Image by: FASHIONSNAP(Kenta Nakamura)
総額約1億円、約1500着の「ジャンポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)」のアイテムを有するアーティストのJUNJI YOSHIDAさんにインタビュー。ジャン=ポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)が手掛けたミュージカル「ファッション・フリーク・ショー」はもちろん観劇済み。9月29日から公開されるショーの舞台裏に迫ったドキュメンタリー映画「ジャンポール・ゴルチエのファッション狂騒劇」の公開も迫り、より一層盛り上がりを見せるゴルチエの世界について、福岡県北九州市にある同じく“ゴルチエオタク”が営むセレクトショップ「コンプレモン(complement)」で聞きました。
目次
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1億円ゴルチエに費やした生粋のゴルチエオタクのよもやま話
FASHIONSNAP(以下、F):今日は自宅にある「ジャンポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)」のコレクションの中から一部を持ってきていただきました。
JUNJI YOSHIDA(以下、JUNJI):僕はジャン=ポール・ゴルチエ(以下、ゴルチエ)がデザインした服を約1500着持っています。いままでゴルチエに使ったお金も1億円は余裕で超えていると思う。おそらく世界で一番ゴルチエの服を持っているんじゃないかな(笑)。今日も全身ゴルチエを着てきました。靴下も、香水もゴルチエのものです。
F:そもそも、 JUNJIさんは何をされている方なんでしょうか?
JUNJI:現在は、アーティストとしてドローイング作品の展示や販売をしているほか、僕の絵を元にした「ツージェイ(A TWO J)」というアパレルブランドのデザイナーをしています。学生時代はデザイン系の高校に通っていて、ゴルチエに出会ったのも在学中の15歳頃。その後は、福岡のゴルチエの直営店でバイヤーとマネージャーとして勤務していました。
F:ゴルチエの直営店での販売経験は、やはり「好き」がきっかけだったんですか?
JUNJI:もちろんそれもあるけど、僕は自分のことを「ゴルチエの伝道師」だと思っていて、販売員だとは思っていなかった(笑)。
F:伝道師、と言うと?
JUNJI:ゴルチエって、毎コレクション「なぜ今回のコレクションを作るに至ったのか」を丁寧に私たちにも教えてくれるんですよね。だから、ゴルチエ自身が発信するものは「全部自分が責任を持って売ろう」と思えたんです。
JUNJI:僕がゴルチエで働いている時から知ってくれているお客さんは「ゴルチエの舟頭」と言ってくれる人もいましたね。少しおかしな例え話だけど、ゴルチエの服を買いたい人を、ゴルチエがいる向こう岸に渡らせてあげるよ、と。
F:現在はクリエイターとして活動されているJUNJIさんですが、ゴルチエのクリエイションは自分の表現活動にどのような影響を与えていますか?
JUNJI:味噌汁で言うところの出汁ですね。出汁が入っていないと、味噌汁ってすごく腑抜けた味になるでしょ?それと一緒です。
F:具体的にはどのようなことをゴルチエから学びましたか?
JUNJI:愛することと、ちゃんと傷つくことかな。
F:9月29日公開の映画「ジャンポール・ゴルチエのファッション狂騒劇」を観て、2022年に開催されたミュージカル「ファッション・フリーク・ショー(以下、フリークショー)」が想像よりも自伝的側面が強いことに驚きました。
JUNJI:劇中でもゴルチエが「傷ついたこと」は色濃く表現されていますよね。例えば、ゴルチエは幼少期に絵ばかり描いていて先生によく怒られ、おそらくとても傷ついた。でも、傷ついた上でそれでも健気に「僕の絵を見て!」と言い続けていたら、クラスの人気者になった、と劇中では語られています。ミュージカルで幼少期のことを赤裸々に描いているのも、傷ついたことを受け止めているからミュージカルとして昇華できたんだと思うし、クリエイションにおいても同じことが言えますよね。傷つくことを避けていると、表面上のクリエイションしか生まれないだな、と。
ゴルチエの服は今どこで買えるのか?
F:現在、ゴルチエの服はどこで購入できるんですか?
JUNJI:公式オンラインサイトや海外の通販サイトが中心で、直営店はありません。それも、過去のアーカイヴアイテムを現代版にアップデートさせたものがほとんどなので、ゴルチエ本人がデザインした新作は買うことができません。大きな理由は、映画でも本人が言っていましたが「もう飽きたから」とゴルチエがプレタポルテの製作を辞めたからです。
JUNJI:勘違いしている人がとても多いんですが、「ジャンポール・ゴルチエ」というブランドは「日本撤退」をしたわけじゃないんですよ。そもそも、ゴルチエの日本直営店オープンの契機は、1981年にオンワードホールディングス(当時はオンワード樫山)が資金調達をして、ライセンス契約を結んだのがきっかけです。つまり、ライセンスアイテムと、インポートアイテムがその頃から存在していたんですよね。
F:インポートとラインセンスはどのように異なるんですか?
JUNJI:縫製工場の違いが大きいですね。それにライセンスはいわゆる「リプロダクション」なので、デザイン性や生地も若干異なり、それに伴って価格もだいぶ違います。ちなみに、インポートはイタリア発のブランド「アルベルタ フェレッティ(ALBERTA FERRETTI)」が所有する「アエッフェ(AEFFE)」で製作されていて、ゴルチエを象徴するセカンドスキンのアイテムは、「フッチ(FUZZI)」というイタリアの会社で作られていました。
JUNJI:オンワードとのライセンス契約は2005年春夏コレクションに終了して、日本の直営店は全て無くなりました。実はその後も、オンワードは株式会社フュージョンという会社名で、ゴルチエのインポートアイテムだけを取り扱う会社を運営していたんです。言うなれば、オンワード出資のゴルチエジャパンみたいな感じですね。
F:インポートアイテムを取り扱うお店は日本には存在していなかったんですか?
JUNJI:福岡県の福岡市と北九州市、それと東京の丸の内(その後移転して銀座)のみフュージョンで取り扱いがありました。僕は福岡のお店でオーナーを、今回取材場所を提供してくれたセレクトショップ「コンプレモン」のオーナーが北九州市のお店を営んでいました。
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一斤のパンで一週間生活、食費を切り詰めて貯めたお金で初めて購入したアウター
JUNJI:これは僕が最初に購入した1995年秋冬コレクションのものです。当時は高校生でした。
F:いくらだったんですか?
JUNJI:15万円くらいだったかな。高校生の僕からしたら大金ですよね。この服を購入する数ヶ月前に、友人に連れられてゴルチエのお店に初めて入ったんです。そこで僕は恋に落ちちゃったんです。その日に「僕は絶対にこのアウターを買うんだ」と決めて、そこからバイト漬けです。当時、両親から毎日500円お昼代を貰っていたんですが、お金を貯めるために週初めに買った食パン一斤で食い繋いでようやく購入しました。
F:どうしてそこまでこのアイテムに惹かれたんでしょうか?
JUNJI:だって、これ、カッコいいじゃないですか!本当に、ただそれだけなんです(笑)。10代の僕に深い理由なんてなかったし「あ、これが絶対に欲しい」と思った。約30年前に購入したものですが、いまだに着ますよ。
F:コレクターの中には着用せずに保管する人も多いですよね。
JUNJI:僕は絶対に着る派ですね。毎回じゃないけど、1日に2回、3回と着替えるんですよ。例えば仕事が忙しくて「なんだか今週あんまり着替えていないな」と思ったら、朝コンビニに行くためだけにオシャレして外出する。夜食事に行く予定があればまた着替える。だから1500着ゴルチエの服を持っていても、隅から隅まで滞りなく着倒していますよ。
今こそゴルチエがアツい?最近よく見る「騙し絵デザイン」の真髄はゴルチエにあり
JUNJI:僕は、グレン・マーティンス(Glenn Martens)が手掛ける「ディーゼル(DIESEL)」の「トロンプルイユ」シリーズを見た時に「ゴルチエや!」と思ったんですよ(笑)。
F:グレンは元々ゴルチエの元で働いていましたし、近年だと自身が手掛ける「ワイ・プロジェクト(Y/PROJECT)」でゴルチエとのコラボコレクションを発表したりと、ブランドやゴルチエ本人とも縁がありますよね。
JUNJI:街でも騙し絵デザインの服を着ている子をよく見かけるようになって「時代がゴルチエに追いついたな」と思ったりします(笑)。
F:ゴルチエは、騙し絵のデザインをいつから発表しているんですか?
JUNJI:騙し絵のテクニックは昔から散りばめられていましたが、1995年あたりからより騙し絵のアイテムは多くなりました。黒のカーディガンと赤白のボーダーを組み合わせた騙し絵ニットも1997年に購入しました。スパンコールがあしらわれているデニムの騙し絵は2013年春夏コレクションのものなので、継続的に騙し絵のデザインは取り組んでいると言えますね。
JUNJI:中でもお気に入りなのは2005年秋冬コレクションに発表された騙し絵のアウター。これ、プリントじゃなくてジャカード織なんですよ。
JUNJI:このコレクションのルックは、人形にコレクションアイテムを着せ込んでいて「人間なのか人形なのか」「服を何重にも着ているのか、騙し絵なのか」がわからなくなるようなコレクションだったんです。ゴルチエがこのコレクションで伝えたかったのは「見かけに騙されるな」ということで。
F:人は内面と外見の二面性を持っていて、外見だけでその人を判断してしまうと内面にまで理解が及ばないですもんね。
JUNJI:騙し絵とは少し脱線するんですが、ゴルチエの服は必ず襟吊りが表に出ているんです。本来は、ジャケットなど内側に施されているものです。襟吊りに象徴されるような「裏の主役」を表にデザインすることで「ファッションには裏も、表も、男の子も女の子も関係ない」というフリーダムなゴルチエらしい考えがデザインに落ちている好例だなと思っています。
JUNJI:そう言うことを考えると、表に付けられた襟吊りや騙し絵は「ジャンポール・ゴルチエ」というブランドを端的に表しているな、と。ゴルチエはよく「派手で奇抜」と形容されることがありますが、実はすごくクラシックなブランドなんですよね。
F:「洋服やファッションにおいては、服は外見で着るものではなく、内面で着るものだ」というのがゴルチエの服に対するメッセージなんですね。
JUNJI:見方を変えれば新しい発見ができるのがゴルチエの世界です。それが存分に表現されたのがフリークショーなのかな。だから、ファッションデザインからミュージカルと表現の方法が変わったとしても、ゴルチエが伝えたいことはずっと一貫しているんですよね。
F:映画でもミュージカルでも、重要なキーワードとして「フリーク」という言葉が出てきますが、JUNJIさんはこの言葉をどのように解釈していますか?
JUNJI:ゴルチエの逸話で好きなエピソードがあって。ある日、お尻がとても大きな女の子がその悩みをゴルチエに打ち明けたところ、ゴルチエは「君のその大きなお尻は、愛すべき欠点だよ」と答えたそうです。僕はこの言葉に「フリーク」の定義が集約されている気がします。
F:「フリーク(freak)」は本来、奇人、奇形などの意味を持ちますよね。
JUNJI:ゴルチエが女の子にかけてくれた言葉は「それは欠点ではない」と言っているのではなく、言い換えれば「欠点だということを認めた上で、それは愛すべきあなたの個性だよ」と解釈しています。
JUNJI:話は少し横道に逸れるかもしれませんが、僕が彼の中に感じる魅力の一つに「品」があります。今の世の中はLGBTQ問題や人種差別など、様々な問題があり「差別するな!」という声も大きいですが、僕はそれがノイジーに感じることがあります。それは「自分のことを認めてくれ」が強すぎて「他のものは認めない」という意思を感じ取ってしまうからなんだと思います。「僕のことを認めて欲しい、でも他のことも認める」ということをとても自然にやっているのが、ゴルチエという人だと思っています。好きも認めるし、嫌いも認める。それが「フリーク」だ、と。
騙し絵シリーズは、バッグなどにも取り入れられている。
ゴルチエの定番「ボーダーアイテム」だけで50着持っているオタクの話
JUNJI:僕、ボーダーだけで50着以上持っているんです。
F:ゴルチエと言えば、ボーダーの服をよく着ているイメージがありますね。
JUNJI:彼はずっと「セントジェームス(SAINT JAMES)」を愛用していて。僕も、真似っこしてよくセントジェームスを着ていました。ボーダーアイテムは当初、インラインではなく「ゴルチエドットコム(gaultier.com)」というセカンドラインとして登場しました。
ゴルチエの金言「香水は最初に身につける洋服」
JUNJI:僕がずっと使っている「ルマル(Le Male)」というメンズ香水です。ゴルチエは女性の形を模した「クラシック(Classic)」という香水も販売していて、ボトルデザインは登録商標を取っています。
F:ボトルにもボーダーがデザインされていますね。
JUNJI:ルマルのプロモーションムービーには水兵が出てくるんですよ。映像の中では、水兵が休息のために立ち寄った港町で女性と期間限定の恋をしてまた船の上に戻っていく様子が描かれています。香りもミントとラベンダーに石鹸のような匂いがするんですが、映像と合わせて香りを味わうと、石鹸の泡のように儚く消えていくような一瞬のロマンスが詰まっているんですよね。
JUNJI:ゴルチエは「香水というのは、最初に身につける洋服だ」と過去のインタビューでも答えています。
F:映像にも登場していますが、ルマルは缶のようなパッケージに入って販売されていますよね。
JUNJI:この缶は、もともと初期にゴルチエがブレスレットとして発表したことがあったんです。近年では、これを模したミニバッグも販売しています。ゴルチエは1976年のデビューコレクションで缶やゴミ袋をファッションに昇華したアイテムを発表しています。今の世の中では「サステナブル」という大きくて便利な言葉で多い隠すことで似たようなことをやっているブランドがあるかもしれないけど、ゴルチエは「単純にお金もないし、可愛いから」という理由で結果的にサステナブルなことを1976年のデビューコレクションでやっているんですよね。
まだまだ続くゴルチエオタクの熱弁
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