木田隆子 photo: Hironori Tsukue
新型コロナウィルス問題によって、ファッションを取り巻く環境が変化することは間違いありません。「キボウの消費」と題した本稿では、環境がどう変化していくかについて、さまざまな分野の人に聞いていきます。今回は、『エル・デコ(ELLE DECOR)』ブランドディレクターを務める木田隆子さんにご登場いただきました。(取材・文:ifs未来研究所所長 川島蓉子)
木田さんは、世界25ヶ国で展開しているデザインとインテリアのグローバルマガジン『エル・デコ』の日本版を代表する存在として、建築からプロダクト、グラフィックなど、デザインを取り巻くトップクリエイターをはじめ、世界各地の工場や職人、企業の中のデザイン部門の人といった、幅も奥行きもあるネットワークを携えている方。丁寧な取材にもとづいた原稿をはじめ、レクチャー、対談のファシリテーション、メディアへの出演など、多面的な活躍をされています。
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ご縁を得て十年近くになりますが、お話の視点は表層的な現象にとどまらず、根っこにある社会の流れに触れるものばかり。超多忙なのに、ゆったり品のあるお話ぶりを仰ぎ見てきました。そんな木田さんに、これからのこと、デザインを取り巻くことなどを聞いてみました。
コロナ禍で、ミラノサローネをはじめ、世界各国で行われてきた発表の場が、ここ一年ほど滞っています。「一種閉塞的な状況にある日本のデザイナーの動向は」とうかがったところ、「いわばミラノサローネ型とも言えるデザイナーのあり方が変容してくる中、新しい領域を切り拓こうとする日本人のデザイナーが出てきています」と木田さん。戦後のプロダクトデザイナーの目ざした方向のひとつは、大量破壊の後、新しい生活にふさわしい価値あるものを、技術革新と大量生産によって適正価格にし、多くの人に行き渡らせていくことにあったといいます。「良質なデザインの普及活動的な側面があったのです」(木田さん)。それが量産にこだわらず、どちらかというと一点ものに近い感覚で創造していくデザイナーが日本の若手からも現れてきていて、海外でも評価をされ始めている。コロナ前からの活動を推し進めているという頼もしい一言。
言われてみると、取材したことがある「タクトプロジェクト」や「we+」といった日本のデザインチームが、欧米で評価を得て、ギャラリーなどで作品を発表したり、海外のメディアで取り上げられたりしています。彼らの作品は、光によって成長するオブジェや、自然の水流を使って造形した照明といったもの。いわば一点ものに近いアートに近い領域で勝負しているのです。「新しい領域を切り拓こうとしているのが楽しみ」という木田さんのお話は、この文脈にあると腑に落ちました。
とともに、ファッションの領域でも、大量生産大量消費という概念が行き詰まっていることを、デザイナーはとっくに気づいていると思いました。SNSで発信して限定数量だけ生産するブランドや、半年ワンサイクルというファッションの枠組みとは異なるクリエイションのありようを模索しているブランドが出てきています。
いずれもデザイナーが、時代の大きな潮流を肌身で感じとって、表現していっていること。彼らは、コロナ以前から挑んできた表現を止めることなく前に進めています。アートやデザインといったクリエイティブな表現活動は、時代を切り拓いていくエネルギーなのだと思い及びました。
一方、いわゆるデザインマネジメントにまつわるおもしろいエピソードも。ある産地を活性化するプロジェクトで、海外からデザイナーを招聘し、現地のメーカーと一緒にモノ作りする過程を、木田さんが取材した時のこと。まとめ役を担った日本人デザイナーの進め方がユニークだったというのです。
こういうプロジェクトでありがちなのが、複数のメーカーが参加していて、意見がまとまらずに硬直してしまい、まとめ役の仕切りで動いていく。メーカーは自分ごとになっていないので、成果が出ないというパターンです。そのプロジェクトもそういう状況に陥っても不思議ではなかったそうですが、まとめ役のデザイナーが「座って話し合うのではなく、立って、腕組みをしないで、携帯を見たり持ったりせずに、話し合ってみましょう」と声をかけ、急に風向きが変わったというのです。シンプルな行為ですが、立つことが少しの能動性を、腕を組まないことが参加意識を後押ししてくれる。前に向かう話になったのもわかります。
とともに、デザインマネジメントの本質的な意味がここにあると思ったのです。デザインとは、発想をカタチ化すること。それをマネジメントするのは、発想が湧く状況を作り、どうカタチ化させるかを後押しするところにある。
このエピソードで日本人デザイナーが果たした役割と同等のことが、アパレル企業のデザインマネジメントが行われていったらいいなと感じたのです。木田さんのシャープな視点に力を得ました。
3月5日発売の『これからの家具選び』では、コロナ禍による生活の変化から一年ほどたち、新しい生活を実感する時期に、モノ選びの新基準という特集を組んでいるそう。コロナを経験して、家にいることが多く、生活の質に目が向くようになってきています。着飾って出かけて行くパーティーがほとんどなくなり、家族もいる環境で、家で仕事をし、近所の公園を散歩する日々。家のなかにはどんな空気が流れていてほしいのか。家具選びの新しい考え方もシェアしています。また、深澤直人さんとジャスパー・モリソンさんへの緊急インタビューも必読。15年前にアクシスで行なった展覧会『スーパーノーマル』における、フツーの美しさを見出す考え方がパンデミックの後、どう変化したのかを改めて聞いています。暮らしが変わって行く中で、まずは自分の日常の磨き方が問題になってきているとも言えます。トレンドも大事だけど、まずは自分の美意識きちんと育てていますか——そんなことも合わせて読んでいただけたら嬉しいです。
コロナ禍で、木田さんは近所を散策する時間を大事にしているとのこと。インスタグラムの写真が美しくて心動くと感じていたので、撮る視点を聞いてみたところ、昔から撮影好きというお話に納得でした。「世の中は美しいものがたくさんあって、撮るべき瞬間が必ずあるんです」(木田さん)。合理効率化だけで人の心は動かない、新しい発見や思いがけない出逢いに心が動くものと思い及びました。
ファッションを含めたデザインは、美しさを表現するものであり、人の心を動かす力がある——業界の片隅に身を置く一人として、密かに誇らしい気分になりました。
取材・文:川島蓉子
1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科修了。伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト。
日経ビジネスオンラインや読売新聞で連載を持つ。
著書に『TSUTAYAの謎』『社長、そのデザインでは売れません!』(日経BP社)、『ビームス戦略』(PHP研究所)、『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)、『すいません、ほぼ日の経営。』などがある。1年365日、毎朝、午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続けている。
お話を聞いた人:木田隆子
『エル・デコ』 ブランド・ディレクター
編集者・ジャーナリストの立場から長年にわたりライフスタイルやインテリア、デザインの分野にかかわる。『フィガロ ジャポン』副編集長、『ペン』編集長(いずれも発行:CCCメディアハウス、旧阪急コミュニケーションズ)を経て、2005年12月から『エル・デコ』日本版(発行:ハースト婦人画報社)の編集長に就任。2014年7月より現職(BRAND DIRECTOR)、現在に至る。
Twitter: ryuko_kida
Instagram: ryuko.kida
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