Image by: FASHIONSNAP(Kenta Nakamura)
ゴルチエがガリアーノに負けたコレクション「でも僕は一番好き」
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JUNJI:これは1996年に購入しました。
F:このチューブトップのオールインワンは、立方体の形になっているんですね。
JUNJI:そうなんですよ。僕は個人的にこのコレクションがとても好きなんですが世間の評価は僕とは真逆でした。というのも、当時のパリコレには「バイヤーズランキング」というのが毎シーズン発表されていて、何年もゴルチエが不動の一位だったんです。でも、この1996年秋冬シーズンで初めてゴルチエは首位陥落。一位に輝いたのは「ジョン・ガリアーノ(John Galliano)」だった。
F:ドキュメンタリー映画にも登場した、アナ・ウィンターがゴルチエに厳しい表情をしていて驚きました。
JUNJI:アナ・ウィンターは最初からゴルチエのことが嫌いなんですよ(笑)。多分、彼女の美的センスとは真逆のものだからだと思います。ミュージカルでも、アナをディスるようなシーンがあったんですよ。
F:映画の中でゴルチエは「自分はもう時代遅れ」とこぼしていたシーンも印象的でした。
JUNJI:実際、晩年は売り上げも落ちていたし、批評家にも「古臭い」と言われるようになっていました。ただ、ゴルチエは映画の中で「新しいものを見た時に自分の片鱗がある」とも言っていましたよね。だからゴルチエは、時代遅れになったことを悲観的に考えているのではなく、真似されて未来のデザインにも自分のクリエイションが生きていることに喜びを感じているのかな、と。
JUNJI:僕はゴルチエの魅力の一つに「品」があることだと思っています。下品だったり、恥ずかしい個人的なものをセンスで作品として昇華させる力に長けていると感じています。
F:劇中でも、自身のセクシャリティをオープンにするシーンが度々登場しましたよね。
JUNJI:公私共にパートナーであったフランシス・メヌージュとの出会いと別れについても赤裸々に語っていましたよね。これは余談ですが、ゴルチエとフランシスは、ドナルド・ポタールという人物とも仲が良くて「ピエニクレ(フランス語で三馬鹿兄弟の意味)」と呼ばれて、3人の顔がプリントされたTシャツも販売していたんですよ。ポタールは、初期にブランドの社長を務めていました。
日本で一つしかないMA-1を着て行った、ゴルチエ好きなら涎ものの旧ヴィヴィエンヌ店の話
JUNJI:これは、ゴルチエが「2015年春夏コレクションでプレタポルテを辞める」と宣言した直後の2014年秋冬コレクションのアイテム。このアウターは日本に一つだけしかない。これを着てパリのヴィヴィエンヌ店に最後の買い物に行ったんですよ。
F:ヴィヴィエンヌ店というのはゴルチエの本店ですか?
JUNJI:ジョルジュサンクが本店なので違いますね。でも、ジョルジュサンク店ができるまでは、ヴィヴィエンヌ店が本店だったんですよ。ゴルチエ好きはみんなヴィヴィエンヌに思い入れがあるんじゃないかな?
F:どうしてですか?
JUNJI:ヴィヴィエンヌ店は一度改装されているんです。改装前のお店は、ゴルチエの世界観が丸出しだったんです。店内の床は、「一晩で消えてしまった」という逸話が残るポンペイ遺跡のモザイクから、フィッティングルームは「エスカルゴ」と地元で呼ばれているパリの公衆トイレから、壁紙には潜水艦の窓が、天井はオペラ座の屋根の色からといったように、ゴルチエが愛してやまない物を詰め込んだ店内装飾だったんです。個人的には、フリークショーで上演されたものは過去のヴィヴィエンヌの店舗を彷彿とさせましたね。
JUNJI:このMA-1の色は「ゴルチエと言えば」というカラーの一つで、コレクションでもよく登場します。映画の冒頭でも触れられていた、フリークショーのオペのシーンで登場したドクターの手術着の色も同じ緑色です。この色は、ヴィヴィエンヌの天井にも使われていた色で、屋根の青錆が着想源。「ヴェルドグリ」と呼ばれていて、初期にはブランドのショッパーにも使われていました。
JUNJI:僕は近年の中ではこの2014年秋冬コレクションが一番好きなんです。テーマは「宇宙とイギリスの旅」。全体的に程よくダサくて、とてもゴルチエらしいなと個人的には思っています。フリークショーの中でも王冠や、ユニオンジャックがデザインされたドレスが多く登場することもあり、劇中でも一際この2014年秋冬コレクションの色は強いなと感じました。
F:ゴルチエは映画「フィフス・エレメント」の衣装を手がけたことでも知られていますが、近未来を描いた作品でどちらかというと宇宙っぽいですよね。
JUNJI:そうなんですよ、ゴルチエの中でクリエイションは地続きなんです。銀座にゴルチエの直営店ができた時も宇宙をテーマにした店内装飾だったし、銀座店のオープニングで来日した時はNASAの宇宙服を着て登場しました。きっと、ゴルチエにとって宇宙は子どもが夢見るファンタジー世界の一つなんでしょうね。
F:先ほどから「程よいダサさがゴルチエの魅力」とおっしゃっていますが、JUNJIさんはなぜゴルチエのダサさに魅了されているんですか?
JUNJI:僕は、ファッションの醍醐味は「ダサい服をカッコよく着ること」にあると思っているんです。それに、ゴルチエが作る服はただダサいのではなく、先ほども言ったような品とセンスを持っているからか、人間味が溢れているように感じるんです。それはどんなに美しいひとでも、寝起きに息が臭かったり、髪の毛がボサボサだったり、目やにが付いていたりすることと同じだと思う(笑)。完璧な服は、着た時点で終わってしまうというか、完璧な状態すぎてそれ以上にはならない。でもゴルチエの服には余白があるから完璧以上を目指せるのかな、と。
F:いまでこそ当たり前になりましたが、2014年当初はウィメンズの服をメンズモデルが着用することは珍しかったんですか?
JUNJI:そうかもしれないですね。でもこれは事情があるんです。実は、2013年秋冬コレクションで、ゴルチエのメンズアイテムを作っていた縫製工場がストライキを起こしてメンズアイテムをほとんど作れなかったんです。「じゃあメンズラインを無くすか」と決断を迫られていた時にゴルチエは「工場が作れないんだったら、作れるウィメンズアイテムをメンズモデルに着せよう!」と言ったそうです。その前から、性別はあまり問わないデザインではあったんですけどね。
F:ゴルチエが「プレタポルテを辞める」と聞いた時はどう思いましたか?
JUNJI:正直、寂しい気持ちもあったけどホッとした気持ちの方が強かった。「やっと次に行ける」って(笑)。ずっとゴルチエを着続けるし、大好きだし、新しいゴルチエの服を着られないのは悲しんだけどあまりにもその世界観に入り込みすぎちゃっていたから。「これでやっと違う世界を楽しめるな」と思いましたね。
持っている中で一番古い1985年のオールインワン
JUNJI:これはたまたま福岡の古着屋さんで見つけた1985年のアイテム。
F:ゴルチエの服は、ヴィンテージショップで見かけたら全部買うというスタンスなんですか?
JUNJI:僕は「あの時は良かった」という懐古主義にはなりたくないし、常に新しいゴルチエが好きだからそんなことはないですよ。ゴルチエ自身もフリークショーでは過去のアーカイヴアイテムをいくつも登場させているし、回顧展も開催したことがあるけど、そのどれもが過去形ではなく現在進行形のものとしてアウトプットしているなと思っています。
JUNJI:ゴルチエが常に現在進行形であることを象徴するエピソードがあるんです。某店舗のスタッフがディスプレイマネキンに服を着せた後にゴルチエが「こんなんじゃないよ!」と言って自らの手で着せ替えるんです。満足げに帰っていった次の日に、自分がディスプレイしたことを忘れて「誰だこのディスプレイをした人は!」と言いながらまた着せ替えるんですって(笑)。本当に子どものような人ですよね。
持っている中で一番高いファーベスト
F:毛皮ですね。おいくらで購入したんですか?
JUNJI:80万円くらいだったかな。これはプレタポルテが終了する2つ前の2012年秋冬コレクションのものです。ゴルチエは毛皮のラインで「フリュール」というのがあるんです。ずっと欲しかったんですけど、300万円からのアイテムばかりで流石に高すぎて手が出なかった。だから「うわ!80万円でフリュールが買える!」と買ってしまいました。もう極論、このタグがついていれば何でも良かったのかもしれない(笑)。
F:一見コーディネートが組みづらそうな彩度の高いフューシャピンクですよね。
JUNJI:僕はファッションにおけるこだわりがないんです。だから、自分に似合う服を買うという感覚があまりない。どちらかといえば「どんな服も自分らしく着こなして見せる」という自信があるんです(笑)。「僕は黒が似合わないから」ではなくて「似合わせてやろうじゃない!」と。
F:さすが、ゴルチエに1億円近く投入しているだけあってファッション経験値も高いんですね。
JUNJI:たくさん身銭を切ってきたし、失敗もしてきたから辿り着いた感覚だなと思います。
オタクはゴルチエ期のエルメスをどう見ていた?
JUNJI:2004年に発売されたゴルチエがデザインしたバーキンなんですけど、自分で落書きしちゃいました。しかも、母が「欲しい」というのであげちゃって。今は手元にないんです。
F:どうして自分の絵を描こうと思ったんですが?
JUNJI:一種のマーキングですよね。僕、買ったら値段とかどうでもよくなっちゃうんですよ(笑)。
F:JUNJIさんは、ゴルチエ期のエルメスをどのように見ていましたか?
JUNJI:「まんまゴルチエだな」と思いました。ゴルチエがゴルチエとして表現してきたことと何ら変わらない。ただそこに予算がいつもより多くあって、作れるものの幅が広がったり、使える素材の選択肢が増えたことで、ゴルチエのクリエイティビティが思う存分発揮できるようにエルメスがサポートしてくれたんじゃないかな、と。
JUNJI:ゴルチエは過去のインタビューで「僕の進む道にLVMHは無い」と言っていたんですよ。それもあってか、エルメスとの協業を「結婚」と表現しているんです。
F:運命の人だった、と。
JUNJI:そうです。お互いに違うものを持ったもの同士が合わさって、作品という名の子どもが生まれ、旅立っていく。とてもいい結婚生活だったと思います。
F:ゴルチエの前は、自身の弟子でもあるマルタン・マルジェラがエルメスのデザイナーを務めていましたよね。
JUNJI:マルジェラから他の人に変わるタイミングでゴルチエから「僕なんてどう?」と自分で売り込んだらしいです。可愛いですよね、子どもみたいで。
F:先ほどからゴルチエの純粋でチャーミングなエピソードはとても子どもらしい可愛らしさがありますよね。
JUNJI:「サカイ(sacai)」とコラボした時に発表されたTシャツにもプリントされていたけど、ゴルチエはずっと「EnFanTs TerRiBles(恐るべき少年)」なんです。多分、子どものまま大人になった人。
JUNJI:マルジェラの話が出たので脱線しますが、多分マルジェラの方が少しだけ大人なんですよ。あるいは大人にならざるを得なかったのかもしれない。でもゴルチエはずっと子ども。
F:小さい子は、大人同士が真剣な話をしている時でも「ねえ!これ見てよ!」と話したくて仕方がなくてうずうずしていますよね。
JUNJI:ゴルチエにもそういうところはあると思う(笑)。クリエイション的にも、僕はマルジェラの作風はどちらかといえば建築物を見るような気持ちで楽しんでいます。どちらかといえば無機質で、だからこそ強度があるのがマルジェラなのかな、と。一方でゴルチエは本当におしゃべり(笑)。その分、体温を感じる。どちらが良い悪いではないけど、ゴルチエの方が実演販売みたいで、ゴルチエの服を着るだけでゴルチエの声が聞こえてくるような気持ちになる。
F:そこの2人が師弟関係なのは興味深いですよね。
JUNJI:それはやっぱり基礎がきちっとあって、クリエイターとしての妥協が一切ないからだと思います。それにどちらも祖父母に愛されてきてる。表現方法の違いがあるだけで根っこの部分は繋がっているな、と個人的には考えています。
【まとめ】どうしてそんなにゴルチエが好きなのか
F:改めて、どうしてJUNJIさんはゴルチエが好きなんでしょうか?
JUNJI:僕はゴルチエから「ファッションとは言葉を超える愛情」ということを学んだんです。ゴルチエが作る服から愛情を感じるのは、彼自身が愛されたい人だからだと思うんです。愛されたいと願い、その過程で傷つき、それを受け止めた上でクリエイションをしているから、人を愛することができる愛情に溢れたデザイナーなのかな、と。
JUNJI:たらればの話ですが、これだけ人間臭い人が、デザイナーやクリエイターではない人生を歩んでいたら、とても生きづらかったと思うんです。そんな彼が、感情の捌け口としてファッションを選んだ。僕たちは彼の捌け口を身に着けているから、言葉では表現できないような愛を学ぶことができたと思っています。映画の中でも言及されているように、フリークショーで人をビンタするシーンがあるんですが、僕はあれこそがゴルチエのクリエイションの核だと思っています。嫌いを全て出し切っているから、愛することができる。好きと嫌いは表裏一体だし。嫌いという気持ちがないと好きにもならないのかな、と。そうやって、僕はゴルチエが作った服と香りに包まれることでゴルチエからの愛を一身に受けているから、僕もゴルチエに愛を返すだけなんですよね。
(聞き手:古堅明日香)
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