梅雨の走りか、数日間ぐずついた天気が続いていた。「ケイスケヨシダ(KEISUKEYOSHIDA)」のショー開始の数時間まではバケツを引っくり返したような通り雨が降り続いていたが、ショー開演時刻前にはその雨はピタッと止み、足を運んだ会場で今回のケイスケヨシダのコレクションテーマが「it will be fine tomorrow(明日は晴れるよ)」であることを知った。てるてる坊主を彷彿とさせるモデルがファーストルックとしてランウェイを歩き、現実世界とショーの合間で様々なレイヤーが重なった状態で2022年秋冬コレクションが発表された。
今回発表された2022年秋冬コレクションを発表する前に、同ブランドは今シーズンのプレリュード(前奏曲)としてインスタレーションを表参道で開催。照明器具の配線が床に張り巡らされた真っ赤な空間で、2022年春夏コレクションの服を展示していた。代表作とも言えるリボンが張り巡らされたブラウスは破かれ、2着が結びついて一つの体をなしている状態で静置されており、アイコニックなトレンチコートは解体された後に、全く別のものとしてそこにあった。鮮烈な印象を残す空間と、真っ赤な照明器具も相まって、その様相はどこか人の心にある見てはならない深淵を覗いてしまったかのような気持ちになった。デザイナーの吉田圭佑はインスタレーションを「フィジカルショー形式で発表した2021年秋冬コレクション以降、閉塞感を持ち、ものづくりの思考が一瞬止まった。その閉塞感をそのままクリエイションとして表現したもの」と振り返る。そんな前奏曲の後に開催された今回のエピローグ(後奏曲)は、吉田が環境の変化を求めて今年1月から約一ヶ月間滞在したカナダ・バンクーバーでの時間が色濃く反映されていた。
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ショーの開始と同時にスモークが焚かれ、会場は霧や曇天などを彷彿とさせる空間へと変貌。霧の中からてるてる坊主を模したファーストルックが登場した。会場の環境も相まって、翌日の晴れを願うてるてる坊主は吉田がカナダ滞在中に参加したというオーロラ観測ツアーでの風景を思い起こさせる。
「氷点下30度を下回る孤立したロッジで、ゴールデンタイムと呼ばれている夜中の12時から朝4時までオーロラが出ることを待ち続ける時間は孤独だった。結局、95%の確率で観ることができると言われながらも滞在した5日間の間にどんよりとした空が開けることはなく、オーロラを観ることができなかった。でも、雲があって目視できないだけで、その奥には確かにオーロラが存在している。雲の奥に"それ"があるという事実は、当時の自分の気持ちにも重なり、そこからコレクションを作り始めた」(吉田圭佑)。
立ち込める霧の中ランウェイに現れたのは、15センチほどのヒールを履いた長身のモデルたちが身体から大きくはみ出るようなオーバーサイズダウンやアウターをまとっている姿。海外の人々は、邦人よりも身長が高く、その上で寒く雨の多いバンクーバーの街を歩く地元の人々は極端なほどアウターを着込み、着ぶくれをしていたのだろう。ランウェイを通して、吉田の目に写ったカナダでの暮らしを感じることができ、コレクションノートに書かれた「コレクションというものは、デザイナーが書いた半年間の日記に似ている」という一文が胸を打つ。その他にも海外で幅広く流通している炭酸水「ペリエ」や「サンペレグリノ」のペットボトルがクシャクシャに潰されているかのようなPVC素材のパンツ、オーバーサイズのカナディアンニットなど、吉田がカナダで過ごした時間が強く反映されており、代表作であるトレンチコートやリボンディテールも、海外のウォールアートや英字新聞を連想させるものに昇華されていた。
転調のようにクリエイションが大きく変わったのは、会場にショパンの「ノクターン 第2番変ホ長調作品9の2」が流れ始めてからだ。襟や裾に大きなドレープを持たせたアウターやシースルー素材のドレスなどは、広がったカーテンを思わせる。大方、広がったカーテンの先にあるのは外を眺めることができる窓だろう。カーテンを広げ、窓を開けるという人間の行動は、内に閉じ籠もっていた人間が外に出るという希望の表現としてもしばしば使われる。閉塞感を抱き、自身の新しさを模索するためにカナダへ渡った吉田にも、内から外へという心境の変化があったという。
「僕はファッションの"人が変われるところ"に魅力を感じていて、それはずっと本質にある。そう思っているはずなのに、環境を変えることで自分を変えようとしていた自分自身に腹がたった。その苛立ちや閉塞感なども含め、これまでのコレクションのように内向的に向き合ったものを経た上で、外に向けた"少しの広がり"をどうやって表現できるかを模索した」(吉田圭佑)。
今回会場となったのは打ちっぱなしのコンクリートがむき出しになった2階建ての元パチンコ屋。下見をした時はエスカレーターがあり、ショーでも使用するつもりだったがショー直前に再訪したところ撤去されていたという。「エスカレーターありきで丈の長いドレスを作っていたから絶望したが、スタッフのお陰でなんとか皆さんの前にお見せすることができた」と赤裸々に話す姿も、内向的でありながらも親しみやすい吉田らしいエピソードのように思う。
ファッションには常に新しさが求められるが、今回ケイスケヨシダが提示したのは普遍的な「新しさ」だ。ここでの普遍的というのは、生まれてからもう何万回と観ているはずなのに変わらぬ美しさがある月や空の様なものを指す。吉田は「これまでのコレクションは『以前のクリエイションとは別のものを作り上げること』に注力していたが、その一方で丁寧に今の自分を理解することをおざなりにしていた。『一歩ずつ進む』『明日を目指す』ような人間らしい前向きさを今シーズンでは表現できたらと思った」と今回のコレクションを振り返った。
ショー終盤に流れたローリング・ストーンズの楽曲「Ruby Tuesday」(ショーが行われたのは火曜日だった)のサビで歌われていた「When you change with every new day(だって日を重ねるごとに君は変わっていくんだぜ)」というフレーズこそが、今シーズンのケイスケヨシダをもっとも的確に表す言葉なのかもしれない。
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