FASHIONSNAPの新春恒例企画、経営展望を聞く「トップに聞く 2024」。本格的なアフターコロナを迎えた一方で、物価上昇や値上げラッシュが続き、以前にも増して企業の変革が求められている。本企画では、これまで以上に速いスピードで変化する社会の中で各企業が取り組んでいるイノベーション像を深掘りしていく。
第5回は、ロクシタンジャポン 木島潤子社長。成長を続けたコロナ禍が過ぎ売上にブレーキがかかった2023年は、当たり前を打破する、序章の年と位置付け改革を続けてきた。ハンドクリームのイメージが先行する、ロクシタンの本質とはーー。社長業も“シェアリング”するという木島社長に、2026年にブランド誕生50周年を迎えるロクシタンの本質、「ロクシタンらしいラグジュアリー」について聞いた。
■木島潤子(ロクシタンジャポン代表取締役社長)
1977年東京都生まれ。2000年慶應義塾大学経済学部卒業後、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)マーケティング本部入社。複数の幅広いカテゴリーにおいてブランドマネージャーを歴任。2013年ロクシタンジャポン入社。オーガニックコスメブランド「メルヴィータ」のマーケティングマネージャー、事業部長を経て、 2020年に「ロクシタン」のマーケティング本部長に就任。2022年2月から現職。
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ーまずは2023年を振り返って、どんな年だったでしょうか?
ロクシタンはコロナ禍で大きな影響は受けずに逆に大きく成長していたのですが、昨年は打撃を受けていた他社が回復していく中で、ロクシタンとして2023年は前年に比べ減収となり、明るい状況ではなかったと思います。ただコロナ禍が好調だったことで、コロナ前と比べるとしっかり伸ばしているという状況です。またコロナ禍からアフターコロナに向かって、当たり前としてやってきたことから脱却する良いタイミング、序章の1年でもありました。
ー“脱却”は市場全体、消費者マインドにも言えますね。
お客さま、消費者の、コスメに関わらずモノ選びの基準や価値観が大きく変化したというのは実感しています。コロナだけでなく、物価上昇や円安、戦争など…さまざまな不安定な状況が影響しているとは思うのですが、それにより本当に必要なものを吟味し、深くこだわって買い物をするといった傾向が強くなったのではないでしょうか。
ー買い方の変化がロクシタンに影響した?
おうち時間の断捨離や、ECでの買い物が主流となっていく中で、たくさんの時間を使って下調べをすることで、より取捨選択してお買い物をする傾向になった。逆にウィンドウショッピングをしながらたまたま立ち寄った、待ち合わせのついでにふらりと入って新しいモノを見つけた、といった予定にないお買い物をすることが減っていった…。ロクシタンはどちらかというと、ふらりと、といった購入も多いブランドで、こういったお買い物の変化が逆風になったと思います。
ー確かに、目的なくショッピングを楽しむ時代は終わったように感じます。
ただその取捨選択、厳選することはロクシタンにとって、とてもポジティブでもあるのです。コロナを経て、消費者のモノの見極めは、ブランドが発信する商品に対するこだわりや、商品やブランドが持つストーリーをしっかりと理解して購入するということにもつながっています。これはわれわれロクシタンが1976年の創設から当たり前としてきたサステナビリティ活動などにもフォーカスされることになると思うのです。これまで、ロクシタンの伝統や革新について伝えきれていないところが多く、今まさにチャンスであり、きっかけになり得ると思っています。
ー2023年の夏に「再生」をテーマに開催した体験型イベントは、まさにロクシタンの真髄を知ることにつながったのではないでしょうか。
そう思います。体験型イベントは渋谷を皮切りに、大阪と軽井沢で開催しましたが、新商品をアピールするいわゆるイベントとは一線を画し、ロクシタンが、創設から豊かな自然を守ることを使命に掲げ、植物の恵みを大切にしたモノ作りを行うブランドであるということを発信しました。来場された人たちからは、「ただ可愛いハンドクリームのブランドじゃなかったんだね」「自然に基づくブランドだったんだ」と、本来のロクシタンを知っていただけたと思います。
ーそういったブランドの真髄の理解のために、商品における発信でも大きく変更したとお聞きしました。
ロクシタンはグローバルの経営戦略として明確に「Profit(プロフィット、利益)だけではなく、Planet(プラネット、地球)とPeople(ピープル、人)に軸足を真剣に置く」(以下、PPP)と明記しています。この考え方もイノベーションだと思うのです。
そのためまず、「ハンドクリームだけじゃない」ロクシタンのモノ作り、ブランドの本質を理解してもらうために必要なステップとして、本格的にスキンケアに対してメディア投資を行いました。メディア広告はこれまで新製品に注力していましたが、昨年はベストセラーを中心に投資し、ロクシタンに品質も評価も高いスキンケアがあることを発信しました。さらにこれまでプロモーションと呼ぶ新発売のタイミングが一昨年までは年16回あったのですが、2023年(今期)は14回に減らしました。来期は12回にする予定です。
ープロモーションを減らすとそれだけ機会ロスが生まれることにもなりかねません。大きな決断ではないでしょうか?
PPPの観点から、お客さまの価値観は先ほど言ったようにモノの価値を理解して購入するようになったことにフィットしていると思いますし、またプロモーションで消費する資材の削減にもつながっています。また社員にとってプロモーションが減ることは、物理的に準備への負担が違ってきますよね。「More with less」(少ないリソースでより多くの成果を)。時代の価値観に合った戦略だと思います。ただおっしゃる通り、16回で売上を作っていたものを14回、12回となることで、同じやり方では売上減になってしまうことは予想されます。戦略を変えていかなければならず、ビジネスモデルのイノベーションを進めているところです。
ーイノベーションという意味では、2023年は医薬部外品の育毛美容液が発売されるなど、商品イノベーションもありました。
薄毛・抜け毛防止と発毛促進をサポートする、初の薬用育毛美容液「薬用 メディカル アンチヘアロスセラム」は、商品的な1番のイノベーションでした。「ロクシタンが!?」という驚きもあったと思いますが、効果のエビデンスがありながら、99%植物由来の処方であること。また育毛剤でありながらバスルームに置いても様になる美しい見た目、さらには心地よい香りにもこだわっています。ロクシタンが目指す美容は、見た目だけではなく、日本でも注目が集まるウェルビーイングのステップとして“老い”をポジティブに捉えていくことで、その価値観が叶っている商品ではないでしょうか。おかげさまで大変好調に推移しており、本当に申し訳ないことに入荷しても即売り切れという状態が続いています。
ーそのほか、2023年に好調だった商品を教えてください。
先ほど戦略的に投資したスキンケアも伸長し、2桁成長となっています。商品では、グローバルで5年連続売上No.1の「イモーテル オーバーナイトリセットセラム」にフォーカスし、けん引しています。これをきっかけに、化粧水や泡洗顔の購入にもつながっており、相乗効果が生まれていますね。
ー軸足を置く、もうひとつのP、ピープルでもイノベーションが行われたのでしょうか?
冒頭からお伝えしている、コロナ禍を経た社会の変化は、実は働く人材にも影響を及ぼしていると思います。ワークライフバランスが重視され、小売でキャリアを積んできたから、転職しても小売で働きたいという人は減ってきています。DX(デジタルトランスフォーメーション)が進む中で、店頭でのリアルな接客からデジタル上での接客まで、ビューティアドバイザー(BA)の役割も変化し、BAからSEへの転職もある時代です。こういった時代に、どういった人財が必要で、またどういった環境が働きやすいのか、小売で働きたいと魅力を感じてもらえるのか、大きくメスを入れる必要がありました。
ー確かに、コロナ禍で在宅を含め多様な働き方ができるようになり、本当はどう働きたいのか、どうなりたいのかを見つめ直す人も増えましたね。
人財については、私、福島(麻名美 常務執行役員 営業本部長)からお伝えさせていただきますね。ロクシタンは店舗・本社社員含め、現在約800人の人財を擁しているのですが、約1年半前から全員と面談すべくひとりずつ進めており、現在250人超と面談しました。
ーひとりずつ全員ですか?途中で入社・退社の方もいらっしゃると思うので、そう思うと大変な作業かと…。
そうですね、大変です(笑)。ただ面談を進めていくうちに、1年目から2年目で変化が生まれていますね。1年目は「こうしてほしい、ああしてほしい」と言った要望に対し、ひとつずつ“解決”への道筋をつけていったことで、2年目で「楽しく働いています」という声が増えていきました。さらに言うと、会社に対して何かを求めるのではなく、冒頭に木島が述べたように、ワークライフバランスに対して会社として何か協力してもらえることはないだろうか?といった悩みに変化していると感じています。
ー1年目のダイレクトな会社への要望に対し、何か奏功し「楽しい」と感じるようになったのでしょうか?
組織の変更が大きいと思います。BA→店長→エリアマネージャーというのが一般的な伝達ラインだと思うのですが、ロクシタンではこれらに加えて、3人体制の「BAサポートチーム」を作りました。BAの人たちが、自分のキャリア設計に悩んだときに、個人的な悩みも含め誰に相談したら良いのか…。例えば「結婚して住む場所が変わり、その地域の店舗に転勤したいが、エリアが変わるためエリアマネージャーには言いにくい」、あるいは「将来的には本社に異動したい」「将来はこんな仕事をしてみたい」など、直属の上司が望むこととは違った先を見据えた時に、日常的に相談できる相手がいれば心強いのでは、と。
そういった“悩み”相談に加え、BAが有休を取る際に、サポートチームが店舗に助っ人で入ることで長めのお休みが取れるようにサポートし、またその間に店長ともコミュニケーションを取ることで、問題点を洗い出し解決していく。このBAサポートにより、離職率も下がってきており成果が出てきています。
ー離職率はどれぐらいでしょうか?
コロナ後に“売り手市場”になったことで離職率も10%近くにまで上がっていたのですが、昨年からのこういった取り組みが奏功し現在は7%ぐらいまでに下がっています。一般的には15%前後と言われているので、良い水準なのではないでしょうか。
ーでは木島社長にお聞きしますが、コロナを経て、求められる人財も変わってきていると思いますが、ロクシタンが求める人財とは?
フレキシビリティのある人財だと思います。本当に何が起こるか分からない時代です。あとはよく言われる言葉ではありますが、多様性ですよね。お客さまも一人ひとり違いますし、メディアの触れ方も年齢や性別で区切れず、いわゆるデモグラは昔とは変わってきていますよね。店舗でもオフィスでも同じで、固定観念に捉われない感覚が必要だと思います。
ーPPPのもうひとつ「プラネット」。地球環境に対するサステナビリティは創設から変わらない姿勢だと思いますが、さらに進化したことは?
まずロクシタングループとしてBコープ認証を取得したことです。何か新しいことを始めたわけではなく、これまでやってきていることを書類にして提出し、5つの評価項目のうち、従業員と環境、コミュニティで高い評価を得ることができました。ただ取得したから、それで良いではなく、常に進化していくことが大事です。そのため12月1日付で、サステナ推進室長を専任で任命し、より向上したサステナビリティ活動を推進していきます。
ー2016年からグローバルで推進する、毎年社員が参加するチャリティー競争「Move for People」は、楽しみながらサステナビリティ活動ができる面白い取り組みだと思いました。
ロクシタングループの各国がチームを組んで参加するレースなのですが。それは期間中に歩いたり、走ったり、自転車で走行したりした分を記録し、そのポイントに応じて、会社が視覚障がい者をサポートする、CSR活動に関連する団体に寄付するというものです。これはどんどん進化していて、筋トレをする、ヨガをするといったスポーツでもポイント換算できるようになり、より参加へのハードルが低くなったと思います。楽しみながら社会に貢献する、そういった土壌がグループ全体で培われていると思います。
そのほか継続で東日本大震災で被災した釜石市、大雨の影響で被災した熊本市などへの支援も行っています。そして2023年に全国的に活動を広げたのは、清掃活動「クリーンウォーク」。地方の店舗は参加することで店頭にスタッフがいなくなるなどハードルが高く、参加する人が少ない状況でした。そこで昨年は初の試みとして、本社社員が九州の店舗がある県に出向き、中継で各所をつなぎながら実施。社員のモチベーション向上につながったと思います。
ー序章となる2023年が終わり、2024年はアクセルを踏むことになるのでしょうか。戦略を教えてください。
課題としては、ブランドに対するイメージを変えていかなければということです。正直に言いますと、若年層への認知はまだまだ低く、またハンドクリームが人気のブランドといったイメージが根強いのも事実です。
ただロクシタンとして、ブランドの本質を伝え、新たなブランドイメージを確立したいと考えた時、ブランドを知らないということは、ある種のチャンスでもあると感じています。渋谷などで行った「再生」をテーマにしたイベントなどから認知していただくことで、新しいブランドイメージをつけることが可能だと思います。
ーそのために行うことは?
2026年、ロクシタンはブランド誕生50周年を迎えます。それを機に、グローバル全体として、イメージの刷新を戦略として考えています。旗艦商品の刷新や店舗デザインのアップグレード等を含めたプロジェクトが進行中です。可愛いイメージのロクシタンから、ロクシタンの本質が見えるブランドへと進化していきます。
方向性としては、「ロクシタンらしいラグジュアリー」へ。ロクシタンの発祥地、南仏・プロヴァンスは避暑地でゆっくりバカンスに訪れるエリアでもあるのですが、そこで過ごす、華美ではないぜいたく、例えばゆったりと流れる時間だったり、光の輝きや風の匂いだったり。生きていること、健康でいることを実感し、そこを尊ぶような、それこそがラグジュアリーであり、そういったラグジュアリーを提案していきたい。日本ではその第1弾、皮切りとして、4月に渋谷のスクランブル交差点付近に位置する旗艦店をカフェも含めてリニューアルします。またBコープを取得したブランドが発信する効果効能が期待できる商品を持つビューティブランドであるという側面も継続的に発信していく予定です。
ーその意味では、ブランドを代表する商品「シア ハンドクリーム」が1月31日パッケージをアップグレードしリニューアルしました。片手で開閉できる仕様は画期的ですね。
パッケージに特徴があった人気商品の刷新は大きなチャレンジだと思います。ただ振り返ってみると、蓋と本体が分離されている仕様では、「蓋がなくなってしまう」といった声も届いていました。一体型は簡単で便利、そしてインクルーシブでユニバーサルなデザイン、さらにリサイクル率100%と、まさにロクシタンらしい新しいラグジュアリーなのではないかと考えます。
ーそのほか、メディア投資などはいかがでしょうか?
今回のインタビュー中、ずっと語っていますが、もっとブランドの本質を伝え、新しい価値観を知っていただくお客さまを増やすことが課題です。成熟している社会の中で、成長が高止まりしつつあるロクシタンであると認識はしていますが、今のイメージから脱却し、新しい顧客を獲得していきたい。そのために、マーケティング等には、過去最高の投資を行う予定で、トップラインの売上を伸ばす。成長トレンドを戻していきたいと思います。
ーグローバルCEOが交代しましたが、新CEOの日本市場への期待は?
新CEOの(ローラン・)マルトーは、マネージングディレクターとしてグローバルのビジネスを統率してきました。彼はロクシタングループとして攻めの姿勢で拡大していきたいと考えている人物です。その中で、日本の市場についても、成熟しているから利益だけしっかり取ってください、という考え方ではなく、もっと成長できるポテンシャルがある市場と捉えてくれています。われわれにとってマルトーからの期待は、モチベーションの向上につながります。
ー最後に、ロクシタンジャポンとして、どんな攻めの姿勢を取りますか?
昨年、社内テーマとして「当たり前を打破して行動しよう!」と発信しましたが、その行動を継続します。営業本部長の福島を紹介しましたが、実は社長業を福島とワークシェアリングしていると言っても過言ではありません。私にはまだ小学校に上がったばかりの子どもがいることから、出張や夜の会食、会合に出席することがままならなず、本来、社長の私が出席すべきであろう集まりには、福島が代理を務めてくれています。「出席すべき」という当たり前と考えていることの、発想を打破する。これこそもイノベーションではないでしょうか。
そしてこれまでそういった社長が出席すべき会合に、社長ではない福島が参加し、さらには男性が中心の中で女性1人であるという状況にも直面することも多いようで、参加する他社の社長さま方から、社長の“ワークシェアリング”に、大変興味を持ってくれているようです。その証拠に福島の講演依頼も増えている状態で、当たり前からの脱却の波及効果がここにも及んでいます。人事的な側面だけでなく、商品、店舗、そしてマーケティング観点でも、当たり前を打破し、新たな成長軌道を描きたいと思います。
(聞き手:福崎明子)
◾️ロクシタン:公式サイト
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