新型コロナウイルス問題によって、ファッションを取り巻く環境が変化することは間違いありません。「キボウの消費」と題した本稿では、環境がどう変化していくかについて、さまざまな分野の人に聞いていきます。
今回は、ソニー(株)のクリエイティブセンター、センター長であり、この4月に設立されたソニーデザインコンサルティング(株)の社長でもある長谷川豊さんにご登場いただきました。(取材・文:ifs未来研究所所長 川島蓉子)
ソニーと言えば、世界に向けて新しいこと、おもしろいことを発信している企業のひとつ――あれは3、4年前のことでしょうか。ソニーが少し元気ないのではと勝手に心配していたのです。ところがミラノサローネで長谷川さんとお会いして、クリエイティブセンターの数々の活動を知り、やっぱり頼もしいと感じました。とともに、これからデザインの果たす役割がもっと大きくなっていくと、確信のようなものを抱いたのです。
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そんな長谷川さんに、先行きが見えづらい今にあって、デザイナーの果たす役割や、デザインに求められていることなど、もろもろのお話をうかがいました。
訪ねたのは、田町駅から徒歩3分くらいの「クリエイティブセンター サテライトオフィス」。ソニーのクリエイティブセンターは品川の本社ビルにもあるのですが、サテライトはソニーデザインコンサルティング(株)を軸とした社外とのコラボレーションや社内のプロジェクトなど、様々な活動をフレキシブルに行っていく場。広々とした空間にモダンなデスクや椅子が配されているのですが、この手の空間にありがちな無機的な緊張感がないのが良いところ。それはなぜなのか――窓から差し込む光の加減や、適度に雑然としたものの配置が助けているのでしょうが、長谷川さんをはじめとするスタッフの方々のオープンでフラットなキャラクターも大きいと感じさせられました。
何より聞きたかったのは、コロナ禍によって何が変わったのか――長谷川さんがどうとらえているかに興味津々だったのです。返ってきたのは、あらゆる意味での環境とのかかわりが"自分事"になってきて、課題解決に向かわざるを得なくなったということ。それも、コロナによって起きたというより、世界レベルで多くの人が薄々気づいていたことが、他人事でなく差し迫った課題になってきた。半強制的に進めざるを得なくなったというのです。
では、環境との向き合い方とは、どういうことなのでしょうか――大きくは、①素材の意味、②メッセージ性の2つという答えが返ってきました。
まずは素材について。環境に配慮した素材というと、生分解性プラスチックなど自然に返るもの、ペットボトルなど再生するものといったところに脚光があたりがちですが、長谷川さんが注目しているのは"使い込むとアップグレードしていくような素材のあり方"。これはおもしろそうです。
「たとえば使い込んだ革の財布に艶が出て愛着が湧くように、使っていくとより良くなっていく。そういう素材のあり方をデザインできないかと考えているのです」(長谷川さん)。確かにそれは価値のひとつになるかも。ジーンズのアタリのように、使い込んだプロセスが残っていくことで、ものの味わいが増してくるし、持ち主の記憶や思い出につながっていく。だから愛着が湧いて使い続ける。それを、ソニーが手がける工業製品で実現してくれたら嬉しいと思ったのです。
大量生産品を否定する声があちこちで聞かれますが、だからと言って、クラフツマンシップによる工芸品や少量生産品の方が優れているという見方も偏っていると感じます。さまざまな価値軸が共存する中で、多様なものが生まれてくるのが本来の豊かさだと思うから。「プロダクトの味わいも含め、マテリアル=素材そのものを改めて見直し、可能性を探っていきたい」という長谷川さんの言葉にワクワクしてきました。
では、もうひとつの関心事であるメッセージ性とは何を指すのでしょうか。クリエイティブセンターでは、ものだけではなくコミュニケーションもデザインととらえ、さまざまな角度から実験的な試みを重ねています。「企業姿勢も含めて、表層的なメッセージが見抜かれてしまう時代。本質的なことをどう伝えていくかが大事ではないでしょうか」という言葉に心が動きました。
地球環境にしても、企業の透明性にしても、ダイバーシティにしても、時代の趨勢だからと表面的に取り入れているところは、破綻のない言葉で説明されてはいるものの、頭で理解する浅いイメージに過ぎない。一方、本気でやろうとしているところは、言葉は多少不器用でも心に響いて深いイメージを残す――そんな風に感じてきたからです。
だからこそメッセージはまず、事実=ファクトとして、その企業が実際に考えていること、実践していることが大事。でもそれを、明快なメッセージとして伝えていくことも同じくらい大切なこと。「心の琴線に触れるようなコミュニケーションが求められているのでは」という長谷川さんの言葉が心に残りました。琴線に触れる感性こそは、デザインやファッションが担える大切な役割のひとつだから。ここにファッションの出番はあるのではと、ちょっと嬉しくなりました。
取材・文:川島蓉子
1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科修了。伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト。
日経ビジネスオンラインや読売新聞で連載を持つ。著書に『TSUTAYAの謎』『社長、そのデザインでは売れません!』(日経BP社)、『ビームス戦略』(PHP研究所)、『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)、『すいません、ほぼ日の経営。』などがある。
1年365日、毎朝、午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続けている。
お話を聞いた人:ソニー VP クリエイティブセンター センター長 長谷川 豊
1990年ソニー株式会社入社。幅広い商品カテゴリーやデザイン領域、海外デザインセンターの立ち上げ等を経て、2014年よりセンター長を務める。質の高いデザインを生み出し進化し続けるSony Design を牽引することに加え、経済産業省 特許庁が2017年度に立ち上げた「産業競争力とデザインを考える研究会」の研究員を務め、日本におけるデザイン経営の実践・推進活動を担っている。
また、ソニーグループ外のお客様に向けたサービスを拡充することを目的として、2020年4月1日にソニーデザインコンサルティング(株)を設立し、代表取締役社長を兼任。
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