原敏文 代表取締役社長
Image by: FASHIONSNAP
原宿カルチャーを牽引してきた「アッシュ・ペー・フランス(H.P.FRANCE)」が、生まれ変わろうとしている。ファンドへの株式売却を経て、村松孝尚代表取締役社長は退任。後任として、アシックスでDTC事業やオニツカタイガー事業などの統括責任者として改革を主導してきた原敏文氏が2021年4月に同職に就任した。業績不振が続き、ウォール(WALL)原宿店やウサギ・プゥ・トワ大阪店は閉店。機能不全に陥っていた同社はどう建て直していくのか?原社長に業績回復への算段を聞く。
アッシュ・ペー・フランス
1984年に原宿で設立以来、ファッションを中心に、インテリア、アートなど生活と文化に関わるさまざまな事業を展開。全国に61店舗のコンセプトショップ、合同展示会のrooms、自社のECサイトなどを展開中。日本はもちろん、パリ、NY、ブエノスアイレス、ベルリンなど世界中のクリエイティブな才能や個性との出会いを大切にし、それをエネルギーにビジネスを成長させている。
原敏文(はら としふみ)
1975年、大阪府生まれ。98年三喜商事入社、同年マックスマーラジャパンへ出向し従事後 、船井総合研究所に勤め、ファッション・ブランドビジネスにおける経営・事業改革の専門家として多くの企業の業績拡大に貢献。11年アシックス入社。DTC統括部長を経験し、オニツカタイガー事業では日本および中国の統括責任者として改革を主導し、グループの成長を牽引してきた。21年4月から現職。
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業績改善に向けて新社長がまず取り組んだことは?
ー原さんは今年4月に社長に就任。2018年に株式を買収しているブレイン・アンド・キャピタルの代表取締役会長・CEOの澤田宏之さんがアッシュ・ペー・フランスの会長になられています。今回は新体制となり、どう変わっていくのか話を伺えればと考えています。
当社はバイヤーなど個人に注目が集まるケースが多かったので、組織再編でどう変わっていくのか不安になっているお客様も多いのではないかと思います。アッシュ・ペー・フランスに来て、まだ半年程度ですが、その間行ったことについてご説明できればと考えています。
ーアッシュ・ペー・フランスに入り、まず取り組んだことは?
会社を内側から見ているメンバーの思いを理解しないといけないと考え、まずはスタッフと対話を重ねました。ただ残念ながら当社は2010年後半あたりから業績が芳しくない状況で、2018年からファンドにお手伝い頂いて事業を継続させています。思いが正しくても企業として機能できていない状態だったので、継続できる体質を作ることが急務と考えました。当社ならではの価値であるクリエイションとそれを継続させるビジネスのちょうど良いバランスを探すための改革を進めてきて、就任してからの7ヶ月で4ヶ月が黒字となりました。
ー黒字化の要因は?
抽象的にはなりますが、対話を続けてきてことで既存のメンバーたちが理解、納得してくれたからだと考えています。クリエイションの価値はモノ自体だけではなく、それを購入してくれたお客様がその価値を認めてくれたときに本当の価値になる。お客様目線というと一般的に使う言葉と意味がずれるかもしれませんが、正しくその価値をお客様に伝える方法を模索し、しっかりと提案できるようになったことが奏功したと思っています。
ーEC売り上げが伸長した?
そうですね。就任してからは前年同月比約25%増と、コロナ禍ということもあり大きく伸長しました。当社が扱う商品は一点物が多く、従来のECプラットフォームには乗りづらい商品ラインナップということで、差別化にも繋がっているほか、動画やライブ配信に力を入れはじめたことも奏功したと思っています。EC化率は約15%で、当社は約60の実店舗を運営していますが、そのうちの約7割がECと在庫を共有しています。私も経験しましたが、メーカーの場合は在庫のコントロールがしやすいためECを伸ばしやすい構造背景がある。ただ我々はセレクトショップなので在庫を潤沢に持てるわけではありませんから、EC化率については比較的良い方なんじゃないかなと思っています。売れ筋は、アート作品やホームウェア、ジュエリーでしたね。
ー半年で業績改善できたわけですね。
ご存じの通り我々の商売というのは、商品を切り替えようと思うと準備に約6ヶ月は必要です。そのため店舗の商品ラインナップなどを大きく変えはしていませんが、その中でこれだけ業績改善できたというのは予想を上回る結果となりました。社長を引き受けた理由でもあるんですが、アッシュ・ペー・フランスというブランドバリューは、確かに財務面は現状厳しいのは事実ですがお客様から見た場合すごく高いと思うんですよ。このバリューは業界において非常に重要なファクターで、それを正しく使える状況にさえすれば私は絶対復活すると信じていて。アッシュ・ペー・フランスには隠れた資産が非常に沢山ありますし、それをメンバーとも見つめ直しながら、今一度正しくお客様に理解してもらうための努力をいくつか積み重ねてきたことがこの結果につながったんだと思います。
ー外部人材の採用も行った?
当社は取り扱いブランドが約1100、SKUは数万点あるため正しくデータを管理、運営できる部隊を作ることが必須と考え、プロダクト事業本部長を採用しました。ただ、それ以外は必要に応じて欠員が出たところを補充したくらいです。
ー売り上げは昨対比だとどれくらい伸びているんですか?
昨対で言えばトントンといったところです。
ーそれで黒字化できたということは選択と集中を進めたということですね。今特に力を入れている事業は?
注力事業は定めていません。入社間もない私がむやみにそれを定めるのではなく、基本的には事業の責任者がどうしていきたいのかを決め、管理部門と一緒になって今まで以上に確認をしながら進めているという感じです。
ー組織体制に変更は?
7月に組織を大きく変えてまして、今までは各屋号別に川上から川下までを一気通貫型でまとめた組織でした。これも屋号ごとの個性を活かすという点ではメリットもあると思いますが、時代も変わり同じブランドでも違う屋号で展開することでもっと多くの方に自身の作品を知ってもらいたいクリエイターの希望やそもそも同じお店で新たな出会いを求められるお客様のニーズに対応する必要がありました。更に、同様の業務を遂行するメンバーが違う組織に所属することで効率化が図りづらい傾向が出ておりました。それゆえ、個性を活かしながら、対応しきれていないニーズや効率化を活性化させることを目指し、機能別の組織に大きく変えました。
ポイントは3つのユニットに分けたということですね。「プロダクト事業本部」「セールスチャネル事業本部」「ブランドマーケティング統括部」の3つのビジネスユニットに組織を再編しました。買い付けなど商品に関する仕事を担うプロダクト事業本部のKPIはプロダクトに関する事項なので売り上げはもちろん粗利益、消化率などを含め管理しており、セールスチャネル事業本部の中にはリテール、ホールセール、ECがあるので、チャネル別の売り上げも管理しています。リテールなら一番人材が多いのはセールススタッフなので、人時生産性を含めた人件費、そういったものを正しく管理しなさいという形です。もちろん全体の損益計算書は一緒ですが、各機能がその目的に応じて事業を回せるように変革しました。ただよくある話かもしれませんが、各組織が各々のKGIやKPIに注力しすぎると、アッシュ・ペー・フランスのブランド価値を棄損させる可能性もあります。そのためブランドマーケティング統括部が商品もチャネルも包括したブランドとして何が正しいかをジャッジする責任を持つことで、目先の売上や利益ではなく、中長期に持続可能なブランドビジネスを実現させるバランサーの役割を担っています。
ークリエイションとビジネスとバランスを取るための組織編成なんですね。
加えて、プロダクト事業本部の中に特別部隊としてクリエイティブバイヤーチームを設けました。クリエイティブバイヤーチームに課していることは仕入れ予算だけ守ってくださいということだけで、あとは自由なんです。
ー何を買い付けてもいいんですか?
はい。クリエイティブなことに挑戦しようと思ったときに、消化率など数値目標を設定すると、本当の目的であるクリエイションの発掘そのものが弱くなると思うので。ジュエリー・小物とインテリア、ファッションの3部隊があるんですが、このクリエイティブバイヤーチームに期待していることはこれまでアッシュ・ペー・フランスが培ってきたクリエイションを絶やすことなく発揮し続けてもらいたいということです。
ーファッションの世界は人材を評価するとなると、どうしても定性の部分が大きくなってしまいますよね。
そうですね。最低限の定量評価はしないとだめだから売り上げだったり予算の金額だったりを決めたわけですが、クリエイティブなものほど何が当たるかなんてやってみないとわからない。やらなかったら評価は下げますが、やって結果が出なくても予算内なら適切な評価をします。そもそもブランド価値は短期だとリターンしませんから、短期の評価制度に含めることに無理がありますからね(笑)。私の重要な役割はそんな思い切った挑戦もできる場所を作ること、だから組織の中にクリエイティブバイヤーチームのような新しいことに挑戦できるチームを増やしていきたいと考えています。
ーウォール(WALL)原宿店、ウサギ・プゥ・トワ大阪店は閉店、ランプ ハラジュク(Lamp harajuku)は2月28日に閉店となっていますが、現在展開している実店舗数は?
2021年11月時点で61店舗でしたが、2022年に入り58店舗になりました。ただ、私が入る前から閉店が決まっていた店舗がほとんどです。入社を決めた理由のひとつで、ファッション業界でファンド介入後のよくあるシナリオといえば、資産売却と経費削減にだけ注力して売却、と耳にします。当社においてその選択は適切でないと考えているので、入社する前に「強引なコストカットは絶対にしない」とファンドと約束したんです。お客様やお取引先様から見たアッシュ・ペー・フランスのブランド価値は非常に高いので、このブランド価値を正しく活用する別の打ち手こそが最重要と考えます。それゆえ、入社前からファンドとも何度も議論を繰り返し、私の考えを尊重いただけることとなり、この職をお受けすることになりました。
ー澤田宏之会長からは経営方針について何か言われることは?
今は結果が出ているので(笑)。落ちてきたらもちろん言われるでしょうけど。ファイナンスだけでなく事業活動の領域においてもサポートしてくださっています。
ルームスはどうなる?アッシュ・ペー・フランスが目指すもの
ーアッシュ・ペー・フランスと言えば合同展示会「ルームス(rooms)」ですが、昨今は欧米も苦戦続きで合同展示会の在り方が問われています。今後ルームスは継続していくのでしょうか?
代々木体育館で開催するような大型合同展を10年以上も続けてきた企業というのは類を見ないですし、蓄積したノウハウは変えがたい価値のあるものだと考えています。一方でルームスに求められているものは変化しているとも思っていて、BtoBだったものにtoCを加えたり、時代の変遷とともに変化を続けてこれたという柔軟性がルームスの強さ。そういった意味で、これからの時代に合わせるならば合同展示会という形にこだわる必要はないのではないかと考えています。ルームスの価値はクリエイターなどの出展者が世に対して声を上げれる場所としてプロデュースされていることで、新しく面白いものに触れることでマーケットも活性化される。合同展示会という形態をやめるわけではないんですが、2022年からはもっとその真の価値であるプロデュースということにこだわって事業を展開していきたいと考えています。
ー次回はいつ開催の予定ですか?
今改革に着手している段階なのでまだ開催時期は決まっていません。プロデュース事業のプロジェクトを走らせようとしているところなので、諸々の発表はもう少し後になりそうです。
ー2022年取り組んでいきたいことは?
こうした状況下で、「この会社は本当に大丈夫なのか?」と不安に思っていたスタッフたちが中核となって結果を出してくれています。計数管理など今までやってこなかった業務も、私も定期的に勉強会を開催していますが、スタッフ自ら本を開いて勉強しながら進めてくれている。一方でブランド価値を高めることにも注力してくれています。そのため新規事業まで既存のメンバーにやらせてこれ以上タスクを増やすわけにはいかないので、私も営業となって色んな人と情報交換をし、2022年に一つでも立ち上げることができればと考えています。デジタルの部分では、もう少し泥臭いアナログな施策に挑戦し、有機的なものを取り入れていければと思っています。
ー泥臭いデジタルというのは?
高額な商品が多いこともあって、お客様が店舗で悩んだ結果その場では購買には至らず、その後戻ってきて購入するというタイミングがあるんですが、当社ではここで売り逃しが発生している可能性があります。それがECで数十万円のインテリアやジュエリーが動くようになっている要因の1つではないかと考えています。まずはなぜ売れるようになったのかをしっかり分析し、現場が理解することが必要。ものが売れるというのは、商品を所有することによって得られるワクワク感をうまくご提案できたからだと思っていて、それはリアル店舗でしかできないのかと言えばそうではないでしょう。例えばLINEなどを駆使して、お客様とお話しながら商品をちゃんと見て頂いたり。デジタルなんだけど対面販売に近いようなコミュニケーションがとれれば、来店しなくても購買まで繋がるプラットフォームができるんじゃないかなと思いますし、当社にはその方が合っているのではないかなと思っています。
ー接客の原点を追求していく。
おっしゃる通りです。セレクトショップならではの提案でいかに付加価値をつけていけるかが鍵だと考えています。様々な企業を経験して思うのは、 原価率で収益性を向上させて業績を向上させる打ち手は確かに正しい。ただ我々はそちらに傾倒するべきではないと考えています。極端な話、売り上げが前年比150%増と105%増のどっちが良いかとなったら、我々は105%増を選んでも良いと思っています。大量生産大量消費のビジネスをやっているわけではなく、一つ一つの商品に思い入れを込めたものを集めたセレクトショップという業態がメイン事業なので、 その価値の維持向上と利益のバランスを取るのであれば “急激”ではなく“適正”な成長が適正だと思います。であれば需要の90%くらいに供給を留め、もう少し欲しかったとマーケットに思ってもらえるくらいのちょうど良いバランスでやっていきたいんです。採算さえ取れていれば、それ以上無理に伸ばす必要はないと考えているので。
ーオリジナル商品は作らないんですか?
バイヤーやクリエイティブバイヤーチームが作りたいならやれば良いと思う。ただ収益性ばかりを求めて、物量をどんどん増やしていくのは、お客様がアッシュ・ペー・フランスに求めている価値とは違うと思いますし、大切なお客様がイメージする当社の価値を棄損させるようなOEMであればやるべきじゃない。お客様の需要を満たせずどうしても補完として必要でオリジナルを作るならまだ分かりますが、売れているからといってそればっかり作るのは当社のスタンスとは違うので。
ーアッシュ・ペー・フランスの軸はずらさないということですね。一方で実績を残したディレクターたちが体制変更で会社を去ったという事実もあります。
アッシュ・ペー・フランスの顔だった方々が一部去ってしまったことは私としては非常に寂しく悲しい気持ちです。そういった人たちのプライドを維持することができなかったのは私の力不足でしかありません。彼女たちのような破壊的イノベーターは我々の企業には必要ですし、そのために新設したクリエイティブバイヤーチームにはどんどん暴れていってほしい。クリエイティブとビジネスのバランスが素晴らしいコンセントパリアッシュ・ペー・フランス(CONCENTO PARIS H.P.FRANCE)の湯沢(バイヤー兼ディレクターの湯沢由貴子)というスーパーな人材もいますし、私はオーケストラでいうところの指揮者としてグループや個がうまく活躍できるよう調整していければと思っています。
ー湯沢由貴子さんは「ジェイ ダブリュー アンダーソン(JW ANDERSON)」を最初に日本に持ってきた人として知られていますね。
コンセントは本当にすごいんですよ。店に行くと分かるんですが、コーナーの展開の仕方が抜群にうまい。見せ方のところでセンスが際立つ上、ビジネスとしてもちゃんと成り立っていたりと、バイヤーズショップのひとつの成功事例だと思っています。
ーバイヤーのような破壊的イノベーターと管理側のバランスが肝になりそうですね。
おかげさまでクリエイター気質な右脳人材が当社にはたくさんいるので、そう言った人たちが個人だけでなくチームとして、もっと前に出ていけるよう土台を作っていくのが僕の仕事。管理部も含め、メンバーたちが重なり合いながら新たな価値をマーケットに打ち出していける会社にしていければと考えています。
(聞き手:芳之内史也)
■H.P.FRANCE 公式サイト
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