「AMAZING」の横に立つ今井麗
Image by: FASHIONSNAP
画家の今井麗が描くのは、何気ない室内。「ただ能天気に明るい絵を描くのではなく、光と影を描きたい」と話す今井麗の個展が、10月7日の今日から開催されている。「アメージング(AMAZING)」と名付けられた同展には、チョコレートブランド「M&M's」のキャラクターや映画「スター・ウォーズ」の登場人物のフィギュア、カットされ皿に盛られたイチジク、満面の笑みを浮かべる猿のぬいぐるみが白熊のぬいぐるみを抱きしめている様子などを描いた作品が並ぶ。描かれるモチーフは、ジャンルや色、形、大きさなどは全てバラバラだが、その背景には「多種多様な生き物はちぐはぐに共存できる。やっぱり世界はアメージングであって欲しい」という今井の想いがあった。
今井麗
1982年生まれ。2004年多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻卒業し、生まれ付きの難聴を持ちながらも2006年から画家としての活動を本格化。バターの溶ける焼き立てのトーストやチンパンジーなどの動物のぬいぐるみ、アニメキャラクターのフィギュアが登場する室内風景などを描く。植本一子のエッセイ「かなわない」の装画や「虎屋」の広告などを担当し、2012年にはシェル美術賞本江邦夫審査員奨励賞受賞した。
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「楽しく思いっきり家に閉じこもる」
ー絵を描き始めたのはいつ頃からでしたか?
描き始めたのは小学校1年生くらいだったと思います。最初から油絵具で作品を描いているんですが、それは油絵の画家(今井信吾)だった父の影響ですね。他の画材を試してみたこともあったんです。でも手と頭が全然繋がらず、居心地が悪くって。1番力を発揮できるものとわかってからはずっと油絵です。
ー今井さんの作品は、生活の中にある身近な物がモチーフとなっています。
生まれつき耳が悪いこともあり、動物や乗り物などの動きが激しいものよりも、ただポンと置かれているぬいぐるみとか食べ物の方が好きで。目の前にあるものしか信じることができないんです。耳が聞こえない分、目で物事を感じたくなっちゃって。人よりも目で物事をはっきりと認識したいというか。
ー目の前にあるものしか信じることができないとはどういう意味でしょうか?
例えば、子どもの頃フィクションの本を読んでみても世界観に全然入り込めなかったんです。姉が「ネバーエンディング・ストーリー(はてしない物語)」や「モモ」のようなフィクションの本が好きだったので、「おしゃれだな、かっこいいな」と思って手に取るんですけど全然好きになれなくて。私が好きなのは、狼使いの男の話や医療の話、時代劇、最近だと半沢直樹とか、もっぱらノンフィクションのようなリアリティがあるもの。だから、私にとって想像が足りないことはコンプレックスでもあるんです。
ー今回展示されている作品にも多くのキャラクターやぬいぐるみが登場していますね。
雑誌やテレビで「いいモチーフだな」と思ったら、メルカリとヤフオクで探します。それでもなければ海外から取り寄せたり。もう少し要領がよければ、頭の中で構図を考えて絵を描くこともできると思うんですが、それができない。目の前にないとダメなので、コレクションしてますね。
ー生活にあるモチーフを描く中で、動かない「風景」などを描かなかったのはなぜでしょう。
2009年に一番上の子が生まれてから子育て中心の生活になり、アトリエも家の中にあるので生活のベースがどんどん家の中になっていったのが理由だと思います。最初の頃は、小さな家に閉じ込められているストレスがものすごくあったんですけど、ある時「あれ」と思って。「家の中にいなければならないこの状況は、逆に家の中でしかできない作品作りができるかも」と、「やってみようかな」というポジティブな気持ちになれたんですよね。それまではどんどん新しいモチーフを見つけて戦っていかなければならないという焦りもありましたが、家の中にあるモチーフだけで絵を描こうかなと思ったらすごい気が楽になって。そこからは、楽しく思いっきり家の中に閉じこもって描いてますね。
今は上の子が11歳、真ん中が7歳、下が3歳。紙おむつを毎日替えている気持ちになりますよ、終わったと思ったらまた始まるので(笑)。子どもたちが大きくなって、楽になったら風景画とか描くかもしれないですが、今は全くそんな余裕もないし、無理に描こうとも思わないです。
「電気の代わりになる絵を」
ー今回の個展は、2020年に制作された作品のみで構成された32点を展示。コロナ禍で描かれた作品も披露されています。
2020年6月にも恵比寿の「nidi gallery」で個展を開催しました。コロナ禍の自粛の中、先行きが見えなくなって個展が無事に開催されるかもわからない状況で、「どうなるか全く予測はつかないけどとりあえず制作はしよう。手はずっと動かして描いていこう」と決めたんです。どこにも行けない家の中でも、絵は描けるはずなので。
ーコロナ禍の制作は、今井さんや作品に何か影響を与えましたか?
元々、楽しく家の中に閉じこもって制作をしていたので、コロナ前とそのあとで私自身も作品も何も変わってないんです。でも家から出られなかった時、自宅の天窓から日が差し込む短い時間が本当に嬉しかった。光が家の中に入り始めたら、モチーフをそこにたくさん集めて写真を撮って。ストップモーションアニメのように、最高の構図になるまで何度も何度も繰り返し動かしては、撮影をして。光が当たらなくなるまでの短い時間、限られた日光浴を愛しんでましたね。
ー今井さんの作品は、モチーフが発光しているようにも見えます。
私が住んでいる家が築60年くらいの平屋で、白い壁が全くなくて。全面焦げ茶色の木の壁なんです。天窓からの光も遠いし、部屋の中も本当に暗い。その影響なのか電気の代わりになるような絵を描きたくなるんです。家に帰ってきて、絵が発光しているように見えるとすごく救われる時があるんですよね。電気がついてない家に帰ってきて、発光したトーストの絵を落ち込んでいる時に見ると「ああいいなぁ」と思うんです。
でも、ただ能天気に明るい絵だけを描きたいわけではなく、光があれば当然闇もあります。光だけを描くのではなく、明るいところも暗いところも描くのが好きですね。
ー個展名にもなっている作品「AMAZING」はどういった経緯で描かれたんですか?
「AMAZING」のモチーフの半分以上は私の祖母が集めたコレクションなんです。私の祖母はシングルマザーで、1年に1回自分へのご褒美として1人で海外旅行に出かけていました。祖母は、海外旅行先で小さなフィギュアや小物を買って、世界中でコツコツ集めたコレクションを陳列棚に並べていたんですが、子どもの頃から祖母の思い出を飾るその陳列棚を眺めるのが好きで。ギャザリングが面白かったんですよね。例えば、北欧の人形の横に日本のマクドナルドのハッピーセットのおまけが並んだりしているんです。そのチグハグさは私にすごい影響を与えていると思います。関係ないものが一堂に会して、ひとつの空間を作り、一体感が出るのは平和だな、と。
ー関係ないキャラクターが集まると、なんだか動き出しそうですよね。
そうですよね。図らずも、自分が憧れていながらも入り込めなかった「ファンタジー」と繋がっているのは嬉しいことですね。
ー最後に個展名「アメージング」に込めた想いを教えてください。
きっかけは、子どもが保育園の工作で「自分で考えた新しい国旗のデザイン」に「アメージング」というタイトルを付けたことです。とても衝撃を受けたので、「アメージングの言葉の意味を知っているの?」と聞いたんですが「知らない」って言うんですよ(笑)。「アメージング(素晴らしい)」という名前の国いいな、住みたいなと思いました。
様々なフィギュアが集結するgatheringシリーズを長く描き続けていますが、以前より一層、多種多様な生き物が、お互いのダメなところをなんとか補い合う世界にならないかなと思うようになりました。全部が綺麗な人なんていないじゃないですか。それぞれ少しはいいところがあるんじゃないの、全部否定することはないんじゃない?って思います。やっぱり世界は「アメージング」であって欲しいです。
(聞き手:古堅明日香)
■今井麗「AMAZING」
会期:2020年10月7日(水)〜2020年10月19日(月)
住所:東京都渋谷区千駄ケ谷5-24-2 新宿髙島屋10階 美術画廊
時間:10:00〜20:00 会期中無休 ※最終日は午後4時閉場
入場料:無料 ※会場が混雑する場合は入場制限の可能性あり
問い合せ:03-5361-1111
■今井麗
公式インスタグラム /公式サイト
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