ロンドン発のグローバルシティガイドメディア「タイムアウト(Time Out)」が発表した「世界で最もクールな街 2024」に、東京の「学芸大学」が日本で唯一ランクインした。1位はフランス・マルセイユのノートル・ダム・デュ・モント、2位はモロッコ・カサブランカのメルス・スルタン、3位はバリ島のペレレナン。世界中の38エリアが選出された同ランキングで、学芸大学は15位だった。
しかしなぜ、学芸大学は世界が認める「クールな街」になり得たのか。そのヒントは、この街に増え続ける、他所にはない「個店」にある。学芸大学では現在「学大高架下リニューアルプロジェクト」と題された再開発が進行しており、2024年7月から順次新たな施設が開業。東京都下で巻き起こる様々な再開発事業は、独自の個性を持つ街を「均質化」していると批判されることもしばしばある一方、学芸大学の再開発では、「どこの街にでもあるようなチェーン店の誘致」をできるだけ避けて進めてきた。学芸大学は、画一化された再開発の波から逃れ、独自の成長・変貌を遂げつつある稀有な街なのだ。
今回は、「学大高架下リニューアルプロジェクト」に携わる1人でもあり、そこで新たな個店を立ち上げたオーナーでもある上田太一氏に、学芸大学が世界的に魅力的な街と言われるに至った背景と、街づくりにおける「個店」の役割について訊ねた。
上田太一
1982年生まれ。神奈川県横浜市出身。慶應義塾大学法学部卒業。番組ディレクターを経て、カフェやコミュニティスペースなど場のプロデュースに携わるgood mornings(株)に参画。2017年から知人らと共同で場づくり会社welcometodoを設立。編集の視点を活かして飲食店や商業施設、メディアなどのディレクションを数多く手掛ける。学芸大学では、カルチャースペースである「路地裏文化会館C/NE」と飲食店「台湾屋台縁食区CHI-FO」、ブックカフェ「COUNTER BOOKS」を運営している。「学大高架下リニューアルプロジェクト」のコンセプト立案や企画を担当。
目次
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世界が羨望を向けるのは、消費に囚われないオルタナティブな街
まず、タイムアウト誌が指す「クール」の定義とは何なのか。一般的には洗練された、かっこいいといったイメージを想起させるが、上田氏は「店同士の距離の近さや、商店街を歩いて回れる環境、有事の際はみんなで助け合える緩やかな連帯感。自分のやりたいことにチャレンジしている個人店の多さ。“消費空間として都市をブーストしていく”といった既存の価値観に対する、オルタナティブで『余白』のある街づくりの在り方をクールだと評価してもらっていると思う」と話す。
学芸大学駅(以下、学大)の変化は、一見目には見えづらい。「クール」と言う評判だけを頼りに週末学大に出向いても、具体的に何がクールなのかを感じ取るのは難しいだろう。しかし、定期的に街に出向いたり、生活の拠点を置いて暮らしたりと、街と関係を継続する中で初めて、そこに育つローカルなカルチャーの存在に気付かされる。
街に文化を生む、人の「B面」が育つ場所
学大ではなぜローカリズムが浸透するのか。その背景には、「場づくり」の考え方がある。上田氏が友人らと手掛ける場づくりの会社「welcometodo」は、2017年から学芸大学に拠点を構える。同社が2018年から自社事業として展開するイベントスペース「シーネ(C/NE)」*は、学芸大学に個店が生まれるきっかけの一つとして機能している。
2018年1月に厚生労働省は「副業・兼業の促進に関するガイドライン」の「モデル就業規則」上で「副業禁止」の規定を削除し、新たに副業を認める条文を追記した。これを機に日本では副業を解禁する企業が増え、本業の傍で、趣味を副業として本格的に追求する人が増えていた。こうした時流を受け、シーネでは「みんなのB面(副業)の活動拠点」を目指した。
◾️C/NE(シーネ)とは
1階の「シーネ食堂」は平日昼はカレーショップ「syncカレー」が営業。週末は映画上映会やポップアップが開催されている。上田氏たちは「イベントスペース」ではなく、「私設の公民館」と呼び、地域の人同士や店同士をつなぐ結節点になる場所を目指す。
「路地裏の文化会館」をコンセプトに、誰もが自由に利用できるこの空間では、子ども向けの上映会からヨガイベント、音楽ライブ、マーケット、ギター教室、結婚式まで様々なイベントが開催されている。中でも最も多い使用用途は、料理好きが誰かに手料理を振る舞うためにシーネを間借りして店を開く「個人の料理人によるポップアップ」だという。様々な個人の活動拠点として5〜6年間運営するうちに、場に集まる出店者や常連客の関係は変化していった。シーネに毎月出店していたキクタロー氏は、料理が人気を集め、学大高架下の一区画に自身が料理長の台湾料理店「CHI-FO 台湾屋台縁食区」の店舗をオープンした。学大では、誰もが好きなことに挑戦できる小さな「場」から、新しいコンテンツが誕生している。
シーネに集う常連客同士や出店者同士の横のつながりも広がっていき、「個人が本当にやりたかったことに挑戦できる場所」が地域の人間関係や街への関心向上、ひいては街づくりの一助になっているのだという。
“開業日がピーク”にならないために、ローカルな個店が必要
東急が指揮を執る再開発プロジェクトが始動したのは2021年。シーネでの取り組みが目に留まり、上田氏たちが同プロジェクトの企画メンバーに選ばれた。既存の高架下の商業エリアをリニューアルした「GAKUDAI PARK STREET」には、地元に関わりのある希望者が手掛ける書店や飲食店など9店舗が新たに入居した。
従来の新しい商業施設は、どのようなものが「完成するか」に重きを置いて、開業日前日に多くのメディアを呼び大々的に披露する。一方それは「オープン日がその施設の“ピーク”」とも言え、後には街との接続のない箱が地域に残る。本当に街にとって必要なものは、その地域の固有性を尊重すること。そのため、学大の再開発では、地元に縁のない企業やショップはできるだけ誘致しなかった。土地に縁のない有名店を誘致してもその店は街の“個性”にはならない、長期的な目線で考えれば、街に縁のある個店を育てる方が街の財産になるという考えだ。
関係者間で共有されていた同再開発の裏テーマは、「高架下がきっかけとなって、まち全体に関係性の網の目の数を増やすこと」だったという。従来の再開発では、いかにその土地の賃料を上げることができるかという経済的な指標で測る以外にKPI(重要業績評価指標)が設定できず、賃料を上げれば資金力のある大手のチェーン店しか集まらない画一的な風景が生まれてしまう。しかし、「その街らしさをブーストする再開発」のためには、数字で測れない指標を全ての関係者が心に留めておく必要があった、と上田氏は話す。
一方で、小規模なプロジェクトゆえに、ローカルな個人の挑戦に並走できたシーネとは異なり、大手企業が指揮する再開発事業では、理想と現実の間にギャップは存在した。元々学芸大学の地価は都内の中でも高く、最低限の収益性を見込む出店計画が求められることで、すべての個人の挑戦を受け入れることができなかったという現実もある。
「GAKUDAI PARK STREET」のテナント選定で重視されたのは「昼間の学大の顔」になる店。学大エリアは、コロナ禍を経て立ち飲み屋をはじめとした夜間営業の飲食店が急増し、カジュアルにはしご酒を嗜むのが楽しい街というイメージを強めていた。しかし、プロジェクトを進める中で、夜だけではなく、日中過ごしやすく、ローカルの文化に触れることができる街づくりを求める声もあったという。そこで、「GAKUDAI PARK STREET」には、学大エリアを拠点に人気店を営むオーナーたちが企画を温めていたランチやテイクアウトをメインとした新業態店が多く出店することで、「昼の学芸大学らしさ」を目指しつつ、収益性も担保した。
【ある店の話】儲からない書店業、それでも本が「めちゃくちゃ」売れる
そうしたシビアな収益性とローカル性のバランスを見ながら検討された出店計画。その中で上田氏は、高架下に一つの小さな新刊書店「カウンターブックス(COUNTER BOOKS)」を開いた。日本出版インフラセンターの発表では、2003年度に2万880店あった全国の書店数は、2023年度には1万918店に半減した。日々街からは本屋がなくなり続けている状況に逆行するように、なぜ「本屋」を作ったのか。
オンラインストアと違って偶発的に新しい本と出会える書店は、検索では出会えない新たな興味や未知の世界への接続点を与える。そうした自身の内面に静かに向き合うことができる場所が、「料金を払わなくても滞在できる場所」でもあることは、「街にとっての『精神的なセーフティスペース』としての役割も果たす」と上田氏は語る。
高架下に求められる「日中滞在できる場所」という条件と同時に、カウンターブックスが目指したのは「動的な交流」と「静的な内省」を両立することができる、「本を介したコミュニティスペース」。静かな書店としての機能に加えて、動的な交流の場を作るため、カウンターブックスではカフェ&バーを併設した。メニューには、日本では中々見る機会がない海外の郷土料理や世界中の珍しい酒類が並び、自然と「これはなんですか」といった会話が生まれる。
一息着くことができるサードプレイスでありながら、知らないものを目にして心が動く瞬間やそれを誰かと共有するという時間を空間全体で提案する。飲食を併設することで客単価向上の狙いもある。
最初は様々な他店に出店を持ちかけた。興味を持つ店は多かったが、返ってくる答えは「本屋は本当に儲からないから、2店舗目は無理」という声。ならば自分で立ち上げるしかないと決心し、ゼロからの書店作りが始まった。最もハードルが高かった取次会社(出版社と書店の間に立ち書籍の供給を行う)とのやりとりをはじめとする本の仕入れは、学大に昭和3年に創業した恭文堂書店が買って出てくれた。新たな世代が地元に本屋を取り戻そうとしていると知り、地元を長年支える老舗も全面的に協力してくれたという。
カウンターブックスのテーマは、本を買いたいと思う動機そのものを売る「街の好奇心売り場」。様々なテーマに対して現状をただ肯定するのではなく、思索と対話のきっかけとなるような「カウンターな本」を揃える。
選書は、奥渋谷のSPBS(SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS)から独立したばかりだった工藤眞平氏に声をかけた。店頭に並ぶ本の方向性を定める「キーブック」400冊を上田氏自身が選書し、以降は工藤氏がその400冊の内容から解釈を拡げて選書を進めている。レイアウトにも気を配り、ジャンルはさまざまでも一冊一冊が関連し、新たな興味を惹くような相関性を重視した棚づくりを行う。
「儲からない」と言われた書店業だったが、売れ行きは好調。開店時に揃えた約2000冊は早々に完売し、「自分でも驚くほど、想像以上に本が売れるんです」と上田氏は話す。スマホでは見つけられない刺激的な出会いを求め、客層も幅広い。
これからの街には「編集者」が必要
「シーネ」では、映画と食というカルチャーを介した人と人との輪の拡がりを作ってきたが、カウンターブックスでは本を軸にする。「カルチャー的な物事は、肩書きや収入、出身地といったものを取り払い、純粋に自分の好きなことや興味のあることを介して、“人同士”が出会える」と上田氏。カルチャースペースを街に増やしていくこと自体が、住人同士の横のつながりを生み、多様な生き方を後押しし、住みやすさや幸福度につながっていく。様々な大人たちが自分らしく活躍する街は、子どもたちにとっての活きた学び場に変わるかもしれない。これからの街づくりには、暮らしやすく、住みやすい、コミュニケーションとカルチャーが集まる場づくりが欠かせないという。
では、これからカルチャーが生まれる場所は「誰」が作るのか。「これからの街づくりには『編集者』が必要」だと上田氏は話す。同氏はテレビ業界で報道系番組などのディレクターを約10年間勤めたが、次第に視聴率という数字でしか測れない視聴者の存在に実感が持てなくなっていったという。「目に見えない1000万人よりも目の前の100人に届けたい」と考え、活動のフィールドを「場所」に切り替えた。「編集者」を名乗り始めたのはその頃から。テレビ番組制作時代も、自分で立てた企画を取材し、編集してコンテンツを作っていた、ならばやってきたことはずっと変わらず編集だ。上田氏の言う「編集者」というのはコンテンツを「編集」する全ての人を指す。
カウンターブックスでは、個人が作る書籍「クラフトプレス」のイベントを定期開催するほか、編集者によるトークショーなどのイベントも積極的に開催することで、本を売るだけでなく、「誰でも本の作り手になれる」という発信を続けている。好奇心を刺激する場をきっかけに、ものづくりに携わる人を増やしていくことが狙いだ。
カルチャーが自走する街づくりに最も求められる能力は「物事に価値を見出すこと」。つまり、地域に根付いたカルチャーやクリエイターの可能性を見落とさず、その価値を広く理解されるように伝えていくこと。そうした、周囲が気がついていないモノや人の価値に気がつき、光を当てるのは「編集者」が最も得意とする領域だ。近年は「建築家」が主導する、空間優位な街づくりが度々注目を集めてきた。
「でも、これからはもっと人やコンテンツが街を引っ張っていく時代になると思います。編集者はもっと自分の職の領域を広げて、街に繰り出していくべき。街づくりに編集者が求められる時代がすぐに訪れると思います」(上田氏)。
気がつけば地元に愛された店が消え、有名チェーン店が軒を連ねるだけの没個性的な再開発で「個性的な街」が年々姿を消している東京。個性的で「キャラの立っている」店や人の周りには、そのキャラクターに共感した人が集まり、そうした環境で新しいカルチャーやファッションは育ってきた。学大の事例は傍目には「地味」だが、そうしたローカルの色を育てようとする姿勢が世界から「クール」と評価されたことは街の差別化における大きな試金石になるだろう。学大の例に続き、東京、そして日本の各地で魅力的でローカルな街とカルチャーが生まれることに期待が高まる。
◾️カウンターブックス:インスタグラム
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