FASHIONSNAPの新春恒例企画、経営展望を聞く「トップに聞く 2024」。アフターコロナにシフトした状況下で各企業に求められている「イノベーション」をテーマにお送りする。
第3回は、山本耀司や渡辺淳弥、高橋盾、NIGO®などを輩出してきた文化服装学院 第15代学院長 相原幸子氏。18歳人口の減少が続く少子化社会の日本で、グローバルで活躍する人材を育成するために必要なことは何か。
◾️相原幸子
文化服装学院服飾産業科を卒業後、同学院の教育専攻科に進学。卒業後38年間の教員生活の中で送り出した卒業生は3000人以上。2009年、ファッション工科専門課程グループ長、2016年7月、文化服装学院副学院長、2017年7月、同学院学院長に就任。
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コロナ禍で学生数の増減は? 100周年を迎えた文化服装学院
ー相原さんは文化服装学院にずっといらっしゃるんですよね?
高校卒業後からなので、かれこれ49年になります。学生時代は今で言う基礎科からファッション工科課程を出まして、それから教員を育成するクラスである教育専攻科に入り、計4年間文化服装学院で学びました。それから教員を経験し、今に至ります。
ー文化服装学院一筋。教え子にはどんな方がいるんですか?
「マメ クロゴウチ(Mame Kurogouchi)」の黒河内真衣子さんや「ターク(TAAKK)」の森川拓野さん、「フミト ガンリュウ(FUMITO GANRYU)」の丸龍文人さんなどです。
ー2023年を振り返ってみて、どんな年だったでしょうか?
文化服装学院は2023年6月23日に創立100周年を迎えたのですが、そのために準備してきたものが形となった年でした。10年くらい前から文化学園の元理事長である大沼淳先生のもと、100周年の時に文化服装学院のあるべき姿について議論を重ね、準備をしてきました。
ー100周年の式典に参加させて頂きましたが、小池百合子都知事が来賓として参加するなどかなり大規模でしたね。
コロナが落ち着いていたことが本当に救いでした。10年準備してきたことの集大成でしたので。
ーコロナ禍で学生数に変化は?
減少すると思っていましたが、蓋を開けてみると入学生は増加しました。2018年の大学定員厳格化の影響が多分にありますが。コロナの影響で留学生は減少しましたが、なんとかコロナ禍を無事に乗り切れたなと見ております。ただ、近年は18歳人口の減少に加え、大学全入に伴う4年制大学志向もあり、本学含め服飾家政分野の専門学校の入学者数は減少傾向にあります。今後は4年制大学に負けないファッション教育の専門機関としてより強くアピールしていく必要があると考えています。
ーコロナ禍では学生は登校できず、オンラインでの授業を余儀なくされました。ピンチはチャンスでもありますが、コロナ禍で得たものは何かありましたか?
良かった点としては、やはりオンラインの授業ができたことが挙げられます。縫製やパターンなど服作りを教えていますから、どうしても実技指導が多くなります。学生の前で指導をして、まずは真似をすることから始めるのがこれまでの文化服装学院の教育方針でしたが、コロナ禍では先生の実技を動画で撮影しました。撮影は時間と手間がとてもかかったため先生方も大変だったのですが、アーカイヴできるという動画の特性がかなり技術習得に寄与しています。対面での実技指導は1回しか見られないため、メモを取っても忘れてしまいますし、病欠で休んだ場合かなり遅れをとってしまいます。その点動画は反復して見ることができるので、如実に教育効果が出ています。対面では先生の机に生徒たちが輪を作り見るというもので、後ろになると実技が見えずらいところもあったのですが、細かい縫製も、動画では手元を映すことができますから。
ー今年は4年ぶりに文化祭が開催され、ファッションショーも開催されました。今年からショーのディレクションを学生たちが担当したそうですね。
これまで文化服装学院は学生と教員が一緒に作り上げていくことに重きを置いていましたが、私はこれからの100年、本校を発展させていくためには、新しいことに挑戦しなければ伝統も守れないと思いまして、今年は新しいショーの形に挑戦させていただきました。これまでは教員のアドバイスを反映させつつ皆んなで作品を作り上げてきましたが、今年は全て学生が作りたいものを作る、という形にしました。また、今までは学生の名前を出すことはなかったんですが、今回は誰がデザインしたかわかるよう名前も公表したんです。会場には業界の方をお招きしたのですが、おかげさまでその場で就職が決まった学生もいました。数はまだ少ないですが、新しい一歩を踏み出せたと私は考えています。
ー留学生も多く、海外に提携校もありますね。
中国の上海にある東華大学という国立大学や大連にあります魯迅美術学院、韓国のソウルモードファッション職業専門学校などと提携していまして、留学生を受け入れています。
グローバルで活躍する人材を育てるために
ー文化服装学院の教育方針の軸はクリエイション、イノベーション、グローバリゼーション。クリエイションについて、特に技術力に関しては世界から評価が高いですが、課題に感じていることはありますか?
以前、ベルギーに行った際、アントワープに住んでいた教え子の「アキラナカ(AKIRANAKA)」デザイナーのナカアキラさんに「是非アントワープ王立芸術アカデミーも見ましょう」と学校の中を案内していただき、何人かの学生と食事をしながら話をしまして。文化服装学院との違いとして、アントワープの学生はお針子さんを雇っていたんですね。学生は学校に通って、絵を描いて、コンテストに出してという作業をし、その間にお針子さんが作品を作るという仕組みは、文化服装学院とは根本的に異なるものでした。文化服装学院は、デザインもするし、服のパターンも引くし、縫製もするし、コーディネートもするというオールマイティーさがないとコンテストで賞を取れないので、そこが大きく海外の学生さんと違う点だと目の当たりにしました。あと海外の学校は作る作品が少ないのも特徴ですね。作る前の過程がとても長く、市場調査をしたり、インプットをしたりする時間を大切にしているでしょう。一方、文化服装学院はどんどん作らせるんですよ。そのため、確かに技術力という部分では世界に負けていないと思いますけれど、海外の学校と比較して世界観を作り上げることが弱いように思います。
ー海外の学校を参考にしようとは考えなかったんですか?
考えたことはありますが、技術力という強みを持つ文化服装学院の特徴を蔑ろにはできませんし、難しいというのが正直なところです。何をするにも服作りは基本なので、その強みは守っていきたいなと考えています。海外のデザインアプローチなどに関しては、学内の付属機関である国際交流センターが世界各国から講師を招いた「グローバルセミナー」を頻繁に実施しており、学生の視野を広げ、世界へとフィールドを広げるきっかけを作っています。
ーではイノベーションの観点で推し進めていることはありますか?
新しい縫製の仕方の研究など、先生たちそれぞれが個別研究をしていたりと、日々技術を積み上げています。近年の学生は体格も良くなったり、バストも大きくなったりと身体サイズが変わってきているのですが、私が所長を兼任している文化・服装形態機能研究所提携ではそのデータを用いてボディの開発に取り組んだり。今年は3D計測器を校内に導入したりもしております。
また、2024年は新しい挑戦として「バーチャルファッションコース」という、3Dモデリストを育成するクラスを開設します。「Photoshop」はもちろんのこと、3次元データの製図を行う「3DCAD」やアパレル製品向けの3Dモデリングソフト「CLO」、3Dソフト「Blender」などを学び、アパレルのみならず多方面で活躍する人材を育成していきます。
ー設備投資に資金を投入されたということですね?
私はこれからは時代に沿った教育をしたいと思っているんです。経理と相談しながらではありますが、新しいものを積極的に取り入れていくつもりです。校舎11階の一部はCAD専用実習室となっており、学生は自由に使えるし、先生も常にいるので放課後でも学生の質問を受けられる体制をとっています。全てを網羅できていることが文化服装学院の特色ですので。
ー文化服装学院と言えば文化式原型ですが、先ほどのお話で学生の身体データが変わってきているとするなら、原型のアップデートもあるんでしょうか?
原型には変遷がありまして、創立者の並木伊三郎さんによって考案された原型からだいぶ変わっているんですよ。100年の歴史があるわけですから当然ですよね。今の原型は、5000人の学生を身体を計測して作ったもので、M寸で女性でバスト83cm、ウエスト64cm、ヒップ91cmのものを使っており、確かに現代女性はバストサイズが大きくなってきていますが、現状はまだ変更を加えるほどではありません。誤差が大きくなったら、原型は変えたいと思っています。
ーお話を聞いていた思ったんですが、学生たちの身体データを持っているというのは財産ですね。
そう思います。実際、データを欲しがる企業さんは多いんですよ。
ー教育方針の軸の最後として、グローバリゼーションについてお聞きしたいです。世界にはアントワープ王立芸術アカデミーやセントラル・セント・マーチンズ (Central Saint Martins)、ニューヨーク州立ファッション工科大学(FIT)などのライバル校がありますが。
世界の教育機関との差、課題はクリエイションでしょう。入学試験にデッサンやデザインがある海外に比べ、文化服装学院は、入ってから学びましょうというスタンス。ゼロからのスタートという間口の広さが、我が校の売りなためそもそものベースに差があるように思います。ただデザインを教える授業も用意してありますし、何より絵が描けないとだめだとデザイナーになることを諦めてしまう人たちを教育の力でサポートし、夢を叶える援助をすることが文化服装学院の役割と考えております。
ーグローバル人材にはやはり英語が必要ですが、そういったカリキュラムも用意されているのでしょうか?
英語のほかに、中国語フランス語も選択可能です。本当は語学は必須にしたいんですよ。一時期、必須科目にしたことあるんです。でも必須にすると嫌になって、英語の授業に出ない学生が出てきたりして。単位を落として、進級できなくなってしまう人もいたので、現状は選択制をとっています。
ー海外の教育機関の強みの一つにラグジュアリーブランドへのインターン派遣があると思います。文化服装学院もそうしたプログラムを用意されているのでしょうか?
今、力を入れて取り組んでいることの一つです。今年は複数のメゾンブランドに学生が研修に行きました。ただ円安ですし、学生にとって飛行機代は高く、興味を持っても資金面を理由に行くことができない人がいるのが現状です。そういうこともあり、メゾンブランドの方に来てもらい、特別講義をしていただくなど、研修以外の取り組みにも積極的です。
ー100周年を迎えるにあたり、クリエイション、イノベーション、グローバリゼーションに加え、サステナビリティとダイバーシティを新たに教育方針の核に据えました。
正直、文化服装学院は他の業界と比較してもかなりの部分で出来ていたところはあったのですが、次の100年のために改めて意識していきましょうということですね。
ー文化服装学院には、アジアNO.1にとどまらず世界一の教育機関になってほしいという思いがあります。
名実ともに世界一を目指します。既に、校内にある設備に関しては世界一だと自負もありますから。足りない部分で今考えているのは、教員の幅を広げたいということです。実際、外部からスペシャリストを招き入れ先生になって頂くケースも増えています。例えばニューヨークの「大丸製作所2(oomaru seisakusho 2)」で働いていた方を採用したり。
あと技術力を学ぶということで、今年はオンワード樫山の技術部門を担当している方に来てもらい、先生たちを集めてジャケットの作り方を教わりました。ジャケットを形出しからやって、縫い方のレクチャーも頂いたのですが、本校にはない技術があったりと大変勉強になりました。これからも先生方の研修に力を入れたいと思っています。
ー学生はもとより、教員の育成にも力を入れるということですね。
それが、世界一への近道だと考えています。話は少し変わりますが、私は副主任を10年以上経験したんですよ。それでしっかり勉強ができるので、自信を持って主任になれるんですよ。徒弟制度みたいなもので、確かに辛さはありますが、だからこそ身につけられる技術というものがあります。そうした伝統は残しつつ、新しいことに取り組み、時代に即した教育者の育成に力を入れていきたいと考えています。
ー少子化対策に関してはいかがでしょうか?
2024年の入学者数に関しては、多少は減るのではと予測しています。その分学費を上げるという選択もありますが、現状は考えておりません。科によって前後しますが、我が校の学費は年110万円前後です。いくら学生数が減ったとしても、ファッションの世界を志す若者のための間口を広げるため、学費は現状維持を考えています。
(聞き手:芳之内史也)
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