Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
誤解を恐れずにいうと、ブランド設立から15年が経ち、初めてのショーだというのにあまり驚きがない。しかし初めて、そしてもしかすると一度きりかもしれないTOKYO FASHION AWARDの支援のもと開催したランウェイショーで、あえて大胆な驚きや演出を施さなかった誠実な姿勢は「ハトラ(HATRA)」らしさでもあった。もはやショーへの熱気は、開場の時間から漂っていた。いつもの展示会とは異なり、「ハレ」の場となった会場には今に至るまでのブランド成長を物語るように個々のスタイルでハトラを着こなすファンで賑わった。おそらく集まったみなが「ハトラを好きな人たちがこんなにさまざまにいる」のだと初めて物理的な形で確認し、ショーを見た後安堵が混ざる感動に満ち溢れていたのではないだろうか。
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Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
現在、ハトラがブランドコンセプトに掲げる「リミナルウェア」は、2010年創設当初掲げていた「部屋」という概念とは異なるもの。しかしデザイナー長見佳祐が、服を媒介として個人と社会の境界線を考え、時代に合わせた「居心地のいい」状態を衣服で表現することへの探究心はコンセプトワードを変えてもなお一貫している。

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創設当初の2010年代は、いま振り返れば「自宅警備員」という引きこもりによる自称としてのインターネットスラングが流行った時代。働かずに家に引きこもる若者が増えたことが社会問題化されていた一方で、当事者たちはインターネットの普及が追い風となり、フィジカルとして外に一歩も出なくとも、自宅からニコニコ配信などのネットを介して社会との接点をもつ営みをしていた。そんな時代に、ハトラはまさに「部屋」のような居心地を外に持ち出せるポータブルな空間としての衣服を提示。ブランドのシグニチャーアイテムとして親しまれたスウェット素材のパーカは、それまでストリートウェアとして展開されていたカジュアルパーカとは違って細身のシルエット。顔を覆い隠せるほどのフードを被ることで、いつでも自分の世界へと戻れる、いわばワープするような力とも、社会との境界線を引く役割とも言えるデザインを作り出した。それは同年代にブランド創設した「バルムング(BALMUNG)」のビッグパーカとも一見重なるようだが、両者とも向いている方向は異なる。バルムングは街の日常に自分を示す空間を拡張させる外向きな姿勢があり、反対にハトラは街の喧騒から自分を保つための内向きな空間を常に軸としてきた。

Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
そこから約8年後、全世界がパンデミックにより等しく移動の制限と家にこもることを強いられたとき、ハトラは改めて「部屋」をコンセプトとした衣服、ひいては、人々が「居心地のいい」状態について考え直す機会に直面した。ハトラに限らず、全世界の人々がリラックスできていた自宅を窮屈に思う反面、外とのコミュニケーションを通して吸収したさまざまな体験を経て自己が保たれていることに気がついた期間だっただろう。多くのブランドはバーチャルを非日常的なハレの場として考え、人々の心を癒すようなルームウェアから派生した着心地のいいスタイルを展開。パジャマのままでは気分が下がる、しかし身体を締め付けるデザインはより緊張感を与えてしまう。いずれにしても、特定の場所やシチュエーションにおける人々の気分に作用したり、SNS上でのコミュニケーションツールとしてファッションの意味性を再解釈していたように思う。

Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
ハトラは「居」心地に選択肢がなくなったとき、部屋という出発点と帰着点は変わらないものの、その間に時間をかけて移動することで人々が感じられていた「心地よさ」に着目。21年から掲げているコンセプトの「リミナリティ」は、そうした異なるふたつの地点を行き来する際に一時的に通過する間にある時間や空間、状態を示している。普段聞きなれない言葉なので小難しく感じるものの、今回選んだショー会場近くにある「東京駅」は、まさにその状態を表す場所のひとつだ。目的地に向けてこれから新幹線に乗る人、都内に出かけるために電車に乗る人、東京に戻ってきた人、待っている人、海外から東京に降り立ったばかりの人などあらゆる人々が同じ瞬間と場所で交わり、個人個人がこれから起きる体験によって変化を受ける可能性も秘めている。2022年秋冬のキャンペーンヴィジュアルで、空港を撮影場所にした理由も同じところにあるのかもしれない。

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今回のコレクションテーマとなっていた「WALKER」について、「衣服が物理的に、または意味的に揺れることについての観察を起点に制作されています。 着用者の動きによって絶え間なく変化し、さまざまなイメージが生まれては消え去っていくこと、ハトラでは、この非連続的な変化を『瞬き』と呼んでいます」とコレクションノートに記してある。「瞬き」と言うキーワードは、振り返れば2025年春夏の「WINKER」から始まったもの。それは単純に人間の目の動きを意味するだけではなく、長見とハトラチームが生成AIや3Dパターンソフトウエアの「クロ(CLO)」などのデジタルツールを取り入れたデザインプロセスにも掛かっている。デジタルツールと聞けば、どこか効率的で人間が知りたいと望む答えを即座に出してくれるものだと思ってしまうが、ハトラにおいては、何千枚、何万枚もの秒単位の画像生成を毎日繰り返すなかで人間では気付けない視点を与えてくれる新たな想像力として活用しているようだ。AIが提示する膨大なヴィジュアルを見て、そこになぜ自分が面白いと感じたのかと自問自答するようなプロセスは、常に偶然性に出会える制作環境でもあり、蓄積すれば確固たるハトラらしさを構築し更新できるベースともなる。
これまで静止したルック画像のなかで、なにか揺れや動きの間にあるようなグラフィックデザインやシルエットを描き出していたハトラにとって、今回は動的な状態、まさに出発点からランウェイという通過点を歩き、戻っていくリミナルな状態を立体的に見せるのは初めての機会だった。これまでのハトラのコレクションを凝縮させたような象徴的なルックが次々と螺旋状のランウェイを通り過ぎる。秋冬シーズンだが、軽やかなシフォン素材のドレスやメッシュ素材のガウンとパンツに肌の露出が多かったのは、あえて生身の人間が見せる妖艶さを引き出すためだったように感じた。正直なところあまりのまとまりの良さに、過去のコレクションアイテムも混ぜながらでもより多くのルックを見たいと思う物足りなさもあったが、逆を言えば今回のショーのアイデアとして「走馬灯」を意識していたという長見が想定していた時間の流れ方だったのかもしれない。

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

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ショーの翌日そんなことを反芻しながら、公開されたショーの記録画像を見ると驚きがあった。暗闇の中からぼんやりと浮かび上がるモデルの顔と露出部分、目がくらむような地球の景色が流れ込んだグラフィック柄のドレス、そしてブラックカラーのアイテムや余白は背景と同化し、よりグラフィックの揺れや輝き、終盤に登場した構築的なパンツのシルエットがトロンプルイユのように映っていた。このビジュアルまで計算したのかは定かだが、「WALKER」がつくられるまでの15年間にわたるハトラの抜かりない審美眼が光っていた。

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