BIOTOPE INC. 中森友喜代表取締役
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肌で感じた「ニッチフレグランス」の可能性
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ーニッチフレグランスの店舗を出店すると決めて、まず何から取り掛かりましたか?
やると言ったものの、店舗運営はインポーターの僕らにとっては未知の領域。百貨店や商業施設などに営業したり、展示会を開いたりしました。
ーリテーラーやバイヤーの反応は?
興味は持ってくれるのですが、ニッチフレグランスが売れる事例が無かったので厳しかったですね。アレックスさんの受け売りで「30センチあれば店を出せるんです!」と伝えても、誰が店頭に立つのかと突き返されました。そんな時、ニュウマン新宿さんに半2階(M2)のスペースが空いているので何かやって欲しいと誘っていただけて。それでポップアップショップを出店したんです。
ー念願の実店舗ですね。反響はどうでしたか?
正直に言うと、売上的に成功とは言えない結果でした。
ーやはりニッチフレグランスは売るのが難しかったのでしょうか。
当時のコンセプトは「ミニマルな都市生活者のための実験的ポップアップストア」だったのですが、今思うと分かりにくかったなと。ただ、意外な収穫もあったんですよ。
ー収穫とは?
多くのお客さんがニッチフレグランス自体には興味を持ってくれたんです。10種類ほどしか扱っていませんでしたが、香りを試したお客さんには満足していただけて。生の声でニッチフレグランスの可能性を感じられたのは大きな収穫でした。次こそは、という気持ちでニュウマンさんに頼み込み、現在の「ノーズショップ」を出せることになったんです。
気軽に入れる店舗で「香水の民主化」を目指す
ーポップアップの失敗から改善した点は?
気軽に香りを楽しめる店舗設計に重点を置いたことですね。ちなみに、僕らの裏テーマは「香水の民主化」。店名は分かりやすく「ノーズショップ(=あなたの鼻が主役です)」にしました。壁もなるべく取り払って、オープンな空間を設計して。クスッと笑えるギミックとして、店内の石膏のようなオブジェに「香りは十人十色」というメッセージを込めて鼻のパーツだけ一体ずつ色を変えているんです。徹底的にお客さんが気軽かつ自由に嗅ぎ比べできるような空間にして、接客でも自由を妨げないようにしています。
ー従来の店舗とは接客スタイルが異なりますか?
百貨店などの香水売り場は、スタッフがひとつずつムエット(試香紙)に出してくれるじゃないですか。格式高いメゾンフレグランスの場合はそちらの方が合うと思います。ただ、僕らは「なんだこれ、嗅いでみよう」くらいの気持ちで、まずは気になるものを自由に手に取ってみて下さいというスタンス。接客をする際も正解ではなくヒントを与えるように心がけています。
ー実際の手応えはいかがでしたか?
店舗面積はポップアップの時から約3分の1になりましたが、売上は3倍になりました。ニュウマンさんの館全体は女性客が多いですが、ノーズショップは男性客が4割ほどで、テナントの中でも珍しいそうです。
香り選びの難しさをエンタメ化
ーノーズショップを「香水ガチャ」で知った人も多いと思います。
「香水ガチャ」は不定期開催ですが、毎回反響が大きいです。ノーズショップでは出店当初は6ブランドだったところ、今は約40ブランドの600種類ほどに増えたので、「どうやって選んだらいいのか分からない」「多すぎて決められない」という意見も多くなりました。嗅ぎ比べは楽しい分、好みの1点を選ぶのはある意味重圧なんです。そこで「香水を選ぶ」こと自体をエンターテインメント化しようと思い、2018年春に生まれたのが「香水ガチャ」。ランダムに香水が出てくるので運試し的に購入できますし、好きな系統しか買わないお客さんの「嗅がず嫌い」を解消して新しい好みを発見するきっかけにもなります。
ー気軽に新しい香りに出会えるコンテンツなんですね。
ニッチフレグランスはマニアが最後にたどり着くゴールのようなところがありますが、僕らはそれが誰かにとってのスタートにもなり得ると思っています。香水ガチャは、初心者とマニアのどちらもフラットに香水と接点が持てるので、今思うと「香水の民主化」をうまく落とし込めたコンテンツだなと。初めて香水ガチャを実施した月は、前年同月比で客数300%、売上187%、前月比でも客数254%と反響も良いです。
ー今後は常設されていくのでしょうか。
お客さんに喜んでいただけるので、僕らとしても全ての店舗で常設化を検討しているのですが、カプセルに入れるミニサイズの用意が追いつかなくて。ミニサイズはブランドの販促物を買い取ったり、特別に生産していただいたもので、そもそもニッチフレグランスの生産量が少なく、サンプルサイズの個数にも限界があるんです。僕らが勝手に小分けにして売ることもできますが、それはこだわり抜いて生産しているブランドに対して失礼ですから。
※香水ガチャを常設しているのは池袋、横浜、大阪の3店舗(2021年4月時点)
コロナでも好調「市場のポテンシャルは大いにある」
ー化粧品はコロナの影響で不調でしたが、一方でルームフレグランスなど一部の香り系商品は堅調でした。ノーズショップの状況はどうでしたか?
通常時でもEC率は35%ほどで、店舗の臨時休業中はEC売上が前年同月比14倍ほどに高まったので、実店舗分をカバーできました。
ー香りは目に見えず、ECで売りづらいと言われている中、意外な伸びですね。コロナ禍で行った施策はありますか?
4月から約10種類のムエット(試香紙)だけのセットを売り始めました。1セット300円ですが店頭用の300円分のクーポン付きなので実質無料です(現在は税込550円)。香水ガチャと違って中身がわかるのと、手軽に試せる値段設定によりセットはかなり売れましたね。セット内容は週替わりのテーマに沿って僕らがセレクトしたもので、例えば「鼻で世界旅行する」の週は上海やトルコなど各地と関連のある香りを集めたり。セットの中に気になる香りがひとつでもあれば気軽に試せる値段なので、この企画も選べない悩みを解消することができると思います。
ーコロナで特需的に人気になった商品はありますか?
突出して人気が出た商品は無いですが、ニッチフレグランスが売れ続けたのは僕らとしても意外でしたね。しかもこれまでランキング外だった複数の商品の動きが良かったり。マスクを付けて他人の香りが分かりにくいことを逆手にとって、普段付けない香りに挑戦する人が増えたようです。今回のパンデミックで、図らずも日本の香水市場の可能性を改めて感じることができました。
香りを「みんなのもの」にする
ー日本で香水文化を広げるための次のアクションは?
これまではオープンな店舗設計や香水ガチャ、ムエット販売などで購入のハードルを下げ、フレグランスと消費者の距離感を埋めてきました。次に何が必要かと考えると、教育だと思うんです。
ー学校やセミナーのようなものですか?
イベント的なものも将来的に主宰できたらと思いますが、今進めているのは嗅覚を鍛えて香りの共通言語を増やす、そして香りにラベリングするユーザー参加型の企画で、「『みんなの鼻』プロジェクト」と名付けました。
ーユニークな名前ですね。
参加者にいろんな香りを嗅いでもらい、それぞれの香りの感想についてアンケートを取るんです。こちらで用意した「爽やか」「みずみずしい」「ゆったりとした」などのキーワードを選択してもらい、フリーワードの感想も書いてもらいます。回答をデータ化すれば、ユーザー目線の「香りのディクショナリー」の完成です。「甘い香り」と言われても想像しづらいですが、多くの人が甘いと感じる香りはこれですと提示した上で体験すれば、甘い香りがどんなものか理解できますよね。
ー香りの解像度が高まりそうですね。
まさにそれが狙いです。今自分が感じている香りが何か理解できるようになれば、音楽や食事と同じように香りも楽しめるようになると思います。意外にも、日本語で香りの形容詞って「臭い」しかないんです。このプロジェクトで香りの共通言語をもっと充実させれば、香りの経験や記憶をもっと立体的に感じられると思います。そうすれば、香水をつける人もそうでない人も、香り自体をより楽しめるはずですから。香りの民主化で言うと、もう一つAI技術を組み合わせたサービスも他社との協業で行っています。
ーどんなサービスですか?
香りとIT、UXを組み合わせたサービスを展開するセントマティックさんのシステム「カオリウム」を導入して、20種類の香りからユーザーの好みを提案するもの。これに『みんなの鼻』プロジェクトで得たデータを活用しています。香りと言語を視覚的に捉えながら香水を選べるのでエンタメ性もあって、ニッチフレグランスの間口をより広げられると期待しています。
※4月1日〜5月5日までノーズショップ新宿店と銀座店限定で実施。
ー今後の取り組みとしては、提案サービスを強化していくのでしょうか。
ITやAIによる提案サービスに特別注力するわけではありません。僕らの基本はプロダクトアウトで、ブランドによるこだわりの香水がまずあって、その魅力を伝えることが優先事項。香水ガチャはフレグランスの敷居を下げることで成果を上げましたが、商品のクオリティが高くなければリピーターは生まれませんから。これからもブランドと二人三脚でニッチフレグランスの認知拡大を進めていきます。
ー最後に、日本の香水文化の可能性について中森社長の考えを聞かせてください。
これからも成長すると確信しています。一時出店していた北海道の店舗も盛況でしたし、大阪の店舗には中国・四国地方から来てくれる方もいるんです。全店舗を総括すると客層は25〜50歳と幅広く、ニッチフレグランスのニーズを肌で感じてきました。僕らは香水ガチャをはじめ色々とやってきましたが、日本の香水文化を醸成させるのは僕らだけでは完結しません。先人としてメゾンのフレグランスブランドや百貨店がここまでやってきたからこそ、ニッチフレグランスがオルタナティブとして惹かれるという側面もありますから。僕らのバトンをさらに新しい世代が引き継いでくれると信じています。そうなれば、今後も日本の香水文化が紡がれていくのではないでしょうか。
(聞き手:平原麻菜実)
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