスター(非売品)
Image by: Koji Yamada
穂積和夫によるVANのポスター(非売品)
Image by: Koji Yamada
中武氏によると、最近は日本の雑誌についてマニアックな知識を持ったインバウンド客が多くなっており、光琳社出版の「ジャップ(JAP)」のような、あまり数が出ておらず、尖った内容の雑誌を狙って買いに来ているという。カリスマ的な人気を誇る編集者、林文浩が手掛けていた1993年創刊の「デューン(DUNE)」は、ここ数年でかなり高騰しているそうだ。他にも、デザイン性の高さが老若男女に評価されている資生堂の「花椿」や、「ポパイ」の増刊号として始まった女性誌「オリーブ(Olive)」も長年人気を保ち続けているという。
「マグニフ」で売れるファッション誌の傾向を尋ねると、1980年代や1990年代など、この年代だから売れる、というような特徴はないが、ニューウェーブの香りがするものは、長年売れ続けているとのこと。
海外の雑誌では、イタリア版の「ヴォーグ(VOGUE)」はかなり売れており、特に1990年代のものは写真がスタイリッシュだったり、内容が実験的だったりするので、中国をはじめとしたアジア圏からのインバウンド客がこぞって購入するという。
花椿
Image by: Koji Yamada
ジャップ
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“東京土産”として「FRUiTS」を求めるインバウンド客
中武氏によると、インバウンド客が今最も求める日本のファッション誌は、「フルーツ(FRUiTS)」だという。フルーツは1997年創刊の日本を代表するストリートスナップ誌で、創刊者でフォトグラファーの青木正一が独自の切り口で原宿の個性的な若者ファッションを撮影した写真は世界的な評価を受けている。
購入の目的は、ファッション資料としてだけではなく、“東京土産”としての需要が高いという。「海外の方にとって『フルーツ』は日本の“カワイイカルチャー”の象徴のようになっているようで、ファッションの資料というより、東京土産のような感覚で探されているように思えます。うちにはもうほとんど在庫がないので、目当てに来店されたお客さんには申し訳ないのですが」(中武氏)。
デジタルでは伝わらない「時代感」
最近はSNSで日本のファッション誌の画像がアップロードされていることも少なくない。だが、それでもリアルな雑誌を求める人が多いのはなぜか。この問いに中武氏はこう答えた。
「古い雑誌でしか体験できない時代感は、必ずあると思います。例えばインターネットで『渋カジ』と検索すると、その頃の写真などはある程度は見つかります。ですが、『渋カジ』が流行った当時のファッション誌を開くと、ファッションの写真だけではなく、その時代ならではの飲食店の紹介ページや、当時発売されていた様々な商品の広告も見られるので、面白さや理解の深さが全然違ってくると思います」
「マグニフ」で販売している多くの雑誌はパッケージに封をせず、店頭で手にとってページをめくれるようにしているが、それも雑誌を通して時代を感じた上で、購入してもらいたいという中武氏の思いがあるからだという。
「パッケージに封をするお店の気持ちも当然わかりますし、どちらが正しい、間違っているという話ではありませんが、うちは表紙に誰が載っているとか、グラビアが何ページあるとかそういった価値観では勝負していないので、ページをめくって自分に合うかどうか確認してもらえると嬉しいです」
「古本屋」だからこそ売れる本
中武氏によると、一般的な古書店は組合が開催するセリなどで仕入れているそうだ。だが、「マグニフ」は組合には入っていないため、店を始めた頃は、閉店する古書店のセールで買ったり、インターネットオークションでセットで売っているものを落札するなどして集めていたという。なかなか数が揃わず、しばらくの間お店の棚には空きが目立っていた時期もあったが、雑誌で取り上げられるようになってからは顧客からの買い取りで仕入れられるようになった。個人客だけではなく、デザイン事務所が引っ越しするタイミングなどで大量に買い取りをすることもあるという。
「売れるものを集めるというより、『マグニフ』だから売れるものを集める、ということを心がけています。例えば、Amazonで1円で売られているファッション誌もあるのですが、その価格の理由は市場に出回っている数が多いからです。内容が劣っているから安いという訳ではありません」(中武氏)
Image by: Koji Yamada
「マグニフ」には『1980年代』や『トラッド』など、年代やスタイルで提案しているコーナーがあるが、パズルのピースのようにそのコーナーにマッチする本であれば、市場での価値とは関係なくすぐに売れていく。「そういった提案ができるのは、古本屋ならではだと思います」と中武氏は語る。
「マグニフ」がオープンした頃は「ファッション誌だけでやっていけるのか?」「すぐ潰れるだろう」などという声を聞いたことがあったそうだ。だが、最近は耳にしなくなった、と話す中武氏が印象的だった。
良質な「資源」が埋もれている日本
アニメや音楽など例は枚挙にいとまがないが、日本は自国のカルチャーのクオリティの高さや多様性について無自覚で、海外から支持を受けることでその魅力を認識することが多い。今回取り上げたファッション誌も同様である。
ファッションに関しては、他にも日本国内に良質な「資源」がたくさん埋もれているはずである。地の利を活かしてその「資源」の良さにいち早く気付くことができれば、日本から海外に新たなカルチャーが発信できるのではないだろうか。
1980年生まれ。兵庫県神戸市出身。関西学院大学社会学部在学中にファッションデザイナーを志し、大学卒業後にエスモードジャポン大阪校に入学。のちに、エスモードパリに留学。帰国後はファッションデザインコンサルティング会社、ファッション系ITベンチャーを経て、現在フリーランスとして活動中。
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