小林祐と安倍悠治が2021年秋冬シーズンに設立した「イレニサ(IRENISA)」は、デビュー翌年の2022年に「TOKYO FASHION AWARD」を受賞し、2025年春夏シーズンからはウィメンズラインもスタートするなど、発表を重ねるたびに注目度を高めてきた。小林は「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」、安倍は「サポート サーフェス(support surface)」でパターン技術を中心に経験を重ねた服作りのプロフェッショナル。二人が培ったテクニックで仕立てるコートやボトムは、なめらかなシルエットと緻密なディテールワークが冴え渡る。自らを“服飾造形作家”と名乗る小林と安倍は、何からインスピレーションを得て、どのようにコレクションを制作しているのだろうか。二人の創作ストーリーを訊ねる。
イレ二サ
小林祐は大学卒業後、文化服装学院 部服装科に入学してパターン技術を学び、卒業後に「ヨウジヤマモト (Yohji Yamamoto)」に入社。同ブランドのウィメンズラインであるファム(Femme)でパタンナーとして経験を積む。安倍悠治は文化服装学院アパレルデザイン科在学中に「サポート サーフェス(support surface)」でインターンとして勤務し、その後同ブランドのパターン・企画・生産・デザインを担当する。2018年、デザイナーデュオとして東京を拠点にした「do-si LLC」を設立し、様々なブランドのパターン制作を担う。2021年秋冬シーズンから自社ブランド「イレニサ(IRENISA)」をスタート。
IRENISA 2025 年春夏コレクション
Image by: IRENISA
イレニサの中で息づく、ヨウジヤマモトとサポートサーフェスでの経験
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⎯⎯ファッションに関心を持ったのはいつですか?
安倍悠治(以下、安倍):僕は中学生の頃。通っていた中学校は普通の公立校でしたが、通学が私服だったんです。だから制服代の代わりに親から服を買うお小遣いをもらったりしていたので、よく原宿に買いに行っていましたね。それで色々なブランドを好きになっていきました。僕が中学生だったのは1990年代の終わりくらい。その時からシンプルな服が好きだったので永澤陽一さんが手掛けていた「ノーコンセプトバットグッドセンス(NO CONCEPT BUT GOOD SENSE)」を気に入っていた記憶があります。周りと違う服を着たいと思うようになったのも、中学生の頃でしたね。
小林祐(以下、小林):僕は大学までずっとサッカーをやっていたので、安倍とは逆に私服を着ることがほぼなかったです。ファッションに興味を持ったのは、大学に入ってから。当時は感覚的にカッコいいと思う服を着ていたので、特定の好きなブランドというのはなかったんですが、ヨウジヤマモトを知ってからは他のブランドと異なる感性に惹かれ、注目して見るようになりました。でも、大学生のころはファッションを仕事にしようとはまったく思っていなくて。教員になることも視野に保健体育の教員免許を取っていたんですよ。それに当時は何よりも、プロのサッカー選手として食べていきたい気持ちが強かったです。
⎯⎯そこからなぜファッションの世界へ?
小林:「服がどのように作られているのか」ということに興味が湧いたんです。そして“パターン”というものに出会い、ファッションの構造線を作ることに関心を持ち始めて、大学卒業後は文化服装学院の夜間コースに入学しました。最初からファッションに強い興味があったわけではなく、徐々に関心を持つようになっていったという感覚ですね。
⎯⎯小林さんがヨウジヤマモト、安倍さんがサポート サーフェスを卒業後の進路に選んだ理由は?
小林:服を作るためにはパターンが必要だということを大学で学んだことで、パターンの技術をもっと研究したい、学びたいという気持ちが強くなっていったんです。ヨウジヤマモトは大学時代から注目していましたし、時代を築いたデザイナーの下で服と向き合う経験は自分のキャリアにとって絶対にプラスになると思いました。
安倍:僕はデザイナーになりたいのかパタンナーになりたいのか、自分でもよくわらないまま、文化服装学院のアパレルデザイン科に進みましたが、学生時代は立体裁断を極めようというテーマを自分の中で掲げていたんです。だから学生の時から平面ではなく、立体での服作りを続けていました。就職先を調べていた当時はサポートサーフェスのことは全く知らなかったですが、友人からブランドの存在を教えてもらい、調べてみたら立体裁断で服を作っていることを知って。「ヴィオネ(VIONNET)」や「バレンシアガ(BALENCIAGA)」を好きだった僕は、「ここでなら自分のやりたい服作りを仕事にできるかもしれない」と思い、サーポートサーフェスの選考を受けることを決めました。
⎯⎯それぞれのブランドで働いた経験の中で、現在のイレニサの活動に活きていることがあれば教えてください。
小林:ヨウジヤマモトでパタンナーとして働き、体と布の間に“空間”を作る技術を身につけられたこと。同じテーラーでもイギリスなのかイタリアなのか、そういう小さなパターンの違いを理解し、表現できるようになったことはとてもいい経験でしたし、イレニサの服作りにも活きています。
安倍:僕の場合はデザインもそうですが、生地や工場の選定からどのように売るかを決めるところまで、服作りの流れを包括的に見られたことが大きかったですね。サポートサーフェスはチームの力を合わせてデザインするブランドです。スタートには研壁さん(サポートサーフェスデザイナー 研壁宣男)のイメージがもちろんありますが、基本的にはチームでデザインを作り上げていました。僕はパタンナーというポジションでしたが、工場とのコミュニケーションを担う生産管理や、展示会でのセールスのアシスタントの動きもさせてもらい、非常にいい経験になりました。
新たに始めるウィメンズウェア、造る上での面白さ
⎯⎯2025年春夏コレクションのテーマは、イタリアの美術家 ルーチョ・フォンタナ(Lucio Fontana)。彼の作品のどんなところに惹かれましたか?
安倍:フォンタナはキャンバスを切り裂く作品が一番有名ですが、彼は作品を通して、空間主義を訴えていると感じています。ナイフで穴を開けて切り裂いたキャンバスが、「人が空間にいること」を認識させる装置になっている。キャンバスはあくまで空間を作るものであり、穴の開いたキャンバスの向こう側に何かを存在させることで、人が空間の中にいることを認識させる役割を果たしていると考えているのですが、それはある意味、洋服も同じではないかと。ハンガーに掛かっている服と人が着た服は全く別のもので、人が服を着ることによって“空間”が生まれるという結果には、フォンタナの作品と通じるものがあるのではないかと共感しました。
小林:僕もフォンタナの空間主義に惹かれ、深く知れば知るほど心を動かされました。フォンタナは2次元と3次元の世界を描いていましたが、それは服作りも同じで、平面のパターンを服にすると3次元になります。感覚に近しいものを感じて興味を持ちました。
⎯⎯コレクションではフォンタナの芸術性をどのように表現したのでしょうか?
安倍:服作りには音楽や映画といった具体的なものから着想を得て製作する方法もありますが、僕たちはそこにはあまり興味がなくて。フォンタナは自分たちの造形に対するインスピレーションソースでしかなく、我々はシンプルに共感した思想そのものを服として形にしているイメージですね。それが、僕らが服飾造形作家を名乗る所以でもあります。
⎯⎯胸元にパンチングで穴を開けたフードコートは、ディテールとシルエットに意外性がありますね。
小林:イレニサでは、フードパーカを定番的な形として作り続けています。今までは丈が少し短めのブルゾンタイプでしたが、2025年春夏コレクションからウィメンズを始めるということで、軽めのコートを作りたいと考えました。イレニサにはウールのイメージが強いですが、カジュアルでスポーティなアイテムでも、ドレスの要素を組み合わせることでイレニサらしい見え方にできるのではないかと。物理的な軽さだけでなく、後ろ身頃にモッズコートのカッティングを加えることで軽さを出しています。
フードにもラペルのようなカッティングを施すなど、カジュアルにもドレスにも着られるディテールを散りばめました。肩まわりの構造線は女性が着ても男性が着ても、肩が大きく見えることがないように特殊なパターンを引いています。男女どちらが着ても、「それぞれの性別のためにデザインされた服」に見えることを目指して作った意欲作です。
⎯⎯ちなみに、このコートにはどういったところにフォンタナのエッセンスが?
安倍:フォンタナの作品にはドット柄で制作したブルーライトのシリーズがあります。穴から肌が見えるドットのディテールに、フォンタナの要素を取り入れました。今回コートに使ったナイロン素材はそれなりに重さがあるので、穴を開けることでガーメントとしての軽やかさを演出しました。
⎯⎯2025年春夏コレクションからウィメンズラインをスタート。女性の服作りの“面白さ”とは?
小林:「思い通りにならないこと」ですね。服作りのプロセスでは、メンズは自分たちがトワルを実際に着て確かめますが、ウィメンズはモデルにトワルを着てもらって進めます。メンズ服については我々が男性なので思い描いた通りの感触になることが多いですが、ウィメンズ服は我々の感覚とは違った反応が返ってくることが多く、この違いが非常に面白いですね。ウィメンズウェアは作り始めたばかりですが、これから世の中に出てどういうリアクションがあるのか、今から楽しみです。
安倍:メンズは自分を投影して作る部分が大きいのに対し、ウィメンズは「どうやったら美しく見せられるか」という視点で自由に作ることができるところが面白いなと思います。「崩したくないバランス」が多分にあるメンズと違い、ウィメンズウェアは、崩すことがデザインになるし“硬さ”がない。"造形的に美しいかどうか"という部分を純粋に追求できる面白さがウィメンズにはあります。
IRENISA 2025 年春夏コレクションより
Image by: IRENISA
「イレニサ」の2人にとって“モード”とは何か
⎯⎯コレクション制作の役割分担は?
安倍:明確には決まっていないですね。デザインは2人がそれぞれアイデアを出して、チームで検証しながら進めていく形式が多いです。僕と小林のほかにもう一人パターンアシスタントがいるんですが、基本的にデザインとパターンメイキングに関しては全員一緒に進めるやり方を採用しています。
⎯⎯なるほど。ではイレニサの服作りはアイデア出しからスタートするんですね。
安倍:いえ、生地をオリジナルで作っていることもあり、時間的な制約があるコレクション製作では、生地作りから手をつけないと間に合いません。次の2025年秋冬コレクションで言えば、実際の造形作りにはまだ手をつけていませんが、生地の開発は7割ほどまで進んでいます(2024年10月時点)。生地作りからスタートさせることで、そのシーズンの面白さや新しさを感覚的に作ることができるんです。
⎯⎯生地の色や質感を決める時は何かルールがあるのでしょうか?それとも感覚的に進めるのでしょうか?
安倍:後者です。自分たちの中で「コンセプトのために物を作らない」という共通認識があるので。コンセプトを決めればもちろん楽ですが、それが現代的であるかと言われると疑問ですよね。基本的には生地は僕がメインとなって生地を触りながら、生地屋さんとコミュニケーションを取り、小林に共有して最終決定します。
⎯⎯作りたい服とトレンドの間にギャップを感じることは?
小林:ギャップを感じて「なんとなく嫌だな」と思うことはありますが、そこに迎合するつもりはありません。時代が変わればフォルムも変わっていくので、その部分は多少意識して服作りをしていますが、自分たちの個性を形にすれば大きく逸脱したものにはならないと思うので、そこに縛られることはないですね。
ただ、我々は世の中と大きく違う服、アヴァンギャルドな服を作りたい訳ではありません。着る人が、シンプルにカッコいいと思ってくれる服が1番です。
安倍:理想とトレンドの間にギャップを感じることはありますよね。でも、僕は自分が作りたい服を作るわけですし、逆にトレンドと一緒だったときの方が焦ると思います。天邪鬼な部分があるので、流行の服と同じだと感じた時は逆に手を止めてしまうかもしれません(笑)。
⎯⎯イレニサのブランドサイトには「モードの基本を熟知した立体的なデザイン」という記載があります。お二人が考えるモードの基本とは?
小林:モードの定義は人によって違うと思いますが、僕が思うモードは「人生を彩ること」です。モードと位置付けられている服は、着た人の姿を周りの人たちが見た時に、その人の人間性を想像させますし、その人自身を華やかに魅せてくれます。だから、「人生を彩ること」がモードの定義だと僕は考えているんです。イレニサは“CHIC WITH SARCASM(皮肉のあるエレガンス)”をブランドコンセプトにしているので、年齢問わずブランドの服を着た人が、第三者からも上品な佇まいに見えていたらいいですね。人間の持つ色気を解き放つことができたら嬉しいなと思いながら服を作っています。
安倍:「現代的であること」は、一つ絶対的な定義だと思うんですよね。「現代的であること」というのは、「着飾る意識」と言い換えられる。“着飾るために作られた服”がモードの基本だと考えています。
⎯⎯最後に、これからイレニサで実現したいヴィジョンを教えてください。
小林:まだ現実的ではないですが、実店舗を開くことはやってみたいことの一つです。全てのコレクションを見ることができ、ブランドの世界観をしっかりと打ち出すことができるのはやはり実店舗だと思うので、いつかは実現させたいですね。パターンを中心とする服作りのやり方は変えずに、自分が今まで磨き上げてきた技術を更に高め、世界に向けて発信していきたいです。
安倍:長く続けることも大事だと思っています。また、服作りの純粋性を保ちたいですね。自分の価値観ややりたいことに対してまっすぐで嘘がない、そういう服づくりを続けていきたいです。
(聞き手:AFFECTUS)
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