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【連載:美をつくる人】怒涛の時代の中で「リポソーム」の可視化に従事してきたコーセー 山下美香の場合

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【連載:美をつくる人】怒涛の時代の中で「リポソーム」の可視化に従事してきたコーセー 山下美香の場合

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 普段あまりスポットのあたることのない、化粧品開発の裏側で奮闘する研究員にフォーカスするインタビュー連載。第8回は、コーセーでリポソームの可視化研究に従事してきた山下美香氏。1992年に誕生した名品「モイスチュア リポソーム」の初代から2021年のリニューアルまですべてに関わり、その変遷を見届けてきた山下氏とは、いったいどんな女性で、どんな経緯で化粧品研究の道へ進んだのか。知られざる幼少期から学生時代、不条理な風潮と闘いながら研究に明け暮れた現役時代、そして定年後、後進の指導にあたる日々について伺った。

◾️山下美香
東京理科大学薬学部、大学院薬学研究科 博士課程前期修了。1985年にコーセーに入社し、2年目に電子顕微鏡と巡り合ってから、電子顕微鏡一筋。所属グループの変遷はあれど、電子顕微鏡とともに異動する唯一の研究員と言われ現在に至る。

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⎯⎯幼少期の山下さんは、どんなお子さんでしたか?

 とにかく気が強くて、よく泣く子でしたね。

⎯⎯気が強いのに、よく泣く?

 ものすごく負けず嫌いだったんでしょうね(笑)。両親はとても厳しかったので、言うこと聞かないと庭に放り出されて反省するまで家に入れてもらえないなんてことがしょっちゅうありました。それでも子どもなりに親の愛情が伝わっていたから「躾」として成り立っていたんでしょうけど、今だったら大変なことになるかもですね。時代ですね(笑)。

⎯⎯庭に出されるとか、先生にゲンコツ喰らうとか、良し悪し別にして昔はよくありましたよね。ちなみに、ご両親にはどんなことで怒られることが多かったんですか?

 親にも平気で口ごたえしていたので、反抗的に見えたんでしょうね(笑)。同窓会で当時クラスメイトだった男子たちから「あの頃のお前は怖かった」と言われたぐらい口が立つ子どもでしたから(笑)。

 当時、世間一般では女性が勉強をがんばって社会で働くという風潮ではなかったのですが、私の両親は“女の子でもちゃんと勉強しなさい”という教育方針だったので、ものすごく勉強を頑張っていたんですよ。自分で言うのもなんですが成績がけっこう良くて、学年トップクラスでした。

幼少期は「お医者さんが夢だった」と語る山下さん。写真は17歳の頃の山下さん。

⎯⎯それだけ勉強ができれば、将来の夢も広がったのでは。当時はどんな夢を描いていたのでしょうか?

 お医者さんになりたかったんですよ。小学生の頃から「私はお医者さんになる!」って宣言していました。結局、医学部に受からなかったから今となっては恥ずかしいんですけど(笑)。両親が薬剤師だったので医療が身近だったことや、幼稚園の頃、体が弱かったこともあって自然と医学に興味が湧いたのでしょうね。

⎯⎯薬剤師のご両親の跡を継ぐという選択肢はなかったのでしょうか?

 そんな考えはまったくありませんでした(笑)。両親は昭和一桁生まれですが、先ほども言いましたが“女性も働き続けるべきだ”という、当時としては進んだ考え方をしていたんです。結婚して子どもができたとしても、いつどこでどうなるか分からないんだから、資格を取りなさい、と。薬学部だったら薬剤師、理学部や理工学部なら教師とか、とにかく資格の取れない学部には行かせてもらえなかったんです。だから本当は医者になりたかったけれど難しそうだったから、とりあえず医者に近しい職場に進めそうな薬学部に進んだ、という感じですね。

⎯⎯大学は院まで進んでコーセーに入社されたわけですが、化粧品メーカーに目を向けた理由は?

 「科捜研の女」になりたかったんですよ。

⎯⎯科捜研の女、ですか?

 そうなんです。ミステリー好きだったもので(笑)。ただ話を聞いてみると、鑑識や科捜研の方々は裁判で証言することがあるのですが、当時は「女性では務まらない」と言う風潮があって…。それで科捜研の道は諦めました。

⎯⎯いくら時代とは言え、ひどいですね!

 本当に。今だったら大問題になりますけど、当時は普通にそんな考えがまかり通っていたんですよね。私が社会人になって数年後に、ある県警が初めて女性の鑑識員をとったことがニュースになったぐらいですから。

⎯⎯そこで夢破れるわけですね。でもやはり薬剤師という選択肢はなかったのですね。

 はい(笑)。時代的に男女差別、学歴差別が根強くありましたね。私は研究がしたかったのですが、当時、女性はみんな結婚したら辞めるという風潮もあって、4年制大学卒の女子はある意味“作業員”扱い。ありえないですよね。薬学の研究ができて女性に優しい業界、と考えると化粧品業界がいいんじゃないかと思ったんです。

⎯⎯化粧品メーカーも色々ありますが、なぜコーセーに?

 実は、コーセーは就職活動を進めて3社目に受けた会社だったんです。最初に問い合わせた会社は紹介がないとダメだとかで、その次に連絡した会社からは、院卒の女性にやってもらう仕事はない…と断られました。それで“三度目の正直”でコーセーに連絡したら、「入社希望の方ですね。では、○月○日に研究所の見学会がありますのでどうぞお越しください」と返答があり見学に行きました。案内してくださった方が大学の先輩だったこともあり、仕事内容や給料のことまで根掘り葉掘り聞いたりして(笑)。それで履歴書送って試験を受けたら、合格。拍子抜けするぐらいとんとん拍子で入社が決まりました。入ってからは、それはそれは色々ありましたけれど(笑)、人を採る段階での不条理はまったく感じませんでしたね。

⎯⎯化粧品業界ですら、当時はそんな感じだったのですね…。学生だった山下さんにとって、コーセーはどんな印象だったのでしょうか

 20歳になったときに父が某化粧品会社のパレットを買ってくれて、それが自分で色を選べるという仕様だったのですが、それと似たようなものを当時のコーセーも出していたんです。それがなかなか個性的な色味で、「ずいぶん攻めた製品をつくる会社なんだなあ」と思っていました(笑)。ただ、大学の同期が粉体工学の研究室にいたのですが、コーセーの研究論文に着目していて、「ちゃんと研究をしている会社なんだよ」というようなことを言っていたので、ポジティブな印象ではありましたね。

⎯⎯入社後、最初の配属先は?

 コーセーでは入社前に1週間研修というものがあったんです。医薬部外品の有効成分を分析する部門や、香料部門、安全性を確かめる部門、防腐の研究を行う部門とか色々あって、私は薬学部だったせいか新しい原料の安全性試験を行う部門に仮配属されました。当時ここでは、動物を扱って安全性を確かめたりしていたのですが、そういった業務がどうしても苦手でした…。そんな不安を口にしていたからか、「山下さんは動物アレルギーだ」という話になり、本配属は「粉の分析」を行う部門となりました。

⎯⎯粉の分析というのは、具体的にどんなことをするのでしょうか?

 粉って、大きさや形が実にさまざま。その大きさの分布が肌に触れた時の感触に響いてくるもので、その粒径の測量などをしていました。あと、今は別部署がありますが、当時は化粧品の中身と容器のマッチングをチェックする体制が整備されていませんでしたので、きちんと容器から出てくるかなどを調べたりもしました。多くの他社製品の粉とも比較していたので、最初は「なんで大学院まで出て毎日毎日化粧品を塗らないといけないんだ。こんなの研究じゃない!」って思っていたのですが(笑)、今思えばいろんなメーカーの新製品を片っ端から触らせてもらえてありがたかったなと思っています。

⎯⎯山下さんといえば電子顕微鏡を使った分析のエキスパートですが、粉の分析も電子顕微鏡を使って行うのでしょうか。

 当時の粉の分析には、小さな電子顕微鏡を使っていました。電子顕微鏡って2種類あって、粉の形を拡大して見ることができる「走査型電子顕微鏡」の管理を任されていました。粉を開発されている方たちが見たいものをきちんと見ることができるようセッティングする役目を担っていました。みんなよく壊すから、そのたび修理のおじさんを呼んだりしなくちゃいけなくて、「お嬢ちゃんいつも大変だね」って言われたりしてました(笑)。あとは、研究所の上司が自分で見る暇がないときに代わりに見て分析したりもしていましたね。

⎯⎯なるほど、電子顕微鏡で見たいものを見るのには、技術や専門的な知識が必要なのですね。

 そうなんです。走査型電子顕微鏡を買い替えた時に、その時の上司の代わりに観察して分析したものでそれなりに成果を出して。それをきっかけに、粉の開発の人たちが「これ見たいんだけど」って頼ってくれるようになり、だんだん「電子顕微鏡の人」となっていきました(笑)。要するに、動物アレルギーという誤解のもとに、電子顕微鏡担当になって、今に至るというわけですね。

「電子顕微鏡の人」と呼ばれるように

⎯⎯リポソーム研究を担当するきっかけは?

 今では「モイスチュア リポソーム」の生みの親として知られる内藤 (昇氏)がリポソームの開発をしていたんです。リポソームを見ることができるのは「透過型電子顕微鏡」というまた別のものだったのですが、内藤から「(その顕微鏡を)購入するからリポソームを見てほしい」と言われて。それで、まずは「リポソームってなんですか?」というところから始まり、内藤からもらった文献を読みあさったり、レクチャーを受けたり、見るための前処理とか色々勉強したり、学会に参加したり…。

 当時、研究所の人間が学会に行くのはノウハウが漏れるからタブーとされていたのですが、当時の上司が開けていて、「どんどん行って勉強してこい」と。私も私で根が図々しいものですから(笑)、学会に行ってはいろんな人にリポソームについてあれこれ聞き込みをして、持ち帰って勉強して。そんなことをしているうちに透過型電子顕微鏡でリポソームを見ることができた。それがリポソーム研究の始まりですね。

電子顕微鏡で撮影したたまねぎ状カプセル

リポソームシリーズ

⎯⎯まったく相場がわからないのですが、透過型電子顕微鏡を購入することは、かなりすごいことですよね…?

 確かに、リポソームが見たいからって、当時マンションが買えるほどの額を出せるコーセーは、今思うとすごいですよね(笑)。

⎯⎯装置があれば誰でも見える、という単純なものではなさそうです。そう考えると、よほど期待されていたのですね。

 前処理のノウハウとか工夫があるから見ることができるようになる。その部分が他社には真似できないところです。

⎯⎯研究をスタートしてから、どれくらいで見えるようになるものなのでしょうか。

 あの頃は今ほど製品数も多くなかったですし、この研究に専念できたので、1年ぐらいで見えるようになりました。

⎯⎯リポソーム研究の面白いところって、どんなところにあるのでしょうか?

 もう40年以上やっているので、ただ多重層が見えるだけで特に面白くはないです(笑)。でも電子顕微鏡って、いろんなものが見えるのでそれはもちろん楽しいですよ。皮膚の研究員たちが「コラーゲンは、こうなっているはずだから見て欲しいです」と持って来る。確認してみて「なってましたよ」と言うとすごく喜ばれるし私も嬉しくなります。リポソームに関しては、当時厚生省(今でいう厚労省)では電子顕微鏡で玉ねぎ状の多重層が見えて、かつ安定化できることを証明することなんて不可能という見込みだったそうですが、それを「どうだ!」と見せたら相当驚いたそうですね。この研究でようやく、製品に直接関わることができたことはやりがいを感じられましたし、喜びを感じられた瞬間ではありました。

⎯⎯反対に、「これは辛かった」ということは?

 こういう専門職の辛さといいますか、華やかでわかりやすいものじゃないから理解を得るのが難しいなと思うことはありますね。電子顕微鏡の分析センターが社外にもいっぱいあるのですが、「山下がいなくなったら外に依頼して、分析してもらうから大丈夫」と言われた時は、なんとも言えない虚しさを感じたことも…(笑)。専門的知識があればボタンを押せば見ることはできるけれど、押す前と押したあとに出てきたデータに関しての解釈は、社内にいてその物を長く見てきた人じゃないとできない。それがわかってもらえないのが悲しくて…。以前、「分析グループの将来構造を考える」というミッションがあって、研究所の人から、「分析は顕微鏡にのっけてボタン押せばいいんでしょ」って言われたこともありましたね。社内でもそれぐらいの理解だったんです。

⎯⎯それはひどい…。

 でも研究所でこの理解なら、理系ではない本社の人たちはもっとわからないだろうなと、ハッとして。アピールするにはそういうところからも理解を得られるようにしないといけないのだと、逆に勉強になりましたが。だから何か資料をつくる時には、後輩たちに「猿でもわかるように作れ」と伝えています(笑)。

⎯⎯定年を迎えられて、現在は再雇用制度で研究に従事されているそうですね。今、新たな目標はありますか?

 まあ、年齢も年齢ですから健康で長生きですかね(笑)。時代とともに、社内で研究することの重要性について理解が得られるようになったので、やっと若手の研究員を2人(コーセー 研究所 安全性・分析研究室 分析グループの太田裕基さん、永塚豊史さん)つけてもらえるようになりました。なので、再雇用の5年間はこの2人を育てるのが私の仕事です。2人とも非常に優秀ですし、今のところ楽しいと言ってくれているのでこのまま研究を続けてもらえたら嬉しいですね。早く一人前になって、社内だけじゃなく学会で発表していけるような存在に育ってくれたら、安心して隠居できます。

2人の若手研究員と共に。左から太田さん、山下さん、永塚さん

⎯⎯最後に、プライベートでは何かやりたいことや楽しみはありますか?

 今まで忙しくてできなかった趣味を形にして、ささやかに過ごせたら。もともと書道が好きで、学生時代はもちろん入社してからもカルチャーセンターに通って習っていました。でも勤務時間の関係で通えなくなってしまったので、また始めたいと思っています。昔、通っていた教室では、なぜか象形文字担当で、それが私的にはぜんぜん面白くなくて(笑)。今、大河ドラマで「光る君へ」を見ていて、かな書道をやってみたくなったので、チャレンジしようかと計画中です。あとはガーデニングが好きなので、ベランダで植物を育てることも、やってみたかったことのひとつ。フルに働いていたらどうしても世話がこまめにできないから、これからは趣味も増やしつつのんびりと、毎日を充実させていけたらと思っています。

(文:サカイナオミ、聞き手:福崎明子)

◾️コスメデコルテ:公式サイト

美容ライター

サカイナオミ

美容室勤務、美容ジャーナリスト齋藤薫氏のアシスタントを経て、美容ライターとして独立。25ansなどファッション誌のビューティ記事のライティングのほか、ヘルスケア関連の書籍や化粧品ブランドの広告コピーなども手掛ける。インスタグラムにて、毎日ひとつずつ推しコスメを紹介する「#一日一コスメ」を発信中。

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