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2024年2月26日に開幕した2024年秋冬シーズンのパリ・ファッションウィーク。公式スケジュールのオープニングを飾ったのは、伝統あるビッグブランドでもなければ、気鋭のニューブランドでもない。とある学校の卒業ショーが最新シーズンの始まりを告げたのだった。
その学校の名はInstitut Français de la Mode。略して「IFM」と呼ばれるパリのモード校は、イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)のパートナーであり、メゾン「サンローラン(SAINT LAURENT)」の創設者でもあるピエール・ベルジェ(Pierre Berge)によって設立された教育機関である。
1986年設立のIFMは、ファッションデザインの教育も行うが、マーケティングやマーチャンダイジングといったビジネス面の教育と連動し、競争激しいファッション界で活躍するプロフェッショナルな人材育成に力を注いできた。2019年には、パリオートクチュール組合が1927年に設立した学校「Ecole de la Chambre Syndicale de la Couture Parisienne」と合併し、新たな体制でスタートする。
IFMの卒業コレクションというと、マーケット感覚を重視したリアルなデザインという印象だったのだが、今回発表された学生たちのデザインは実験性と大胆さにあふれ、今後のIFMのデザイナー育成に対する期待が高まる卒業コレクションだった。
今回は、IFM 2024年MA卒業ショーに参加した27人の学生から、興味深いデザイン性を披露した6人の学生を紹介したい。(文:AFFECTUS)
目次
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自然の逞しさにエレガンスを発見する- Qianhan Liu
卒業ショーのトップを飾った学生がQianhan Liuだ。ファーストルックのLook1は、落ち葉をモチーフにしたボリューミー&クラフトなアイテムがランウェイを歩く。このアイテムは、レザーを落ち葉の形にカットオフしたものをハンドメイドで縫い付けたものだった。
次に登場したLook2も自然がモチーフになっている。比翼仕立てのダブルブレステッドスーツはモアレ模様が浮かび上がっており、これは老朽化した木材をプリントしたリサイクルレザーを使用したものである。発表された全6ルックのうち、4ルックは木をテーマにした素材が使われている。
自然をテーマにすると、その美しさにフォーカスされるコレクションが多いが、Liuは時間を経てきた自然の姿に美しさを見出す。
Liuのデザインはシルエットにも特徴がある。とりわけアウターのシルエットが目を惹く。肩幅はワイドで、袖丈も手が隠れるほどにロングレングス。身頃の形は、直線的なカッティングと重量感のあるボリュームで男性モデルの体を逞しく力強く覆う。ジャケットやコートの形が持つ力強さが、荒々しい木の個性に重なっていく。
最も迫力を感じたのは、最後に登場したLook6の黒いロングコートだ。Instagram(@qianhanliu)で“The monk coat”と紹介されていたアウターは、僧侶の服装から着想を得てデザインされ、コートの形そのものが個性的だ。ショルダーは極端に厚く広く、足首も完璧に隠すロング丈。身頃は最小限の切り替え線で立体感を作っているために、曲線のラインが皆無と言えるストレートシルエットが実にダイナミック。
自然の麗しさではなく、自然の逞しさに美を見出したLiuは、卒業後に北欧の地を拠点にする「アクネ ストゥディオズ(ACNE STUDIOS)」のアシスタントデザイナーとして、プロフェッショナルの道を歩み始める。
未来と古典のミックスが生み出すクラフトウェア- Cécile Bousselat
Cécile BousselatがMA卒業コレクションで発表したロング丈のコートやドレスには、素材加工・レーザープリント・プリーツが駆使され、いずれもクラフトワークが冴え渡るアイテムだが、どこか近未来的な印象を覚える。そのことは、Instagram(@cecile.bousselat)を見ることでより強く実感する。
過去のコレクションでは、クロコレザーの表情を黒いサテン生地に再現したり、銀の刃を彷彿させるモチーフを連ねたドレスを製作したりと、Bousselatのデザインには素材の挑戦と実験が欠かせない。しかも、完成した素材は、誰もが美しいと思うスタンダードなエレガンスから外れたものが多い。
また、Bousselatの服にはいわゆるベーシックな形というものが存在しない。一言で言えば布の彫刻だ。MA卒業コレクションはBousselatの造形センスが露わになっていた。Look1は黒いラムスキンを折りたたんで釣り鐘状に形づくり、ワイドな幅の袖を取り付けたロングコートを発表。Look3で登場したライトグレーのコートは、フェルト生地が首元から左腕にかけてビッグサイズのスカーフが包み込むようで大胆。Look5はプリーツを満遍なく全体に施したサテン生地のトップスが現れ、工芸作品に勝るとも劣らない技巧の極みを披露した。
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ただ、矛盾することを言うが、近未来なMA卒業コレクションにはクラシックの残像を感じる。それは発表された6ルックすべてが、クラシック王道の縦を強調したロングシルエットと、ブラック・グレー・ゴールドというシックなカラーを徹底させたからだろう。未来のクラシックがそこにはあった。
卒業後のBousselatは、ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)が率いる「ロエベ(LOEWE)」でアシスタントデザイナーとしてキャリアをスタート。美醜の醜に美を見出す稀有な才能を持つアンダーソンのもとで、Bousselatの未来と古典を絶妙に織り交ぜるセンスはいっそう磨かれるに違いない。
ニットとピンクを使っても100%の甘さを許容しない- Sofia Saerens
ベルギーで生まれ育ったSofia Saerensは、ブリュッセルのモード校であるル・カンブルの学士課程(BA)でファッションデザインを学び、「アン ドゥムルメステール(ANN DEMEULEMEESTER)」でのインターンも経験し、2022年にIFMのMAに入学する。
SaerensがIFMで専門的に学んだのはニットウェアで、MA卒業コレクションは得意のニットをベースにするデザインを発表した。
Look1では、燻んだピンクに染まったベビードールドレスの上に、ダークな色のテーラードジャケットをレイヤード。ジャケットの表面には、甘いピンクのフェルトレースを取り付け、ソックスにはハイソックスを選択。全体のスタイルを見ればフェミニンな印象を抱いてもおかしくないのだが、ノスタルジックな素材感と落ち着いたトーンの色使いが、渋みをもたらす。
Saerensは、レース・ニット・ピンクといった甘さを代表する要素を多用するが、甘さとは対極の暗さを帯びた方向性にコレクションを仕上げていく。Look3のクロップドセーターは、タートルネックから胸元、胸元から左腕にかけて苔が生えたようにモスグリーンのフェルトが侵食している。
コレクションのラストを飾ったLook6は、それまでのダークトーンとは打って変わり、ホワイトを主役にしたスタイルを披露した。ハイネックとフレンチスリーブのトップスは、ウェスト部分から白いレースに切り替わり、ティアードスカート風に作られている。トップスだけを見ればピュアだが、ボトムのフェルトパンツは左右の膝部分をローゲージで仕立て肌を透かしていた。Saerensは100%の甘さを許容しない。どこかに退廃的空気を漂わせる。
Instagram(@sofiasaerens)は、Saerensの特徴を表す素材作りに焦点を当てた写真が投稿されている。「ニットが着たいけれど、かわいいニットを着たいわけではない」。そんな人たちの期待に応えるニットウェアが、Saerensのクリエイションである。
コルセットをテーマにレースとニットを甘くも力強く表現- Marion Pellé
Marion Pelléも、先述のSofia Saerensと同様にIFMでニットウェアを学んだ一人だが、その作風はSaerensとは異なる。Pelléは白のニットとレースをふんだんに用いたMA卒業コレクションを発表した。
使用素材だけを聞けば、ピュアでクリーン、あるいはノスタルジックでガーリーなファッションが連想されるが、Pelléのデザインは一味違う。自身のInstagram(@marionpelle)では、「体・レース・整形外科用コルセットの融合を探求している」とMA卒業コレクションのテーマが明かされていた。
柔らかく薄手のニットとレースがメイン素材のため、シルエットは硬さとは無縁の、体に優しく寄り添うスレンダーシルエットになるが、Pelléはシンプルな方向性にはまとめない。一つのルックの中で、レースとニットをドッキングさせてアシンメトリーに構成していく。
レースの模様が体のところどころを覆う姿は、体を守るための防具、アーマー的な装いに見えてくる。その印象を強めるのが、主にウェスト部分に仕様された銀色の素材だ。コルセットから発想されたであろうディテールが、モデルたちのウェストにアクセントをもたらす。
Look1では絡みついた蔦のようにネックとウェストを包み込み、ドレスの前身頃中央を首元から腰にかけて金属製プレートが取り付けられている。その他のルックでも、これまた医療器具に使われていそうな金属プレートがウエストに複数取り付けられていた。
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コルセットがテーマの一つでありながら、直接的にコルセットをアピールしない。ランジェリーライクな素材・色・シルエットの中に、金属プレートをウエストに配置するだけで、コルセットのイメージを植え付けていく。それゆえ、コレクションはニットの繊細さを損なわずにテーマであるコルセットの表現を可能にした。
Pelléの手法は非常にテクニカルだ。ただし、賞賛されるべきはやはり服のデザインそのもの。ニットとレースという甘さと柔らかさが特徴の素材を、ドッキングとアシンメトリーの手法で可憐な力強さを演出したPelléは、日常をモードに変えるファッションアイテムを完成させた。
多様な着想源をダークに表現してテキストでも伝える- Younes Benbousselham
ファッションは見て感じるもの。だが、Younes BenbousselhamはMA卒業コレクションのインスピレーションを、Instagram(@you_n_i_files)を通してボリューミーなテキストで伝えていく。
Benbousselhamのデザインは、黒い素材を使用したブラックウェアが主役。服の形もディテールも、装飾的かつ破壊的なダイナミズムが迫ってくる。
ピンクヘアのモデルが登場したLook1は、日本の制服からインスピレーションを得て製作されており、スタンドカラーの黒いジャケットはまさに学ラン。ただし、男子学生が着用してきた学生服はビッグサイズで作られ、ワンピース的装いを見せる。加えて、モデルはプリーツスカートを穿き、白いハイソックスも履くジェンダーレスな学生服スタイル。
Instagramに書かれたテキストでは、女性的な容姿をしたモデルが日本人の少年であることを明記し、彼の存在は、包括性と共感のメッセージを強化し、苦しみには性別や外見の境界がないことを見る者に思い出させると、Benbousselhamは語る。
このように、BenbousselhamはMA卒業コレクションで発表した各ルックの背景について、視覚だけでなく言葉でも伝えていく。それはさながら創作背景を文章で伝えるアートにおけるステートメントのようでもあった。
多様なソースからインスピレーションを得るBenbousselhamだが、デザインの重層性を最も感じたのはLook2だ。日本の制服、「イッセイミヤケ(ISSEY MIYAKE)」のプリーツ、ヒップに特徴があった18世紀のドレス、動物の皮膚と、一つのルックの中に結集した多くのアイデアによって、シャツ&スカートのシンプルな装いは、ダークでデコラティブなスタイルへと変貌した。
現代の消費者は、商品やブランドを購入する前に、SNSなどを通じて積極的に情報収集を行うことが当たり前になった。変化した消費行動を前にして、ヴィジュアルのみによるファッション表現だけでいいのだろうか。黒い服に込められた背景を語ったBenbousselhamは、「バレンシアガ(BALENCIAGA)」のアシスタントデザイナーとして卒業後のキャリアをスタートした。
カッティングを武器にマスキュリニティを引き出す- Louise de La Tour
Louise de La TourのInstagram(@louisedelatour)を訪れると非公開に設定され、クリエイションの裏側を知ることができない。そのため、ここではMA卒業コレクションで発表されたルックを頼りにLa Tourのデザイン性について話したい。
IFMは2024年MA卒業ショーをYouTubeチャンネル“Institut Français De la Mode”でも公開しており、La Tourのコレクションは35:53から映像で確認することも可能だ。
La TourのMA卒業コレクションは、ピーコートやテーラードジャケットなどクラシックなアイテムを、シャープなカッティングで仕立てる。まだまだビッグシルエットが優勢の中、Look1で登場したダブルブレステッドのコートは、ロング&リーンのシルエットが新鮮で、水牛ボタンの代わりにドットボタンを用いて、ミニマルテイストに振っていく。
Look2では爬虫類柄のスリムパンツを穿き、マスキュリンな黒い生地がビッグスカーフとなって上半身を覆い隠す。Look5はロング&リーンシルエットがブラックドレスで登場し、襟からはドレープが優雅に生まれ、シックなノースリーブウェアをいっそうシックに魅せる。
Image by: ©Launchmetrics Spotlight
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ラストに登場したLook6は、コートから靴まで全身すべてを黒い服でコーディネイトしたブラックスタイル。イエローのパイピングも映えるルックは、肩にエポーレットの付いたコート、ストレートパンツなど王道のメンズスタイルなのだが、床に到達するほど長いロングストールを首に巻き、薄手で透ける黒い生地が艶やかに舞う。
IFM 2024年MA卒業ショーは、緻密なテクニックを活かしたクラフト要素、素材に加工を施してテクスチャーに表情を作る手法の作品が多かったが、La Tourはカッティングを武器に製作し、生地にも特別な加工は見られずオーソドックスだ。着る人の性別を問わず、着用者の男性性=マスキュリニティを服の造形で引き出す。それが、La Tourのデザインだと言えよう。
卒業後の進路は、「バレンシアガ」のクチュールでメンズアシスタントデザイナーになる。近年のバレンシアガで発表されるオートクチュールのメンズラインは、装飾性を排除した服のシルエットに重きを置いたデザインが多い。まさにLa Tourの才能と技術を磨くのに絶好の環境と言えるだろう。
未来のスターデザイナーをファッションの中心であるパリから
以上が、IFM 2024年MA卒業ショーで注目した学生6名になる。会場には、LVMHファッショングループの元会長兼CEO シドニー・トレダノ(Sidney Toledano)といったファッション界の重鎮も訪れ、パリモードの伝説とも言えるピエール・ベルジェが設立したIFMへの注目度が窺い知れる。
MA卒業ショーでは、クチュールライクな技巧が冴え渡るコレクションが数多く披露され、そのダイナミックなデザイン性はIFMにおけるファッションデザインの教育方針が大きく変わったことを印象づけた。
もし、現在の方向性で未来のデザイナーとなる学生たちを育成していくなら、「未来のスターデザイナーが現れるのではないか?」と思えるほどだった。これからは、アントワープ王立芸術アカデミーやセントラル・セント・マーチンズだけでなく、IFMの学生たちにも注目していくべきだろう。
ビッグブランドで腕を磨き、デザインチームからクリエイティブ・ディレクターに抜擢されるのか。それとも、ファッション界を賑わすインディペンデントブランドで経験を重ね、独立して自分の名前を冠したブランドを立ち上げるのか。IFMを卒業したデザイナーたちは、どんな未来を切り拓くのだろう。いつか訪れる新しいファッション誕生の日を、楽しみに待ちたい。
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