Image by: FASHIONSNAP
映画「花腐し」を、荒井晴彦監督は“ピンク映画へのレクイエム”と形容する。ふたりの男とひとりの女が織りなす愛の物語である同作は、たしかに会話劇でありながら、構造はピンク映画を模している。その脚本に、程よい湿度を纏い、艶やかで、ただそこに立っているだけで妙に色っぽい二人の俳優が花を添えた。
控え室から出てきた綾野剛は、カメラマンとポージングや表情の打ち合わせを始める。何人ものスタッフがいるにもかかわらず、たった一度の挨拶でインタビュアーの名前を覚え、呼んでくれたことに、俳優 綾野剛としての懐の深さを感じさせた。続いて控え室から登場した柄本佑は、綾野の髪がほんのりとグレーに染まっていることにいち早く気付き、談笑を始めた。柄本の人懐っこさは、今までに数多くの現場で光をもたらしてきたことだろう。そんな風に、和気藹々とした雰囲気の中で撮影は始まったが、カメラを向けられた次の瞬間、二人はきりっとした目つきに変わり、発せられた色気は想像をはるかに超えるものがあった。
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ー映画とファッションと聞くと、どんなことをイメージしますか?
綾野剛(以下、綾野):密接ですよね。
柄本佑(以下、柄本):同じことを考えていました。俺、そこからしか普段のスタイリングを組んだり、買ったりしない。
ー映画に出てくる役者やキャラクターの格好をしたい?
柄本:そうそう。「8 1/2(はっかにぶんのいち)」を観て、マルチェロ・マストロヤンニが演じるグイド・アンセルミのような黒縁メガネを買ったし、「スケアクロウ」でアル・パチーノ演じる“ライオン”が着ていたコーデュロイのブラウンパンツを買いましたよ。
ー綾野さんは、普段のワードローブでは黒い服を着ることが多いと聞きました。
綾野:当時は黒を纏う事で、役と自身との境界線を作り、世界を切り替えるスイッチの役割になっていました。役の持つ色の鮮明さを見失わない為にも必要なアプローチだったんですよね。同時に自分にとって集中力を高めるカラーでもありました。現在では黒との関わり方はもう少しシンプルになっていて。仕事や撮影でまとう色として、自分自身はもちろん、作品と自分をお互いに高め合えるカラーへと変化しているかな、と。
その変化は普段着にも現れていて、プライベートではアースカラーや古着、ヴィンテージアイテムを着ることが多くなりました。若い時はずっと古着を好んで着ていたので、帰着したとでも言えばいいんでしょうかね。きっとファッションという概念の前に服が好きなんです。もっと言えば「服が生まれる過程と経年変化」が好き。デザインや機能されたものに対する敬意がありながら、誰かがデザインした服を楽しませてもらっています。
ーなぜ黒が集中力を上げる色だったのかを考えたことはありますか?
綾野:映像の撮り方の話なんですが、黒を美しく映像として映し出すのはとても難しいんです。だから、古典作品や現代作品で、映像において圧倒的な黒を目の当たりにした時、いつもドキリとするんですよね。「一見、こんなに単色単純で簡単そうな色なのに、映し出すとなると難しい」という事実に魅了され、当時の集中力と相性が良かったんです。
ー柄本さんは、服やファッションに対して何か独自の考えを持っていますか?
柄本:ありがたいことに、お仕事で「ジル サンダー(JIL SANDER)」を着させていただいたりと、所謂ラグジュアリーブランドと呼ばれているものに袖を通す機会が増えまして。それらの経験を踏まえて思うのは「やっぱり、普段からなんとなくでもいいから、『良いもの』を着ておいた方がいいな」ということかな。
ーその心は?
柄本:そっちの方が、日常的にやってくるオンとオフでの高低差じゃないけど落差が浅く済むと思うから。どんな良いことがあるかと言うと、単純に「服の着方を知っている状態」からスタートできる。着方を知らないよりも、わかっていた方が、表現の引き出しが増えるんですよね。やっぱり普段から良いものを着ていないと、いざ着た時に「なんだこれ」で一旦立ち止まってしまって、わかった時にはもう撮影が終わっているなんてこともある。パっと服を目にした時に「あ、ここだな」みたいなワンポイントが見つかるだけで、表現する時の強みというか自信にも繋がると思うんですよ。まあ、仕事柄ですけどね。
ー普段から良い服を着ていると、オンとオフのスイッチの切り替えが難しいと感じることはないんですか?
柄本:この仕事は平気でオフだらけになるんです。開店休業状態の時に「商品の埃を払っとくかな」みたいな感覚が近いのかな。埃を溜めっぱなしだと、きっと開店休業状態はずっと続いちゃうだろうし。
ーお二人は今回、映画「花腐し」で初めて本格的に共演されています。
柄本:「ピースオブケイク」では間接的に共演しているんですけど、一緒に何かをしたのは「64(ロクヨン)」が最初かな。
綾野:僕、純粋に佑くんのファンなんです。佑くんと共演して感じたのは、芝居の初速の速さです。どうしても演じる時に、感情から言葉にすることに重きを置きすぎて、気持ちの間が空きすぎたりしますが、佑くんはそれをまったく感じさせないな。なによりも、僕自身がそこに自然と居られるんですよね。
柄本:僕も、綾野さんとこんなにしっかりと一緒にお芝居するのは初めてだったのに、不思議なくらい違和感がなかったです。もっと前から、一緒に仕事をしていたような気さえしましたね。今回の作品で言うと、荒井さん(同作の監督 荒井晴彦)の脚本と綾野さんの親和性の高さにびっくりしちゃいました。「こんなにすんなり入ってこられるんだ!」と。僕は「火口のふたり」※で大苦労したから、今回もう一度呼んでいただいたので、ガッチガチに役を作っていたんですよ(笑)。そうしたら綾野さんはとてもニュートラルに入ってこられたから「あの時の俺、なんだったんだよ!」と思いました(笑)。すっと、荒井さんの世界やセリフの中にいらっしゃるんですよね。
※火口のふたり:2019年に公開された荒井晴彦監督作品。柄本佑は、瀧内公美とダブル主演を務めた。
ー今回の新作では、現代のシーンをモノクロで、回想シーンをカラーで映し出します。一見、表現方法が逆のように感じました。
柄本:ある方が同じ質問を荒井さんにされていて。そうしたら「劇中でも登場する大滝詠一さんの『君は天然色』の歌詞で『想い出はモノクローム 色を点けてくれ』って歌うからだ。『色つけてくれ』って言われたから色をつけたんだ」っておっしゃっていました(笑)。
ー個人的には、最後の古き良き昭和のピンク映画を観られた気がして嬉しい気持ちになりました。後半には怒涛のラブシーンもあります。
柄本:18歳になった時に何が一番嬉しかったかっていうと、ピンク映画館に入れることだったんですよ。当時の俺は「数のない質はありえない」と思っていたから、連日、新宿東口にあったピンク映画館「新宿国際劇場」に通い詰めていて。ピンク映画って面白いんですよ。10分に1回ベッドシーンがあること、3人以上の女優さんにおっぱいを出させること、300万〜400万円の予算で作ること以外は“どフリー”で何を作っても良い。鮮度も大事で、“なまもの”であるから、撮影から時間が空きすぎると「あれ?」なんてこともあるらしくて。だから、基本的には2、3日で撮影して、すぐ仕上げて公開されていたそうです。まあ、今話したのは余談なんですけど、そういうバックグラウンドが俺自身にあるから、ベッドシーンにあまり抵抗がないんですよね。今回だと、お尻に棒を刺されちゃうシーンとかもありましたけど、ああいうのはちょっとワクワクしちゃう。
ーセックスシーンなのにくすりと笑えてしまったり、セックスと食べること、眠ることが同列に描かれていることに救いを感じたりしました。
綾野:人が生きていく自然な営みを平易に表現してくれるのは荒井さんの作品の魅力ですよね。栩谷も佑くんが演じた伊関も、日常の循環としてセックスを捉えている。伊関という人は、僕が演じた栩谷の写し鏡のようで、栩谷が伊関だった可能性は充分にある。役が生きている証として、僕にとっては栩谷という役が生きる理由になる。他者が自分を見つめたり、話しかけたり、触れ合ったりすることで、それぞれが存在しているという証明にもなる。役も相手も自分にとっても生きた証みたいなもんです。
ー「恋」と「愛」はどのように違うと思いますか?
柄本:そりゃもう、安心と不安ですよ。
綾野:(笑)。
ー(笑)。劇中の「男と女の関係は腐るだけ」というセリフが印象的でした。栩谷と伊関は古典作品やその中で登場する台詞を多く引用しながら会話を進めます。お二人は恋愛において印象的な作品や台詞、シーンはありますか?
柄本:あのね、いっぱいあるんですけど、これ好きだなと思ったのは10代の時に見た映画「ベニスに死す」のラストシーン。メイクをしたダーク・ボガード演じるグスタフ・フォン・アッシェンバッハが、メイクアップをされた後に、自分の顔が写った鏡を見ているんですよ。それで、後ろからメイクをした人が「これでいつでも恋ができますよ」と声をかける。あれは、びっくりしました。「これでいつでも恋ができますよ」という台詞がすごく好き。
綾野:「だいじょうぶ」という言葉のあり方。この仕事をしていて、大切にしたい言葉の一つです。リアリティを追求した「大丈夫。」で相手の人生が決まってしまうものもあれば、スーパーヒーローが助けに来た時の壮大な「大丈夫!」かもしれない。「大丈夫?」と確認するものもあるし、自分に言い聞かせる「大丈夫」もある。時として「大丈夫だよ」と声をかけるのが怖くなる時もあるし、その一言で傷つけてしまう言葉にも変わる。その「だいじょうぶ」が持つ力と儚さの共存に、複合的な魅力と危うさを感じます。その曖昧性みたいなものが、人を惑わすし、人を強固にもする。不思議な話なんですが、演じている時に「あ、そろそろ大丈夫って言いそうだな」と思ったりもするんですよね。役者としても、人としても生きていく上でも絶妙なテーマで、完成度の追求をいい意味で放棄している言葉だと思っています。
柄本:荒井さんって「愛してる」という台詞を書いたことがないんですよ。「愛してる」と書いたとしても、「愛してる、今は」になる。「だってわかんないじゃん!」とか言ってね(笑)。でも、気持ちはわかる気がします。「愛している」ってなんか端的で近いようで、遠い言葉ですよね。
<GO AYANO>
Styling:Hiromi Shintani (Bipost) Hair & Makeup: Ishimura Mayu
<TASUKU EMOTO>
Styling: Shinichi Sakagami(ShirayamaOffice) Hair & Makeup: AMANO
photographer:Hikaru Nagumo(FASHIONSNAP)
text & edit:Asuka Furukata (FASHIONSNAP)
■花腐し
公開日:2023年11月10日
監督:荒井晴彦
脚本:荒井晴彦、中野太
キャスト:綾野剛、柄本佑、さとうほなみ ほか
上映時間:137分 R18+
公式サイト
あらすじ
廃れつつあるピンク映画業界で生きる監督の栩谷(綾野剛)は、もう5年も映画を撮れずにいた。梅雨のある日、栩谷は大家からアパート住人に対する立ち退き交渉を頼まれる。その男 伊関(柄本佑)はかつて脚本家を目指していた。栩谷と伊関は会話を重ねるうちに、自分たちが過去に本気で愛した女が同じ女優 祥子(さとうほなみ)であることに気づく。3人がしがみついてきた映画への夢が崩れはじめる中、それぞれの人生が交錯していく。
「火口のふたり」の荒井晴彦監督が綾野剛を主演に迎え、芥川賞を受賞した松浦寿輝の同名小説を実写映画化。原作に“ピンク映画へのレクイエム”という荒井監督ならではのモチーフを取り込んで大胆に脚色し、ふたりの男とひとりの女が織りなす切なくも純粋な愛を描く。
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