Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)
「フェティコ(FETICO)」初となるフィジカルショーで最も印象的だったのは、真っ赤な口紅を付け、黒いエナメル素材で仕立てられたセットアップを着用した白髪の女性モデルだった。それは「フェティコ 2023年春夏コレクションの着想源になった鈴木いづみがもしもまだ生きていたら、こんな風に強い意思を感じる、たくましく美しい女性だったんだろうか」と想起させたからに他ならない。1970年代に活躍した鈴木いづみは36歳の若さで自死。今年で没後36年になる。フェティコ デザイナーの舟山瑛美も1986年生まれ、今年36歳だ。女性の強さと美しさを、服という媒体を通して追求し続けた舟山が、鈴木いづみに辿り着くのは至極自然であることのように思った。
「Rakuten Fashion Week TOKYO 2023 S/S」のフィジカルショートップバッターを務めたフェティコ。今シーズンのインスピレーション源となった鈴木いづみは、ホステスやヌードモデル、ピンク女優を経て、第30回文學界新人賞候補に選ばれたことを契機に作家としても活動していた。その後アルトサックス奏者 阿部薫と結婚するが離婚。翌年、阿部は薬物の過剰摂取で急死している。鈴木いづみ自身も自らで命を絶ったこと、自由で開放的な文化が花開いた1970年代に音楽、酒、セックス、薬物に溢れた生活を送ったことなど、彼女はしばしば過激で壮絶な人生を送った女性として語り継がれている。鈴木のどういったところに魅力を感じたのかという問いに対し舟山は「女性上位思考であり、荒木経惟と協業して出版したヌード写真集はリアルな女性の曲線美が現れていた。彼女がその美しさを見せつけている姿に自己愛を感じた」と答えた。挑発的だけど繊細、ダークだけどピュア。これらの相反しながらも共存する不思議なギャップはフェティコが過去6シーズンかけて表現してきたものにもリンクする。フェティコが今シーズンのテーマに据えたのは「Admire your own body(己を褒める)」。
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「ブランド初のフィジカルショーであることも後押しになり、ブランド立ち上げ当初から主軸として据えている『アジア人女性の美しさを魅せたい』という想いをより強く打ち出そうと思いました」(舟山瑛美)。
会場は、ランウェイの上に照明器具が数頭置かれたシンプルなものだった。"幕"を境界に内と外に分け、演者であるモデルが幕の内側から外側へと闊歩し、スポットライトを浴びながらまた内側へと戻っていくファッションショーはある側面では「舞台」と言い換えることもでき、ここでも着想源となった女優 鈴木いづみの存在がちらつく。会場が暗転するとサックスの音色が鳴り響き、鈴木に影響を受けてデザインされた服を着るモデルたちを、彼女の元夫でアルトサックス奏者の阿部薫が見守っているような不思議な空気が会場を包み込んだ。
舟山の鈴木へのリスペクトはもちろんデザインにも落とされている。彼女が活躍した1970年代のエッセンスが取り入れられた、フレアシルエットのジーンズやスカート、ペイズリー柄のジャカードブラウス、ヒッピーエッセンスを感じるサイケデリックなネオングリーンやピンクを用いたボディースーツ、女優帽を想起させる鍔の大きなハットなどが登場。中でも、深いVカットが印象的なノーカラージャケットのセットアップは鈴木が着用していたドレスからヒントを得たという。ランウェイには、ブランド初のシューズも登場。スクエアトゥが印象的なプラットフォームシューズとフラットシューズ2型が披露された。
「今回はいつもよりも更に体のラインを美しく見せることにフォーカスした」と話すように、フェティコらしさの追求もランウェイでは見られた。透け感のあるシアー素材を用いたトップスや、ランジェリーを思わせるサテン生地のワンピース、適度なカットアウトで美しく肌を露出するシャツ、エフォートレスでヘルシーな印象を与えるニップレスなどは、異性意識を排除した「自分自身を魅力的に感じられる装い」の種類を増やそうとする舟山の信念が伺える。
「他の誰でもなく自分のためにあること。美しくあろうとする意識を持つ人はそれだけで美しい。自己愛を持って、自由に装いを楽しんで欲しい」(舟山瑛美)。
フェティコは、2023年春夏シーズンから新たに発足したブランドサポートプログラム「JFW NEXT BRAND AWARD」を受賞。デザイン性、独創性、将来性、市場性、完成度などが評価され、100万円の補助金支給が決まっている。また一般社団法人日本ファッション・ウィーク推進機構から1年間の援助を受けるため、来年3月に開催予定の「Rakuten Fashion Week TOKYO 2023 A/W」で2度目のフィジカルショーも期待されている。女性デザイナーによる、女性の強さや美しさにスポットを当てるブランドは日本国内だけでも数多もあり、「普遍的な女性の肉体的美しさ」は古代ギリシア時代から思案され続けている。初のファッションショーを終えたフェティコは、今後その中で既視感との戦いを迫られることが予想される。おそらく「(本当に存在するかもわからない)目新しいもの」を求めるファッション市場の要求は今後もエスカレートする一方だろう。そんな中でフェティコは「そもそも女性の体そのものが美しく、新しく付け加えるべき目新しいものなどこの世にはもう存在しない」という前提に立ち、新しさではない他のベクトルから普遍的な女性の美しさを模索しているようにも見える。だからこそ今回のアワードでも「市場性(身につけやすさ、手に入れやすさ)」が評価されたのかもしれない。
古代ギリシア時代に作られたミロのヴィーナス像は、両腕がないからこそ美しいと言われ、ココ・シャネルは「家を出る前に鏡を見て、身につけているアクセサリーを1つ外して」という金言を私たちに残した。この女性の美しさにまつわる2つの考えは、古来から完璧なものはたとえ欠損していたとしても美しく、人間には完璧ではないものを慈しむ感性があると語り継がれてきた歴史でもある。「そもそも女性の体そのものが美しい」という普遍的な曲線美を前提にしたフェティコは、既視感という商業的な視点からの脱却ではなく「完璧な美しさ→不完全な美しさ(完璧からの脱却)」を目指すことこそが、同ブランドにおける"目新しさ"の定義になるのではないだろうか。フェティコが「女性の普遍的な美しさ、あるいは完璧からの脱却」を2020年代に服という媒体を通して再召喚・再提示する時に期待が高まる。
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