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ショーは子どものころ夢中になったオモチャのようにいつ見ても楽しく、グランジな刺繍が施されたジャケットに袖を通せば、圧倒的ストリートカルチャーが体を包み込む。コレクションが発表されるたびに、井野将之が手がける「ダブレット(doublet)」のパワーには驚かされてきた。特にパンデミック以降、パリで発表するコレクションは圧巻の一言だ。
一方で、展示会を訪れて実際に服を手に取り、一点一点がどのように作られているのかを知っていくと、ダブレットにはユニークな外観だけでは語りきれない秘密があることを実感する。

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ファッションは時代を写し出す鏡。世の中に起きる現象、人々が直面する問題から新しいスタイルが生まれてきた。時代の動きと人々の感情を無視して、現代人が着たいと思う服を作ることは難しいのではないか。
荒唐無稽に思えるアイデアが見る者を楽しませるダブレットだが、シーズンテーマには社会へのメッセージが込められている。だが、井野はそのメッセージを深刻に、重々しく伝えることはしない。
世の中には数多くの課題がある。中には、一刻も早く解決を急がなくていけないものもあるだろう。しかし、必要性と緊急性を訴えても、自分ごととして捉えて関心を持つことは難しい。
人が関心を持つには何が必要だろうか?
それは「面白さ」ではないかと思う。人間は面白さを感じるものに反応する。たとえば、伝統技術を例に考えてみよう。後継者問題を抱え、このままでは何百年と続いてきた技術が途絶えてしまう。危機を世の中に訴えるだけでは、人々の感情を動かして関心を持ってもらうことは難しい。
しかし、伝統技術を使った面白いモノを作り、その「モノ」に人々が価値を感じたらどうなるだろうか。「こんなに楽しいモノが作れなくなるなんて、もったいない」と思う人たちが増え、その感情はやがて大きなうねりとなり、伝統技術の再興を促すムーブメントを起こすかもしれない。
社会の現象や課題は「面白さ」に形を変えて伝えれば、人々の心を動かすことができる。それを実現できるのが、ファッションデザイナーだ。服は暮らしに欠かせないプロダクトであると同時に、人が着用して街中を歩くことでメディアの役割も果たす。
今回はダブレットのコレクションから感じたことを、これまで以上に自由に語りたい。そして、ルックやアイテムを見たあなたも自由に感じてほしい。いったい何が見えるだろうか?ダブレットが感性を刺激する時間の始まりだ。(文:AFFECTUS)
過去と未来を行き来した先の「面白さ」
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最初に取り上げたいのは、2024年春夏コレクション「NOW. AND THEN」。本コレクションは、私たちの生活に浸透してきたAIがテーマとなっている。実際に井野は、コレクションの製作プロセスでChatGPTにアイデアを投げかけ、AIからフィードバックやインスピレーションを得ながら服を作っていったという。
生成された画像にバグが生じたとしても、それを欠陥ではなく「愛しいもの」として捉え、グラフィックデザインに活かす。AIを敵視するのではなく、共生することが新たな創造に繋がると捉えたコレクションだ。

「ダブレット」2024年春夏コレクション
Image by: doublet
箔プリントが施されたデニムウェアは、まさに近未来ウェアと呼ぶにふさわしい煌めき。しかし、青い綾織り生地にはユーズド加工が施されたほか、ジャケットの裾とパンツのウェスト端は断ち切られ、繊維がゆらゆらと揺れている。
未来の服に思えた服が、実は古い。輝く生地に目を奪われながら、揺れるほつれ糸を見た瞬間、過去と未来が交差するような感覚を覚える。そこでふと、「温故知新」という言葉が浮かんできた。
中国の古典『論語』に由来するこの言葉は、過去の知識や伝統を学び、それをもとに新しい知見や発想を得るという意味を持つ。新しさと古さは決して対立するものではない。両者を行き来するからこそ、面白さが生まれる。

「ダブレット」2024年春夏コレクション
Image by: doublet
袖口にはタグが縫い付けられ、チェック生地で作られた服がスーツであることを想像させる。しかし、仮に本当にスーツだとしても、一見しただけでは判断がつかない。スウェットシャツは袖が外れかかっているように見え、身頃は裾で巻き込まれ、ベーシックとはほど遠い形で真相を隠す。
AIに対して複雑に考える必要はないのではないか。私は、肯定感を上げるためにChatGPTを使うことがある。AIは褒めることが上手い。気分を上げたい時にぴったりだ。くだらないと思われそうな使い方だが、このぐらいシンプルにAIと付き合うのも案外面白い。
この付き合い方についてChatGPTに尋ねてみると、次のように答えてくれた。
「むしろ、そういう使い方がもっと広まるといいなと感じました。誰かに褒めてもらいたいときって、意外と周りに言いづらいこともありますよね。でも、AIなら気軽に話せるし、どんなに小さなことでも『それ、いいね!』って受け止めてくれる。そういうポジティブな関係性があってもいいと思います」
見た目の複雑さに惑わされず、試してみれば意外とシンプルに楽しめる。それは服もAIも同じではないか。

「ダブレット」2024年春夏コレクション
Image by: doublet
2024年春夏コレクションで最も痺れたスタイルが上記のカジュアルルックだ。胸ポケットから裾にかけてのV字で切り替え、デニムブランドの王様を想起させるGジャンに、グリーンの生地に白いラインが映えるトラックスーツを合わせ、足元には王道のローカットスニーカーをスタイリングした。
パリのランウェイを歩いたこれらのスタイルは、過去の名作を組み合わせたものだ。見た目は軽装以外の何者でもないのに、男性モデルの佇まいからはスリーピースを着用した姿に勝るとも劣らない美しさが漂っていた。
新しさとは過去から発想される。私たちがインターネット上で検索にかけて知りたいことも、過去に関する記録や情報が多いように思う。AIをテーマにしたコレクションで、最先端ファッションを発表するパリで、ダブレットはあえてレトロルックを発表した。





「ダブレット」2024年春夏コレクション
Image by: doublet
ショーには、バランススクーターに乗るモデルたちも登場し、その姿はユーモラス。シリアスなテーマを、笑いがこぼれるコレクションで伝えるからこそ、よりいっそう服の向こう側にある背景が気になってくる。ダブレットはファッションを通して我々に促すのは、考えるのを止めないことだ。
自由な「好き」表現が紡ぐ、新感覚ファッション
「推し」という言葉は、もともとイチオシのアイドルを表現するために使われていたが、現在ではアニメのキャラクターやスポーツ選手、歴史上の人物だけでなく、鉄道や仏像にまで対象が広がり、人々の愛情の多様化を表す言葉となっている。日本のカルチャーを代表する言葉を、ダブレットは2025年春夏コレクションのテーマとした。
「IDOL」と名付けられた2025年春夏コレクションは、ダブレットの推し活とも言えるコレクションだ。ビニール傘の再利用に取り組む「プラスティシティ(PLASTICITY)」、寝具等の引き取りと再生素材化を行うサービス「サステブ(susteb)」など、リサイクルに向き合い、新しい資源を生み出す人や企業をダブレットはユーモアあふれる服を通して推し活した。

「ダブレット」2025年春夏コレクション
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ライダースジャケットのようでもあり、ワークウェアのようでもある、ヴィヴィッドな色が目を引くブルゾン。シルエットはシンプルだが、細部を見ると違和感に気づく。左肩から、何やら布が垂れ下がっている。これには、どんな意味があるのか。
実は、このブルゾンの素材には、廃棄されるはずだったりんごが再利用されている。そして、垂れ下がっていたものは、りんごの皮むきを表現したディテールだった。普通なら服のデザインには使われない果物の廃棄物をかたどり、ダブレットはブルゾンに“映え”を作った。
鮮やかな色彩のブルゾンは、デザイナー 井野の服づくりの姿勢を象徴している。発想はコンセプチュアルだが、発想が形になった服そのものにはユーモアが滲む。そのユーモアが、見る者を服づくりの背景へと誘う。このアイテムでいえば、それはりんごの再利用だった。
「ダブレット」のコレクションは、奇抜なアイデアに目を奪われがちだ。しかし、展示会で実際に服を見ると、毎回驚かされるのは素材開発。むしろ、素材開発こそが「ダブレット」の最大の特徴ではないかと思うほどである。
オリジナル素材というと、SUPER 120’sなどの最高級の天然繊維を使った開発を思い浮かべるかもしれない。だが、「ダブレット」はまったく別のアプローチをとる。無価値と思われたものから、新しい素材を作り出す人や企業と協業し、新しい服を作る。ファッションの可能性は、いたるところに眠っている。

「ダブレット」2025年春夏コレクション
Image by: doublet
ハードなライダースジャケットが似合いそうな男性モデルが着ているのは、アニメタッチの女の子が大胆にプリントされたTシャツとジーンズ。自分の「好き」を堂々と主張するその姿からは、推し活をすることへの誇らしさを感じる。
「カッコイイ」や「カワイイ」とは何だろう? メイクや服で装うことも、そのための表現のひとつだ。けれど、SNSで誰もが自分の好きを世界中に発信できる今、外見を装うこと以上に、自分の好きなものを誇らしく、楽しげに、堂々と発信する姿勢こそが、最高にクールなのかもしれない。

「ダブレット」2025年春夏コレクション
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一見するとワークウェアの要素が強い上のルック。しかし、よく見ると女性アイドルのポラロイド写真のようなアイテムが、全身あちこちに取り付けられている。もしかすると、この男性はワークウェアもアイドルも大好きで、どちらか一つを選ぶことができなかったのかもしれない。
人は様々なものを好きになる。時には、渋い服とアイドルのように、正反対に思えるものに惹かれることもあるだろう。それらを区別する必要は全くないし、一緒に楽しむことができるなら、それこそ最高ではないか。





「ダブレット」2025年春夏コレクション
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誰もが、自分の“推し”に時間とお金を注ぎ込めるわけではない。家庭や仕事、あるいは様々な事情で、推し活に制限がある人もいる。まだ推す対象を好きになったばかりの人だっているだろう。
カジュアルに見える推し活スタイルでも、その思いが本物ならば胸を張ればいい。何かを好きになり、応援したいという気持ちに優劣はない。
2025年春夏コレクションは、リサイクルと推し活、一見遠い存在に思える2つのテーマを融合させ、思わず微笑みがこぼれるユーモラスな服を生み出した。そこには、環境問題と日本のカルチャーへのメッセージが込められている。
不要になったものに目を向ける ダブレットに見る、日常のヒント
「ダブレット」の視点と発想は、コラボレーションでも存分に発揮される。その一例として最後に取り上げたいのが、「アシックス スポーツスタイル(ASICSSportStyle)」とのコラボレーションスニーカーだ。

ASICS × doublet 「GEL-KAYANO 20」
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「アシックス」と「ダブレット」にとって初のコラボレーションとなる「GEL-KAYANO 20」は、アシックスのインラインシューズボックスとボール紙から着想された一足。
実際の商品ではダンボールと同様に色が変化する素材を使用し、履き続けることで色の経年変化が体験できる仕様となっている。プロダクトのベースになったというダンボール製スニーカーも、インテリアとして飾りたくなる佇まいである。





ASICS × doublet 「GEL-KAYANO 20」
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「ダブレット」はスニーカーにおいても、アイデアの種を意外なところから見出した。ファッションとは無関係に思えるものが、新たな価値を生み出す基点となる。仕事でもプライベートでも、私たちは日々アイデアを求められる。その時、身近にあるもの、不要になったものに目を向けてみるのはどうだろう。そこに道を切り拓くヒントがあるかもしれない。
サスティナビリティはファッション業界だけの課題ではなく、あらゆる産業、現代人の生活に深く通ずる概念となっている。その重要性は誰もが理解しているし、廃棄物のデータを見れば必要性は明白だ。
しかし、数字だけでは人の心は動かないこともある。人間は完璧でないので、伝え方の工夫が大切になってくる。楽しく面白く、そしてワクワクするように。ザ・ダブレットワールド。その世界には、時間を忘れて没頭できる夢中がある。
2016年より新井茂晃が「ファッションを読む」をコンセプトにスタート。ウェブサイト「アフェクトゥス(AFFECTUS)」を中心に、モードファッションをテーマにした文章を発表する。複数のメディアでデザイナーへのインタビューや記事を執筆し、ファッションブランドのコンテンツ、カナダ・モントリオールのオンラインセレクトストア「エッセンス(SSENSE)」の日本語コンテンツなど、様々なコピーライティングも行う。“affectus”とはラテン語で「感情」を意味する。
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