「その気になればね、砂漠に雪を降らすことだって、余裕でできるんですよ」
これは伊坂幸太郎の小説「砂漠」の一節だ。パリ・メンズファッションウィーク最終日の6月26日、眩しい日差しが降り注ぐ初夏のパリの一角に視界を遮るほどの雪を降らせたのは、その小説を愛する井野将之が率いる「ダブレット(doublet)」だった。2023年春夏コレクションのテーマは「IF YOU WANT IT」。
パリ3区のショー会場に到着すると、まるでどこかの公園か街角に足を踏み入れたかのような日常の風景が広がっていた。ピクニックを楽しむ家族や、エクササイズをする男女、スケボーキッズ、地図を広げるツーリスト、若者たちがバーベキューで盛り上がっていたり、ビーチベッドに横たわっていたり。続々と集まる招待客も、その風景の一部となっていく。
ADVERTISING
突如、非常ベルの音が鳴り響くと、老若男女の日常がピタリと停止。同時にダブレット2023年春夏コレクションのショーがスタートした。
さまざまな人種・体型・性別のモデルたちは、"ありえない"服を着ている。テーラードスーツは手の先や足の先まで覆うように作られ、身体の一部がプリントされたフリンジは揺れるたびに着る人のシルエットを惑わせる。パンツはフェイクのサスペンダーで吊り下げられ、シルバーのライダースはところどころが錆び付いているよう。
「PARIS」と刺繍された歪んだ服の転写プリント、手足が異様に長いデニムのセットアップ、「HOODIE」と書かれたフーディーや「SWEAT PANTS」と書かれたスウェットパンツなど、ダブレットならではのユニークなクリエイションのアプローチが観客を楽しませる。
極め付けは、終盤を飾った"首無し"シリーズ。2019-20年秋冬コレクションで発表されたサプライズパターンジャケット(通称 ジャミラジャケット)の進化版として、トラックジャケットやモックネックのニット、パーカ、トレンチコートといった新型が登場しインパクトを与えた。いずれも専用の肩パッドを入れて着用しており、取り出せば通常通り首を出してオーバーサイズやバルーンシルエットを楽しめるという。パーカに刺繍された「eye」のロゴは「e」の中がくり抜かれていて、中から前が見えるようになっているというギミックも。
アクセサリーは立体的な指がモチーフとなり、錆びたバケツ風のバッグが登場。注目は足元で、五本指が型押しされた裸足のような見た目のシューズは「カルマンソロジー(CALMANTHOLOGY)」が制作した。
何人かのモデルは夏の日焼け風のメイクだったが、髪の毛や髭は霜で白くなっているなど細かい演出からもダブレット流のユーモアが感じられた。ショー終盤の大量の雪(正しくは紙吹雪)にも、思わず笑ってしまう人が続出。最後は大きな拍手と歓声が会場を包んだ。
ダブレットにとってパリは、2020年1月に「ファミレス」をテーマに発表した2020-21年秋冬コレクション以来。パンデミックにより約2年半にわたって渡航が断念されたが、井野はパリに戻ることを考え続けていたという。現地でショーをやるならば「体感してもらえるショーを」という考えで、愛読する小説の一説をなぞり「夏のパリに雪を降らせる」ことを発案。過去にも常夏のシンガポールで雪の演出を行ったことがあり、雪を見たことがない子どもたちが喜んでくれたという経験が活きた。
体験した人にしかわからないことは、体験していない人の想像力をも生み出す。想像力はエネルギーになり、日常の中の違和感や"ありそうでないこと"はユーモアとなって、人をハッピーにさせるという信条を貫くダブレット。なお、今回のテーマ「IF YOU WANT IT」は、ジョン・レノンとオノ・ヨーコが平和を願って歌った「Happy Xmas(War Is Over)」の一節でもある。ショーの後に送られてきたコレクションノートに記されていた文章も、それと通ずる温かさを感じさせた。
「IF YOU WANT IT」
常夏の国シンガポールに雪を降らせた4年前。
初めて見る雪(フェイクスノー)に、はしゃぐ子供たちの笑顔。
忘れられない思い出。
ありえないようなことが起きる今の時代。
ありえないような洋服で、ありえないようなファッションで。
けれどそこに実際に存在すること。 奇跡が起きることを信じて。
世の中のどうにもならないことでも、がむしゃらに本気で思えば、
きっと世界の少しでも変えることが出来るはず。
砂漠に雪を降らすように。 真夏のパリに雪を降らせることもきっと出来るはず。
少しでもあの時のような笑顔が広がるように。
ADVERTISING
PAST ARTICLES
【注目コレクション】の過去記事
RELATED ARTICLE
関連記事
READ ALSO
あわせて読みたい
RANKING TOP 10
アクセスランキング
銀行やメディアとのもたれ合いが元凶? 鹿児島「山形屋」再生計画が苦境